無印でのエターナル合流後、空白の2ヶ月間にアスランとキラ、ふたりの間に起こった葛藤と擦れ違い。
アスキラというよりもザラキラ。(アスランが黒め…)
かなり大人向けな表現がありますのでご注意を。
……知らなかったよ。
穢すことが、
こんなに簡単だったなんて。
●
虚ろな瞳。
その瞳には、無機質な天井と、自分に覆い被さる影が映っているけれど。
その映像が、形を成しているかは定かではない。
それでもその瞳の色は、綺麗なままで。
アメジストのようなその瞳をじっと覗き込みながら、乱暴に暴いた躯とは対照的に、そっと、優しく唇を塞ぐ。
すでに蹂躪しつくされた口内は、熱く。
されるがまま、湿った音を立てて貪られていく。
その間も、内に埋められた熱は休むことを知らずに。
「何? 大人しくしてればさっさと終わると思ってる?」
耳元で囁かれて、キラの肩がびくんと震えた。
あまりの激しさに、気を失うことも許されず。
彼を受け容れたままの躯は、まるで自分の躯ではないかのように。
甘く痺れたまま、それ以外の感覚を忘れてしまったかのような、そんな錯覚にさえ陥る。
「ア…スラン……」
声を出すのも億劫なほどだったけれど、それでも絞り出すように、名前を呼んだ。
けれどその翡翠の瞳は、白濁にまみれた躯をじっと見下ろしたまま。
「早く終わればいいと思ってる?」
感情を無くしたかのような声で、そう繰り返した。
そんな様子に、否定しようとしても、言葉にならない。
何かを言いかけようとするキラに、ふっと意地悪く微笑んで。
「まだだよ、キラ。まだ…眠らせてなんかあげない」
狂宴は毎夜続く。
明け方近くまで交わり続け、互いの吐き出した熱に汚れたまま、泥のように短い時間を眠る。
その間も、アスランはキラの躯を離そうとしなかった。
そしてキラもまた、その腕にいる間だけは、安心することができた。
”抱かれる”というよりも、”犯される”という方が適切な行為でも。
それでも安堵していた。
その相手が他の誰でもない、アスランだったから。
身じろぎすらできぬほど、すべてを奪いつくされても。
掻き抱かれている腕の温もりは、ずっと欲していたもので。
たとえ、アスランの心が今はわからなくとも。
それでも、尚。
束の間の安らぎを覚えていた。
そして、今夜もまた。
宴は続く。
--- 2004.2.6 ---
ただ、嬉しかった。
一緒にいられることが、何よりも嬉しくて。
罪の意識さえ、凌駕してしまうほどに。
隣に、在るべき場所に、互いがいて。
誰に憚ることなく、名前を呼んで。
その声で、その瞳で。
呼び合える。
ただ、それだけのことが。
嬉しかった。
『仲がよすぎる』、なんて。
昔から聞き飽きた言葉だった。
それは、一緒に戦うようになって、一緒の艦にいられるようになってからも同じ。
半ば呆れた目で、揶揄うように言われても。
自分たちには、当たり前のことだったから。
これが、自分たちの本来の姿だったから。
キスは昔から挨拶代わりで。
オーブで2度目に再会したときも。
機体をモルゲンレーテの工場に隠す前に、皆の目を盗んで、機体の陰に隠れてそっと、キスしてた。
戦闘に出る前も、そう。
互いの機体に乗り込む前に、まるで神聖な儀式のように。
必ず互いの許へ帰るという誓いと、そして。
強くなれる、魔法。
戦場にいても、怖くなどなかった。
すぐ傍に、互いを感じられるから。
だから、安心して背中を預けた。
考えずとも、互いの行動パターンはわかっていて。
強くなれた。
一緒に、いるから。
わかりあえていた。
昔の、ように。
…わかりあっていた、はずだった。
●
「キラ、そっちの調整は?」
「もうちょっと」
「じゃあ、終わったら食事にしようか」
「うん」
昼間の僕たちは、いつもと変わらない。
有事には先陣をきって出撃して、戦闘のない時は、機体を整備して。
その合間に交える会話も、いつもと変わらない。
戦況や機体のこと、あとは何気ない他愛無い会話。
連合軍との緊張状態はいまだ続いていたけれど、それでも時には笑みさえ漏らすような。
昼間の僕たちは、いつもの僕たちだった。
食事を終えて、部屋に戻るまで。
いつものように、他愛無い会話を交わしながらふたりで通路を進んだ。
けれど、部屋の扉が目の端に映ったとき、少しだけ体が強張るのを感じた。
「キラ?」
不思議そうに、促すように名前を呼ぶアスランの声は、いつもと変わらない。
「ううん」
なんでもないよ、という言葉は飲み込んで、先に扉の前に立つ。
シュンッ
空気の抜けるような音を立てて、部屋の扉が開く。
主がふたりともいなかった部屋は、薄暗い。
明かりをつけようとして思わず伸ばした手を、掴まれて。
「明かりはいらないだろ?」
アスランが耳元で低く囁く。
後ろから抱き込まれて、身動きの取れない僕の体に、アスランが手を這わせていく。
「アスラ……」
焦ったように名前を呼ぼうとする僕の唇を、自分の唇で塞いで。
その間も、アスランの手は休むことなく動いていて。
僕の弱い場所を、的確に攻めていった。
体中を駆け巡る痺れに、全身が総毛立つ。
その感覚に耐えようと、無意識のうちにぎゅうっとアスランの軍服を掴んでいた。
「ン…ぁ…っ、アスラ…ン」
ようやく唇が放されると、力の入らない手でアスランの体を引き剥がそうとした。
支えがなければ立っていられないほどではあったけれど。
「シャワー…、浴びさせて……っ」
でも、そんなことはとっくにアスランにはわかっていて。
「今はそれよりこっち、だろ?」
薄暗くてはっきりとはわからなかったけれど、口元だけで笑ったアスランが片手でしっかり僕の腰を支え、もう片方の手をズボンの中に滑り込ませた。
「…ぁ……ッ」
まだ慣らしてもいないそこに、アスランが乱暴に割り入ってくる。
「キラ……」
耳元で囁く声は、優しいのに。
無理矢理こじあけられた躯はそれでもアスランを受け入れて。
生理的な涙とはまた別に、涙が溢れてくる。
何も言わずとも、お互いの気持ちを知っていた。
互いの心を、わかり合っていた。
けれど。
(わかんないよ…)
何度も何度も貫かれながら、瞼の裏に浮かぶのは、昔と変わらない昼間の優しい笑顔と、夜にだけ見せる表情(かお)。
(わかんないよ、アスラン…)
アスランの気持ちが。
わからない ――
--- 2004.2.19 ---
「お疲れ様です、キラ」
「ラクス」
柔らかい笑顔を浮かべて、戦闘から戻ってきたばかりのキラにラクスが労いの言葉をかけた。
かつてはプラントで一番の人気を誇っていた歌姫は、今は戦艦エターナルの艦長をしている。
実際の戦闘での指揮はバルトフェルドが執っているものの、艦の中での行動の指揮はやはりラクスが執っていた。
その忙しさの合間を縫って、こうしてわざわざ出迎えてくれる。
柔和な物腰と、どこか掴み所のないような言動の中に、他者に対する優しさと、何物にも屈しない強さを秘めていることを、キラはもう知っていた。
そして、その笑顔のヴェールに隠された鋭さも。
「まだしばらくは連合軍も攻めてこないでしょうから、今はゆっくり休まれてくださいね」
「うん、ありがとう」
それでも、この笑顔は確かに心を和ませてくれる。
ラクスの笑顔がキラは好きだった。
「アスランもお疲れ様でした」
遅れて戻ってきたアスランに気付いたラクスが、笑みを浮かべたまま振り返る。
「あ…はい」
ぎこちない笑みを浮かべて、アスランが答えた。
そしてそのまま肩を抱くようにキラを引き寄せる。
「着替えよう、キラ」
「あ、うん。…じゃあ、ラクス」
「はい」
慌ててラクスに向き直るキラに、回した腕に力を込めてアスランは目の前のロッカールームに入って行った。
指が食い込むほどの力で抱かれた肩に、鈍い痛みが走る。
「ア、アスラン…?」
アスランのぎこちない態度に、キラがどうしたのかと顔を覗き込もうとすると、
「ん、ぅ……っ」
ロッカールームの扉が閉まった途端、アスランが強引にキラの唇を奪った。
掴んだ肩をそのままに、扉にキラの体を押し付けるようにして。
「っは……」
まだ艦では昼と設定されている時間だった。
「アスラン…?」
けれど、アスランから与えられたキスは、昼間のそれではなくて。
戸惑って名を呼ぶキラの唇を、再び塞ぐ。
躊躇いがちに、それでもキラはそれに応えた。
いつも以上に激しく貪られながらも、従順ともとれる素直さで。
ようやく唇を放されて、ぼんやりした頭でアスランの顔を見上げると。
「…っ」
表情を、なくしたままで。
その姿に、キラの頭にかかっていた白い靄が一瞬に霧散する。
「ア……」
怯えたような瞳で、名前を呼ぼうとしても最後まで呼ぶことができない。
そんなキラに、アスランが冷たく笑ったかと思うと。
「え…」
キラの体を背中から抱き込み、パイロットスーツのジッパーに手をかける。
「や…っ」
そしてそのまま、キラの躯を弄っていく。
「アスラ…、待ってよ」
「なんで?」
焦ってキラが声を荒げると、手を休めぬまま、アスランが冷たい声音で聞き返す。
「だってラクスが…」
まだ通路にいるかもしれないのに、と続けるキラに、
「…聞かれたら困る?」
何故か楽しそうに、アスランがそう返してきた。
「だって、ラクスは君の…っ」
「俺とラクスはとっくに赤の他人だよ」
「え…?」
一瞬、キラは呆けたように首だけ動かしてアスランを見つめた。
「嬉しい? ラクスはもう俺の婚約者じゃないんだよ」
冷たく口元に笑みを浮かべて、相変わらず手はキラの肌を這い回りながらアスランが続ける。
「安心した? これで俺に遠慮しなくていいって」
「……? 何、言って…、ぁ…ん……っ」
言われた意味がわからぬまま、アスランの指が辿る度に、言いようのない感覚が湧き起こった。
容赦なく煽られて、キラの躯は余すところなく熱を帯びていく。
嬲られたそれはアンダーの上からでもわかるほどに固く尖りきっていて。
それでもキラは、必死に声を漏らすまいと唇を引き結んでその感覚に耐えていた。
「ひぁ…っ」
けれど、一番敏感な部分の周囲をなぞるように這い回っていた手に握り込まれた瞬間、堪えきれずにキラの口から小さく悲鳴が洩れた。
一度上げてしまった嬌声は、もう抑えることができなくて。
それでもどうにか外に漏らすまいと、涙を堪えたまま、両手で口元を押さえるしかなかった。
「…ン……ふ…」
くぐもった呻きを漏らしながら、それでもキラはあっさりとアスランの手の中で果てた。
「あ…」
肩で息をしながら、キラは体をアスランに凭れかけさせる。
どんなに酷くされても、力の抜けそうになる体を預けることはできた。
相手が、アスランだから。
けれど、放たれたものを絡めたまま、アスランが窄みに指を挿し入れると、
「や……っ」
体を強張らせて、キラはこどもがいやいやをするように頭を振った。
「…なんで」
少し苛立たしげに問い質すアスランの声を、途中で遮るように、
「ここじゃ…やだ…っ」
消え入りそうなほど小さく、キラが涙声でそう言った。
その言葉に、一瞬、キラを抱きしめたままのアスランの手が緩む。
すると、力の入らない足は体を支えきれずに、キラはその場に蹲ってしまった。
「…相変わらず我儘だな、キラは」
そんなキラの顔を、膝をついてアスランが覗き込む。
「ここじゃなかったら、いいの?」
意地悪く、そう訊かれて。
羞恥と、それとはまた別の感情が混ざり合って、涙が溢れそうになる。
けれど、知っていた。
躯の奥から湧き上がる熱を鎮めることができるのは、アスランだけだと。
知ってしまって、いるから。
だから。
唇を噛みしめて、俯いたまま。
コクンと、頷いた。
--- 2004.3.1 ---
ロッカーから続くシャワールームから出た時には、通路にはもう人影はなかった。
その事に僅かに安堵しながらも、キラは複雑な心境で自分の前を行くアスランの背中を見遣った。
『ここじゃ…やだ…っ』
恥ずかしさに俯きながらも、思わず口をついて出た言葉。
その後のアスランは、いつものアスランで。
それ以上触れようともせずに、シャワーを浴びて着替えるよう促された。
そして今、ふたりで部屋に戻るところだった。
(アスラン…)
部屋に戻ったとき、そこにいるアスランは、どちらのアスランなのだろう。
(わかんない、よ…)
シャワーを浴びても、躯の奥を焦がす熱は治まりはしなかった。
けれど。
触れられる度、抱かれる度に、熱くなる躯とは対照的に、心は凍える一方で。
(アスラン…、わかんないよ……っ)
覆う氷は溶けることはなく、凍った心はそのまま粉々に砕けてしまいそうだった。
「何してるんだ?」
言われた言葉にハッと我に返る。
いつの間にか部屋まで戻ってきていたらしい。
入口に立ち尽くしたままのキラに、アスランが抑揚のない声で続けた。
「キラから誘ったんだろう?」
そう言いながら、キラの顔を覗き込む。
「自分から脱ぐくらい、してよ」
意地の悪い笑みを浮かべたまま、キラの耳元で囁いた。
「……っ」
信じられないという顔でアスランの顔を見ると、その瞳は笑ってはいなかった。
きり…
胸の奥が軋む。
(アスラン…)
爪が食い込むほどに、拳を握りしめる。
泣きたくなる気持ちを、必死に抑えつけて。
震える指で、軍服に手をかけた。
唇を噛んで俯き気味に脱いでいくキラの姿を、アスランは目を逸らすことなく見つめていた。
パサ…
最後の1枚が床に落ちる。
先ほどシャワーを浴びたばかりなのに、体は冷え切っていて。
けれど、アスランの視線の先の肌は、灼かれるように、熱い。
そしてその視線に誘(いざな)われるまま、躯の奥から疼くようにまた熱が湧き起こってくる。
―― 心とは、対照的(うらはら)に。
ぞく…っ
素肌に感じる寒さと、内から這い登ってくる熱との温度差で、キラは体を震わせた。
アスランはそんなキラを、無感情ともとれる表情で見つめたまま。
「ベッドの上に座って、足、開いて」
優しい声音でアスランが囁く。
けれどどこか、冷たさを含んだその声に。
また心に冷たい棘が刺さる。
それでもキラは、命ぜられた通り、ゆっくりとシーツに腰を下ろし、おずおずと足を開いた。
羞恥と、もどかしさと、…悔しさに、思わず滲んだ涙と、そして。
先端に留まっていた、雫が。
同時に、零れ落ちた。
とても長く感じられた静寂の中で、アスランがクスッとひとつ笑った。
「何? 見られただけで感じる?」
「違……っ」
「じゃあ…」
零れ続ける透明な雫を絡め取るように、長い指で掬ってみせる。
「これ、何?」
見せつけるようにゆっくりと、その雫を口に含んで。
「ん……っ」
そしてそのまま、キラに口付ける。
自分の舌を、キラの舌に擦りつけるように絡め合って。
「…ぁ……」
「わかった? 今のが、キラの味」
「…っ」
楽しそうにアスランが囁く。
けれどすぐに、表情をなくした顔で。
「…なんで、泣くの? キラ」
「泣いてなんか…っ」
「うそつき」
ぽつりと、呟いた。
「アス…ラン……?」
そしてすっと、キラから離れた。
小さな呟きではあったけれど、そこに含まれた何かを感じ取ってキラは思わず名前を呼んだ。
けれどアスランはじっと動かぬままで。
キラもそのまま、アスランを見つめていた。
どれくらいの時間をそうしていたのかわからない。
アスランは一向にキラに触れようとしなかった。
先程の呟きに含まれたものが何かはわからないけれど、何かがひっかかっていた。
羞恥や悔しさも掻き消してしまうほどに。
けれど、熱を帯びたままの躯は、鎮まることを知らぬかのように、雫は溢れ続け、シーツを濡らしていった。
「アスラ、ン…」
静寂に耐えられずに、震える声で名前を呼ぶ。
すると、口元だけで笑ったアスランが短く答えた。
「何?」
「………」
相変わらず冷たく響くその声に、また泣きそうになったけれど。
ぐっと堪えて、アスランの瞳を見つめ返した。
先程感じたものが何か、答えをその瞳の中に探すように。
気のせいかもしれない。
けれど、その翡翠の瞳が揺れたような気がして、キラが名前を呼ぶよりも早く。
「どうして欲しいの?」
アスランが静かに口を開いた。
「……」
「言わなきゃ、わからないよ? キラ」
(…わからないのは、君の方じゃないか……っ)
思わず叫びだしそうになるのを必死に抑えて。
泣きだしたい心も、抑えつけて。
「……て」
消え入りそうな声で、呟いた。
「聞こえない」
たとえ、どんなに酷く扱われても。
アスランの心が、わからなくても。
「…し、て……」
それでも、求めてしまうから。
躯も、…心も。
アスランを、欲しているから。
「…ダメだろう? ちゃんとねだらないと。…これが」
そう言いながら、アスランが素早くベルトに手をかける。
「…っ」
「欲しい、って」
そしてそのまま、怒張しきったそれをキラに突き立てた。
「…ぁ…っ、は…ぁ、ん……っ」
苦しげに眉根を寄せながら、それでも確かに洩らす吐息は甘い響きを含んでいて。
腕の中で乱れていくキラを、どこか醒めた心で眺める自分がいた。
それでも律動は激しさを増し、より深い場所まで犯すように、キラの足を更に持ち上げた。
「あ…ぁ…っ、ぁ…」
「…そうやって、誰にでも足を開くの? キラ…」
思わず洩らした呟きは、熱に浮かされたキラの耳に届く前に掻き消されていた。
--- 2004.4.22 ---
無造作に投げ出した手をそっと伸ばす。
気怠るげに伏せられた瞼はぴくりとも動かない。
ぐったりとして微かな寝息を立てるキラの前髪を、そっと撫でるように掻き上げた。
頬に残る涙の跡。
躯もシーツも、互いの放ったもので汚れていた。
何度達っただろう。
何度達かせただろう。
躯を繋げることは、こんなにも簡単で。
まだ月に居た頃は。
ただ、一番近くにいたくて。
誰よりも一番近くにいたかったから。
だから、抱いた。
そして確かに、心も体も一番近くにいたのに。
…今は。
体は一番近くに在ったとしても。
でも、心は。
何よりも、遠い。
足掻けば足掻くほどに、離れていってしまう。
(キラ…)
愛しくてたまらない。
自分でも、どうしようもないくらいに。
だけれども。
(おまえは…)
どんなに酷く抱いても。
殆ど犯すように躯を繋げたとしても。
それでもキラは受け容れて。
(罪滅ぼしのつもり、なのか…?)
それとも、後ろめたさからか。
確かにこの腕の中にいるのに。
閉じ込めてしまいたいのに。
俺の腕の中に、だけ。
(キラ……)
わからない。
どうして、おまえは……
(わからない…!)
言葉なんて必要なかった。
何も言わずとも、互いの気持ちなんてわかりすぎるほどわかっていたのに。
(キラ……っ)
―― おまえの、心が。
わからない……
--- 2004.4.23 ---
夢の終わりは、儚くて。
宴の痕の空しさも、また。
●
まるで雲の上を歩いているようだ。
実際は、雲の上など歩けるはずもないのだけれど。
ただの比喩ではあるが、本当にそうであるかのような錯覚に陥るほどに。
覚束ない足取りで、食堂へ向かう。
しかし、実際は食欲など殆どなくて。
原因はわかっている。
ぞく…
考えるまでもない。
つい先程も、受け容れていたばかりで。
思い返しただけで疼く自分の躯に、キラは乾いた笑いを漏らした。
―― 狂ってる。
おそらくは自分も、アスランも。
近頃では、昼も夜も関係ない。
”以前のアスラン”は、皆のいる前でだけで。
けれど、本当は。
自分も、そうなのかもしれない。
アスランが何を考えているか、今はもうわからないけれど。
それでも、自分は。
アスランを求めている。
身も、心も。
全部。
「やぁ…っ、アスラン、も…、や……」
「…そう言う割には腰、動いてるよ。キラ」
涙を滲ませた声で、拒絶の言葉を投げても。
それは容易く否定されて。
わかっていた。
拒絶なんて、本心ではないこと。
自分でも本当はわかっていた。
狭いコクピットの中、背後から回されたアスランの手の中で、自身はもうすでに弾けそうなほどで。
はだけられた軍服の下、アンダーから僅かに覗くそれも、微かな刺激にさえ痛みを覚えるほどに尖りきっていて。
殆ど身動きの取れない体勢のまま、アスランを受け容れていた。
アスランは片手にキラを抱き、もう片方の手で、長い指をキーボードの上に滑らせていた。
キラの肩越しに、涼しい顔でモニターを覗き込んで。
「アスラ…」
焦れたように名前を呼ぶキラの声も、聞こえないかのように。
コクピットに、キーを叩く音と、切れ切れの息の合間に混じる微かな嬌声と、繋がった場所から洩れる水音が混じり合って。
「…アスラン…っ」
もどかしさに思わず声を荒げたキラに、ようやくアスランが気付いたかのようにキーボードを叩く手をとめた。
「何? キラ」
「ふぁ…っ」
それまでキーを弄んでいた指が、おもむろにキラの躯を滑る。
突然の感触に、思わず体が跳ねた。
びくん
その衝撃に、キラはアスランの手の中に熱を吐き出していた。
自分の内でアスランの熱が拡がっていくのを、感じながら。
「…悪い子だな、キラは」
熱で潤み、ぼやけた視界の前にアスランの手が差し出される。
その手には、先ほど吐き出したばかりの熱がたゆとうて。
「これじゃキーが叩けないよ」
楽しそうな口調のまま、アスランがその手をキラの口元に運んだ。
「自分で綺麗にして? キラ」
言われるまま、口を開く。
そして自分の熱にまみれたアスランの指を、ゆっくりと、一本一本丁寧に舐め上げていった。
「…ん……ふ……ぅ…」
熱に浮かされたように、その行為に没頭するキラをじっと見つめていたアスランの顔が歪む。
キラはただひたすら、ぴちゃぴちゃと音を立てながら、愛しそうに、時には口にふくみながら、アスランの指を舐め続けた。
「ん…ぅ……っ」
そんなキラの口から強引に手をどけ、代わりに噛み付くようにキスをした。
粘ついた音を立てながら、舌を絡ませあって。
力が抜けていくキラの体とは正反対に、キラの内に埋めたままの自身は昂りを取り戻していた。
「キラ……」
耳元で囁く声は、自分でも驚くほど優しげで。
「は…ぁ……、…ん……っ」
そして再び、互いの躯を貪りあった。
何度も、何度も。
食堂へと繋がる通路が視界に入る。
食欲はいまだ湧かないけれど、食べられるときに食べておかないといけないということは、否が応でも知っていた。
―― あれから2ヶ月。
連合は不気味なまでに沈黙を保っていた。
嵐の前の静けさだということは、わかりきっていた。
その嵐が、いつ来るのか。
恐らくその嵐が、この戦争の行く末を握る鍵となる。
だから余計に、体調はいつでも万全に整えておかなければならない。
わかっている。
「ふぅ…」
知らず吐いていた溜息。
昔のように、たやすく考えることを放棄できるなら、どんなに楽だろう。
でも、そんなことはもうできない。
それもわかっていた。
(アスラン…)
そんな昔の自分を叱ってくれたのはアスランで。
そしてまた今、一緒にいられて。
(アスラン…っ)
ジャスティスのOSの微調整が終わり次第、アスランもすぐにこちらに向かってくる。
二人分の食事を受け取って待っていよう。
そんなことを思いながら、食堂に足を踏み入れる。
「よ、キラ」
先にいたらしいカガリが、キラの姿を見つけて明るく声をかけた。
「カガリ、お疲……」
けれど、言葉は最後まで続かずに。
「キラ!?」
暗転した視界の中、耳にこだましたカガリの叫びと、そして。
自分の体を抱き上げた腕の強さ。
誰よりもよく知った、その腕の中で、キラは意識を手放した。
--- 2004.5.14 ---
……どうして?
ねえ、どうして。
どうして、そんな哀しい瞳で泣くの ―― …?
●
「…ス……ラン」
消え入りそうな声で、名前を呼ばれて。
はっと、うつ伏せていた顔を上げた。
その声の主の方を見遣ると、苦しげに眉を寄せ、ぎゅっと固く閉じられた瞼がぴくりと動くのが視界に入った。
もうすぐ、その瞳が開かれる。
知りすぎた、前触れ。
(知ってるさ…)
そう、知っている。
キラの仕種。
キラの癖。
たとえばこう言えば、どう返してくるか。
どんな風に甘えてくるか。
そんなこと、誰よりも一番よく知っていた。
いや、むしろ。
自分だけが、知っていた。
そう、キラのことなら。
なんでも、知っていたはずなのに。
(キラ…)
瞼を上げて、その紫の瞳で。
彼は、どんな風に自分を見るのか。
それすら、今はわからない。
(怯える、かもな…)
瞬時に浮かんだ考えに、自嘲の笑みが口元に浮かぶ。
そうさせたのは、自分だろうに。
医務室のベッドに手をついて、覆い被さるようにキラの顔を覗き込む。
その拍子にベッドが軋んだ音を立てた。
「……ぅ…」
ゆっくりと、瞼が上がる。
その紫の瞳が自分の姿を捉える前に、唇を塞いで。
「…ん…ぅ……っ」
粘ついた音を立てながら、口内を思うまま貪った。
まだ覚醒しきっていない頭で、それでもキラは応えて。
ようやく唇を離した時には、空気を求めるように、短く荒い呼吸を繰り返していた。
「ア…スラン…」
息苦しさに薄く涙を浮かべた瞳で、それでも真っ直ぐ見つめてくるキラを、冷たい視線で見下ろしたまま。
「僕…、ど…して…」
まだよく状況を把握できていないキラが、舌足らずに疑問を口にする。
そんなキラに、口元だけで薄く笑いながら、
「覚えてないか? 食堂に入ろうとしたところで倒れたんだ、おまえ」
そう言って、すっと指をキラの方に伸ばす。
息苦しさを少しでも紛らす為に開いてやっていた襟元に、そっと指を滑らせた。
すると、冷たい指先を感じて、喉元が仰け反るように動いた。
ざわ…
たったそれだけのことが、たとえようもない程に扇情的で。
「…よかったな、キラ」
「え…?」
「保健医にこれ、見られなくて」
そう言って、なぞるように唇で触れていく。
何度も自分が刻んだ、痕を。
「……っ」
言われた意味を理解した途端に、ぱっとキラの頬に朱が散った。
「アスラン…っ」
慌てて起き上がろうとする体を、そのまま押しとどめて。
「駄目だろう? キラ。まだ横になってないと…」
そう言いながら、傍にあった包帯でキラの手を頭上で固定した。
「アスラン!?」
非難めいた制止の声も聞こえぬかのように、キラの軍服のジッパーを下ろし、アンダーをたくし上げた。
露になった肌が外気に触れた途端に、キラは身震いする。
曝け出された白い肌には、消えぬまま、幾つもの花弁が散っていた。
「アスラン、誰か来たら…っ」
真っ赤な顔で、叫ぶようにキラが言えば、
「医師(せんせい)なら戻って来ないよ。今はクサナギの方に行って急患を診てるからね」
「……っ」
口調だけは優しく、アスランが諭すように教えた。
「まあ、俺は別に見られても一向に構わないんだけどな」
「ぁ…っ」
そう言うと、なんの前触れもなく、慣らしもせずに屹立した己をキラに突き立てた。
「や…ぁ……っ」
苦しげにキラが叫ぶ。
その瞳から、痛みと、別の感情とで、幾筋も涙が零れ出して。
「説得力ないな、キラ。…ここ、こんなに悦んでるのに」
アスランを受け容れているそこは、灼けるように熱く。
放したくないとでもいうかのように、絡み付いてくる。
「…ん……く…ぅ ―― …」
激しさを増す水音に混じって洩れる声も、次第に甘い響きを含んでいった。
「あ…ぁ……っ」
「キラ…」
「…アスラ…ン…っ」
互いに限界が近いと感じた、その時。
「キラ?」
ノックと共にかけられた声。
(カガリ…!?)
そういえば、倒れる直前にカガリに会ったのだ。
彼女のことだ、心配するに決まっている。
今ここにいないことの方が不思議だった。
そこまで思い至って、はっとする。
アスランに組み敷かれたままの、この状況を。
もしも彼女が、目撃したら ――
さっとキラの顔から血の気が引いた。
勿論、それをアスランが見逃すはずもなく。
ふっと口元だけで笑ったかと思うと、キラと繋がったまま、
「カガリか?」
わかりきった質問を扉の向こうに投げかけた。
「ああ。アスラン、キラの具合どうなんだ?」
心配しきった声で、返事が返ってくる。
けれど、いつその扉が開かれるかと思うと、生きた心地がしない。
心臓が、先程までとはまた別の意味で早鐘を打つように鳴っていた。
冷たい汗が、一筋頬を伝う。
「…ぁ…っ」
と、突然奥を突かれて、キラの口から思わず声が洩れた。
「キラ!?」
咄嗟に抑えたものの、それでも微かでもカガリの耳には届いてしまったらしい。
「心配いらない。少し休めば平気だろう」
アスランは涼しい顔で答えるけれど、相変わらずキラの躯から離れようとはせず、緩く腰を揺らし続けていた。
キラは、これ以上声を漏らすまいと、必死にその甘い痺れに耐えていた。
固く瞑った瞳から溢れ出した涙は枕をしとどに濡らし、けれどまた同時に、こんな状況でも確かに感じている証が肢を伝って白いシーツに染みを落としていた。
(こ…んな……)
明らかに異常なこの状況で、それでも確かに自分は ―― 自分の躯は ―― 悦んでいる。
アスランに抱かれること。
そして。
恐らくはアスランに好意を抱いているであろう、カガリの前でこのような行為に及んでいる優越。
(僕は、何を ―― …っ)
カガリは心配してくれているのに。
もうひとりの、自分を。
ドクン
”もうひとりの自分”―― それが意味すること。
あの場所で見た光景。
あの場所で語られた事実。
今まで積み重ねてきた日々。
ずっと、一緒にいた…
すべての映像が、螺旋のように絡まりあって。
すべての音が、ノイズと化して。
すべてが、
混ざり合って。
…真っ白に……
ドクン
目の前にあるはずの翡翠の瞳は、扉の方に向いていて。
ただそれだけのことが、なぜか無性に悲しくて。
その頬に触れたいのに、手は固定されたまま動かない。
「なあ、ほんとにキラ、大丈夫なのか?」
扉の向こうにいるカガリが、なおも語りかけてきていた。
何かを答えようとするアスランの唇を、邪魔するかのように自分の唇で塞ぐ。
ほんの一瞬で離れたけれど、アスランは少しだけ驚いたように目を見開いてキラを見つめた。
潤んだキラの瞳は、物言いたげに揺れていて。
「…大丈夫、だから…もう少し、休ませてやってくれないか?」
ゆっくりと、アスランが口を開く。
それを聞いたカガリが、諦めたように溜息をつくのがわかった。
「…わかった。じゃあ、キラのこと、頼むな」
「ああ」
一瞬だけ躊躇ったのち、踵を返して遠ざかってゆく足音をどこか遠くで聞きながら。
キラはずっと、アスランを見つめていた。
「アス…ラン……」
ねだるように、名前を呼んで。
「キラ…」
すっと、瞳を閉じた。
アスランの唇が、キラの唇を塞ぐ。
なんなく侵入ってきた舌を、自分から絡めとって。
深く深く口付けながら、深く深く繋がるように。
両方から溢れ出す水音は、激しさを増していった。
--- 2004.6.12 ---
ほんの少しの誤解が、どんどん疑念になって、膨らんで。
少しずつ擦れ違っていく心が、どうしようもなく遠く離れてしまうようで。
だけど。
……それでも。
●
自分の放った熱を肌に感じるだけで。
戒めを解かれた手を、動かすこともできずに。
キラはただ、ぼんやりと医務室の天井を見ていた。
真っ白な天井に、煌煌と輝く蛍光灯。
その明かりに照らされた自分の姿を思い浮かべて、キラはふっと自嘲的に笑った。
ところどころ染みをつくった皺だらけのシーツの上に横たわる、軍服を乱し、自分とアスランの熱で汚れた自分。
こんな場所で、こんな明るさの下で。
悦んで躯を開いたのだ、自分は。
―― アスラン、だから。
そのアスランは、行為が終わった直後、そっと体を離して何も言わずにキラの手首を縛っていた包帯を外した。
そしてそのまま、ベッドの端に腰掛けて。
ずっと、俯いたまま。
その表情は、横たわったままのキラからは見えないけれど。
(…どうして?)
―― どうして、そんな哀しい瞳で泣くの?
ここからはアスランの顔は見えない。
泣いているわけでもないだろう。
けれど。
アスランが泣いているように、思えて。
先程この医務室で目覚める直前まで見ていた夢のように。
アスランが ―― アスランの心が、泣いているようで。
力の入らない体を叱咤して、キラはゆっくりと上体を起こす。
そしてそのまま、アスランに寄り添うように体を動かした。
そっとではあったけれど、その僅かな振動で、内にあったアスランの熱が零れ出して。
その感触と、受け容れていた名残の痛みに、一瞬だけキラが顔を顰めた。
けれどすぐに、アスランの方に向き直って。
アスランはまだ顔を上げようとしない。
そんなアスランの手に、そっと自分の手を重ねて。
顔を覗き込んで、キラが名前を呼ぼうとするよりも早く、
「…どうしてだ? キラ」
アスランが、小さく呟いた。
「え…」
「…どうして……っ」
ばっと顔を上げたアスランが、キラの肩を鷲掴みにして問い質す。
その瞳に涙は浮かんでいなかったけれど、それでもキラにはアスランが泣いているように思えた。
……悲痛に。
きり…
胸の奥が、痛い。
きっと、……アスランも。
「どうして、おまえは…っ」
絞り出すように紡がれる言葉を、キラは遮ることなく聞いていた。
「どうして…俺に、抱かれるんだ……っ」
そうして、アスランは押し付けるようにキラの肩に顔を埋めて。
泣いてはいない。
けれど。
その肩は、微かに震えていた。
キラはそっと、目の前の藍色の髪に指を絡めて。
アスランがよく自分にそうするように、そっとその髪を梳いた。
「…どうして、そんなこと聞くの…?」
小さな声で、問い返す。
アスランから答えはない。
「どうして…」
”どうして”
それは、きっと。
互いにずっと、抱えていた疑問。
そして、きっと。
その答えも、同じはずなのに。
「……好き、だから」
震える声で紡ぎ出した言葉に、アスランの体が瞬間強張った。
「アスランが…好きだから」
囁くような声で、けれど、確かに強く、そう告げた。
「嘘…だ」
「嘘じゃない、よ…」
「嘘だ!!!」
「嘘じゃない…っ」
キラの答えに顔を上げたアスランの顔は、奇妙に歪んでいて。
「嘘なんかじゃ、ないよ…?」
そしてキラもまた、今にも泣き出しそうな瞳で。
「じゃあ…、じゃあ、なんで…っ」
そんなキラの瞳を、振り切るかのように、アスランが叫んだ。
「なんで、俺の前じゃ泣かなかった!?」
「え…」
曝け出した本音は、もう止めることなどできずに。
「おまえの涙を受け止めるのは、俺だったのに……っ」
「アスラ…」
……わかっていた。
虫のいい話だということは。
一度はその命を、奪おうとまでしておいて。
何を今更、と。
それでも、譲れなかった。
他の誰にも。
ラクスにも、カガリにも。自分の知らない、他の誰かにも。
キラ、だけは。
「おまえがあの時、形振り構わず駆けつけようとした相手」
『僕が傷つけた。だから、僕が守らなきゃいけない人なんだ』
まるで、強迫観念のように。
うわ言のようにそう言ったキラの態度は、尋常でなくて。
「…カガリに聞いた。おまえと、その相手のこと…」
思い返しただけで、胸の中に苦いものが拡がっていく。
離れ離れの三年間。
自分の知らない、キラの時間。
「アスラン…、違…う、よ……」
「何が違うんだ!?」
か細い声で否定するキラの声を遮るように、アスランが激しい口調で聞き返す。
わかっていた。
嫉妬、なのだ。
すべては。
ラクスへの。
その相手への。
自分の知らないキラを知っている、すべての人間への。
「違う…っ」
縋るように、キラがアスランの胸元を掴んだ。
「ヘリオポリスが沈んだあの日、意味もわからずに君と戦わなきゃいけなくなって、それでも僕がみんなを守らなきゃって、だから…」
だから、戦った。
一番大切な、君とも。
「でも僕は…守れなくて……っ」
そう、守ると約束したのに。
彼女の父も、あの女の子も。
「守れなくて…でも、君のところにも、行けなくて……」
守れなかった痛みを抱えたまま、それでも居場所はどこにもなくて。
一番求めた場所は、もう遠すぎて。
自分から、手放したくせに。
「そんな時、彼女は…優しくしてくれたんだ」
今になって思えば、その優しさが本当だったのかはわからないけれど。
それでもその時の自分には必要だったのだ。
……”逃げ場所”が。
「けど…、やっぱり違ったんだ」
わかりきっていた。
彼女は、
アスランじゃない。
「誰も、君の代わりになんてなれるはずないのに」
最後までできるはずもなかった。
アスランじゃない。
触れてくる指先も、囁く言葉も、何もかも違う。
アスランじゃない。
…だけど。
温もりに飢えていた。
だから、抱きしめてもらった。
そうして眠りに就いた。
ただ、それだけ。
一瞬でもいいから、安らぎが欲しかった。
本当の安らぎなんて、手に入るはずなどないのに。
アスランが、いないのに。
「だから…」
「もういい…っ」
「アスラ…」
「もう…いい……」
力なくそう言って、アスランがそっとその手をキラから離した。
まるで。
もう二度と、触れないとでも言うかのように。
そんな素振りに、キラの顔から血の気が引いた。
「な…んで……?」
震える声に、アスランが緩々と俯いていた顔を上げる。
キラの瞳に、涙が溢れていた。
(ああ…)
その紫の瞳は、昔と変わらず。
真っ直ぐに、こちらを見つめて。
まるで、宝石のような輝きを湛えたまま。
どれだけこの手で、その存在を穢しても。
キラは。
綺麗な、ままで。
「なんで…信じてくれないの……?」
そう口にしながら、心のどこかで冷めた目で傍観している自分が確かにいた。
何を今更、と。
アスランを、…アスランと、己の気持ちを裏切る真似をしておいて。
それでも尚、願うのか。
望むのか。
信じろ、と。
(そう、だよ)
信じて。
何があっても。
ひとつだけ。
たったひとつだけ、変わらず抱えていた想い。
それだけは……
「信じて、よ…」
アスランは目を逸らしたまま。
きゅっと、唇を引き結んで。
「どうしたら…信じてくれるの……?」
恐る恐る伸ばした手も、振り払われて。
「アスラン…っ」
今度は遮る暇も与えぬ程に、ぎゅっとその体を抱きしめて。
「キ…」
そっと、キラの方から唇を塞いだ。
そのままベッドに倒れ込むように、覆い被さって。
その翡翠の瞳に映る自分の姿を確認しながら。
「僕は…アスランしか知らないよ」
そう、呟いた。
「キラ…」
アスランが名前を口にする。
ただ、それだけのことが。
こんなにも、嬉しくて。
安心できて。
…こんなにも。
好きで、たまらないのに。
「アスランしか知らない。アスランしか、知りたくない。…アスラン、だけ ―― 」
本当は。
アスランさえいれば。
「……よせ、キラ…っ」
制止の声も聞こえぬかのように、体の位置をずらしたキラは、そのままアスランの中心に顔を埋めて、そっとそれを口に含んだ。
「…ん……ふ…ぅ」
だんだんと固さを取り戻していくアスランを、愛しそうに舐め上げて。
「キラ…っ」
「ん、ぅ……っ」
口の中に広がっていく、自分しか知らないその熱を、キラは喉を鳴らして飲み干した。
そうして顔を上げて、まだ少し息の荒いアスランに、悪戯っぽく笑いかける。
「…アスランの余裕なさそうな顔、……初めて見た」
そんな事を口にするキラに、諦めたようにひとつ小さく息を吐いて。
アスランが、苦い笑みを漏らした。
「…余裕なんか、ないさ」
本当は、いつだって。
「え…?」
きょとんと問い返すキラの体を引き寄せて、ぎゅっと強く抱きしめる。
「余裕なんかない。いつも…怯えてる」
「アスラン…?」
「俺、臆病だから」
そう言ってそっと体を離すと、アスランは少しだけ寂しそうに笑って。
「自信が、ないんだ」
だから。
忘れないように。
何があっても、自分のことを忘れさせないために。
刻みつけたかった。
縛りつけたかった。
その体に。
自分だけを。
たとえ、すべてを穢しても。
「…僕だって、同じ…だよ」
いつだって怯えている。
アスランが離れていくこと。
『真実』を知って、アスランが離れていくこと。
何よりも。
だから。
いつだって、自分のことだけ、考えていてほしくて。
躯だけでもいいから、覚えていてほしくて。
なんて、身勝手で。
なんて、卑怯な ――
「キラ…」
「ん…」
再び、キラの方から唇を寄せて、舌を絡め取る。
くちゅくちゅと粘ついた音を立てながら、互いに貪り合うように口付けを交わして。
キラはそのまま自分からアスランの上に腰を落としていった。
「…ぅ……く…」
「キラ…?」
「ぁ…ん、…アスラ……」
熱い吐息を吐き出しながら、それでもすべてを自分に埋めてしまうと、キラはぎゅっとアスランの首に腕を回した。
「アスラ…ン」
掠れた声で、耳元で甘く名前を呼ばれて。
アスランの胸に、愛しさがこみ上げてくる。
「キラ…っ」
「ぁ……あ…ん…っ」
キラの一番感じる場所を突き上げると、キラの口から甘えきった嬌声が洩れる。
「キラ…」
「…は…っ、…ぁ……」
段々と加速する動きに、キラもまたついてきていた。
互いが、一番互いを感じられるように。
「キラ…、キラ…、……好きだ」
「僕も…好、き……、アス…ラン……っ」
穢していい。
穢されていい。
君、だから。
激しさを増す水音も、互いの息遣いも。
紡がれる、言葉も。
呼び合う、名前も。
ひとつの旋律を、奏でて。
それはきっと、本当は。
穢れてなど、いない。
真っ白な ―― …
達した後の気怠さは、決して不快なものではなくて。
いつもより高い互いの体温も。
いつもより速い鼓動も、何もかも。
心地よくて。
直接感じるアスランの鼓動を安心しきって聞いているキラの髪を、弄ぶように指に絡ませながら。
「…バカだよな、俺たち」
ぽつりと、アスランが呟いた。
互いに同じ想いを抱えながら、それでも傷つけるような真似しかできずに。
「またカガリに言われるかもな。”コーディネイターでもバカはバカだ”って」
「…そんな事言われたの?」
「ああ」
くすくす笑いながら、キラが問う。
それに笑いながら、アスランも答えて。
「でもさ、人を好きになるってそういうことなんじゃないのかな」
「…そう、かもな」
そっとキラの頬に手を添えて、口づける。
もう二度と、離したくない。
…だから、言えなかった。
泣けなかった。
でも今なら、言える。
本当は知っていたのに。
アスランなら受け止めてくれると。
信じていなかったのは、アスランではなくて自分自身で。
でも、今なら。
受け止められる。
心の奥に沈めていた、『真実』を。
自分自身も、きっと。
「ね、アスラン。…聞いてほしいことがあるんだ」
「うん」
「あのね…」
―― 知らなかったよ。
穢すことが、こんなに簡単だったなんて。
僕が、君なしじゃ生きられないように。
君も、僕なしじゃ生きられない体になって。
ねえ、これなら。
もう、離れたりしないよね?
何があっても。
何を、知っても。
ねえ、そうして。
続いていくんだ。
僕らだけの、宴が。
ね? アスラン…
fin.
| 12 | 2012/01 | 02 |
| S | M | T | W | T | F | S |
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| 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
| 29 | 30 | 31 |
真性アスキラー。
思いもよらずダブルOが歴代G
の中で一番好きな状況に。
成層圏の向こう側まで狙い
撃つ兄貴を愛してやまず。
BAS●RAの影響で戦国史に
どっぷり。VIVA眼帯。
えろすきーだけどホモスキー
に非ず。
オフラインでは【絶対零度】
というサークル名で活動中。