ここには神崎廉が今まで書いてきたSSを置いております。
版権ネタの二次創作ばかりですが、文章自体の著作権は神崎にあり、又、これを放棄してはおりません。
従って、無断転載・模倣・改変は一切禁止しております。
以上、ご理解いただいた上で閲覧をお願い致します。
尚、中には所謂”腐女子”向けと呼ばれる内容が多々あります。
この言葉にお心当たりのない方、不快感をお持ちの方は回れ右、でお願いします。
尚、メインで扱ってきましたものは種(アスキラ)、ファフナー(総一)になります。
カテゴリ内からお選びいただき、閲覧ください。
シリーズとして書いていたものについては、簡単な解説をつけておりますので、まずはそちらからご覧ください。
「マ、ユ……?」
―― これが。
「う、うあぁぁぁぁぁ………っ!!!!!」
俺への、罰ですか?
●
「おにいちゃん」
学校から帰って玄関を開けると、何故か妹のマユが仁王立ちでそこに立っていた。
「ただいま。おまえ、今日早かったんだな」
とりあえず帰宅の挨拶と、思ったままの素直な感想をぶつけてみる。
帰宅部の自分と違い、マユは部活で遅くなることもままあった。
両親が共働きで、普段ならこの時間は誰も家にはいないのに。
玄関の扉を開けたまま、そのままそこに立ち尽くしているのも芸がないし、とりあえず靴を脱いで家の中へと上がろうとしたのだけれど。
「…マユちゃん? 上がれないんですけど?」
マユは通せんぼをしたまま、そこを退こうとしない。
それどころか、じっと睨めつけるようにこちらを見たまま。
頬は膨れ、それに何故か瞳にはうっすら涙まで浮かんでいた。
「……マユ? どうしたんだ?」
さすがに様子がおかしいのが気になって、顔を覗き込もうとすると。
(ん……?)
その時になってようやく目に飛び込んできた。
マユが左手に握った、それが。
(あ…)
マユもそれに気付いたのか、やっぱりまだ膨れっ面のまま、こちらを見上げてくる。
「マユ、おまえ…。また俺の部屋勝手に入ったのか」
溜息をつきながら、やんわりと諌めようとした、……のが間違いだったのか。
「おにいちゃんの馬鹿っっ」
マユの叫び声と共に、マユが握っていたそれ ―― 所謂エロ本というやつが、シンの顔面に命中した。
●
「あのな、マユ。不貞腐れたいのは俺の方なんですけど?」
「………」
とりあえず自室に戻って鞄を下ろしてから、どっかりと自分のベッドに腰を下ろす。
マユは無言のまま、それでも一緒に部屋までついてきていた。
「で? なんでまた人の部屋に勝手に入ったんだよ」
まだずきずきする顔をさすりながら、一応訊いてみる。
「……辞書、借りようと思って…」
(それでなんでベッドの下に隠してたあれを見つけるかね)
はあ…、と盛大な溜息をついてから、まだ部屋の入口でぽつんと立ったままのマユを見遣ると、俯き気味に床を睨んでいる。
「マユ、あーゆー本ってのはな、健全なオトコノコの部屋には大概あるもんなの。おにいちゃんはそーゆーお年頃な・の!」
敢えて強調して言ってみる。
大体エロ本の1冊や2冊、あって当然なのだ。
そーゆーお年頃、なのだから。
「………おにいちゃんは」
しばらく無言のままでいたマユが、徐に口を開いた。
けれどその声は、じっと耳を澄まさないと聞き取れないほど小さくて。
「おにいちゃんは…胸のおっきな女の人が好きなの……?」
「…は?」
いきなり投げかけられた質問に、思わずつんのめりそうになる。
「……マユちゃん? 何かな、それは」
「………」
見れば、マユは顔を真っ赤にして、きゅっと唇を噛みしめていた。
「…そりゃ、小さいよりかでかい方が大概の奴は好きなんじゃないのか?」
人それぞれだとは思うけど…、などと。
(なんで俺、こんなくそ真面目に答えてるんだ?)
今度はこっそりと溜息をつきながら、ちらっとマユの方を見ると、今度は耳まで真っ赤になっていた。
「……マユ、胸ちっさいもん………」
泣きそうな声で、そんなことを呟くものだから、またしてもつんのめりそうになってしまった。
「…マユ?」
一体どうしたというんだ。
今日のマユはやっぱり様子がおかしい。
そんなに兄の部屋にエロ本があったのがショックだったのか。
(ショック…なのか……?)
マユはやっぱり顔を赤くしたまま、ずっと俯いている。
(それとも好きだった奴にでも振られた、とか?)
ちくり
その思考に、胸のどこかが痛む。
―― ダメだ。
それ以上、扉を開けたらいけない。
頭の奥で、声が響く。
(わかってるよ…っ)
振り払うかのように、一度ぎゅっと目を瞑って。
瞳を開けた先に。
「マユ…!?」
よく知った妹の顔と。
唇が。
「ん、ぅ…」
頭の芯が麻痺してしまいそうになるのを必死に堪えて、肩を掴んでマユの体を引き剥がす。
「マユ、いきなり何す…」
「…おにいちゃん。好きな人、いるの?」
泣きそうな瞳で、じっと見つめて。
つい先ほど感じた唇が、そんな言葉を発した。
「……っ」
言葉に詰まる。
ダメだ。
ダメなんだ。
扉を開けるわけにはいかない。
戻れなくなる。
もう二度と、戻れなくなるから。
「マユは…」
ダメだ。
「マユはね……」
(ダメだ…っ)
―― 自覚したのはいつだっただろう。
周囲の誰もが羨むほどに、仲が良くて。
可愛くて、大事で。
でもそれは、”妹”だから。
それは、”兄”としての感情。
そのはずだった。
そうであるべきもの。
それ以下でも、それ以上でもない。
そうでなければ、いけないのに。
…だけど。
唐突に気付いてしまった。
だから、鍵をかけた。
扉を閉めて、もう二度と開かないように。
きつく、錠を下ろした、のに。
体がだるい。
でももう起きないと、そろそろ母親が仕事から帰ってくる頃だ。
「マユ。そろそろ母さん帰ってくる」
「ん…」
腕の中のマユが、ごそごそと体を起こす。
「痛…」
マユの白い躯が、びくりと強張った。
「大丈夫か?」
「う、ん。大丈夫だよ、おにいちゃん」
えへへ、と笑顔を向ける妹に、笑い返す。
脱ぎ散らかした服を拾い上げるマユの手を掴んで、もう一度引き寄せる。
この腕に、在るのは ――
もう、戻れない。
●
「早く、こっちだ!!」
物事なんて、すべては突然なのかもしれない。
”兄妹”という関係が、突然終わってしまったように。
あたりまえの日常が、終わりを告げることも。
たとえ世界が宇宙規模で戦争をしていても、ここだけは戦禍に巻き込まれることはないと。
どうして、そんな風に思うことができたのだろう。
中立のはずのこの国が。
オーブが、戦場になろうなどと。
どうしてあの時の自分に、思うことができただろうか。
この国の資源衛星であるヘリオポリスが、一瞬のうちに堕ちたことをニュースで知ってはいても。
それでも信じていた。
平和という幻想。
戦争など、自分には…自分の家族には無縁のことだと。
頭上でモビルスーツが飛び交う中を走り続けても尚、心のどこかではそう思っていた。
「マユの携帯…っ」
マユがいつも肌身離さず持ち歩く携帯電話には、自分があげたストラップがついている。
それは、誕生日にあげたもの。
妹にとしてではなく、初めてあげたもの。
そんなに高いものじゃない。
でも、とびきりの笑顔で、喜んでくれた。
だから、余計に。
転がり落ちてしまった携帯電話を、危険も顧みずに拾いに降りた。
―― ただ、笑って欲しかったんだ。
現実味のないこの戦火の中で、ただひとつだけ確かな温もり。
マユの笑顔。
欲しかったのは、それだけ。
……だから。
轟く爆音。
感じる熱風。
鼻を衝く焦げた匂い。
焼け焦げた大地。
そして。
地面を染める赤。
白い……
「う、ああぁぁぁぁぁぁ………っ!!!」
これは、俺への罰ですか?
血を分けた妹を愛した、俺の罪(シン)ですか?
これが……
贖いは。
誰ノタメニ?
--- 2005.2.7 / 初出『vertical infinity』(2005.2.13発行) ---
怖かった。
何よりも、失うこと。
+
綺麗に笑う子だって、思ったんだ。
その涙は哀しくて、でも、綺麗で。
その微笑みも、海に負けないくらいに、綺麗で。
思わず見蕩れていた。
ずっと見ていたいと、思うほどに。
だけど。
もう、二度と会えないかもしれない。
それでも。
ステラが笑っていてくれるなら。
哀しいこととか、戦争とか。
そんなものとは無縁の。
温かい、優しい場所で。
ステラが笑っていられるのなら。
絵空事とかじゃなくて。
本当に、そうなってくれるのなら。
信じるしかなかった。
だから信じた。
ステラを、ステラの笑顔を。
守りたかった。
失いたくなかった。
”守る”と約束したからだけじゃない。
俺が。
ステラを、失いたくなかった。
だから……
「よせ! あれに乗っているのはステラだ!」
「!?」
…ただ、
君を。
君の、笑顔を。
「ステラーーーーーっ」
フラッシュバックするあの日の記憶。
急速に奪われていく体温。
そして。
「シン…すき……」
…君の涙は。
綺麗だけど、哀しくて。
最後にくれた笑顔は、綺麗すぎて。
なのに。
君の笑顔も、輪郭も。
滲んで、そして……
「う、あぁぁぁぁぁぁ…っ!!!」
―― 守りたかった。
失いたくなかった。
君を…
「ステラ」
…ただ。
笑っていて、ほしかった。
--- 2005.5.28 ---
いつかは、この空も飛べるかもしれない。
+
「一騎」
どこかに向かっていたらしいその背中を呼び止める。
「総士…」
振り向きもせずに一騎が名前を呼び返した。
そんな一騎の正面に立つように、ゆっくりと歩を進める。
一騎は立ち止まったまま、そこを動こうとしない。
「…帰ってたんだ」
「ああ、ついさっき」
視線を合わせないようにしたまま、一騎が呟くようにそう言った。
「ただいま、一騎」
何かを言いかけた一騎の唇を奪う。
「ぅ…ん……」
固く閉じられた歯列をなぞるように舌で触れると、諦めたように開いた。
水音を立てて、しっかりとその舌を絡め取る。
「…は……」
なすがまま貪られた一騎の瞳は、熱に侵されているかのように潤んでいて。
本人に自覚はないのだろうけれど。
「ここ、学校…」
小声で非難めいた言葉を口にするけれど、体裁を取り繕うためだということはわかりすぎるほどわかっていた。
「…ここをもうこんな風にしてる奴が言う台詞じゃないな、一騎」
「………っ」
そっと手を一騎の下肢に伸ばす。
「キスだけでこんなに固くしてるくせに。…ここだって」
「や……っ」
素肌に直接着ているシャツの上からでもわかるほどのしこりに、そのまま歯を立てる。
「…ぁ…」
布地越しに感じる唇や舌の感触がもどかしいのか、知らず一騎は猛った己をこすりつけるように腰を動かしていた。
「僕がいなくて寂しかった?」
「…んな…こと……っ」
「…それとも、剣司あたりにでも相手してもらってた?」
「違…っっ」
言葉と躯と、両方弄びながら、すっとズボンに手を差し入れる。
なんの前触れもなくいきなり指を2本挿れると、一騎はびくんと背中を仰け反らせたけれど、それでもすんなりと呑み込んで。
「準備する必要、なかったかな」
「…ぁ、あ……っ」
蝉が鳴いている。
しっかりと咥え込んだそこから洩れる水音も、唇を噛みしめて耐える口元から微かに洩れる嬌声も、互いの息遣いも、すべて掻き消してしまうくらい。
太陽がアスファルトを灼く音。
風が夏草を揺らす音。
夏の音が、すべてを覆う。
このちっぽけな楽園を。
造り物の箱庭を、造り物の音が包んでいた。
「…ん……ぅ…っ」
堪えきれないとばかりに、一騎の口から呻きが洩れた途端に、今まで以上に締め付けてくる。
びくんと体を震わせて、くの字に体を折り曲げる一騎を支えるように、腰を抱く腕に一層力を込めて。
己もまた、その熱を一騎の内に吐き出した。
一騎はまだ、荒い呼吸を繰り返しながら体を震わせて。
宥めるように。
自分自身も、宥めるように。
その背中を。
その、体を。
ぎゅっと、抱きしめた。
たとえ、ここが造られた楽園でも。
たとえ、この蒼が造られた空でも。
君だけは、本物だった。
(一騎…)
知らなければよかったと思うことなど、本当はたくさんあって。
僕が、君を閉じ込めていたように。
僕もまた、この造り物の楽園に閉じ込められていて。
そしてきっと、その檻の扉は抉じ開けられるのだ。
(もうすぐ…)
きっと、もうすぐ。
その扉は開かれる。
……望まなくとも。
もう一度、その温もりを確かめるように、抱きしめる腕に力を込めて。
(きっと)
誰にも捕らわれずに、自由に飛べる。
本当の空を、飛べるから。
--- 2004.7.6 ---
なんで俺たち、こんなことしてるんだろう ―― …
それは幾度として抱いた疑問。
でもすぐにそれは、快楽の渦に飲み込まれて。
窓から差し込む夕日に、ちらちらと舞い上がった埃が反射していた。
ぼんやりとそれを目で追う。
薄暗い体育倉庫の中は、微かに黴臭い。
積み上げられた飛箱に抱きつく形で総士を受け容れていた。
何度目だろう。
もう数えるのもやめてしまった。
理由を問うたこともない。
疑問は、口にすることはなく、いつも互いの熱に掻き消されて。
「…何考えてる? 一騎」
耳元で囁く声は、昔からよく知っている。
答えるのも億劫で、首だけ回してその顔を視界の端に捉えると、総士は口元に笑みを浮かべてじっとこちらを見ていた。
「…東京に、行くことになった」
(東京?)
声には出さずに唇の形でそう繰り返すと、ゆっくりと頷いた総士の唇に塞がれて。
すぐに離れた唇が、言葉を続ける。
「羨ましい?」
「…別に」
東京 ―― 日本の首都。
それは即ち、ここ、竜宮島の外ということ。
外の世界。
生まれてからこれまで、この島のこどもたちは、この島から出たことはない。
限られた世界。
(衛か甲洋あたりなら喜びそうだな…)
興味がないわけではない。
―― ただ、
億劫、なのかもしれない。
閉じられた世界から出ること。
安寧から脱け出すこと。
変化はなくとも、そこには平穏があるから。
(だから…?)
だから、敢えて疑問を口にしないのか。
なんで、俺たちは……
「ねえ、一騎」
突然、総士の声が頭に響く。
いつの間にか、思考の海に沈んでいたらしい。
「シャングリラ、って知ってる?」
唐突に突きつけられた問いに、まだ頭がついていっていない。
どこかで聞いたことがある気はした。
けれど、ゆるゆると頭を振った。
「昔の人が書いた話に出てくるんだ。理想郷、ってやつ」
理想郷、或いは桃源郷ともいう。
万人が憧れるであろう、その地。
「一騎は、あると思う?」
「…わからない」
あるのだろうか。
本当に、そんな場所が。
「行ってみたい?」
「……わからない」
わからない。
本当にそんな場所があるのか。
あったとして、本当に自分はそこに行ってみたいと思うのか。
わからない。
どうして、突然。
そんな問いかけを発したのか。
「…連れていくよ」
ぽつりと、総士が呟いた。
「連れていく」
君が、望むなら。
ところどころ埃で汚れた服を拾って身につける。
総士は既に日が翳った小窓の向こうをじっと見つめていた。
「どれくらい、行くんだ?」
思わず口にした問いに、総士がゆっくりと振り返る。
「寂しい?」
「……別に」
素っ気無い答えに、わざとらしく肩をすくめながら苦い笑いを一つ漏らして。
「多分…1ヵ月、くらいかな」
1ヵ月後。
その頃にはこの島は、すっかり夏一色に染まっているだろう。
「総士…」
「何?」
(総士は…)
あると思う?
何故か、訊けなかった。
訊いちゃいけないと思った。
その時漠然と感じた胸の奥にわだかまる靄のような焦燥感も、この空の蒼さに飲み込まれて。
この閉じられた世界で。
この蒼さが、ずっと続くのだと思っていた。
―― 連れていくよ。
たとえ君が、望まなくとも。
--- 2004.7.12 ---
背後から聞こえる空気の抜けるような音が、浅い眠りを破る。
けれど、扉の前にいる人物は、一向にそこから動く気配がない。
そして自分もまた、椅子に体を預けたまま、瞳を閉じたままでその人物に呼びかけた。
「中、入らないのか? 一騎」
「あ、…うん」
小さくそう言うと、その人物は躊躇いがちに中に足を踏み入れた。
ようやく扉がまた空気の抜けるような音を立てて閉まった。
おずおずと自分が身を委ねる椅子のすぐ後ろにまで一騎が来ると、ようやく総士はそちらに顔を向けた。
「…よく、わかったな。俺だって」
「そりゃ、ね」
視線を逸らしながら素直に抱いた疑問を口にする一騎に、微笑いながら短くそう答えると、一騎は怪訝な顔をしたけれど。
それには一向に構わずに、今度は総士が一騎に問いかけた。
「一騎こそ、どうしたんだ?」
「あ、いや…」
はっとしたように顔を上げて、けれど気まずそうに一騎は俯いた。
それから聞こえないくらいの小さな声で、
「…家、帰らないのか?」
そう、ぽつりと呟いた。
『家には戻られないんですか?』
「帰っても、もう、誰もいないから」
乾いた口調でそう答える。
その言葉に、瞬間周りの空気が変わった気がした。
理由はわかっていた。
視界の端に、一騎の拳が固く握り締められるのが映る。
その光景を、薄い笑みを浮かべて眺める自分がどこかにいた。
また、縛ろうというのか。
”罪悪感”という、鎖で。
無意識のうちに、そっと左の瞼に走る傷痕に触れていた。
―― 滑稽だ。
「一騎は…どうするんだ?」
「え…?」
「もう夜も遅い。いつまでここにいる気だ?」
『貴女はどうするんですか。まだここにいる気ですか?』
先刻、現国教師(表向き、だが)と交わしたのと同じ会話を繰り返す。
ただ、徹底的に違うのは。
その根底に横たわる、感情。
そこに、冷たさを含ませるか。
温もりを、感じるか。
同じことを言われても、不快感など微塵も感じられない。
「総士が…」
「…?」
「総士が泣いたら、帰る」
全く思いもよらなかった言葉を返す一騎の顔を、思わずじっと見つめると。
何かに耐えるように眉根を寄せながら、けれど強い視線でこちらを見ていて。
まるで、心の奥底まで見透かすような。
「何…を」
滅多にないことではあるが、戸惑いがちに聞き返そうとすると、それを遮るように、
「総士が泣いたら、帰るから」
一騎がもう一度繰り返した。
「一騎…?」
「総士、泣きそうな顔してるから」
「……っ」
ぽつりと呟いた一騎の方が、泣きそうな顔をしていた。
けれど。
「泣かないだろ、総士は。そんなに泣きそうな顔してても。…だから」
「………」
それでも。
一騎の言葉は、そのままゆっくりと体の奥底まで沁みこんでいくようで。
ふいに頬に感じた温もり。
一筋だけ、流れた涙。
それは思いもよらぬもので。
けれど確かに、伸ばした指に触れた雫。
それは言葉もなく、静かに流れ落ちていった。
(…そう、か)
―― 僕は。
悲しかった、のか。
じっとこちらを見つめていた一騎が、ふっと表情を和らげる。
その瞬間に、その場を覆っていた空気さえ、和らぐような。
「…じゃあ、俺帰るから」
自分の役目は果たしたとでもいうかのように、清々しい声で一騎がそう言った。
「ほら、帰るぞ、総士」
「…え?」
けれど、続けた言葉はまた思いもよらぬことで。
「ほら、さっさとしろって。早く帰らないと日付変わっちまう」
「………」
「うまい飯食わせてやるから。…って、総士?」
あまりの展開についていけず、唖然としていると、一騎は何を勘違いしたのか、
「あ、俺の料理の腕前信用してないだろ。これでも結構うまいんだからな」
「いや、それは知ってるけど…」
そんな見当違いのことを言ってくる。
「うまいもん喰ったら、結構落ち着くって」
どんな時でも腹は減るんだし、と言われて。
その時になって、ようやく今日はほとんど何も口にしていないことに気がついた。
「だから、帰ろう?」
そう言いながら、差し出された手と笑顔。
その笑顔は、かつてはよく知っていたもの。
そしてまた、自分が一騎から奪い去っていたもの。
この左目の傷痕と引き換えに。
(それでも…)
それでもまだ、一騎は与えてくれる。
差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。
指先から伝わる温もり。
握りしめた手は、暖かかった。
その笑顔と、同じように。
--- 2004.7.23 ---
静かに近づいてくる気配は、昔から馴染みのあるもので。
浅い眠りに陥りかけていた体を、ゆっくりと呼び起こす。
薄暗い部屋の中、瞼を開けた先には、やはり思った通りの相手がいた。
「総士…」
「あまり関わらない方がいい」
唐突に切り出された言葉。
抑揚のない、冷めた口調。
「もう、友達のままではいられないんだ」
冷たい棘を含ませたような言葉の裏に、一切の感情を読み取れない。
―― じゃあ、俺たちは?
「……ぅ…」
「苦しいなら、声、出せばいいのに」
濡れた唇が、僅かな光に反射して弧を描く。
覆い被さった総士が囁く度に、耳元で遊ぶ吐息が躯をまた震わせる。
唇を引き結んで、次から次へと押し寄せる感覚を必死に耐えながらゆるゆると頭を振ると、
「ふーん…?」
「……っ…ぁ、…っ」
それまでの緩やかな動きとは一転して、シートがぎしぎしと音を上げるほどに激しく律動を始めた。
「…ぁ、…だ、誰か来たら……っ」
否が応でも上がる息の合間に訴えかけてみても、その動きが止まるはずもなく。
「…こっちは、そんなこと言ってないみたいだけどな、一騎」
「…ふぁ……っ」
一際強く突かれた途端、思わず洩れた嬌声と。
はだけられた自分の肌に感じる、自分の熱。
そして。
躯の奥に放たれた、総士の熱。
麻痺してしまったような頭の中で、それでも先程の総士の言葉が木魂していた。
『友達の、ままでは……』
―― ならば、自分たちは。
自分と、総士は。
霞んだ視界の先に、じっとこちらを見つめる総士の顔があって。
そして、その左の目に走る、古い傷痕。
…そう、本当は。
あの日から、もう……
ずきん
受け容れたそこから感じる鈍い痛みとは別の、痛み。
けれど。
「一騎…」
名を呼びながら触れてくる唇は、その痛みを煽り。
けれど、ぐちゅぐちゅと卑猥な水音を立てながら再び開始された律動に、掻き消されていく。
ファフナーに乗るよりももっとずっと前から始まった関係。
その真意は、わからないまま。
ひとつになるということ。
(けど…)
この行為すらも、”今”のためだったのか。
ファフナーを駆り、戦うために。
ずきん…
(え…)
そう考えた途端、胸に走った痛みは。
今まで感じていた痛みより、強くて。
(な、んで)
痛みは、体を巡る血液と同じように、体の中を駆け巡っていくようで。
「総、士……っ」
少しでも紛らすように、背中に感じるシートに喰い込むほどに爪を立てた。
今はまだ知らなくていい。
今はまだ、知りたくない。
この胸に走る痛みを。
この行為の意味を。
『もう……』
今は、忘れよう。
すべて、この胸の奥深くに沈めてしまおう。
今は、この非日常の風景に埋没すればいい。
今は、ただ ――
--- 2004.8.8 ---
この蒼穹に、飛び散ったもの。
約束。
命。
涙。
たくさんの破片が、胸を刺して。
切り裂いていく。
心を。
想いを。
何もかも。
+
マークエルフを降りて、走ってその姿を探した。
人気のない、通路。
その一番奥、明かりも届かないような、場所で。
「総士…っ」
掴みかかるように、その体を壁に押し付ける。
総士は、何も言わない。
「どういう…ことだよ……っ なんで、翔子が…!?」
体も弱く、学校も休みがちで。
昨夜だってそうだ、病室に見舞いにだって行ったのに。
「総士…!!」
(なんで…)
何故。
けれど、理由は。
『私は、あなたの帰るところを守ります』
唇を噛みしめる。
そう、約束したから。
だから、翔子は……
「一騎…」
その声に、はっと顔を上げる。
先程までの無感情とも取れる表情に、微かに滲む哀れみと。
必死に隠そうとしている、哀しみ。
なぜか、そう思った。
『あまり関わらないほうがいい』
(あ…)
理不尽な言葉だと思った。
けれど、本当は。
(俺の、為……?)
戦うということ。
守るということ。
助けるということ。
それには、何らかの代償があって。
その度、この心が傷つかぬように。
「………っ」
それでも。
涙は溢れてくる。
思い出。
言葉。
約束。
笑顔。
哀しみ。
憤り。
いろんなものが、溢れ出して。
ひとりでは抱えきれずに。
総士の体を壁に押し付けたまま、その胸に顔を埋めた。
総士は黙ったまま、そっとてのひらを背中に添えて。
卑怯だと思う。
総士はこうして、自分の哀しみも憤りも、すべて受け止めてくれるのに。
自分はただ、ぶつけるだけで。
総士には、泣く場所も、怒りをぶつける相手もない。
それが、上に立つということ。
それでも自分はこうして甘えている。
気付かない、ふりをして。
『必ず帰ってきてね』
遠くで響く約束。
その声は、もう、あまりに遠い。
ただ、背中に感じる総士の手の温もりだけが、現実味を帯びていた。
--- 2004.8.17 ---
シナジェティックスーツ越しに触れる指先から伝わる熱。
触れられる度、そこから生まれる熱で火傷しそうになるくらいに、熱い。
「いつもより感じてる、一騎」
耳元で囁かれるのも、戦闘の時と同じ。
ただ、違うのは。
そこに確かに、温もりを持った実体があるということ。
「やっぱりシナジェティックスーツ着てるから、かな」
僕と脳内でも繋がってるからね、と言うけれど。
(何言ってるんだ…)
ジークフリードシステムは働いてないじゃないか。
ぼんやりとした頭でそんなことを考える。
シュミレーター用の擬似コクピットの中。
その狭い空間に、本来ならいるはずのない相手が目の前にいて。
そこに充満するのは、衣擦れの音と、通常より熱を増した、互いの息遣い。
その息と、総士の長い髪とが、僅かに露わになっている素肌に触れて。
そこからまた新たに生まれる熱。
全身でその熱に翻弄されながら、それでもやはりわからない。
(何、考えてるんだよ……)
ジークフリードシステムとファフナーは、搭乗者が脳の皮膜神経で繋がっている状態になる。
まるで、自分の考えも何もかも、すべて総士には見られているようで。
けれど、自分からは総士の考えがわからない。
それは、本来わからないものなのかもしれない。
もしくは、総士が遮断しているのかもしれない。
どちらにしろ、戦闘の時も、今も、そう。
総士が何を考えているのか、わからなくて。
「…ぁ……」
休むことなく這い回る総士の指で、すでに躯は余すところなく熱を帯びていた。
それは、躯の奥も同じ。
今以上の刺激を欲して、無意識のうちにもどかしげに腰を揺らしていたらしい。
「もしかして、強請ってる? 一騎」
楽しそうな総士の声が耳元でするのと同時に、猛った己を爪で引っ掻くように、スーツ越しに撫で上げられる。
「……っ、あ…」
思わず震わせた躯。
そして。
ずらしたスーツの隙間から捻じ入れられた総士の熱。
「あ…ぁ、…っ……」
それは、認めたくなくても待ち望んでいたもので。
いつからこの躯はこの痛みに慣れてしまったのだろう。
痛いけれど、 ―― 甘い。
こんな感覚、知らなかったのに。
「どうした、一騎。…挿れただけで達きそう?」
先程よりあからさまに質量を増した自身から溢れ出るもので、スーツに染みを作っていた。
「いいよ、達っても」
そう言うや否や、いきなり最奥を穿たれて。
「………っ」
迸らせた白い熱が、ツ…と肢を伝っていく。
「…ふぁ……ッ」
開放感に酔いしれる暇もなく、達ったばかりの躯の内の総士は容赦なく動き続けて。
内壁を擦られる度に、躯中に痺れが走る。
激しさを増す動きに、それでもこの躯はついていく。
そうして何度も、コクピットに熱を撒き散らした。
荒い息を吐きながら、無造作に投げ出した手に触れた計器は僅かに曇っていたようだった。
「このスーツ、もう使い物にならないな」
襟元を整えながら、総士が白濁にまみれたシナジェティックスーツを見下ろしてぽつりと呟いた。
だからと言って、別段悪びれた様子も見せず、その顔には余裕そうな笑みさえ浮かべて。
「まあ、これくらい安いものだろう」
よりパイロットと一体化して、戦闘で成果を上げるには。
言外に含まれる意味を感じ取った瞬間、ぼんやりとしていた頭にカッと血が昇るのがわかった。
(……なら)
思わずついて出た言葉。
「…なら、他の奴等とも、するのか……」
他のパイロット候補とも。
躯を繋げるのか。
すべて、ファフナーのために。
「だとしたら?」
間髪入れず返ってきた言葉。
それは、どこか冷たさを含んで。
ずきん
「……っ」
昇った血が、今度は急激に凍りついてしまったかのようだ。
言葉が出ない。
体が、まるで鉛でも飲み込んでしまったかのように重かった。
「…俺、着替えてくるから」
震える唇で、それだけどうにか言葉にして。
力の入らない体を叱咤するように、シートから起き上がった。
下腹部に感じる鈍い痛みよりも、他のどこかが痛んだけれど。
それを振り切るかのように、もつれた足で逃げるようにロッカールームに向かった。
+
覚束ない足取りでロッカーに向かう一騎に、思わず差し出そうとした手を下ろして。
ただ、その背中を見送りながら、誰にも聞き取れないくらいの声で、呟いた。
「そんなわけ、ないだろう…?」
そんなこと、あるはずもない。
一騎以外の相手と、躯を繋げるなどと。
たとえそれが、この島を守るために必要なことだったとしても、それでもそれだけはできない。
一騎は知らない。
この行為の意味も。
自分の本心も。
知ったらもっと軽蔑するだろう。
一騎しか、要らない。
この島だって。
君がいるから、楽園になる。
+
幸い、ロッカールームには誰もいなかった。
ほっと安堵の息を吐いて、そのままずるずると扉に背を預けて、膝を抱えるように座り込んだ。
ずきん
(まただ…)
体のどこかが、痛い。
言いようのない、痛み。
そして。
「………」
思わず溢れ出した涙。
理由なんて知らない。
けれど、声も上げず、ただこの頬を伝うに任せていた。
どれくらいの時間をそうしていたかわからない。
のろのろと体を起こし、自分のロッカーのドアを開けた。
いつもの私服に着替え終わり、ふと見たドアの裏に備わった鏡の中に映る自分は。
「…ひどい顔してるな、俺」
虚ろな瞳で、心なしか目尻が赤い。
思わず自嘲的な笑みを浮かべようとした、その時。
ふいに感じた、視線。
振り向いた先には、いつの間に来たのか総士が立っていた。
「………」
思わず顔を背け、ロッカールームを後にしようとした背中に、総士が手を伸ばす。
「…触るな……っ」
自分でも驚くほどの剣幕で、振り払った腕。
総士は少しだけ、驚いたように目を見開いて。
(あ…)
ちくり
胸に這い登る罪悪感。
「……っ、…ごめん」
微かな声で謝罪の言葉を口にして、その場で一騎は項垂れた。
ぎり…
握りしめた拳と、噛みしめた唇。
そのどちらも、痛みは感じない。
それほどまでに、体のどこかに走る痛みの方が、酷くて。
「ん…ぅ…」
ふいに上向かされた顔に触れる唇。
それは、嫌になるほどによく知ったもの。
「そんなに噛みしめたら、傷になる」
舌でその痕をなぞって、再び唇を塞ぐ。
無意識のうちに、総士の背中に回していた腕。
そして、無意識のうちに、ぎゅっとその服を握り締めていた。
まるで、縋るように。
総士の腕の中で、齎された安堵。
そして同時に、新たに生まれた痛み。
それはまるで、胸の奥が軋んでいるかのような。
この胸の奥で燻る痛みも。
流した涙も。
生まれる、熱も。
ひとりでは、抱えきれずに。
理由など知らない。
理由など、知りたくない。
今は。
見上げた先に広がる蒼に、呑まれたままでいい。
--- 2004.9.4 / 【初出】総一・一総15禁アンソロ『見果てぬ夢幻』 ---
蜩が鳴いている。
その場を支配する音は、ただそれだけ。
夕暮れの朱が、境内を染めていく。
夏も、終わりが近い。
ぼんやりした頭で、そんなことを考えながら。
それでも頭を占めるのは、唯一人のこと。
(そういえば…ここ、だったんだよな)
すべての始まり。
目の前にある老木で。
幼き日の過ちも。
そして。
(初めて…したのも)
あれは、そう。
学生服を着ていたから、丁度中学の入学式の日だ。
島の中学校は普段は私服だけれど、入学式や卒業式の時だけは学生服の着用が義務付けられる。
だから、あの日は春だった。
どういう経緯でここにふたりで来たのか、もう覚えていないけれど。
確かにここで、初めて躯を繋げた。
どうしてそうなったのかも、よくわからない。
よくわからないけれど、ただ痛くて。
ひたすらその痛みに耐えようとしたことだけ、覚えている。
だってきっと、自分が傷つけた時の方が、痛かったと思うから。
だから。
ただひたすら、その痛みを我慢した。
あの幼き日の、過ちの代償として。
それからずっと、続けた関係。
幼馴染としてでも、親友としてでも、ない。
『僕に必要なのは、この左目の代わりになるものだけだ』
ずきん
(なんで…)
わかっていたはずだ。
何を、今更。
自分が奪った、総士の左目。
その代わりとして、総てを捧げようと思った。
だから、ファフナーにも乗った。
わかっていた。
…それなのに。
ずきん
何故、こんなに痛い。
心が、悲鳴を上げるように。
『ファフナーと俺たち、おまえにとって、どっちが大切なんだ?』
『ファフナーだ』
ずきん
先程の会話を反芻する度。
(な、んで…)
総士の言葉が、頭の中でこだまする度に。
ずきん
『一騎』
―― すべて、錯覚だった?
「信じろ」と言った声も。
ファフナーの中で、交わした言葉も。
……繋がる時に、囁かれた名前も。
どくん
『一騎』
その時の声を思い出しただけで、躯の奥が一瞬にして熱くなる。
低い、情欲に掠れた総士の声。
自分だけが知っている、声。
どくん どくん
鼓動が速くなる。
総士の声が、耳元で低く名前を囁く。
たった、それだけのことなのに。
(こ、んな…)
躯の奥で燻り続ける熱に、思わず背中を折り曲げる。
背筋を走り抜ける痺れに、耐え切れずに。
震える指で、ズボンに手をかけた。
ジッパーを下ろす音だけが、いやに耳についたけれど。
そうして触れた己は、固さを増して。
『一騎』
絶えず耳元に、いるはずのない総士の声を聞きながら。
「…ぅ…、…ふ……ン…っ」
手は休むことなく動き続ける。
まるで、総士が自分にするのと同じように。
考えるまでもなく、覚えこんでしまっている通りに。
「ぁ…、総…士……ッ」
名前を呼んだ途端、びくんと躯を震わせて。
荒い呼吸を吐きながら、手の中に吐き出した白い熱をただぼうっと見ていた。
こんな場所で、罰当たりなことをしていると、朦朧とした頭の片隅で思いながら。
それが、生理的なものだったのか、それとも他の理由からかはわからなかったけれど。
目尻に浮かんだ雫が、一筋だけ、弧を描いて滑り落ちていった。
+
いつからだろう。
靴音だけで、その相手だとわかるようになったのは。
このリノリウムの床の音も、覚えてしまった。
そう、この場所でも。
地下深くに眠る、このアルヴィスでも、幾度となく躯を重ねたから。
だから。
通路の陰から、そっと身を現して。
正面から歩いてくるその姿を、真っ直ぐに捉えた。
総士の足が止まる。
その表情は、硬く。
何の感情も、読み取れない。
(いや…)
そんなことはない。
たとえ、他の誰がそうであったとしても。
自分だけは。
(わかる、はずだ)
まるで、睨み合うかのように視線を絡ませて。
それから徐に、一騎は歩を踏み出した。
真っ直ぐに。
総士の胸倉を掴んで、体を引き寄せる。
そして、そのまま口付けた。
貪るように。
瞳も閉じぬまま、総士はされるがままで。
応えようとしない総士に苛立つように、一騎は自ら舌を差し入れた。
綺麗な歯列が触れる。
それを抉じ開けるように、深く深く口付けて。
「…ん…ぅ……」
ようやく絡ませあった舌が、ぴちゃぴちゃと水音を立てる。
自分から仕掛けておきながら、口付けだけで砕けそうになる腰を必死に支えた。
長いキスを終えて、離した唇を繋ぐ糸が銀色に煌いていた。
「…どうした、一騎。もう終わりなのか?」
人気のない通路に冷たく響く、総士の声。
(違う…)
間違えないように。
じっと、視線を逸らさず総士を見つめて。
「終わりじゃない」
震えそうになる声を、ぐっと抑えつけるように口を開いた。
それを聞いた総士が、口元だけで笑う。
「……望み通り、抱いてあげるよ。一騎」
そう言うや否や、ぐいっと一騎の体を抱き寄せ、先程とは比較にならぬほどの勢いで唇を奪った。
(総士)
いつからだったろう。
この行為に、痛み以外の感覚を覚えたのは。
「ぁ…、あ、……は…」
抱え上げられた腰が、がくがくと揺れる。
総士の背中に回した手で、滑り落ちないようにぎゅっと制服を掴んでいた。
荒々しく抽送を繰り返される度に、言いようのない快感と、そして。
…寂しさが。
「総、士…」
全身を駆け巡るその感情に負けないように、名前を呼ぶと。
僅かに総士は目を瞠って。
「………一騎…」
小さく名前を呟いて、更に奥まで繋がるように、一騎の腰を深く引き寄せた。
「…あ、ぁ……っ」
同時に放った互いの熱を、内と外とで感じながら。
荒い息を吐きながら、そっと総士の制服を握り締めた指を解こうとすると、
「え…、……っ」
繋がったまま、反転させられた体を壁に押し付けられた。
火照った体に、壁の冷たさが必要以上に感じられて。
その温度差に、思わずびくんと体を震わせた。
「そ、総士…?」
「自分から誘ったんだ、これくらいで音を上げられたら困る」
「ひ、ぁ……」
乱暴に再開される律動は、それでもすぐにこの躯を煽り立てていく。
内を掻き回される度、崩折れそうになる膝を支えるように、壁についた腕に必死に力を込める。
繋がった部分から漏れる水音に混じって、ふいに頭に響いてきた声。
『僕に必要なのは、この左目の代わりになるものだけだ』
それでいいと、思っていた。
総てを差し出せば、贖えるのだと。
けれど。
(違うんだ、きっと)
それでは、ダメなのだ。
償っていたつもりだった。
けれどそれは、逃げていただけ。
総士の心。
そして、
自分の心から。
(総士は…)
どんな想いで、自分を抱くのだろう。
自分は。
どんな想いで、総士に抱かれるのだろう。
何度も熱を吐き出しながら、繰り返し思う。
力の入らない手を伸ばして、そっと総士の前髪を掻き上げる。
うっすらと額に汗を浮かべた総士もまた、同じように荒い息を吐いていた。
その左目に走る、古い傷痕。
それをなぞるように、唇を寄せて。
「一騎?」
この、傷痕に。
縛られていたのは、どっちだろう。
縛られた振りをして、縛っていたのは ――
「一騎……」
遠のく意識の中で、聞こえた総士の声は。
か細く、そして。
霞む視界に映った顔は、歪んでいた。
まるで。
今にも泣き出しそうな、子供のように。
+
「何処に向かうんですか?」
「新しい楽園よ」
『楽園だよ』
あの日 ―― フェストゥムがこの島を襲った日。
自分たちは何処に行くのかと尋ねた時、確かに総士は言った。
”楽園”だと。
(総士…)
外の世界で、総士は何を見たのだろう。
そして。
ひとりで、何を抱えたのだろう。
(俺は……)
”外の世界”――
この目で見れば、わかるだろうか。
知ることができるだろうか。
……共に、歩いていけるだろうか。
(迷うな)
自分で決めたことだ。
何を見ることになろうとも。
失えない、もののために。
―― だから。
今は、脱け出そう。
与えられた楽園を。
……ひとりで。
本当の、楽園のために。
--- 2004.9.27 / 【初出】総一合同誌『融合~ほんのう』 ---
| 12 | 2012/01 | 02 |
| S | M | T | W | T | F | S |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
| 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 |
| 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 |
| 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
| 29 | 30 | 31 |
真性アスキラー。
思いもよらずダブルOが歴代G
の中で一番好きな状況に。
成層圏の向こう側まで狙い
撃つ兄貴を愛してやまず。
BAS●RAの影響で戦国史に
どっぷり。VIVA眼帯。
えろすきーだけどホモスキー
に非ず。
オフラインでは【絶対零度】
というサークル名で活動中。