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神崎廉が今まで書いてきたSS保管庫。
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静寂に紛れて響く微かなその音は、月が奏でる歌。
その音に誘われた先に、アスランが出会ったのは…
本編派生型アスキラパラレル。

一部大人向け表現がありますのでご注意を。

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静寂に紛れて微かに響くその奏。
それは、月が齎す調律の音。
―― 月の歌。

 

Op.1 prelude

 

―― 聞こえる。
それはまるで、歌のように。
都会の喧騒とは無縁のこの島で、冷えた夜気にじっと耳を澄ますと、静けさに紛れてこの耳に届く音。
(何だ、これは…)
確かに海岸線は近いけれど、波の音とも違う。
微かだけれど、確かに聞こえるその音は、どこかしら懐かしく。
そして、何故か心を掻き毟るように響いて。
焦燥、だろうか。
酷く心が騒いで。
眠れずにいたベッドから起き上がり、椅子に無造作に掛けられていた上着を手にする。
それを羽織ってから、他の部屋で寝ているであろう住人たちを起こさないように、そっとあてがわれている部屋を抜け出した。
扉を開けて天を仰ぐと、まるで切り取られたかのように虚空に満月が浮かんでいた。
(聞こえる)
月明かりだけを頼りに、その音に誘(いざな)われるかのように歩みを進める。
月は優しく闇を照らす。
そうして辿り着いた先は、静かに寄せる波打ち際。
(潮騒…だったのか?)
違う…と、心のどこかで声がする。
ひとつ息を吐き出すと、それは白く宵闇に溶けるかのように消えていった。
あの家からここまでは然程遠くはない。
理由はともかく、折角ここまで来たのだから、暫くここで波の音でも聴いていよう。
そう、思った時。
夜闇に慣れた目が、それを捉えた。
砂浜に残された、自分のものではない足跡。
それを辿るように視線を投げる。
この島には、自分とあの家に暮らしている人たちしかいないはずだ。
「君……?」
思わず声をかけると、その人影はゆっくりと振り返る。
月明かりに照らされたその姿は、まるで幻のように儚くて。
自分の姿を捉えると、柔らかく微笑んだ。
動けない。
その視線に釘付けになったかのように、ただ、立ち尽くすしかなかった。

―― 月が呼んだのか。
いや、あの歌なのだろうか。

これが、”彼”との出逢いだった。

 

--- 2005/3/5 ---

「君は、誰だ……?」

どうしてだろう。
何故、自分の声は震えている?
何故、こんなに心が騒いでいる?

月を背に佇む彼は、じっとこちらを見つめていた。
そして、その問いを発した時。
その柔らかな笑みが、ふと哀しげなものに変わった気がした。
「君、は…」
彼は答えない。
じっとこちらを見つめたまま、微動だにしない。
震える足で、ゆっくりと彼の方へと歩を進めた。
近づくにつれ、彼の姿が浮き彫りになっていく。
宵闇に浮かぶように現されたその姿は、やはり幻のようで。
触れようとした瞬間に、消えてしまいそうな錯覚に陥る。
けれど、そっと伸ばした指先に触れた体は、確かにそこに在って。
(綺麗、だ……)
中性的な面立ちで、一番印象に残るのはその瞳。
惹き付けてやまない、その紫の瞳。
まるで、宝石のような。
「君は、誰だ?」
もう一度、ゆっくりと同じ問いを繰り返す。
けれど彼は答えない。
「?」
怪訝そうな顔をしていたのかもしれない。
彼は今度は、困ったように笑った。
(…もしかして…)
そこでふとあることに気が付いた。
「君…、もしかして喋れない?」
すると、困ったような笑みを浮かべたまま、こくんと頷いた。
言葉が続かない。
でも、どうしても。
彼の名前が知りたくて。
「俺は、アスランって言うんだ。……君は?」
答えられるはずがないのはわかっていた。
けれど、どうしても知りたい。
今は訳あって偽名を使ってここにいるけれど、彼にはどうしても自分の本当の名前を知って欲しくて、咄嗟にその名前を言っていた。
きっと自分は、必死な顔をしていたのだろう。
彼はそのアメジストのような瞳でじっとこちらを見つめ、それから徐にしゃがみこんだ。
「キ、ラ……?」
砂浜に刻まれていく名前。
「君は…”キラ”っていうの?」
その名前を口にすると。
「………」
照れたように、けれど。
とても幸せそうに、微笑んだ。

 

--- 2005.3.5 ---

「キラ」
もう一度その名前を反芻してみる。
なんだろう。
瞬時に走ったこの衝撃は。
それは電流のように、体中を駆け抜けて。
思わず口元を押さえる。

『キラ』

頭の奥で響く声。
どこかで聞いた ―― …

(なん、だ…?)
こめかみの奥が、ずきりと痛む。
思わず顔を顰めて俯いていると、急に押し黙ってしまった自分を心配したのか、キラが立ち上がり、心配そうな面持ちで顔を覗き込んできた。
不安に揺れるその瞳を安心させるように、笑みを作る。
「ごめん、大丈夫だよ」
そう言うと、まだ心配そうな顔をしていたけれど、それでもキラも微笑み返す。
(………っ)
不思議だった。
その微笑みは、何もかも包み込むように、温かくて。
夜気に冷たさを増したはずの潮風すらも、気にならぬほどに。
じっと見つめていると、キラが今度は困ったような笑みを浮かべて上目遣いに見返してきた。
「あ、えっと…。キラは、…どこに住んでいるんだ?」
(ナンパだな、これじゃ…)
思わず訊いてみたものの、自分の言った台詞に苦笑する。
けれどキラは、何も答えない。
やっぱりちょっとだけ、困ったような顔をしたまま。
ふたりの間に横たわる無言の時の間に、波の音がさざめいて。
そしてそこに混じる、微かな音 ――
(聞こえる…)
ここに導くかのように聞こえてきたその音は、キラにも聞こえるのだろうか。
それを訊いてみようかと、口を開こうとしたとき。
ふ、とキラの顔に翳が落ちる。
空を仰ぐと、雲が月を隠そうとしていた。
キラが寂しそうな顔をして、徐に背を向けた。
「キラ…っ」
思わず呼び止めた声は、自分でも驚くほど大きくて。
振り向いたキラもまた、大きな瞳を更に大きく見開いていた。
「また…、会える?」
必死、だったのだと思う。
それが伝わったのかどうかは、わからないけれど。
それでも。
キラは、とても嬉しそうに。
大きく、頷いた。


―― それは、偶然の邂逅。
けれど、この短い時間の間に芽生えた感情は、激しくて。
それに名前をつけるとすれば、”熱情”。
手放したくない、と。
何よりもその存在を、欲していた。

 

--- 2005.3.6 ---

「ねーえ、アスラン。なんかいいことあった?」
「うん?」
そう訊いてきたのは、この家に住むまだあどけなさを残した少女。
書庫から引っ張り出してきた本を捲っていると、腰掛けていた肘掛に乗り出すように顔を見上げてきた。
「なんか最近のアスラン、すっごく楽しそう」
…こどもの感というのは案外鋭いもののようだ。(この場合は女の感、だろうか。)
「そう見える?」
「うん。みんな言ってるよ」
(…俺は、そんなに顔に出る方だったのか…?)
「マルキオ様も言ってたよ。アスランの空気が穏やかだって」
「……そう、なのか?」
「うん」
この島で、戦災孤児たちと共に暮らすマルキオ導師は目が見えない。
その分、彼には目に見えないものが見える。
その彼が言うのだから、やはり今の自分は穏やかなのだろう。
「ねー、アスラン。どうしたの?」
「え? ああ、どうもしないよ。あ、ほら、皆が呼んでるよ?」
「今行くー! じゃあね、アスラン」
いいタイミングで他のこどもたちが呼びにきてくれたことに内心ほっとする。

”いいこと”

その言葉に、ふっと頬が緩む。
確かに、”いいこと”だ。
あの満月の晩の出逢いから、毎夜のようにキラと浜辺で逢っていた。
そのことは、誰にも告げていない。
何故かはわからないけれど、どうしても秘密にしておきたかった。
もしかしたら、それも一種の独占欲の表れなのかもしれない。
あの日から、夜が来るのがたったひとつの楽しみだった。
キラと逢って、短い時間だけれど、一緒の時を過ごす。
キラは喋れないから、一方的に自分が話すのだけれど、キラは嬉しそうに話を聞いてくれて、頷いたり、時には砂浜に何か書いたりと、会話らしきものを楽しむことはできた。

ナチュラルとの戦争が一応の終結を見、軍服を脱ぐことはできたけれど。
どうしてかはわからない。
平和になったはずなのに。
心の奥に、ぽっかりと穴が開いたかのように。
どうしようもない虚無感に苛まれる日々を送っていた。
戦争の終結を、平和を、何よりも望んでいたはずだ。
けれど。
(…何かが、足りない……)
それが何かはわからない。
だが、自分にとって一番大切な”何か”。
それが、今の自分に欠けている。
そのことだけは、嫌と言うほどにわかっていた。
その”何か”がわからぬまま、亡命という形でオーブに来、マルキオ導師の世話になっていた。

けれど、今。
満たされている自分がいる。
欠けていた何かが、補われているように感じられる。
(キラと逢ってから、だ)
キラと一緒にいると、楽しい。
楽しいばかりの話をしているわけじゃない。
戦争の話もした。
会ったばかりだというのに、それでも誰にも言えなかったようなことも、キラには話せた。
キラと一緒にいると、落ち着く。
キラと一緒にいると、安心する。
その微笑みのせいなのか。
その、柔らかで透明な空気のせいなのか。
(そういえば…)
雰囲気は全然違うけれど、よく知った人物に、その面影は似ている気がする。
共に戦い、今はサポートする立場にいるカガリになんとなく面差しが似ている。
否…
(違う)
その考えは瞬時に打ち消される。
理由のわからない確信のもとに。
彼がカガリに似ているのではない。
カガリが、彼に似ているのだと。
「………」
何故だろう。
それが正解なのだと、何かが告げている。
「アスラーン、もうすぐごはんだよー」
思わず沈みかけていた思考は、こどもたちの無邪気な声に容易く邪魔された。
ふと窓を見遣ると、空は黄昏の色に変わりつつあった。
そこに浮かぶ月は、まだ輝きを持たず、白いままで。
逸る気持ちを抑えて、腰を上げた。

今日もまた、夜が来る。

 

--- 2005.3.6 ---

『きっと、お月様が歌ってるんだよ』

 

その日は朝から雨だった。
雨は好きではない。
どこかしら鬱々とした気分にさせるから。
けれど、多分。
それだけじゃない。
何かが、ひっかかっていた。
それを考えようとすると、またこめかみの奥が痛んで。
ふう…、とひとつ重い息を吐き出した。


月が見えない。
雨は夜になっても降り続いていた。
キラと出逢ってから、初めての雨の夜だった。
毎夜逢うのも、約束をしていたわけではない。
けれど、もしかしたら待っているのではないかと。
それは、心配というよりも、寧ろ、淡い期待だったのかもしれない。
1日でも、キラと逢えないのは苦痛だった。
そう、逢いたかった。
どんなことをしてでも、キラに。
だから、雨脚の激しい中、浜辺へと足を速めた。


(あ…)
その確信はあった。
キラはそこにいる、と。
けれど。
「………」
声をかけることができなかった。
キラは、この大雨の中、傘もささずに立ち尽くして。
雨に打たれて佇むキラは、初めて逢ったときのように、儚い幻のように見えて。
キラはしばらく俯いたままで、それから天を仰いだ。
大分夜闇に慣れたとはいえ、月の明かりすらない状況で、その顔がはっきり見えたわけではない。
けれど。
雨と一緒に、その瞳から涙が流れ落ちた気がした。

どくん

何故だろう。
唐突に襲い来る不安。
本当に、このままキラが消えてしまいそうで。
それなのに、足が動かない。
声をかけることすらできない。
脳裏に、寂しそうに笑うキラの顔が浮かぶ。
キラと一緒にいるとき、キラはいつも柔らかい笑みを浮かべていたけれど。
時折ふと、寂しそうな表情をするときがあった。
それはいつも一瞬だったけれど。
心が、痛かった。

ずきん

そう、こんな風に。
(キラ…)
思わず目を伏せて、もう一度キラの姿を探すけれど。
そこにはもう、キラの姿はなかった。


--- 2005.3.6 ---

カーテンの隙間から洩れる光の強さに誘われるように、窓辺に立ち、重い錠を上げる。
カタンと音がして、開け放たれた窓から風が吹き込んできた。
湿り気を帯びない、さらりとした空気。
昨日の雨が嘘のように、空は青く澄み渡っていた。
昨日は家の中に篭っているしかなかったこどもたちも、今日は思う存分外で遊ぶとでもいうように、はしゃいだ声が風に乗って聞こえてくる。
(俺も同じ、か)
夜になるのがいつも以上に待ち遠しい。
キラに逢いたい。
一秒でも、早く。
昨夜のキラの様子は明らかに尋常ではなかった。
いや、本当にあれはキラだったのか ―― ?
その姿は、いつの間にか消えていて。
(まさか…)
ぞくり
言いようのない不安が、背筋を這い登る。

キラが本当に自分の前から姿を消してしまったのだとしたら?

思わず浮かんだ仮定に、全身の血が凍りついてしまったかのようだ。
ずきん
「……!?」
突如走る痛み。

キラが、いなくなったら。

そんな考え、消し去ってしまいたいのに。
その忌むべき仮定が、何故か心に引っ掛かる。

それが、現実だったとしたら?

考えたくもない。
けれど。

それがかつて、本当にあったことだとしたら ―― ?

ずきん
吐き気を伴うほどに、その痛みは酷くなる一方で。
まるでこれ以上、考えようとすることを拒否しているかのようだ。
(キラ……)

―― 逢いたい。
今、すぐに。
その存在を、確かめたい。

それなのに。
夜がまだ来ない。
一分一秒が、たとえようもなく長く感じられた。


--- 2005.3.8 ---

新月に近い月は、その姿を隠すようにか細く漆黒の空に架かっていた。
駆け出すようにその場所へと向かう。
もう慣れてしまったその道程は、月明かりさえ朧なこんな夜でもはっきりと刻み込まれていて。
確かな足取りで、そこに辿り着いた。
「キラ…っ」
安堵の息と共に吐き出された名前は、言霊のように。
その名を呼ぶだけで、温かさがこの胸に拡がっていく。
そして。
一瞬にして空気が和らぐようなその微笑みも。
……けれど。
その温かな笑みに翳りが垣間見えた気がして、消えかけていたはずの不安が再び顔をのぞかせる。
(…怖い)
心の底からそう思う。

もしも。
キラを、失うとしたら。

どくん

―― 歌が聞こえる。
早鐘のように打つ鼓動に混じって、それは体内を駆け巡るように。
「………っ」
呼吸ができない。
全身の血が引いてしまったかのように、寒い。
それは、夜気を孕んだ潮風だけのせいじゃない。
かたかたと小刻みにこの体を襲う震えの正体がわからない。
…いや。
わかりたくない。

どくん

歌が聞こえる。
鼓動がやけに耳につく。
そして、それに混じるノイズ。
(なん、だ…?)

『俺がおまえを……』

(なんだ、これは……?)

『キラ』

「………っ」
そこにあったのは、心配そうに顔を覗き込んでいる紫の瞳。
聞こえてくるのは、静かな波の音だけで。
「キラ……」
その存在と、自分自身を確かめるために、名前を呼ぶ。
すると不安そうに揺れていた瞳は、優しい色を湛えて。
「キラ」

―― おかしいだろうか。
知っているのは名前だけ。
それ以外は何も知らない。
たった2週間、僅かな時間を共有しただけだ。
けれど。
知っている。
魂の奥深くから焦がれる想いを。
同性だから、とか。
そんなことは関係なくて。
キラ、だから。

だから…

折れてしまいそうなほど細く華奢なその体を引き寄せる。
キラは驚きに一瞬身を強張らせたけれど、やがておずおずと背中に腕を回してきた。

この想いを知っている。
けれど。
その、衝動を。
止める術など、知らなかった。

 

--- 2005.3.9 ---

「お月様が歌ってるんだよ」

―― それは、幼い日の記憶。
幸せな…遠い、記憶。

 

     ●

 

―― 熱い。
絡めあう舌も。
重ねあう肌も。
この躯も、キラの内も。

「キラ…、キラ」
「……っ」
動くたび、キラの口から声にならない悲鳴が洩れる。
仰け反る喉がいやに扇情的で、まるで引き寄せられるかのように唇を落とす。
(知ってる)
キラの肌。
キラの熱。
(俺は、知ってる)
それが、確信に変わるとき。
「………っ」

歌が。
一際大きく響いて。

―― 熱い。
熱を帯びた肌も。
吐き出した互いの熱も。
…けれど。

「…歌、終わっちゃったね」
キラの口から零れた言葉。
ちょっと舌足らずな、声。
よく知った ―― …
「調律が終わったんだよ、アスラン」
「キラ」

その紫の瞳に、いっぱい涙を浮かべて。
必死に笑おうとしている顔。
そして。
きっと、自分の顔も歪んでいる。
「キラ…」
「全部、思い出したんでしょ? 僕の声が戻ったように、君の記憶も…」
「キラ……っ」
「夢ももう、終わり、だよ。アスラン…」
「キラ……!!」

覚めない夢ならばよかった。
現実こそが夢ならば、と。
幾度思っただろう。
幾度迷っただろう。
幾度後悔しただろう。
けれど。

「あの時、僕は死んだんだ、ここで。……君と、戦って」

現実こそが。
夢ならば、と。

「それでも僕は、君の傍にいたかった」

傍にいたかった。
声を聴きたかった。
名前を呼んでほしかった。
……それは。
戦っていたときも、ずっと願っていたこと。
あの日、この場所で。
最期の刃を交えた時でさえも。
誰にも言えなかった、自分自身にすらも隠すしかなかった願い。

それを叶えてくれたのは、月。
優しさと残酷さを兼ね備えた月。
幼き日を、幸福だった日々を共に送った場所。

「でももう…終わり、だから」
「嫌、だ…嫌だ! キラ……!!」
「正しい世界に戻るだけ。ね、アスラン。ちょっとでも、僕たちは何かできたのかな」
「キ…」
キラの姿が霞んでいく。
「少しでも、君が幸せに暮らせるように」
「キラ…」
「僕は何かできたかな。アスラン」
「キラ……!!」

波の音が叫びを掻き消していく。
夜の闇が。
キラの姿を連れ去って。

「キラ!! キラ…っ!!」
いない。
いない。
もう、どこにも。
「キラ……ッ」
幸せになれるはずなどない。
キラがいない。
キラがいないのに。
「違う、正しい世界なんかじゃない。おまえがいない世界なんて…」
望んだ世界は。
戦ってでも、守りたかったものは。
「調律は終わってない。正しくなんかない…!! キラが、いない……っ」

望んだ、ものは。

 

歌はもう、聞こえない。


--- 2005.3.9 ---

「お月様が歌ってる」
「…は?」
キラが突拍子もないことを言うのはいつものことだ。
いつものことではある、けれど。
今回はいつにもまして…
「キラ…?」
「ね、アスラン。何か聞こえるんだってば」
怪訝そうな顔でキラの顔を覗き込んでみれば、キラは負けじと(?)大きな目を更に大きく見開いて見つめ返してくる。
しかも、どことなくワクワクしたような顔で。
(また何を言い出すんだか…)
いつもの如く課題を忘れたキラに付き合って居残って、ようやく終わって学校を出てみると、もうすっかり夜になっていた。
真っ暗な空に、人口のお月様が浮かんでいる。

人が月に移り住むようになって、造られた空には地球から見上げるのと同じように月も造られた。
宇宙にまでその手を伸ばした人類も、地球からの景色を忘れることはできなかったらしい。
(…って、俺もキラも、地球に行ったことないんだけど)
月に住んでいても、見上げる夜空にはお月様。

「ね、聞こえるでしょ?」
キラは目を閉じて、そう呟いた。
(…聞こえるって…)
とりあえずキラと同じようにじっと耳を澄ましてみる。
(あ…)
何だろう。
確かに聞こえる気がする。
街の喧騒とは違う何か。
それが、夜の静寂を縫うように、微かに響いて。
「ね、聞こえた?」
キラはにこにことして訊いてくるけれど、何とも答えようがない。
キラが言うように聞こえる気もするし、気のせいだと言えばそんな気もする。
「きっとお月様が歌ってるんだよ」
答えないのを肯定の意味と取ったらしいキラが、もう一度素っ頓狂な言葉を繰り返す。
「…何でお月様?」
「……へ?」
今度は素直に素朴な疑問をぶつけてみると、キラはきょとんとした顔をして。
「だって、そんな気が…」
したんだもん、と段々と語尾が弱々しく消えていく。
「………」
なんとなくバツが悪そうに、上目遣いでちらちらとこちらを見つめてくるものだから、思わず苦笑が漏れる。
(別に俺が苛めてるわけじゃないだろう…)
「ま、キラが言うんだからそうなんだろ?」
「あ、何だよ、その言い方ー」
「あはは」
「もー、なんで笑うのー!?」


手を繋いで帰ろう。
暗闇も怖くないよ。
歌いながら、お月様が優しく照らしてくれるから。

 

―― それは、幼い日の記憶。
幸せだった、今はもう、遠い日の。

 

--- 2005.3.22 ---

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絵描き兼字書き。
真性アスキラー。
思いもよらずダブルOが歴代G
の中で一番好きな状況に。
成層圏の向こう側まで狙い
撃つ兄貴を愛してやまず。
BAS●RAの影響で戦国史に
どっぷり。VIVA眼帯。
えろすきーだけどホモスキー
に非ず。
オフラインでは【絶対零度】
というサークル名で活動中。
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