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「…ラクス、どうしたの? それ…」
思わず二人分のボトルを落としそうになって、慌ててそれを阻止しながら、キラが呆気に取られて呟いた。
「機体のメンテナンスは終わったのですか? キラ」
「あ、うん。一段落ついたから。って、どうしたの、それ…」
相変わらずのマイペースな運びに、キラはめげずに同じ台詞を繰り返す。
軍艦の中にそれはあまりにも不自然で。
というよりも、一体どこから手に入れてきたのか。
「別に食べはしませんわよ」
パンダさんではないですもの、と悪戯っぽく笑いながら、ラクスは手にした大きな笹の天辺を見上げる。
「だって今日は、七夕ですもの」
●
「たなばた?」
「うん、そう」
もうすぐ待ちに待った夏休みを間近に控えた7月のある日。
「夏休みの研究課題、それにしないか?」
夕暮れ時といえども、その空はまだ明るいままで。
そんないつもの帰り道、いつものように並んで歩くアスランが、心持ち足取りの軽いキラに持ちかけた。
今年の夏休みの研究課題のテーマは、”地球での年中行事”というもので、1人で調べるもよし、2人以上で取り組むことも許可されていた。
だとしたら、アスランと組んでやるのはもう決まりきったものだから。
「うん、いいよ」
特に疑問を挟むこともなく、キラは満面の笑みでそう答えた。
元来キラは、宿題とか課題とかいうものが苦手である。
内容が苦手、というよりも、どちらかというと取り掛かるまでがとにかく遅い。
自分の興味のないものに関しては特にそれが酷いのだ。
大体いつも、最後にはアスランに泣きつくのがパターンで。
毎度毎度のことだから、アスランもいつもそんなキラを窘めてはいるものの、アスランの努力も空しく、一向に改善される気配はない。
…なんだかんだ言って、いつも最終的には手伝ってやっている所為ということに、本人達も気付いているのかいないのか。
というわけで、アスランと一緒に取り組むのはお互いに好都合、ということも勿論ある。
けれど、それよりも。
苦手なものでも、アスランと一緒にやれれば楽しいから。
「じゃあ、早速今日から準備しようか」
「ええ!?」
「”ええ!?”じゃない! 準備は早めにしておいて困ることはない」
特におまえの場合は、と言われて、思わずキラは言葉に詰まったけれど。
「…だ、だって、夏休みまだ始まってないじゃんか! 夏休みの課題なら、夏休みにするべきだって」
怯みながらも、弱々しく反論してみる。
が、それも充分アスランの予測の範囲であった。
わざとらしく溜息をつきながら、じっとキラを見つめて口を開く。
「……キラ」
「な、何…?」
相変わらずどもりながら、キラが先を促すと。
「約束してたキャンプ、行けなくなってもいいのか……?」
「………っ」
―― やはり、アスランの方が一枚上手であった。
「ただいま~」
「お邪魔します」
「おかえりなさい、二人とも」
パタパタとスリッパの音を響かせて、キラの母が二人を玄関まで出迎えてくれる。
「母さん、今日、アスラン泊まってもいい?」
「勿論いいわよ」
「すみません、いつも」
「やあね、アスラン君。気にすることないのよ~?」
恐縮そうなアスランとは対照的に、カリダは朗らかに笑って応えた。
「じゃあ二人とも、先に手を洗っていらっしゃい」
「はーい」
それから夕食までという約束で、ふたりでいつもみたいにゲームをして(そしてやっぱりアスランの全勝で幕を閉じた)、キラの父も交えて4人で夕食を摂った後、本題の課題に取り掛かった。
ヴン…という音とともに、パソコンのモニターが明るくなる。
「そういえばさ、なんで七夕(これ)で”たなばた”って読むんだろ」
ふたりで一緒にモニターを覗き込みながら、キラが不思議そうな声で呟いた。
「ああ、棚機の当て字なんだって。ほら、織姫は機を織るだろう?」
「うん」
「昔、棚機女(タナバタツメ)って呼ばれる女の人が機を織る行事があったんだって。それが7月7日の夕べに行われていたから、この字を当てるようになったみたいだな」
「ふーん」
すらすらと答えるアスランとは対照的に、もうすでにこの時点でキラの眉間には皺が寄っていた。
やれやれと思いながらも、アスランはこつんとキラの眉間に指を当てる。
「キーラ、ここ、皺寄ってるぞ?」
「そ、そんなことないよ!!」
揶揄かうように言うと、キラは慌てて取り繕おうと必死になって話題を探した。
「え、えっと。七夕って、具体的に何をするんだっけ?」
ここ、コペルニクスでは、正月やクリスマスなどの元は宗教行事であったものも習慣として残ってはいたが、特に七夕を祭るということはなかった。
「短冊に願い事を書いて、笹の葉に紙縒りで吊るすんだ」
「あ、そういえば。先週、隣のクラスでやってたね」
「ああ、そうだったな」
脳裏に浮かぶ、色とりどりな短冊と共に、風に揺れる笹の葉。
それが奏でる音は、耳に心地よくて。
隣のクラスの担任の先生は、割と地球の行事や風習に詳しい人で、時間を見つけては生徒にそれらを教えていた。
「織姫と彦星って、会えるの7月7日だけなんだよね」
「そう、今まで毎日機を織っていた織姫が、彦星と結婚したら全然機を織らなくなったからって。だから、怒った神様が引き離したんだ」
「なんかそれ、ひどいよね」
大好きな人と、一緒にいる。
それは凄く幸せなことで。
嬉しくて。
楽しくて。
…だから。
機を織るのをさぼってしまった織姫の気持ちは、わかる気がした。
「1年に1回しか会えないなんてやだよ…」
思わず口をついて出た言葉。
それは、本当に無意識のものだったのだけれど。
……もしも。
いつも隣にいるアスランと、離れ離れになって。
1年にたった1度しか、会えなくなるとしたら。
「…僕、やだよ」
「キラ?」
急に押し黙ってしまったキラの横顔を心配そうに見遣ると、きゅっと唇を引き結んで俯いてしまっていた。
「キラ」
「痛っ」
先程よりも深く皺が刻まれた眉間を指で軽く撥ねてやると、キラは大袈裟な声を上げて顔を上げた。
突然の横暴(?)に、その頬は膨らんでいたけれど。
「大丈夫」
「……?」
「今年の7月7日は晴れだっただろう?」
「うん」
「だから、会えたよ」
「……うん」
そう言うと、膨れた顔が段々と照れたような笑みに変わっていく。
「キラはさ、何をお願いする?」
それを確認してから、徐にアスランが口を開いた。
「へ?」
「だからさ、七夕のお願い」
そう言いながら投げかけられる優しい視線は、胸の中に生まれた願いを見抜いてしまいそうで。
なんとなく自分の頬が熱いような気がするけれど。
言葉に詰まりながら、ちょっとだけアスランを睨むように見上げた。
「……来年まで、内緒」
―― 来年の7月7日まで、仕舞っておこう。
「どうして?」
「どうしても!」
きょとんと聞き返すアスランに、キラは慌てたように言い返した。
「ふーん…?」
「そ、そういうアスランこそ、何お願いするのさ」
「じゃあ、俺も内緒ってことで」
「何だよそれ!」
(自分のことを棚に上げてよく言うよ…)
でもこれも、結局いつものパターンで。
やれやれと小さく溜息をついてから、まだ喚いてるキラをふわりと抱きしめる。
するとキラは、ぴたりと大人しくなって。
おずおずと見上げてくる瞳は、困ったような、照れたような色を浮かべていた。
この顔に弱いんだよ…とアスランは内心苦笑しながら、そっと顔を近づける。
触れるだけのキスをして、そして ―― …
「二人とも~、お風呂入りなさ~い」
階下から聞こえてきたカリダの明るい声に、キラの服のボタンにかけていた手がぴたりと止まる。
思わずお互い固まって。
それから、そろりと目を見合わせて。
「あははは」
思い切り笑い出してしまった。
笑いすぎて浮かんだ涙を拭いながら、二人分のパジャマを持ったキラが振り返る。
「ね、アスラン」
「ん?」
「来年、七夕しようね」
「うん」
当たり前のように、交わされた約束。
当たり前だった日々。
誓いが果たされぬことなど、あるはずがないと。
そう、信じて疑わなかった。
共に在ること。
それは、
何よりも幸福だった日々。
終わりがくることなど、思いもしなかった。
あの日、までは ―― …
●
「キラ?」
呼ばれてはっと目を上げると、目の前に知りすぎた瞳があって。
その中に、確かに自分の姿がある。
かつて、当たり前だった日々と、同じように。
「どうした?」
心配そうに訊いてくる、声も。
「あ、ううん…」
与えてくれる、温もりも。
あの日々と、変わらずに。
「…それ」
何かに気付いたようなアスランの声に、キラは思わず自分の手の中のそれを見る。
二人分のミネラルウォーターと共に握られた、二枚の紙。
「短冊?」
「あ、うん。ラクスがね、今日は七夕だからって」
テーブルにそっと並べて置いてみる。
「ラクスが?」
「うん、大きな笹を抱えてさ」
探してきてもらったみたい、と続けながら先程の光景を思い返してふっと顔が綻んだ。
このメンデルに笹があったことも驚きではあるが、何よりそれを実行するラクスの行動力に。
ラクスらしいと言えばそれまでではあるけれど。
「ラクスがね、言ってたよ。アスランに教えてもらった、って…」
コペルニクス以上に、プラントでは地球の行事を行うという習慣はないらしい。
そんなプラントで育った彼女が、知っている理由。
「ああ、話したことがあったからな」
「そっか…」
「キラ?」
部屋に戻ってきた時と同じように、浮かない顔をしてキラは目線を床に落とした。
そして少し間を置いてから、ぽつりと呟いた。
「7月7日は、毎年晴れだったんだ」
地球と違い、気候が人工的に調節されるコペルニクスでは、天気も予め定められていた。
その空も、すべて、造られたものだったけれど。
「織姫と彦星は、1年に1度でも、会えた…」
…自分には。
隣にいるはずのアスランが、いないのに。
1年に1度、会うことすらもできず。
触れることも、声を聞くことすらも叶わなかった、3年間。
……だから。
本当は。
羨ましくて。
妬ましくて。
―― 七夕なんて、大嫌いだ。
「……俺は、願ってたよ」
囁くように。
俯いたままのキラに、そっと伝える。
「プラントも、毎年その日は晴れだった」
七夕を祭る習慣などない、造られた空に。
その向こうに、きっと同じように空を見上げているであろう姿を、思い浮かべて。
「1日でも早く、おまえに会えますように、って」
会って、そして、今度こそは。
「ずっとまた、一緒にいられますように、って」
切なる願い。
飾られることのなかった短冊(それ)を、ずっと胸の抽斗に仕舞いこんで。
「願い事、増えちゃったけどな」
あの頃よりも。
ずっと、欲張りになった自分。
想いが増せば増すほどに。
けれどそれは、決して嫌なものなんかではなくて。
寧ろ、そんな自分の一面に驚きつつも、愛しくもある。
そして何より、そんな自分を教えてくれたその相手が。
愛しすぎて。
(アスラン…)
ちょっとだけ困ったように笑うその顔が、何より大好きで。
こみ上げてくる愛しさに、涙が溢れそうになる。
(ダメだ)
爪が喰い込むほどに拳を握り締めて、その衝動を必死に押さえつけた。
(泣いちゃ、ダメだ…)
―― 1年に1度、訪れるその日。
憎らしいほどに、晴れ渡った空。
たとえそれが造られたものでも、その空は広くて。
嫌になるくらいに、広すぎて。
探せなかった。
彼のいる星(プラント)。
………けれど、本当は。
雲ひとつない空を見上げて。
何も書いていない短冊を手に、祈っていた。
何よりも、願っていた。
会いたい。
アスランに、会いたい ―― …
握り締めた拳を優しく包む温もりに、はっと目を上げる。
「アスラ…」
固く握り締めた拳を、アスランがそっと解いて。
指先から伝わる温もりが、胸の奥深くまで浸透していく。
足りなかった自分の何か ―― 自分という存在の欠片(ピース)が、補われていくみたいに。
…そう、きっと。
足りなかった。
自分が自分であるために、必要な存在(もの)。
「…血、出てる」
耳に響く、アスランの声。
囁くようにそう言うと、開いたキラの掌を口元まで運んで、そっと傷口に舌で触れた。
それは、甘い衝撃。
眩暈がしそうなほどの。
そっと唇を離して、互いの手を重ねて。
ぎゅっと、指を絡ませあった。
「痛い?」
「ううん…」
痛くなどない。
何も。
この存在を失うことに比べたら。
「アスラン…」
その名を呼べぬことに比べたら。
「キラ」
この名を、呼んでもらえぬことに比べたら。
何も ―― …
「キラ…」
ふいに頬に感じた温もり。
幾筋も、幾筋も滑り落ちていく。
たとえ空は晴れ渡っていても、ずっとこの心に雨は降り続いていて。
受け止めきれなくなったその雫が、とめどなく溢れ出していく。
「…雨は、止むよ」
「え……」
優しく触れる唇が、その痕を辿って。
堰き止めるように、その涙を掬い上げた。
「俺が、受け止めるから」
「アスラ…」
「だから……」
震える肩を、抱きしめて。
「会えるよ」
空のふたりも。
「会える…」
そして。
「うん…っ」
……僕たちも。
願いを、叶えて。
「…ぁ……っ」
そこに在るのは、痛みではなく安息。
唯一、安らげる場所。
互いの熱を肌で感じながら、ただひたすら抱き合って。
「あの頃は…ただ、願うことしかできなかった」
「うん…」
「けど、今は…」
「…うん……」
ずっと欲していた温もりは、何よりも近くにあるから。
「約束…」
「え…?」
「約束、やっと果たせたね」
『来年、七夕しようね』
「ああ」
何気ない約束。
当たり前のように交わされた。
当たり前だった、日々。
「ねえ、アスラン」
「うん」
「来年も…」
「…ああ」
もしもこの先、何があっても。
何を、知っても。
どうか。
互いが、互いで在れますように。
この、本物の空に。
星に。
祈りを、捧げて。
* * *
「…で、この短冊に願い事を書いて笹に吊るすってわけ」
「ふーん、詳しいのね、ディアッカ」
手渡された短冊を手に、感心したような視線を受けてディアッカは誇らしげに笑ってみせた。
「こーゆーことに詳しい奴がいるんでね」
「アスランとか?」
「いや、あいつじゃない」
はぐらかすように言われても、特に気に留めるでもなく、サイとミリアリアは手元の短冊に筆を走らせていた。
「あんた、書かないの?」
ディアッカのペンが一向に動かないことに気付いたミリアリアが、何気なく訊くと。
「うーん、ちょっと、な」
「ふーん?」
人気のなくなった食堂に置かれた、色とりどりな短冊を纏った笹を目の前にして、瞼に思い描くのは、それを教えてくれた相手の姿。
(そーいや、妙に嬉しそうに教えてくれたよな~)
所謂民俗学というものを調べるのが好きだから。
(あれで勉強家だったりするからな)
ふっと口元が緩む。
手元の短冊は白紙のまま。
「ま、俺は1年に1度なんかじゃ我慢できないからな」
だから、早くまた傍に在れるように。
(でも折角だから、祈ってみるのも悪くないかもね)
…どうか。
あいつと、会えるように。
--- 2004.10.11 ---
願うだけじゃ、駄目だけど。
それでも。
願うことは、無駄じゃないよ?
●
さらさら。
さらさら。
笹の葉が風に歌う。
―― 7月7日。
年に一度、願いを託す日。
短冊を手に、生徒たちは皆、思い思いにその願いをつづっていた。
そんな中、満足そうにペンを置いて、キラは紫の瞳を細める。
嬉しそうに手にした短冊を眺める姿に、隣で短冊を書いていたアスランがキラの手元を覗き込もうとした。
「キラは何て書いたんだ?」
「うわっ!?」
慌てて短冊を隠したキラが、真っ赤な顔してアスランを上目遣いで睨んだ。
「別に隠すことないだろう?」
「ダ、ダメ!!」
「なんで」
「ダメなものはダメなの!」
必死に抵抗するキラに、アスランはしょうがないな、という風に溜息をついた。
キラがこうなると、何を言っても駄目なのだ。
それをよく知っているアスランは、自分の短冊の続きを書くことにした。
そんなアスランにちょっとほっとしながら、キラは窺うようにアスランの横顔を見つめていた。
(アスランは…何をお願いするんだろう)
ああは言ったものの、キラもアスランが何と書くか、やはり気にはなるのだ。
静かにペンを置くアスランに、キラは思わず訊いていた。
「そういうアスランは何て書いたの?」
「内緒」
にっこり笑って応えるアスランに、ぐっとキラがつまる。
「なんだよ、ケチ~っ」
ちょっとむくれて文句を言ってみたものの、
「人のこと言えるのか?」
あっさり返されて、それ以上何も言えなくなってしまう。
「ほら、飾りに行こう?」
「う~~~…」
促されて、渋々アスランの後についていく。
その背中に、先程書いた願いが思い起こされて。
思わず伸ばしかけた手を、思い止めてそっと下ろした。
そうして、校庭に置かれた笹にたどり着くと、既にたくさんの願いが託されていた。
「うわー、もういっぱいだね」
「ん…と、あそこにしようか」
アスランが指差した場所は、背伸びしてどうにか手が届くところで。
キラよりもちょっとだけ背の高いアスランが、先に自分の短冊を飾る。
結わえ終わると、振り向いて、後ろで待つキラに手を差し出した。
「ほら、おまえのも」
「いい! 自分でやる!!」
ぶんぶん頭を振って、必死に短冊を背中に隠すキラに、さすがのアスランも呆れそうになる。
「…届くのか? キラ」
「う…っ」
キラはこの時、2cmの身長差を恨まずにはいられなかった。
「絶対絶対! 見ちゃダメだからね!!!」
「はいはい…」
泣く泣く短冊を渡したキラが、涙目で訴える。
いかんともしがたい視線を背中に感じながら、それでも短冊の内容を見ないようにアスランが飾ってやる。
どうにかこうにか、結わえ終わってほっとした途端。
さらさら…
風が笹の葉を揺らした。
(あ……)
一瞬だけ目に入った文字。
思わず振り向くと、キラは耳まで真っ赤になって俯いていた。
暖かい感情が体中広がって。
優しい笑みが浮かぶ。
そっと、その手を握りしめると、キラは弾かれたように顔を上げた。
その紫の瞳をじっと見つめて。
「教室、戻ろっか」
「……うん」
キラも、ぎゅっと握り返す。
さらさら。
さらさら…
背中で、優しい歌が響いていた。
●
「キラ?」
優しい声が、耳元で囁く。
あの頃よりも、少し低くなった。
でも、大好きな、声で。
「アスラン…」
「どうした?」
アスランの長い指が、そっとキラの瞳に浮かんだ涙を拭う。
「夢…見てた」
「夢?」
「うん…、幼年学校の時の……」
言いかけて、思わず目に入ったものは。
窓から覗く、真っ白な星の川。
「天の川…すごい……」
「ああ、今年の七夕は晴れたな」
キラの言葉に、アスランもまた窓の外を見遣る。
「じゃあ、彦星は織姫に会えたんだね」
「うん」
さらさら…
どこかであの日の笹の音が響いている。
その音に耳を澄ますように、そっと瞳を閉じて。
「学校で七夕の短冊書いた時の夢、見てた」
結局、アスランの願いが何かは、わからなかったけれど。
「みんなの願いも、叶ったのかな」
そっと隣に座るアスランの方に手を伸ばす。
あの日のように、ぎゅっと手を握り合って。
「僕の願いは、……叶ったから」
静かにアスランの胸に顔を埋めて、キラがぽつりと呟いた。
「うん…」
柔らかな髪を梳きながら、アスランがそっとその肩を抱きしめた。
「俺も、叶ったよ」
さらさら。
さらさら…
―― どうか。
ずっと、ずっと一緒にいられますように。
--- 2003.10.24 ---
「あと、1、2、3、4、5……」
「何が」
隣で指を折りながら何かを数えているキラに、アスランが問いかける。
「クリスマスまであと何日かな、って」
へらっと笑いながら、キラがアスランの方に顔を向けた。
クリスマスを1週間後に控えた冬の日の、いつもの帰り道。
いつものようにキラと帰宅の途に就くアスランは、ああ成る程ね…、と納得したように頷いた。
元は宗教行事であったらしいクリスマスも、今ではある種の行事として残っていて。
ここ、月でも年中行事となっていた。
そして毎年、両親が共に多忙のアスランは、キラの家に招かれてクリスマスを祝っていたのだった。
「でもキラ、その前に通信簿だろう?」
ちょっと意地悪そうにそう言うと、それまでにこにこしていたキラの顔が途端に曇る。
「…嫌なこと言うなよぅ~…」
毎回オール5確定のアスランは別として、一般的なこどもは通信簿をもらうことにある種の恐怖を抱くものだ…などと。
むくれた顔してじーっとアスランの顔を見つめていた。
そんなキラの無言の主張に、思わず笑いが出る。
「な、なんで笑うんだよーーーっ」
「ハハ、だってさ」
キラの顔面白いし、と言うと、むくれた顔がますますむーっとなって。
「なんだよ、もう!」
そう言って、ぷいと横を向いてしまった。
「ごめんって」
そんなキラに苦笑しながらアスランが謝ると、
「………」
ちらと横目でアスランを見て、それから、
「へへ」
キラの顔が途端に笑顔になる。
いつもの帰り道の、いつもの会話。
誰にも邪魔されない、穏やかな日々。
「で。なんでクリスマスを指折り数えてたんだ?」
アスランが最初の話題に戻すと、キラがきょとんとしてアスランの顔を見つめ返す。
「へ? だって楽しみじゃんか」
アスランは違うの?と、真顔で訊かれて。
「いや、別に…」
とりたててそこまでは…と続けようとすると。
「なんで!?」
凄い勢いでキラがアスランに詰め寄った。
「なんで、って言われても…」
鼻の頭がくっつきそうなほど顔を寄せられて、思わずアスランが視線を泳がせた。
「クリスマス、美味しいものいっぱい食べられるし」
「いや、おばさんのご飯はいつも美味しいし」
「ケーキだって食べられるし」
「おまえ、普段から結構食べてるじゃないか…」
「プレゼントだって貰えるんだよ!?」
物凄く真剣な顔で畳み掛けられて。
別に特に欲しいものないし、という言葉は結局口にできなかった。
キラの顔が急にしゅんとなったから。
「キラ?」
俯くキラに驚いて、その顔を覗き込もうとすると。
「アスランは…楽しくない……?」
ぽつんと、キラが呟いた。
いつもの元気はどこへやら、しおらしく項垂れてしまったキラの頬にそっと手を伸ばす。
そしてそのまま。
「痛…っ」
そのほっぺたをふにっと両手で摘んでみる。
「な、何すんだよっ」
涙目で顔を上げたキラのおでこに、自分のおでこをこつんとくっつけて。
「キラと一緒だから楽しいよ?」
「………っ」
そう言うと、キラの顔が見る見る真っ赤になって。
「~~~っ」
「キラ?」
そんなキラに、笑いを噛み殺して名前を呼んでみる。
「……ア、アスランの馬鹿っっ」
そう叫んで、だっと駆け出してしまった。
けれどすぐに、ぴたっと止まって。
アスランはゆっくりそこまで進んでいく。
「キーラ?」
もう一度名前を呼ぶ。
ゆっくりと上げた顔は、バツが悪そうに、けれどすぐに笑顔になって。
「ほら、帰ろう?」
「うん」
…そんないつもの、帰り道。
今年もいつものクリスマス、のはずだった。
「え?」
突然告げられた言葉に、思わず箸を置いて顔を上げる。
珍しく母であるレノアとふたりで夕食を摂っていたアスランが、レノアの顔をじっと見つめた。
「おとうさん、その日くらいしか空いてないみたいなのよ」
私の方の仕事も今なら一段落してるし…、と続ける母の顔をまじまじと見つめていると、目の前のレノアは申し訳なさそうに笑った。
―― 両親のことは嫌いではない。
仕事にかまけて自分のことをないがしろにしていると感じたことはない。
両親が働くからこそ、今の生活が成り立つのだし、仕事に対しても敬意の念を抱いてもいる。
寂しいと思ったことは皆無だった。
物心ついた頃にはキラと一緒だったから。
寂しいなどと、感じる暇もなかった。
そう、だから。
年に一度程度しか会わない父のことも嫌いじゃない。
決して、嫌いではないけれど。
(何で…)
何で、よりにもよって今なのだ。
「だから今年はキラ君のところにはお邪魔できないけど…」
そう、それが問題で。
クリスマスは毎年キラの家で一緒に祝っていたのだ。
今年も勿論そのつもりでいたのに、自分もキラも。
どうやってキラに言おう…、と頭を悩ませる暇もなく、レノアがこう続けた。
「カリダには私の方から連絡しておいたから」
「え…」
……明日の朝、キラの機嫌が悪いことは決定となった。
●
「………」
思った通り、キラの機嫌は思い切り悪くて。
「キラ」
「………」
いつも通り迎えに行くと、玄関から出てきた時点で既にキラの頬は膨れていた。
「キーラ」
「………」
何度呼んでも返事もしない。
顔を覗き込もうとしてもそっぽを向いて、アスランとは目を合わそうとしない。
(まいったな…)
覚悟していたとは言え、あまりの不機嫌っぷりにアスランはこっそり溜息をついた。
そのまましばらくは無言のまま、学校へと向かっていると。
「………いつ、戻ってくんの?」
小さな声で、キラが訊いた。
「多分、年明けだと思う…」
口をきいてくれたことにほっとしながらも、アスランは重い口調でそう答えた。
「ええ!? じゃあ、冬休み、全然遊べないじゃんかっ」
そう、なのだ。
クリスマスどころか正月も一緒に過ごせない。
冬休みのほとんどを、プラントで過ごすことになるのだ。
……キラと、離れて。
「………っ」
キラの瞳に、じわっと涙が浮かぶ。
「…っ、いいよ、もう! アスランの分もおいしいものいっぱい食べてやるんだからっっ」
……結局。
それからキラが口をきいてくれることはないまま、父の待つプラントへと行くこととなった。
●
(はぁ…)
一体何回溜息をついただろう。
プラントに着いてから、数え切れないほどした溜息をつきながら、アスランはぼんやり思う。
今日はクリスマス・イブ。
そう、いつもならキラと一緒に過ごしていた日である。
ここ、プラントでは元が宗教行事であるクリスマスを祝う習慣はない。
自分と母を呼び付けた父も、結局は仕事が忙しいらしく、そう顔を合わすこともないままで。
特にすることがあるわけでもなく、月から持ってきていた工具箱を自室で広げてはみたものの、何かを作る気も起きず、机に頬杖をついてぼうっと過ごしていた。
学校から出された課題も、月に居る間にさっさと終わらせてきていた。
(キラ、課題終わったかな…)
あのキラのことだ、きっと課題は全く手付かずでゲームでもしているに違いない。
(帰ったら、まずはキラの課題の手伝い、かな)
例年の光景を思い返し、思わず苦笑が洩れる。
気が付けば、キラのことばかり考えている自分がいた。
それはそうかもしれない。
4歳の頃から今まで、ずっとキラと一緒にいたのだ。
ほとんど四六時中傍にいて、片時も離れたことがなくて。
こんな風に1週間以上も離れることなんて今までなかったのだ。
いつも、当たり前のように傍にキラがいて。
なのに今は、キラがいなくて。
なんだかずっと、心のどこかに穴が空いてしまったかのような感じがしていた。
(…これが、”寂しい”ってことなのかな……)
こんな気持ちは、知らなかったのに。
コンコン
沈み込んでいた思考から引き上げられたものの、突然のノックに思わずびくんと体が跳ねた。
「アスラン?」
「あ、はい…」
控えめにドアが開いて、レノアが顔を覗かせる。
「紅茶淹れたから飲まない?」
「いえ、今は……」
折角淹れてくれた母には悪いとは思ったが、あまり欲しいとは思えなくて。
作り笑いの息子の声が暗く沈んでいることに、レノアが気が付かぬはずもなく。
「ねえ、アスラン」
「?」
優しく微笑んで、小さな封筒をアスランに差し出した。
●
「はい、キラ。クリスマスプレゼント」
「…ありがとう……」
差し出された包みを受け取っても、キラの顔は晴れない。
前々から欲しがっていたゲームソフトもどうやら効果がないらしい。
そんな息子の姿に、カリダとハルマは顔を見合わせる。
そうして、ひとつ溜息をついて。
「ほーら、いくらアスラン君がいないからって、いつまでもむくれてないの!」
「そ、そんなんじゃないよ!!」
憤慨したように言い返すけれど、その顔がすべてを物語っていた。
いつものクリスマスの夜。
いつものように、ツリーがあって。
いつものように、カリダが腕をふるった料理がたくさん並んで。
そしていつものように、プレゼントをもらって。
だけど。
アスランが、いない。
いつもなら、隣の椅子にはアスランが座っているのに。
アスランだけ、足りない ――
「もう、しょうがないでしょう? アスラン君、滅多におとうさんと会えないのよ?」
「わかってるよ…」
そう、わかっているのだ。
これはただの自分の我儘なのだということは。
わかっては、いるけれど。
(アスラン、どうしてるかな…)
美味しいはずの料理も味がしない。
甘いはずのケーキも、なんだか素っ気無い。
ただ口に入れて、咀嚼して、飲み込んで。
クリスマスプレゼントで貰ったゲームソフトだって、ずっと欲しかったものなのに。
いつもなら楽しいはずのクリスマスが、全然楽しくなくて。
「…ごちそうさま……」
あまり箸も進まぬまま、キラは早々に食卓を離れた。
「あら、もう食べないの?」
「うん…」
言葉少なに自分の部屋に向かい、貰った包みごとベットに倒れ込んだ。
そのままごろんと仰向けになってぼうっと天井を見つめていると、何故だか涙が浮かんできて。
ごしごしとその涙を袖で拭ってから、おもむろに起き上がった。
もらったゲームをセットして、コントローラーを握ってみても。
(…つまんない)
全然集中できなくて、すぐに『GAME OVER』の文字が画面を埋めた。
(つまんないよ……)
アスランがいないだけで。
こんなにも。
「アスラ…ン」
無意識に口にした名前は、なんとなく苦くて。
思い立ったように立ち上がり、そのまま窓辺に立った。
ガラッと開け放った窓の向こうは、真っ暗で。
見えるはずのないプラントを、その真っ暗な宙(そら)に探した。
(プラントからは、月、見えないのかな…)
吐く息は白くて。
夜気と寒気の入り混じった風に体が震えても、キラは窓を開けたまま、じっと夜空を見上げていた。
寒いのは、きっとこの風のせいだけではなくて。
「つまんないよ、アスラン…」
夜空の向こうに、文句を言ってみる。
「つまんないよぅ…っ」
本当なら、美味しいものをいっぱい食べて。
貰ったゲームも、ふたりで遊んで。
いつもみたいに笑って、いたのに。
「アスラン…っ」
ふえ…っと思わず泣きそうになって、サッシに突っ伏しそうになった、その時。
「キラ」
微かに、けれど確かに。
その声が、耳に届いて。
「アスラン…?」
がばっと体を窓から乗り出すと、
「こらっ、危ないってば!」
怒りながら、それでもどこか嬉しそうに笑うアスランの姿がそこにあって。
「アスラン!!」
その姿を確認したキラは、居ても立ってもいられなくなって、身を翻して部屋を飛び出した。
●
そこにいるはずの息子が見当たらなくて、パトリックは不審に思う。
そんな夫の姿をちょっとだけ悪戯っぽく見つめながら、それでもレノアは黙っていた。
「アスランは?」
不機嫌そうに問う、その声に。
「クリスマスプレゼントをあげたんですの」
ふふっと笑いながらそう答える。
怪訝そうな顔をして、パトリックが取りつくしまもなく呟いた。
「何がクリスマスだ」
そんな夫に苦笑する。
決して悪い人ではないのだけれど、感情表現が下手で。
頭は良いのだけれど、不器用なのだ。
「まあいい。ここの生活に慣れれば、そのうちそんなものにも無縁になる」
「え…」
思いもかけない言葉に、思わず聞き返していた。
「あなた…?」
「戦争が始まる前に、こっちに来るんだ。おまえも、アスランも」
●
「ただいま、キラ」
白い息を吐きながら言うアスランの頬は、少しだけ上気していた。
なんとなく息も上がっていて。
「な、んで…?」
目の前に確かにアスランがいるのに、それでも信じられなくて。
キラはぼうっとしてしまう。
(夢…、じゃない、よね?)
そんなキラに、アスランが悪戯っぽく笑いかける。
「帰ってきたんだ、俺だけ先に。…やっぱり、おまえが居ないとつまんないから」
最後の台詞は、アスランにしては珍しく、ちょっとだけ照れたように。
(同じ…?)
―― アスランも、同じだった?
そう思うと、外の空気はこんなに寒いのに、何だか体の中は、暖かくて。
「どうにかクリスマスには間に合ったかな」
まだちょっと照れたように笑う、その顔が。
ほんのちょっと離れていただけなのに、とても懐かしくて。
アスランが居ることが、どうしようもなく嬉しくて。
キラはがばっと抱きついた。
「キラ?」
驚いたように名前を呼ぶ、声も。
ずっと、聞きたくてしょうがなかった。
「…おかえり、アスラン」
そう言ってアスランを見上げるキラの顔は、蕩けてしまいそうな笑顔を浮かべていて。
「ただいま、キラ」
もう一度、そう言うアスランの顔も、とても晴れやかで。
「へへ」
そうしてふたりして照れたように笑った。
「…やっぱり、アスランいなきゃつまんないよ……」
不貞腐れたように言うキラに、アスランはしょうがないな、という風に笑って。
「けど、俺の分も美味しいものいっぱい食べたんだろう?」
ちょっとだけ意地悪くそう言うと、キラの頬はまたぷーっと膨れて。
「~~~っ 明日また、アスランと一緒に食べるからいいの!!」
そう言って、ぼすっとアスランの胸に顔を埋めた。
ふたり一緒じゃなきゃ、つまらない。
綺麗なものも、楽しいことも、共有していたい。
「来年も、再来年も、ずっとずっと、一緒にお祝いしようね」
同じものを見て、同じものを感じて。
ずっと、そうして生きていくのだと。
そう、信じて疑わなかった。
--- 2003.12.23 ---
「もう飽きた~~~っ」
いつものように課題を前にして、いつものようにキラが叫んだ。
そんないつもの、冬休み。
「ほら、さっさとやらないと終わらないだろう?」
「えー…」
「”えー”じゃない!」
そんないつもの会話を繰り返す、穏やかな昼下がり。
これまたいつものように、アスランが溜息をついた。
キラの部屋の真ん中に陣取る炬燵に入って向き合うふたりの前には、ほとんど白紙の問題集が広げられていた。
「あと2日で冬休み終わるのに、なんで全然やってないんだよ、おまえは」
「だって~……」
不貞腐れて上目遣いで見つめてくるキラに、はあ…っと、再びアスランが溜息をつく。
「まだ2日もあるじゃんか」
「もう2日しかない、の間違いだ」
へらっと笑って全然緊迫感のないキラに、三度アスランが溜息をつく。
まさに、出るのは溜息ばかりなり、である。
「アスラン…」
「…何?」
じっとこちらを見つめて名前を呼ぶキラに、ぶっきらぼうに問いかけると。
「溜息を1つつくと、幸せが1つ逃げていくんだって」
「誰のせいだ、誰の!?」
そんなことをのほほんと言うキラに、さすがにアスランの声も荒くなる。
凄い剣幕で叱られて(?)、キラはちょっとだけ首を竦めてみせた。
「…怒んなくてもいいじゃんか……」
「だ~か~ら~…」
ぼそっと呟いてみたものの、アスランが本気で怒る一歩手前であるのに気付いてキラは口を噤んだ。
「大体、何のために俺が泊りがけで来てると思ってるんだよ…」
半ば呆れつつ、アスランが独り言のように文句を言うと、
「だからさ、気分転換にゲームしない?」
時間いっぱいあるじゃんか、とキラが気を取り直して言ってみる。
「課題終わるまでは、お・あ・ず・け」
ぴしっとキラのおでこを指で撥ねながら、アスランが小さい子供に言い含めるように告げた。
「え~~~っ!?」
「”え~”、じゃないってば」
いつの間にか会話が元に戻っているな、と思いつつ、そんな状態に半ば呆れ、半ば諦めている自分にアスランはとっくの昔に気付いていた。
長期休暇の終わり頃はいつもこうなのだ。
何度怒っても、キラはどこ吹く風。
そして結局最後は泣きついてくるキラを文句を言いながらも手伝って。
なんだかんだ言っても自覚はしているのだ。
自分はキラに甘い、と。
(わかってはいるんだけど…)
そんな自分に内心溜息をつきながら、ちらっとキラの方を見ると、
「?」
視線に気付いたキラはきょとんとした顔で見つめ返し、それから、
「へへ」
照れたように笑った。
きっとこの笑顔が悪いのだ。
どんなに怒っていても、この笑顔を見ると、そんなもの吹き飛んでしまう。
そして許してしまうのだ。
(甘い、よな…)
アスランが自分の甘さを呪っていると、唐突に部屋に備え付けのベルが鳴った。
《アスランくん、おかあさんから電話よ~》
「あ、はい。今降りて行きます」
インターフォンから聞こえてくるカリダの声に応えながら、アスランは炬燵から出る。
「キラ、ちゃんと課題やるんだぞ?」
「わかったよう~…」
(…って、言われても……)
階下に降りていくアスランの足音を聞きながら、キラは広げた課題の上に顔を乗せてぼんやりしていた。
(課題進んでないの、アスランのせいじゃんか…)
勝手にアスランに責任転嫁しながら、この冬休みを思い返す。
今回は冬休みが始まってすぐ、アスランはプラントに行ってしまっていて。
クリスマス・イブの晩には戻ってきたけれど、アスランが居ない間はつまらなくて、何もする気が起きなかった。
アスランが帰ってきてからは、一緒に遊ぶ方がやっぱり楽しいから。
自然と、課題をする時間などなかったのだ。
…と言いつつ、毎年課題は後回しにしているのだけれど。
それでも、今年の冬休みはいつもと違って寂しかったのだから、その原因を作ったアスランが悪い。そうに違いない、などと。
やっぱりアスランに責任転嫁をして、課題はほったらかしにして。
(温い……)
炬燵に入ったまま、アスランが電話から戻ってくるのを待っていたのだけれど ――
「キラ?」
やけに静かだと思ったら。
「………おまえな~…」
キラの部屋に戻ってくるなり、アスランはドアを開けたまま脱力してしまう。
炬燵の上には、先程部屋を出て行くときと同じくまっしろけな問題集と、気持ちよさそうにうたた寝するキラの顔があって。
「もう、風邪ひくぞ…」
やっぱり溜息をつきながら、アスランはキラの向かいに座った。
キラの寝つきは割といい方で、だけど、寝起きは決してよくはない。
「………」
それをよく知っているアスランは、無言でキラのほっぺたをふにっと摘んでみる。
「ぅ…ん……」
僅かに身じろぎしながらも、それでもキラは起きない。
「………」
そのままもう少し摘んでみる。
(おー、よく伸びる…)
しばらくキラのほっぺたで遊んでみたものの、それでもやっぱりキラは起きなくて。
(とりあえず夜は徹夜、かな…)
長期戦を覚悟して、アスランはまたしても溜息をついた。
『幸せが逃げていくんだって』
まったく誰のせいだ、と思いながらも。
それでもそのあどけない寝顔を見せるのは、安心している証拠で。
自分が守ってやらなきゃ、助けてやらなきゃ、って思ってしまう。
(5ヶ月も先に生まれたくせに…)
”僕のが上~っ”とはキラの口癖だけれど、どっちが上なんだか。
もう一度、キラの頬に手を伸ばす。
また引っ張ってやろうとして、けれど思いとどまって。
その代わり、その柔らかい頬に、軽くキスをした。
(ま、これくらいしてもバチは当たらないよな)
キラが風邪をひかないように、とりあえず肩に上着をかけてやる。
「ほんっと、世話が焼けるんだから」
我儘だし、勝手だし。
世話が焼けて仕方ない奴だけど。
それでも。
(好きだからしょうがない、か…)
そんな自分に苦笑しながら、溜息をつく。
だけどきっと、この溜息は。
1つする度に、幸せな証拠なんだって、思うから。
--- 2004.1.6 ---
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真性アスキラー。
思いもよらずダブルOが歴代G
の中で一番好きな状況に。
成層圏の向こう側まで狙い
撃つ兄貴を愛してやまず。
BAS●RAの影響で戦国史に
どっぷり。VIVA眼帯。
えろすきーだけどホモスキー
に非ず。
オフラインでは【絶対零度】
というサークル名で活動中。