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神崎廉が今まで書いてきたSS保管庫。
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「降りそうですね」
窓から空を見上げる姿に気付いて、人の輪から離れて幸村は思わず声をかけた。
「ああ」
振り返りつつ微笑みをくれるその姿に、幸村も微笑い返す。
「どうしたんですか、先輩。今日の主役は伊達先輩なのに」
みんなでお菓子やジュースを持ち込んで、剣道場はちょっとしたパーティ会場になっていた。
今日はいつもの厳しい練習はお休みということにして、幸村が所属する剣道部はクリスマス会を開いていた。
本来であれば、受験生であるはずの政宗がこの場に参加するのは難しい。
けれど、見事に推薦でいち早く大学を合格した前主将を祝おうと、みんなで画策したのだった。
「ちょっと休憩」
「なんですか、それ」
苦笑しながら政宗の傍まで歩み寄る。
「降ってきたな。ホワイトクリスマスか」
政宗の声に、つられて幸村も窓の外を見上げると、薄闇に染まった空から雪が静かに降っていた。
舞い散る白い破片に、ふと頭に浮かんだ言葉を思わず口にする。
「…なんか、懐かしいですね」
「え?」
(…え?)
政宗が驚いたようにこちらを見つめている。
けれど、幸村自身も、自分の言葉に戸惑っていた。
何故、“懐かしい”などと思うのだろう。
政宗と共に冬を過ごすのも、ましてやこんな風に一緒に雪を見るのも、初めてのはずなのに。
「幸村?」
怪訝そうな声に、はっと我に返る。
そしてその場を取り繕うように、慌てて話題を変えた。
「あ、あの、…先輩、彼女に悪かったんじゃないですか?」
ずきん
(あれ?)
思わず口にした話題に、何故か胸の奥が痛いような気がして。
「…気になるか?」
唐突な話題に呆気に取られていた政宗が、逆に悪戯っぽく訊いてくる。
「え、あ…、その…」
気にならないと言えば嘘になる。
いや、むしろ。
心が、ざわめいている。
胸の奥に黒い靄がかかったかのように、息苦しいような、…胸が、締め付けられるような、そんな感じがして。
「いねーよ」
「え?」
「彼女なんてのはいない」
(あ…)
何故か、心のどこかで安堵している自分がいた。
その理由は、わからないけれど。
「おまえこそいいのか?」
「え?」
突然切り返されて、思わず政宗の顔を見返す。
どきん
その口調は悪戯っぽい響きを含んでいたのに、こちらを見つめる瞳はどこか真剣で。
真っ直ぐに注がれるその視線を受け止めきれずに、幸村は慌てて政宗から視線を外した。
鼓動が早鐘を打つように、耳につく。
何故か頬も熱いような気がして、どうにか早くこの話題を変えたかったのだけれど、上手く言葉が見つからない。
「お、俺は、別に…」
付き合っている相手などいない。
好きな人すら、いないのに。
(いない?)
―― 本当に?
何故か首を擡げる疑問。
これではわからないことだらけではないか。
自分のことなのに。
そんなことを考えながら、ちらと政宗の方を目で窺うと、先ほどと同じように、こちらをじっと見つめたまま。
「俺はいるぜ?」
その唇が、静かに開かれる。
「自分じゃどうしようもねぇくらいに、好きな相手なら」
ずきん
(まただ)
―― 苦しい。
息ができないくらいに、胸が締めつけられる。
理由のわからない衝動に、またふいと政宗から視線を逸らした。
口の中に苦いものが広がっていくようだ。
今更ながらに後悔する。
どうして、あんな話題を口にしたのか。
「…先輩…?」
ふいに頬に触れた温もりに顔を上げると、そこには何故か政宗の真っ直ぐな瞳がすぐ目の前にあって。
「伊達せんぱ…」
「幸村」
吐息がすぐそばで、感じられるほどに。
頬に添えられた政宗の手が、温かくて。
その温もりが、先ほど感じた苦さも痛みも溶かしていく。
まるでそれを知っているかのようにふわりと微笑まれて、また、鼓動が速くなる。
それは多分、時間にすればほんの数秒だったのだろうけれど。
そのまま時間が止まってしまったかのように感じられた。
(寧ろ…)
本当に、時が止まってしまえば。

「伊達せんぱーい! 真田ー! ケーキ食べましょー!!」

部員の声が、唐突に現実に引き戻した。
「仕方ねーか、休憩終わり」
本当に仕方なさそうに溜息をついて、政宗がそっと手を放す。
幸村はと言えば、まだ夢の中にいるかのようにぼんやりとしていた。
「ほら、幸村」
「え、え? あ、はい!」
慌てて視線を前に移すと、いつの間にか数歩先を行く政宗が、振り向きつつ待ってくれていた。
急いで駆け寄ると、政宗がそっと耳打ちする。
「Merry Chirstmas. 幸村」

その痛みも、温もりも、言葉も。
理由なんて、今はまだわからないけれど。
ひとつだけ、確かなことがある。
―― 嬉しい。
こうして、傍にいられることが。


窓の外の白い華が、見守るように降り積もる。
400年前と、同じように。


--- 2006.12.24 ---

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ひらひらと、桜が舞う。
それは、あの日出会った時と同じように。
暖かい日差し。
柔らかな空気。
風に乗って運ばれる、春の匂い。
すべてが、あの日と変わらない。
なのに、違う。
会場に近づく毎に、心は鉛を飲み込んだように重くなる。
心なしか足取りも重い。
ふと、目の前に見つけた背中。
足が止まる。
すると、その背中もふいにこちらを振り向いた。

風に乗って、花弁が舞う。
あの日のように。

違うのは、その笑顔が今日で最後だということ。
「幸村」
そう呼んでもらえるのが、今日で最後だということ。
「伊達先輩…」

寂しい。
……寂しい。

「卒業…、おめでとうございます」


その寂しさの根底にある感情を、俺はまだ知らない。


--- 2006.10.8 ---

「卒業…、おめでとうございます」

一礼して、どうにかその一言だけを、口にした。
けれど。
顔を、上げられない。
―― 何故だろう。
どうしてこんなにも、……寂しいのだろう。
…どうして。
涙が、零れてしまいそうになるのだろう。

その時、ふと。
空気が動いたような気がした。
そして。
「……っ」
ふいに、頬に触れた温もり。
それから……
「せ、先輩…?」
唇に感じた、柔らかな感触。
俯いていたはずの顔を上向かされ、目の前には ―― それこそ至近距離で ―― 政宗の顔があった。
夢でも見ていたようにぼんやりとしていた頭が、段々と現実へと戻ってくる。
そうして、先ほどの感触の意味を悟るや否や、幸村は耳まで真っ赤になった。
「伊達先輩!? え、えっと、あの…」
真っ赤な顔でしどろもどろに、それでも先ほどのキスの理由を問いかけようとしたのだけれど。
「んぅ…」
ふっと政宗が柔らかく笑んだかと思うと、その唇がそれを阻んだ。
今度は、先ほどの触れるだけのキスとは違う。
歯列を割って差し入れられた舌が、思うまま口腔を貪って。
貪欲なまでに、その舌までを熱く絡め取る。
ただでさえキスをするのは初めてなのに、あまりの衝撃に何も考えられなくなる。
ようやく唇を放された時には、体中の力がすっかり抜けてしまっていた。
政宗が支えていてくれなければ、立っていられないくらいに。
「幸村…」
耳元で囁く声に、思わず総毛立つ。
どうしてしまったのだろう、自分は。
その掠れたような、熱い吐息と共に囁く声に。
またしても、頭がくらくらするようで。
「先、輩…」
それしか、口にできない。
戸惑いつつも、腕の中から政宗を見上げると、また柔らかく微笑んで。
それから徐に、目の前にある物を差し出した。
「これ…」
「やるよ」
開いた掌に乗せられたのは、制服のボタン。
「死守するの、結構大変だったんだぜ?」
今度は悪戯っぽく笑う政宗の顔をじっと見つめながら、ぼんやりと思う。
見目麗しく頭も良くてスポーツもできる政宗は、とにかくもてる。
少なくとも誰かと付き合っているという噂は聞いたことはないけれど、確かに政宗の制服の第二ボタンを狙っている女生徒は多いことだろう。
けれど、そのボタンを何故自分にくれるのだろう。
それに、先ほどの…
「伊達先輩、あの、俺…」
再び理由を問おうと、口を開きかけたのだけれど。
「好きだぜ、幸村」
「……っ」
「好きだ」
問う前に、その答えは発せられた。
静かな、けれど、熱の籠もった声で。
「幸村」
「あ…」

どくん

(ああ、そうか…)
理由なんて、気付けば単純ではないか。

どうしてあんなにも、寂しかったのか。
どうして、涙が溢れそうになったのか。
どうして、こんなにも。
触れられた場所が、熱いのかも。

「俺…、俺も……」

 

その時吹いた風は、何故か懐かしいような、そんな感じがして。
無数の薄紅の花びらが、空へと舞い上がった。
卒業を祝うように。
始まりを、祝うように。


--- 2006.11.24 ---

「だーかーら! 名前で呼べって言ったろ?」
「そ、そんなこと言ったって…」
つい3日前まで、”先輩”と呼んでいたのだ。
1年間、ずっとそう呼んでいたというのに、そんな急に変えられるものでもない。
それになんとなく、気恥ずかしいのだ。
「ほら、もう一回言ってみ」
「う…」
ちょっと恨みがましそうに見つめてみるけれど、目の前の相手はもっと恨みがましそうにこちらを見ていた。
これはもう仕方ないと、観念して口を開く。
「ま…まさ、むね」
照れくさくて、思わずどもってみたりしたのだけれど。
「O.K! 上出来」
目の前の政宗が、嬉しそうに笑ったから。
今度はちゃんと、呼べそうな気がする。


--- 2006.10.8 ---

青く広がる空には、雲ひとつなくて。
「絶好の引越し日和だね」
開け放った窓から空を見上げていた幸村が、にっこり笑いながら振り向いた。
「悪いな。折角の休みなのに」
「いいよ、全然!」

卒業式から1週間。
在校生 ―― つまりは幸村達後輩 ―― はまだ春休みには入っていない。
そんな通常の土曜日に、来月から大学生となる政宗の引越しが行われた。
荷物自体は業者が運んでくれるし、片付けだけだから当初は自分ひとりでやろうと思っていたのだ。
けれど。
『俺も手伝う!』
話を聞きつけた幸村が、俄然張り切ってしまったものだから、折角なのでその言葉に甘えることにした。
確かに、一人でやるよりも二人でやる方が早い。
そんなこんなで合間に休憩を取りつつ、気付けばその日のうちにほとんど片づけは終わってしまっていた。


「サンキュ、幸村。おかげで助かったぜ」
「お安い御用だよ」
とりあえず夕食は近所のファミレスで済ませて、ふたり並んで部屋に戻る。
当初は土日にかけて片付ける予定だったから、幸村はこのまま泊まっていくことになっていた。
「シャワー、先使えよ」
「うん」
幸村が扉の向こうに消えると、政宗はソファに身を沈めた。
普段から鍛えてはいるけれど、さすがにちょっと疲れたらしい。
ぼんやりと天井を見上げていると、カチャッと音を立てて浴室の扉が開く。
「お先、政宗」
「………」
思わず息を呑む。
仄かに肌を上気させて、幸村が立っていた。
髪から滴り落ちる雫が肌を滑っていく。
目を、離せない。
「…ちゃんと乾かさねーと風邪ひくぜ?」
「わっ」
くしゃくしゃっとタオルでまだ濡れたままの頭を拭いてやる。
「あ、ありがと」
仄かに香るシャンプーの匂いと、シャツの合間から覗く肌に、思わず喉が鳴る。
あまりに無防備な幸村に、このまま押し倒してしまいたい衝動をぐっと堪えた。
「政宗?」
「…俺も入ってくる」
「うん」
不思議そうに見上げてくる幸村をその場に残して、浴室へと向かう。
「一種の拷問だぜ…」
扉を閉めるなり、政宗は大きく溜息を吐いた。


軽くシャワーを浴びてから居間に戻ると、ソファに凭れていた幸村は既にうとうととしていた。
「幸、風邪ひくからちゃんとベッドで寝ろよ」
「う…ん」
寝惚け眼の幸村の手を引っ張って、寝室まで向かう。
「じゃあ、俺はソファで寝るから」
「え? なんで?」
ベッドはセミダブルだから、男2人で寝てもさほど窮屈でもないだろうと真顔で言う幸村に、思わず政宗は溜息を吐いた。
「…言わす気か?」
「?」
幸村は本当にわからないという顔をしていた。
苦笑しつつ、政宗は腹を括って口を開いた。
「一緒に寝てみろ、絶対抱くぞ」
自制する自信なんてねーからな、と白状したものの、目の前の幸村はきょとんとこちらの顔を見上げたままで。
けれど、言われた意味がだんだんとわかってくるや、幸村の顔が途端に茹でだこのように赤くなっていく。
「………っ」
眠気もすっかり覚めたらしい。
口をぱくぱくさせて、今度はまるで金魚のようだ。
どうやら思ってもみなかったことを言われたせいで、言葉にならないらしい。
そんな幸村に、安心させるように頭をくしゃくしゃっと撫でてやった。
「安心しろって。無理強いなんかしねーよ」
「……政宗…」
「いつかおまえの心の準備ができたら、その時は遠慮なく抱くけどな」
覚悟しとけよと告げて、寝床の準備のために幸村に背を向けると。
「…幸?」
背後に感じた違和感。
首だけ回してそちらを見ると、幸村がシャツの裾を握り締めていた。
まだ頬を紅く染めたまま、俯き加減で。
「…覚悟なら、あるよ……」
そう、呟いた。


「ほら、力抜けって」
「や、ぁ…っ」
はだけた肌には、いくつも花弁が散って。
「慣らしとかねーと、怪我するだろ?」
「う、ん…」
慣れぬ感触に、幸村は顔を顰めた。
散々愛撫した所為か、それでもそこは易々と指を呑み込んでいく。
(もうそろそろ大丈夫か…?)
ぎゅっと閉じられた瞳の端に浮かぶ涙を掬い取るように口付けを落としてから、そっと耳元でその名を囁いた。
「幸…」
「政、宗…」
その瞳も、その声も、熱を帯びて。
「んぅ…」
深く深く口付けながら、ゆっくりと幸村の内に己を埋めていく。

―― またおまえを抱けるなんて、夢みたいだ。

(〝また〟…?)
脳裏に浮かんだ言葉に、政宗は思わず腕の中の幸村を見つめた。
初めて感じる痛みに必死に堪えるかのように、その瞼は固く閉ざされ、手はシーツを握り締めていた。
その手をゆっくり解いてやる。
「政宗…?」
「俺の背中に手、廻しとけ」
おずおずと伸ばされた手を背中に感じながら、全部を呑み込ませる。
「は…あ…っ」
荒い息を吐く幸村を落ち着かせるように、そっと背中を撫でてやる。
それに安心したのか、少しずつ幸村の呼吸も落ち着いてきた。
それを見計らってから、ゆっくりと腰を揺らし始める。
「動くぜ、幸村」
「うん…」
一旦その熱に溺れてしまえば、自制など効くハズもない。
段々と激しさを増す動きに、それでも幸村はついてきていた。
「う…、あ…ぁ…っ」
洩れる吐息にも、甘いものが混じり始める。
一番深いところまで繋がるように、何度も何度も突き上げる。
「ここ、好きだろ? 幸…」
「ま…さむ、ね…っ」
腕の中で、艶やかにしなる肢体。
……瞬間。

『政宗…殿…っ』

脳裏を掠める声と映像。
「まさ…むね…っ」
それは、眼下の幸村と重なるように消えていく。
(なんだ…?)
眩暈がしそうな既視感。
「まさ、むね…政宗……っ」
「幸村…」
けれどそれも、互いの熱ですぐに溶けていった。


「…なんでかな…」
「ん?」
ぐったりと体を投げ出す幸村の髪を、弄ぶように指に絡める。
それが心地よいのか、幸村はされるがまま、言葉を続けた。
「政宗とその…、こんなことするの…初めてじゃない気がして」
「なんだ? そんなに俺に抱かれたかったのか?」
揶揄かうようににやりと笑うと、幸村は真っ赤な顔で反論してきた。
「ち、違うってばっっ」
「そんな力いっぱい否定しなくてもいいだろ? さすがに傷つくぜ、俺も」
「あ、ご、ごめん! そうじゃ、なくて…。その…」
わざとらしく溜息を吐いてそう言うと、幸村は本当に慌てたように言葉を探す。
「なんていうか…すごく、懐かしい感じがした…」
「………」
生まれ変わりだとか、信じているわけではない。
けれど、それを何と呼ぶのか。
遺伝子に刻まれた、記憶。
否、魂(こころ)に刻み込まれた……
「…多分、さ。自然なことだったんだよ」
「?」
「俺たちが、こんな風になるの」
「幸…」
「お、おやすみっ」
まじまじと見返すと、途端に自分の言葉に恥ずかしくなったのか、赤い顔をして幸村は布団を被ってしまった。
そんな姿に、思わず笑みが洩れる。

そのすべてが、愛しくて堪らない。
たとえそれが、遠い昔の記憶だったとしても。
今こうして、自分たちはここにいて。
こうして、互いを欲しているのならば。
「それで充分だ」
懐かしい温もりを隣に感じながら、静かに瞼を閉じた。


--- 2006.9.17 ---

「幸村、手、出せ」
「うん?」
言われるまま手を差し出すと、政宗の手から小さな重みが落とされた。
「これ…」
「持っとけ」
短くそれだけ告げると、さっさと政宗は背を向けてキッチンへと向かう。
そんな政宗をぽかんと見つめ、それから手の中のものをまじまじと見つめ直した。
それは、昨日引っ越してきたばかりのこの部屋の鍵。
その意味を悟ると、今度は昨夜の光景が思い出されて、思わず体中が熱くなる。
紅くなった顔を隠すように、幸村は枕に顔を埋めた。
「なんだ? まだ寝足りねーのか?」
「…違う…」
甘い匂いが部屋を満たす。
カップを手にした政宗が、キッチンから戻ってきたらしい。
確かに体はだるいけれど、別に寝不足というわけじゃない。
「ほら、飲めるか?」
「うん」
ゆっくりと起き上がって、カップを受け取る。
火傷しないようにゆっくりと口をつけると、ココアの甘い香りと味が口の中に広がっていく。
(いつの間に用意してくれてたんだろ…)
政宗は甘いものが得意ではない。
現に今も、政宗が飲んでいるのはブラック無糖のコーヒーだろう。
そんな政宗の部屋に、本来ならココアがある筈などないのだ。
(…嬉しい…かも)
素直にそう思う。
ぶっきらぼうだけど、見えないところで細やかな心遣いをしてくれる。
そんな政宗を凄いと思うし、それに。
(そんなとこが…余計に好き、なのかな)
そう思い至って、またしても顔が熱くなる。
「どうした? 熱かったか?」
「だ、大丈夫!」
そう言いつつ政宗の方をちらりと見遣ると、思わず目が合った。
にやりと笑われて、きっと全部お見通しなんだろうな、と思うと、恥ずかしいような悔しいような、複雑な気分になる。
「それ、失くすなよ」
そんな幸村を知ってか知らずか、政宗が静かに口を開く。
指差された先にあるのは、先ほど政宗から渡された小さな鍵。
「失くさないよ」
失くすはずなどない。
政宗から貰ったものなのだから。
ひとつめは、制服のボタン。
そしてこれが、ふたつめの贈り物。


--- 2006.9.17 ---

「政宗!!」
バタンと勢いよく開いたドアの先に、何故か幸村が立っていた。
―― おかしい。
なぜならば、今から何を隠そう自分が当の幸村を駅まで迎えに行こうとしていたところだからだ。
しかも約束の時間より、1時間も早い。
「…幸? なんでおまえ…」
「政宗、これ!」
口に出した問いは、幸村の手にしたもので呆気なく遮られた。
「……風鈴?」
幸村はにこにことして、大きく頷いた。
「駅の近くで見つけたんだ」
(ああ、そういうことか…)
本来ならば、今頃幸村はまだ剣道部の遠征先にいたはずなのだ。
「早く政宗に渡したくて、ひとりで先に帰ってきた」
(やっぱり)
想像通り、ということらしい。
差し出されたまま、幸村の手の中にある風鈴は、シンプルだけれど目に眩い瑠璃色で。
「なんでかな。一目見て気に入ったって言うか。…一目惚れ?」
「ふーん?」
「政…」
名前を呼ぼうとする唇を、柔らかく塞ぐ。
「おまえが一目惚れするのは俺だけでいーんだよ」
「な…っ」
途端に真っ赤になる幸村にニッと笑いかけて、手にしたままの風鈴を受け取る。
「サンキュ」
「~~~っ」
まだ真っ赤なままの幸村を玄関に置き去りにして、政宗はさっさと部屋へと引き返す。
「何してんだ、幸村。どこの窓にこれ吊るすんだ?」
「………あそこ」
指差しながら渋々部屋へと上がってくる幸村に視線を投げてから、指定通りの場所に風鈴を吊るす。
ちりんと、涼しげな音が響いた。


--- 2006.8.26 ---

ちりん、と涼やかな音が部屋に響く。
開け放った窓から入る風が、カーテンと風鈴を微かに揺らしていた。
最上階の部屋だから、風はそこそこに入ってくる。
とは言え、真夏にクーラーなしなのは正直辛い。
(クーラーの風だと嫌がるからな…)
暑いのは夏だから、というだけではない。
暑くなるようなことをつい先ほどまでしていたのだから、自業自得ではあるのだ。
クーラーを入れたいのはやまやまだが、ここは我慢するしかない。
疲れて無防備に眠るその頬に軽く触れると、ちょっとだけ身じろぎをして、それからまた寝息を立てる。
我慢する羽目になる元凶。
自然の風が好きだと言い張り、頑としてクーラーをつけるのを拒むのだ。
(ま、わからないでもねーけどな)
またちりん、と風鈴が鳴った。
微かな風を素肌に感じながら、ぼんやりと風が風鈴を揺らす様を見ていると、何か無性に懐かしい感じがする。
なぜだろう。
それはもう遠い、気の遠くなるほど昔の記憶。
もしかしたら、遠い昔にふたりでこんな風に風を感じることがあったのだろうか。
(なーんてな)
隣で静かな寝息を立てる幸村の髪を指で弄んでから、起こさないように立ち上がる。
「さて、と」
どうせまた、目が覚めた途端に腹が減ったと喚くに決まっている。
「何か軽く作ってやるかな」
我ながら甘いとは思いつつ、政宗はキッチンへと向かった。

背中でまたちりん、と風が風鈴を揺らした。


--- 2006.8.26 ---

「まったく…。大丈夫かい? 旦那」
「……すまん、佐助」
ひんやりとした感触に、思わず瞼を閉じる。
そっと額に置かれたタオルの冷たさが心地良い。
「ほんっと、丈夫だけが取り得だってのに」
「……聞き捨てならないこと言うな」
思わず力の入らない目で睨むと、教育係(という名の世話係)の佐助は悪びれもせずに言葉を続けた。
「ほんとのことでしょーが。何もこんな日に熱出さなくっても…」
「う…」
それは当の幸村が一番感じていたことでもあった。
(なんで、よりによって今日なんだ…)
思わず唇を噛みしめる。
そんな幸村を見て、佐助はやれやれと溜息を吐いた。
「いいかい、旦那。今日は絶対安静! ちゃんと寝て早く治さないとね」
「……わかってる…」
静かに佐助が部屋を出て行くと、幸村はそっと枕許に置かれた携帯電話に手を伸ばした。
(政宗…)
着信のサインも、メール受信のサインも点いていない。
(怒った、かな…)
ずきんと、胸の奥が痛んだ。
それは決して、風邪の所為なんかじゃない。
『何もこんな日に…』
つい先ほどの佐助の言葉が甦る。
正にその通りだ。
何故、よりによって今日なのだ。
滅多に熱など出さないのに。
何故、政宗と約束をしていた今日に限って。
(楽しみにしてたのにな、花火…)
今日は隣町である割と規模の大きな花火大会に、政宗と一緒に行く約束をしていたのだ。
幸村の家(というより専ら信之兄)は外泊に煩い。
政宗の部屋に泊まるのも、実は中々至難の業だったりする。
だから、旅行なんてもっての外。
そんなだから、せめて花火にでも一緒に行こうと、随分前から約束をしていたのに。
「…いい天気…」
窓から覗く空は、憎たらしいほど青く晴れ渡っていた。
「絶好の花火日和だ…」
今朝になっていきなり熱を出してしまい、有無を言わさず布団に押し込まれ、禁足を言い渡されてしまった。
泣く泣く政宗に、今日の花火はキャンセルする旨をメールしていたのであるが…
(また…呆れられたかな…)
青空とは正反対に、心はどんどん曇っていって。
今にも泣きそうなほどに。
それを必死に堪えるかのように、ぎゅっと目を瞑った。


いつの間にか眠っていたらしい。
「ごめんね、起こしちゃった?」
新しいタオルを手に、佐助が部屋に入ってきた。
「佐助、それは…?」
反対の手に、何か包みを持っている。
「んー? ま、開けてからのお楽しみってやつ?」
「?」
ゆっくりと半身を起こし、受け取った包みをごそごそと開けてみると…
「…花火?」
中には、色々な種類の花火が入っていた。
「佐助、これは…」
思わず佐助を見ると、何故かにやっと笑っている。
「じゃ、俺は確かに渡したから。ちゃんと寝とくんだよ、旦那」
「佐助!」
足早に出て行く佐助の後姿を呆然と見送っていると、ふいに携帯が鳴った。
「……っ」
鼓動が速くなる。
恐る恐るボタンを押すと、政宗の名前が表示されていた。

『熱下がったら、それ持って俺の部屋へ来い。仕切りなおしだ』

届いたのは、ぶっきらぼうな短いメール。
思わずもつれる足で窓辺に寄って外を見た。
(あ…)
そこにあったのは、見慣れた姿。
携帯を手にこちらを見上げるその顔は、優しく微笑んで。
―― 身体が、熱い。
それは、風邪なんかの所為じゃ、ない。
急いで携帯を握りなおす。
伝えたいことはたくさんあって。
でも、うまく言葉にならない。
だから、一番伝えたい言葉を、震える指で打ち込んだ。

『ありがとう』


--- 2006.9.10 ---

「コンビニ行きたい」

言い出すだろうとは思っていた。
しかし。
(いくらなんでも早すぎだろ…)
宿題を広げてからまだ30分。
しかも最初の問題から、あまり先に進んでいない。
集中力がないにも程がある。
(まったく…)
どうしてこう、自分の得意なものとそうでないものとの差が激しすぎるのか。
いつものこととは言え、政宗は心の中でぼやいた。
目の前の幸村はと言えば、既に鉛筆を放り出して、じっと政宗の顔を見つめている。
頑として譲らないという目をしたまま。
(ほんっとにこいつは…)
文武両道の政宗に対して、幸村は運動神経は抜群なのだが、学力にはムラがあった。
文系科目はむしろ得意なのだが、理系科目があまりよろしくない。
とは言え、ちゃんと考えれば解けるのだ。
しかし、困ったことがひとつ。
どうにもこうにも、集中力が続かないのだ。
どうやら、小難しい計算式を考えていると、むずむずして落ち着かないらしい。
(猪突猛進ってか…)
今日何度目かになる溜息をついてから、政宗は口を開いた。
「ったく。連れてってやっから、戻ったらちゃんとそれやれよ」
途端に幸村の顔がぱあっと輝いた。
(現金なヤツだぜ…)
でもまあ、そんなところも可愛いと思ってしまう自分がいるから仕方ない。
それに、どうせここで連れて行かないと言っても、駄々をこねて宿題が先に進まないのは目に見えている。
それならば、気分転換にコンビニに行くのもひとつの手ではある。
(ついでにコーヒーでも買うかな)
本来ならば缶コーヒーはあまり好きではないのであるが、生憎豆を切らしてしまっていた。
豆は明日、大学の帰りに買うことにして、とりあえず今は目の前でいそいそと立ち上がる幸村をコンビニに連れて行くことが先だ。
「ほら、行くぞ」
「うんっ」
しっかりと戸締りをしてから、エレヴェーターへとふたり並んで向かった。


「あっ」
マンションの道を挟んで向かいにあるコンビニのドアを潜るなり、幸村が小さく声を上げた。
「どうした?」
政宗が聞くよりも早く、籠を手にした幸村がとある一角へと張り付いた。
(ああ、そうか…)
今は丁度季節の変わり目。
コンビニは新商品の入荷時期である。
そして幸村が一目散に向かったコーナーはと言えば、政宗にとってはあまり関わることのない場所。
即ち、お菓子のコーナー、である。
「おい、幸村。ほんとにそれ全部買う気か…?」
幸村の手にした籠の中には、新商品のお菓子が山のように入れられていた。
「もちろん!!」
目をキラキラさせて、幸村が威勢良く振り向く。
(どこの乙女だ、おまえ…)
がくりと肩を落とす政宗を尻目に、幸村は嬉しそうにそれらの説明をし始めた。
「えーと、これが秋限定のモンブランチョコだろ、それからこれが焼きカスタードキャラメル風味に、それと…」
「いや、もういいから」
聞いただけで胸がやけそうだ。
どうせ止めても無駄だと知っている。
「これも一緒に払ってきてくれ」
お菓子でいっぱいの籠の中に、隙間を見つけて缶コーヒーを1本忍ばせる。
「政宗、コーヒーばっか飲んでたら胃に悪いよ」
「………」
おまえに言われたくないと思いつつも、政宗は無言で財布を渡す。
ご機嫌のままレジに向かう幸村の背中を見ながら、政宗は再び溜息を吐いた。


「美味しい」
にこにこしながら先ほどの戦利品を摘む幸村を見ながら、政宗は缶コーヒーを一口飲んだ。
「これ、そんなに甘くないよ。政宗も食べる?」
「いや、遠慮しとく」
既に幸村の目の前には、空になったお菓子の箱がひとつ転がっている。
「幸村…、8時過ぎたら甘いもんは体に悪いんだぜ?」
「う…」
時計の針は、夜の8時10分を指し示していた。
「……これで終わりにする…」
ちょっとむくれながら、食べかけのポッキーの袋から1本取り出し口に含んだ。
「………」
ふと悪戯心が湧く。
「なあ、幸村。やっぱ1本くれよ」
「え? ごめん、これが最後の1…」
幸村が言い終わるよりも早く、幸村が咥えているポッキーの端に齧りついた。
「ん、んぅーっ」
カリカリと小気味良い音を立てて、最後に幸村の唇へと辿り着く。
散々お菓子を食べていた幸村の唇は、いつも以上に甘かった。
思う存分味わってから、漸く唇を離す。
「なかなか美味いじゃねーか、今回の新商品」
にやりと笑いかけると、幸村は真っ赤な顔をして怒り出した。
「もう、なんだよいきなり!!」
「あーん? 休憩は終・わ・り。さっさと宿題始めねーと、別のこと始めるぞ」
「………っ」
更に顔を紅くした幸村は、悔しそうな表情を浮かべ、渋々宿題をテーブルに広げた。
「俺はむしろ別のことでいーぜ? 幸村」
「宿題やる!!!」
にやにやと笑う政宗から顔を背けて、幸村は鉛筆を握りなおす。
幸村が鉛筆を滑らす音を聞きながら、政宗は読みかけの本を開いた。

窓から微かに入る風はさらりと乾いていて、夏のそれとは確かに異なる。
微かに目を細めてそれを感じながら、今度は真剣に宿題と向き合う幸村へと視線を移す。
そんな姿にふっとひとつ笑んでから、再び開いたページへと目を落とす。
秋の夜長は静かに更けていった。


--- 2006.9.10 ---

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プロフィール
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神崎 廉
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非公開
自己紹介:
絵描き兼字書き。
真性アスキラー。
思いもよらずダブルOが歴代G
の中で一番好きな状況に。
成層圏の向こう側まで狙い
撃つ兄貴を愛してやまず。
BAS●RAの影響で戦国史に
どっぷり。VIVA眼帯。
えろすきーだけどホモスキー
に非ず。
オフラインでは【絶対零度】
というサークル名で活動中。
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