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神崎廉が今まで書いてきたSS保管庫。
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望んだのは、愛? 隷属?
それとも、解放?

 

     +

 

それを覚えたのはいつだっただろう。


空気のように、いつも傍に在った。
あたりまえのように、そこに在って。
無いと、生きていけないもの。

それが、互いという存在。


「キラ」
「ん…、アス…ラン……」
それは、自分たちにとっては挨拶と同じ。
触れ合うだけの、軽いくちづけ。
たとえば、ふと目が合った瞬間とか。
朝、目覚めたときとか。
戯れのように、軽く唇を触れ合わせた。
それが、共に歳を重ねていくうちに、段々と熱を帯びて。
少しずつ、その意味を変えていった。


「ね、キラ。もっと近くにいたい」
「え?」
それは冬休みを間近に控えた、ある日の放課後。
いつものように一緒に帰って、でも、その日は珍しくキラの家ではなく、アスランの家の方に行った。
そして、アスランの部屋で、いつものようにキスをして。
段々と、深く熱くその舌を絡ませ合った。
長い長いキスの後に、誘(いざな)われるまま、キラはアスランの中心に顔を埋めた。
それは最近、アスランに教えてもらったこと。
愛しそうにその行為に没頭するキラに、アスランは優しく囁いた。
「キラの一番近くにいたい」
ぼんやりと瞳を上げるキラの額に、軽くキスを落として。
「キラは? 俺の一番近くにいてくれる?」
「当たり前でしょ?」
何言ってるのと言わんばかりに、キラは怪訝そうな顔をアスランに向ける。
「じゃあ、しよう?」
「何を…?」
「セックス」

―― 今でもはっきりと覚えている。
ふたりという存在が、ひとつになった瞬間。
初めて繋がった時の、痛み。
でも、それ以上に。
繋がった場所から拡がる熱と、ひとつになれた喜びに打ち震えた。
冬の寒さなどどこかに消し飛んでしまうほどに、熱くて。
痛みは少しずつ、快楽へと変わっていった。


そして。
その冬が春へと変わったとき。
最初の別れが、訪れた。

 

     +

 

「キラ?」

覗き込んでくる翡翠の瞳は、知りすぎたもの。
けれど、その瞳も、その声も。
アスランのものだけれど、アスランじゃなくて。
「キラ、どうした?」
優しく触れる指も、唇も。
その、温もりも。

「………ううん」
緩々と頭(かぶり)を振って、キラはその胸に体を預けた。
細くて長い指が、髪を優しく梳いていく。
その懐かしさに、キラは瞼を閉じた。
そして、ただ一言。
その名を、呟いた。

「アスラン」

 

―― 望んだのは。
『君』という存在。


--- 2006.2.21 ---

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「アスランっっ」
凄い勢いで扉が開かれたかと思うと、いつもの大人しい彼はどこへやら、取り乱した様子でニコルが駆け込んでくる。
いつもの如く、自室で機械いじりをしていたアスランに、そのまま思いきり抱きついた。
「僕、もう我慢できません~~~~~っっ」

 

「やっぱあんたの中、サイコー」
「…っ、ぁ……、当たり前、だろう…」
(まったく…)
苦虫を噛み潰したような顔で、扉の前に立つ。
「お盛んなところ、申し訳ないが…」
思いっきり不機嫌な声で、アスランが声をかけると、行為に没頭していたイザークとディアッカがようやく顔を上げる。
「何、あんたも混ぜてほしいわけ?」
「結構だ」
とてつもなく嫌そうに、青筋を浮かべてアスランが即答する。
(ちっ、冗談も通じないのかね…)
そんなことを思いながら、とりあえずディアッカが抱いていたイザークの腰を離す。
「で? 何の用だ、アスラン」
乱れた軍服を一応整えながら、イザークが面倒臭そうに訊く。
「ニコルに泣きつかれたんでね。ちょっとは控えろよ、まがりなりにもここは基地内なんだからな」
冷ややかな目でそう言うと、イザークはちょっと驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの人を見下すような視線を返す。
「ふーん? おまえにそんなこと言われるとはね」
「…どういう意味だ?」
その言葉に含まれる棘を敏感に感じ取ったアスランは、挑発に乗ってはいけないと思いつつも聞き返してしまった。
「軍規違反はおまえの十八番だろう? 優等生さん」
「何…?」
イザークがにやりと笑う。
「ストライクのパイロット…」
「!?」
思ってもみなかった言葉がイザークの口にのぼると、さすがにアスランの顔色も変わる。
その様子に、ますます面白そうにイザークが言葉を続ける。
「おまえ、あいつとやってるんだろう?」
「な……っ」
「作戦行動中にたまに消えてるかと思えば、敵の兵士といちゃついてるとはな」
とんだエースパイロットだよな、と可笑しそうにイザークが笑う。
アスランの拳は握られたまま小刻みに震えていた。
(ちょっとまずいか?)
アスランがイザークに殴りかかりそうならすぐ止められるようにと、ディアッカは構えていたものの。
「……おまえ達には関係ない!!」
それだけ言い放ち、アスランは出て行ってしまった。
「おー、怖っ」
「イザーク…」
ガンッ
廊下から聞こえてきた音は、きっとアスランが壁を殴りつけた音だろう。
「ちょっとやりすぎだろう」
珍しくイザークを嗜めようとするが、イザークはどこ吹く風。
「アスランとあのストライクのパイロット、幼馴染らしいぞ」
「へぇ…」
(幼馴染ねぇ…)
そういう自分達も幼馴染なんだよね、とディアッカが思っていると、
「なあ、ディアッカ」
「…何?」
ぽつりと、イザークが名前を呼ぶ。
「おまえ、俺が敵になって現れたらどうする? あいつらみたいに」
「え…」
考えもしなかったことを訊かれて、一瞬返答に惑う。
「俺は討つぞ」
ディアッカが答えるよりも先に、イザークが言う。
(そんなあっさり…)
躊躇いもせずにそう答えるイザークに、ディアッカは思わず溜息が出そうになる。
(なんでこんな奴に惚れちまったんだか…)
途方に暮れそうになるディアッカを、イザークが振り返る。
その顔には笑みさえ浮かんで。
「おまえを他の奴らに殺らせるのは癪だからな、だから俺が殺してやる」
「………っ」
光栄だろう?などと言いながらイザークは笑っている。
(参ったね…)
思わず苦笑してしまう。
惚れた弱みか。
こんな所も好きなのか。
それとも、こんな奴だから好きなのか。
(ま、しょーがないよね)

 

それぞれの想いは交錯したまま。
戦争はまだ、終わらない。


--- 2003.5.11 ---

願うだけじゃ、駄目だけど。
それでも。

願うことは、無駄じゃないよ?

 

     ●

 

さらさら。
さらさら。
笹の葉が風に歌う。

―― 7月7日。
年に一度、願いを託す日。

短冊を手に、生徒たちは皆、思い思いにその願いをつづっていた。
そんな中、満足そうにペンを置いて、キラは紫の瞳を細める。
嬉しそうに手にした短冊を眺める姿に、隣で短冊を書いていたアスランがキラの手元を覗き込もうとした。
「キラは何て書いたんだ?」
「うわっ!?」
慌てて短冊を隠したキラが、真っ赤な顔してアスランを上目遣いで睨んだ。
「別に隠すことないだろう?」
「ダ、ダメ!!」
「なんで」
「ダメなものはダメなの!」
必死に抵抗するキラに、アスランはしょうがないな、という風に溜息をついた。
キラがこうなると、何を言っても駄目なのだ。
それをよく知っているアスランは、自分の短冊の続きを書くことにした。
そんなアスランにちょっとほっとしながら、キラは窺うようにアスランの横顔を見つめていた。
(アスランは…何をお願いするんだろう)
ああは言ったものの、キラもアスランが何と書くか、やはり気にはなるのだ。
静かにペンを置くアスランに、キラは思わず訊いていた。
「そういうアスランは何て書いたの?」
「内緒」
にっこり笑って応えるアスランに、ぐっとキラがつまる。
「なんだよ、ケチ~っ」
ちょっとむくれて文句を言ってみたものの、
「人のこと言えるのか?」
あっさり返されて、それ以上何も言えなくなってしまう。
「ほら、飾りに行こう?」
「う~~~…」
促されて、渋々アスランの後についていく。
その背中に、先程書いた願いが思い起こされて。
思わず伸ばしかけた手を、思い止めてそっと下ろした。
そうして、校庭に置かれた笹にたどり着くと、既にたくさんの願いが託されていた。
「うわー、もういっぱいだね」
「ん…と、あそこにしようか」
アスランが指差した場所は、背伸びしてどうにか手が届くところで。
キラよりもちょっとだけ背の高いアスランが、先に自分の短冊を飾る。
結わえ終わると、振り向いて、後ろで待つキラに手を差し出した。
「ほら、おまえのも」
「いい! 自分でやる!!」
ぶんぶん頭を振って、必死に短冊を背中に隠すキラに、さすがのアスランも呆れそうになる。
「…届くのか? キラ」
「う…っ」
キラはこの時、2cmの身長差を恨まずにはいられなかった。
「絶対絶対! 見ちゃダメだからね!!!」
「はいはい…」
泣く泣く短冊を渡したキラが、涙目で訴える。
いかんともしがたい視線を背中に感じながら、それでも短冊の内容を見ないようにアスランが飾ってやる。
どうにかこうにか、結わえ終わってほっとした途端。
さらさら…
風が笹の葉を揺らした。
(あ……)
一瞬だけ目に入った文字。
思わず振り向くと、キラは耳まで真っ赤になって俯いていた。
暖かい感情が体中広がって。
優しい笑みが浮かぶ。
そっと、その手を握りしめると、キラは弾かれたように顔を上げた。
その紫の瞳をじっと見つめて。
「教室、戻ろっか」
「……うん」
キラも、ぎゅっと握り返す。


さらさら。
さらさら…
背中で、優しい歌が響いていた。

 

     ●

 

「キラ?」
優しい声が、耳元で囁く。
あの頃よりも、少し低くなった。
でも、大好きな、声で。
「アスラン…」
「どうした?」
アスランの長い指が、そっとキラの瞳に浮かんだ涙を拭う。
「夢…見てた」
「夢?」
「うん…、幼年学校の時の……」
言いかけて、思わず目に入ったものは。
窓から覗く、真っ白な星の川。
「天の川…すごい……」
「ああ、今年の七夕は晴れたな」
キラの言葉に、アスランもまた窓の外を見遣る。
「じゃあ、彦星は織姫に会えたんだね」
「うん」

さらさら…

どこかであの日の笹の音が響いている。
その音に耳を澄ますように、そっと瞳を閉じて。
「学校で七夕の短冊書いた時の夢、見てた」
結局、アスランの願いが何かは、わからなかったけれど。
「みんなの願いも、叶ったのかな」
そっと隣に座るアスランの方に手を伸ばす。
あの日のように、ぎゅっと手を握り合って。
「僕の願いは、……叶ったから」
静かにアスランの胸に顔を埋めて、キラがぽつりと呟いた。
「うん…」
柔らかな髪を梳きながら、アスランがそっとその肩を抱きしめた。
「俺も、叶ったよ」

 

さらさら。
さらさら…

―― どうか。
ずっと、ずっと一緒にいられますように。


--- 2003.10.24 ---

「あと、1、2、3、4、5……」
「何が」
隣で指を折りながら何かを数えているキラに、アスランが問いかける。
「クリスマスまであと何日かな、って」
へらっと笑いながら、キラがアスランの方に顔を向けた。
クリスマスを1週間後に控えた冬の日の、いつもの帰り道。
いつものようにキラと帰宅の途に就くアスランは、ああ成る程ね…、と納得したように頷いた。
元は宗教行事であったらしいクリスマスも、今ではある種の行事として残っていて。
ここ、月でも年中行事となっていた。
そして毎年、両親が共に多忙のアスランは、キラの家に招かれてクリスマスを祝っていたのだった。
「でもキラ、その前に通信簿だろう?」
ちょっと意地悪そうにそう言うと、それまでにこにこしていたキラの顔が途端に曇る。
「…嫌なこと言うなよぅ~…」
毎回オール5確定のアスランは別として、一般的なこどもは通信簿をもらうことにある種の恐怖を抱くものだ…などと。
むくれた顔してじーっとアスランの顔を見つめていた。
そんなキラの無言の主張に、思わず笑いが出る。
「な、なんで笑うんだよーーーっ」
「ハハ、だってさ」
キラの顔面白いし、と言うと、むくれた顔がますますむーっとなって。
「なんだよ、もう!」
そう言って、ぷいと横を向いてしまった。
「ごめんって」
そんなキラに苦笑しながらアスランが謝ると、
「………」
ちらと横目でアスランを見て、それから、
「へへ」
キラの顔が途端に笑顔になる。
いつもの帰り道の、いつもの会話。
誰にも邪魔されない、穏やかな日々。
「で。なんでクリスマスを指折り数えてたんだ?」
アスランが最初の話題に戻すと、キラがきょとんとしてアスランの顔を見つめ返す。
「へ? だって楽しみじゃんか」
アスランは違うの?と、真顔で訊かれて。
「いや、別に…」
とりたててそこまでは…と続けようとすると。
「なんで!?」
凄い勢いでキラがアスランに詰め寄った。
「なんで、って言われても…」
鼻の頭がくっつきそうなほど顔を寄せられて、思わずアスランが視線を泳がせた。
「クリスマス、美味しいものいっぱい食べられるし」
「いや、おばさんのご飯はいつも美味しいし」
「ケーキだって食べられるし」
「おまえ、普段から結構食べてるじゃないか…」
「プレゼントだって貰えるんだよ!?」
物凄く真剣な顔で畳み掛けられて。
別に特に欲しいものないし、という言葉は結局口にできなかった。
キラの顔が急にしゅんとなったから。
「キラ?」
俯くキラに驚いて、その顔を覗き込もうとすると。
「アスランは…楽しくない……?」
ぽつんと、キラが呟いた。
いつもの元気はどこへやら、しおらしく項垂れてしまったキラの頬にそっと手を伸ばす。
そしてそのまま。
「痛…っ」
そのほっぺたをふにっと両手で摘んでみる。
「な、何すんだよっ」
涙目で顔を上げたキラのおでこに、自分のおでこをこつんとくっつけて。
「キラと一緒だから楽しいよ?」
「………っ」
そう言うと、キラの顔が見る見る真っ赤になって。
「~~~っ」
「キラ?」
そんなキラに、笑いを噛み殺して名前を呼んでみる。
「……ア、アスランの馬鹿っっ」
そう叫んで、だっと駆け出してしまった。
けれどすぐに、ぴたっと止まって。
アスランはゆっくりそこまで進んでいく。
「キーラ?」
もう一度名前を呼ぶ。
ゆっくりと上げた顔は、バツが悪そうに、けれどすぐに笑顔になって。
「ほら、帰ろう?」
「うん」
…そんないつもの、帰り道。
今年もいつものクリスマス、のはずだった。

 

「え?」
突然告げられた言葉に、思わず箸を置いて顔を上げる。
珍しく母であるレノアとふたりで夕食を摂っていたアスランが、レノアの顔をじっと見つめた。
「おとうさん、その日くらいしか空いてないみたいなのよ」
私の方の仕事も今なら一段落してるし…、と続ける母の顔をまじまじと見つめていると、目の前のレノアは申し訳なさそうに笑った。
―― 両親のことは嫌いではない。
仕事にかまけて自分のことをないがしろにしていると感じたことはない。
両親が働くからこそ、今の生活が成り立つのだし、仕事に対しても敬意の念を抱いてもいる。
寂しいと思ったことは皆無だった。
物心ついた頃にはキラと一緒だったから。
寂しいなどと、感じる暇もなかった。
そう、だから。
年に一度程度しか会わない父のことも嫌いじゃない。
決して、嫌いではないけれど。
(何で…)
何で、よりにもよって今なのだ。
「だから今年はキラ君のところにはお邪魔できないけど…」
そう、それが問題で。
クリスマスは毎年キラの家で一緒に祝っていたのだ。
今年も勿論そのつもりでいたのに、自分もキラも。
どうやってキラに言おう…、と頭を悩ませる暇もなく、レノアがこう続けた。
「カリダには私の方から連絡しておいたから」
「え…」
……明日の朝、キラの機嫌が悪いことは決定となった。

 

     ●

 

「………」
思った通り、キラの機嫌は思い切り悪くて。
「キラ」
「………」
いつも通り迎えに行くと、玄関から出てきた時点で既にキラの頬は膨れていた。
「キーラ」
「………」
何度呼んでも返事もしない。
顔を覗き込もうとしてもそっぽを向いて、アスランとは目を合わそうとしない。
(まいったな…)
覚悟していたとは言え、あまりの不機嫌っぷりにアスランはこっそり溜息をついた。
そのまましばらくは無言のまま、学校へと向かっていると。
「………いつ、戻ってくんの?」
小さな声で、キラが訊いた。
「多分、年明けだと思う…」
口をきいてくれたことにほっとしながらも、アスランは重い口調でそう答えた。
「ええ!? じゃあ、冬休み、全然遊べないじゃんかっ」
そう、なのだ。
クリスマスどころか正月も一緒に過ごせない。
冬休みのほとんどを、プラントで過ごすことになるのだ。
……キラと、離れて。
「………っ」
キラの瞳に、じわっと涙が浮かぶ。
「…っ、いいよ、もう! アスランの分もおいしいものいっぱい食べてやるんだからっっ」


……結局。
それからキラが口をきいてくれることはないまま、父の待つプラントへと行くこととなった。

 

     ●

 

(はぁ…)
一体何回溜息をついただろう。
プラントに着いてから、数え切れないほどした溜息をつきながら、アスランはぼんやり思う。
今日はクリスマス・イブ。
そう、いつもならキラと一緒に過ごしていた日である。
ここ、プラントでは元が宗教行事であるクリスマスを祝う習慣はない。
自分と母を呼び付けた父も、結局は仕事が忙しいらしく、そう顔を合わすこともないままで。
特にすることがあるわけでもなく、月から持ってきていた工具箱を自室で広げてはみたものの、何かを作る気も起きず、机に頬杖をついてぼうっと過ごしていた。
学校から出された課題も、月に居る間にさっさと終わらせてきていた。
(キラ、課題終わったかな…)
あのキラのことだ、きっと課題は全く手付かずでゲームでもしているに違いない。
(帰ったら、まずはキラの課題の手伝い、かな)
例年の光景を思い返し、思わず苦笑が洩れる。
気が付けば、キラのことばかり考えている自分がいた。
それはそうかもしれない。
4歳の頃から今まで、ずっとキラと一緒にいたのだ。
ほとんど四六時中傍にいて、片時も離れたことがなくて。
こんな風に1週間以上も離れることなんて今までなかったのだ。
いつも、当たり前のように傍にキラがいて。
なのに今は、キラがいなくて。
なんだかずっと、心のどこかに穴が空いてしまったかのような感じがしていた。
(…これが、”寂しい”ってことなのかな……)
こんな気持ちは、知らなかったのに。

コンコン
沈み込んでいた思考から引き上げられたものの、突然のノックに思わずびくんと体が跳ねた。
「アスラン?」
「あ、はい…」
控えめにドアが開いて、レノアが顔を覗かせる。
「紅茶淹れたから飲まない?」
「いえ、今は……」
折角淹れてくれた母には悪いとは思ったが、あまり欲しいとは思えなくて。
作り笑いの息子の声が暗く沈んでいることに、レノアが気が付かぬはずもなく。
「ねえ、アスラン」
「?」
優しく微笑んで、小さな封筒をアスランに差し出した。

 

     ●

 

「はい、キラ。クリスマスプレゼント」
「…ありがとう……」
差し出された包みを受け取っても、キラの顔は晴れない。
前々から欲しがっていたゲームソフトもどうやら効果がないらしい。
そんな息子の姿に、カリダとハルマは顔を見合わせる。
そうして、ひとつ溜息をついて。
「ほーら、いくらアスラン君がいないからって、いつまでもむくれてないの!」
「そ、そんなんじゃないよ!!」
憤慨したように言い返すけれど、その顔がすべてを物語っていた。
いつものクリスマスの夜。
いつものように、ツリーがあって。
いつものように、カリダが腕をふるった料理がたくさん並んで。
そしていつものように、プレゼントをもらって。
だけど。
アスランが、いない。
いつもなら、隣の椅子にはアスランが座っているのに。
アスランだけ、足りない ――
「もう、しょうがないでしょう? アスラン君、滅多におとうさんと会えないのよ?」
「わかってるよ…」
そう、わかっているのだ。
これはただの自分の我儘なのだということは。
わかっては、いるけれど。
(アスラン、どうしてるかな…)
美味しいはずの料理も味がしない。
甘いはずのケーキも、なんだか素っ気無い。
ただ口に入れて、咀嚼して、飲み込んで。
クリスマスプレゼントで貰ったゲームソフトだって、ずっと欲しかったものなのに。
いつもなら楽しいはずのクリスマスが、全然楽しくなくて。
「…ごちそうさま……」
あまり箸も進まぬまま、キラは早々に食卓を離れた。
「あら、もう食べないの?」
「うん…」
言葉少なに自分の部屋に向かい、貰った包みごとベットに倒れ込んだ。
そのままごろんと仰向けになってぼうっと天井を見つめていると、何故だか涙が浮かんできて。
ごしごしとその涙を袖で拭ってから、おもむろに起き上がった。
もらったゲームをセットして、コントローラーを握ってみても。
(…つまんない)
全然集中できなくて、すぐに『GAME OVER』の文字が画面を埋めた。
(つまんないよ……)
アスランがいないだけで。
こんなにも。
「アスラ…ン」
無意識に口にした名前は、なんとなく苦くて。
思い立ったように立ち上がり、そのまま窓辺に立った。
ガラッと開け放った窓の向こうは、真っ暗で。
見えるはずのないプラントを、その真っ暗な宙(そら)に探した。
(プラントからは、月、見えないのかな…)
吐く息は白くて。
夜気と寒気の入り混じった風に体が震えても、キラは窓を開けたまま、じっと夜空を見上げていた。
寒いのは、きっとこの風のせいだけではなくて。
「つまんないよ、アスラン…」
夜空の向こうに、文句を言ってみる。
「つまんないよぅ…っ」
本当なら、美味しいものをいっぱい食べて。
貰ったゲームも、ふたりで遊んで。
いつもみたいに笑って、いたのに。
「アスラン…っ」
ふえ…っと思わず泣きそうになって、サッシに突っ伏しそうになった、その時。

「キラ」

微かに、けれど確かに。
その声が、耳に届いて。
「アスラン…?」
がばっと体を窓から乗り出すと、
「こらっ、危ないってば!」
怒りながら、それでもどこか嬉しそうに笑うアスランの姿がそこにあって。
「アスラン!!」
その姿を確認したキラは、居ても立ってもいられなくなって、身を翻して部屋を飛び出した。

 

     ●

 

そこにいるはずの息子が見当たらなくて、パトリックは不審に思う。
そんな夫の姿をちょっとだけ悪戯っぽく見つめながら、それでもレノアは黙っていた。
「アスランは?」
不機嫌そうに問う、その声に。
「クリスマスプレゼントをあげたんですの」
ふふっと笑いながらそう答える。
怪訝そうな顔をして、パトリックが取りつくしまもなく呟いた。
「何がクリスマスだ」
そんな夫に苦笑する。
決して悪い人ではないのだけれど、感情表現が下手で。
頭は良いのだけれど、不器用なのだ。
「まあいい。ここの生活に慣れれば、そのうちそんなものにも無縁になる」
「え…」
思いもかけない言葉に、思わず聞き返していた。
「あなた…?」
「戦争が始まる前に、こっちに来るんだ。おまえも、アスランも」

 

     ●

 

「ただいま、キラ」
白い息を吐きながら言うアスランの頬は、少しだけ上気していた。
なんとなく息も上がっていて。
「な、んで…?」
目の前に確かにアスランがいるのに、それでも信じられなくて。
キラはぼうっとしてしまう。
(夢…、じゃない、よね?)
そんなキラに、アスランが悪戯っぽく笑いかける。
「帰ってきたんだ、俺だけ先に。…やっぱり、おまえが居ないとつまんないから」
最後の台詞は、アスランにしては珍しく、ちょっとだけ照れたように。
(同じ…?)
―― アスランも、同じだった?
そう思うと、外の空気はこんなに寒いのに、何だか体の中は、暖かくて。
「どうにかクリスマスには間に合ったかな」
まだちょっと照れたように笑う、その顔が。
ほんのちょっと離れていただけなのに、とても懐かしくて。
アスランが居ることが、どうしようもなく嬉しくて。
キラはがばっと抱きついた。
「キラ?」
驚いたように名前を呼ぶ、声も。
ずっと、聞きたくてしょうがなかった。
「…おかえり、アスラン」
そう言ってアスランを見上げるキラの顔は、蕩けてしまいそうな笑顔を浮かべていて。
「ただいま、キラ」
もう一度、そう言うアスランの顔も、とても晴れやかで。
「へへ」
そうしてふたりして照れたように笑った。
「…やっぱり、アスランいなきゃつまんないよ……」
不貞腐れたように言うキラに、アスランはしょうがないな、という風に笑って。
「けど、俺の分も美味しいものいっぱい食べたんだろう?」
ちょっとだけ意地悪くそう言うと、キラの頬はまたぷーっと膨れて。
「~~~っ 明日また、アスランと一緒に食べるからいいの!!」
そう言って、ぼすっとアスランの胸に顔を埋めた。


ふたり一緒じゃなきゃ、つまらない。
綺麗なものも、楽しいことも、共有していたい。

「来年も、再来年も、ずっとずっと、一緒にお祝いしようね」

同じものを見て、同じものを感じて。
ずっと、そうして生きていくのだと。
そう、信じて疑わなかった。


--- 2003.12.23 ---

「もう飽きた~~~っ」
いつものように課題を前にして、いつものようにキラが叫んだ。
そんないつもの、冬休み。
「ほら、さっさとやらないと終わらないだろう?」
「えー…」
「”えー”じゃない!」
そんないつもの会話を繰り返す、穏やかな昼下がり。
これまたいつものように、アスランが溜息をついた。
キラの部屋の真ん中に陣取る炬燵に入って向き合うふたりの前には、ほとんど白紙の問題集が広げられていた。
「あと2日で冬休み終わるのに、なんで全然やってないんだよ、おまえは」
「だって~……」
不貞腐れて上目遣いで見つめてくるキラに、はあ…っと、再びアスランが溜息をつく。
「まだ2日もあるじゃんか」
「もう2日しかない、の間違いだ」
へらっと笑って全然緊迫感のないキラに、三度アスランが溜息をつく。
まさに、出るのは溜息ばかりなり、である。
「アスラン…」
「…何?」
じっとこちらを見つめて名前を呼ぶキラに、ぶっきらぼうに問いかけると。
「溜息を1つつくと、幸せが1つ逃げていくんだって」
「誰のせいだ、誰の!?」
そんなことをのほほんと言うキラに、さすがにアスランの声も荒くなる。
凄い剣幕で叱られて(?)、キラはちょっとだけ首を竦めてみせた。
「…怒んなくてもいいじゃんか……」
「だ~か~ら~…」
ぼそっと呟いてみたものの、アスランが本気で怒る一歩手前であるのに気付いてキラは口を噤んだ。
「大体、何のために俺が泊りがけで来てると思ってるんだよ…」
半ば呆れつつ、アスランが独り言のように文句を言うと、
「だからさ、気分転換にゲームしない?」
時間いっぱいあるじゃんか、とキラが気を取り直して言ってみる。
「課題終わるまでは、お・あ・ず・け」
ぴしっとキラのおでこを指で撥ねながら、アスランが小さい子供に言い含めるように告げた。
「え~~~っ!?」
「”え~”、じゃないってば」
いつの間にか会話が元に戻っているな、と思いつつ、そんな状態に半ば呆れ、半ば諦めている自分にアスランはとっくの昔に気付いていた。
長期休暇の終わり頃はいつもこうなのだ。
何度怒っても、キラはどこ吹く風。
そして結局最後は泣きついてくるキラを文句を言いながらも手伝って。
なんだかんだ言っても自覚はしているのだ。
自分はキラに甘い、と。
(わかってはいるんだけど…)
そんな自分に内心溜息をつきながら、ちらっとキラの方を見ると、
「?」
視線に気付いたキラはきょとんとした顔で見つめ返し、それから、
「へへ」
照れたように笑った。
きっとこの笑顔が悪いのだ。
どんなに怒っていても、この笑顔を見ると、そんなもの吹き飛んでしまう。
そして許してしまうのだ。
(甘い、よな…)
アスランが自分の甘さを呪っていると、唐突に部屋に備え付けのベルが鳴った。
《アスランくん、おかあさんから電話よ~》
「あ、はい。今降りて行きます」
インターフォンから聞こえてくるカリダの声に応えながら、アスランは炬燵から出る。
「キラ、ちゃんと課題やるんだぞ?」
「わかったよう~…」

 

(…って、言われても……)
階下に降りていくアスランの足音を聞きながら、キラは広げた課題の上に顔を乗せてぼんやりしていた。
(課題進んでないの、アスランのせいじゃんか…)
勝手にアスランに責任転嫁しながら、この冬休みを思い返す。
今回は冬休みが始まってすぐ、アスランはプラントに行ってしまっていて。
クリスマス・イブの晩には戻ってきたけれど、アスランが居ない間はつまらなくて、何もする気が起きなかった。
アスランが帰ってきてからは、一緒に遊ぶ方がやっぱり楽しいから。
自然と、課題をする時間などなかったのだ。
…と言いつつ、毎年課題は後回しにしているのだけれど。
それでも、今年の冬休みはいつもと違って寂しかったのだから、その原因を作ったアスランが悪い。そうに違いない、などと。
やっぱりアスランに責任転嫁をして、課題はほったらかしにして。
(温い……)
炬燵に入ったまま、アスランが電話から戻ってくるのを待っていたのだけれど ――

 

「キラ?」
やけに静かだと思ったら。
「………おまえな~…」
キラの部屋に戻ってくるなり、アスランはドアを開けたまま脱力してしまう。
炬燵の上には、先程部屋を出て行くときと同じくまっしろけな問題集と、気持ちよさそうにうたた寝するキラの顔があって。
「もう、風邪ひくぞ…」
やっぱり溜息をつきながら、アスランはキラの向かいに座った。
キラの寝つきは割といい方で、だけど、寝起きは決してよくはない。
「………」
それをよく知っているアスランは、無言でキラのほっぺたをふにっと摘んでみる。
「ぅ…ん……」
僅かに身じろぎしながらも、それでもキラは起きない。
「………」
そのままもう少し摘んでみる。
(おー、よく伸びる…)
しばらくキラのほっぺたで遊んでみたものの、それでもやっぱりキラは起きなくて。
(とりあえず夜は徹夜、かな…)
長期戦を覚悟して、アスランはまたしても溜息をついた。

『幸せが逃げていくんだって』

まったく誰のせいだ、と思いながらも。
それでもそのあどけない寝顔を見せるのは、安心している証拠で。
自分が守ってやらなきゃ、助けてやらなきゃ、って思ってしまう。
(5ヶ月も先に生まれたくせに…)
”僕のが上~っ”とはキラの口癖だけれど、どっちが上なんだか。
もう一度、キラの頬に手を伸ばす。
また引っ張ってやろうとして、けれど思いとどまって。
その代わり、その柔らかい頬に、軽くキスをした。
(ま、これくらいしてもバチは当たらないよな)
キラが風邪をひかないように、とりあえず肩に上着をかけてやる。
「ほんっと、世話が焼けるんだから」


我儘だし、勝手だし。
世話が焼けて仕方ない奴だけど。
それでも。
(好きだからしょうがない、か…)
そんな自分に苦笑しながら、溜息をつく。

だけどきっと、この溜息は。
1つする度に、幸せな証拠なんだって、思うから。


--- 2004.1.6 ---

「まったくおまえは無理をしすぎだ、スザク!!」
怒りながらも、てきぱきと包帯を巻いていく。
流石にずっとナナリーを看てきただけあって、一国の王子であるのにその手つきは慣れたものだ。
そんなルルーシュの姿に、ふとスザクの口元が綻ぶ。
夕暮れの陽が窓から射し込み、辺りをオレンジ色に染めていく。
まるで、夢のようだ。
今のこの景色も、そして。
今こうして、ここに互いが在ることも。
「…昔と逆だね」
「……ああ」
思い出す。
昔は逆に、しかめっ面をしたぼろぼろのルルーシュに包帯を巻いてやったのは自分だった。
あの頃の時間は、もう遠い。
けれど。
大切な、もの。
そう、目の前にいるこの相手が。
本当は、…何よりも。
「ほら、終わったぞ、スザ…」
名前を呼び終わるよりも早く、その唇を塞いだ。
それは、ごく自然なことで。
「ありがとう、ルルーシュ」
囁くようにそう告げると、ルルーシュの肩がぴくりと震えた。
「別に…たいしたことじゃない」
そうしてふいと視線を逸らす。
少しだけ、拗ねたこどものように。
(相変わらずなんだから)
大人びた風貌は更に磨きがかかり、意地っぱりなところも、やっぱり昔通りで。
嬉しかった。
とても。
変わらないでいてくれたこと。
そう、
ルルーシュ、だけは。
「ルルーシュ」
名を呼ぶと、まだ拗ねた色を浮かべたままの瞳が向けられる。
真っ直ぐに。
「会えて、よかった」

それが、
たったひとつの ―― 真実(ほんとう)。

 


--- 2007.6.12 ---

じっとしているのは元来苦手である。というより、性に合わない。
けれど、訳あって匿われている ―― しかも敵国の真っ只中に ―― 身である。
否が応でも大人しくしているしか仕方がない。
知らず溜息を吐いて、政宗はぼんやりと庭に目を遣る。
然して広くもないけれど、よく手入れが行き届いていた。
「お茶でもいかがでござるか」
「ああ」
よく知った声が、いつもより控えめな調子で聞こえてくる。
座ったまま振り向くと、盆を手にした幸村が立っていた。
恐らくは政宗達の身分(というより素性)を憚ってのこともあってだろう。
厄介になっているここ・上田の町医者の細君ではなく、幸村手ずから色々と世話を焼いてくれていた。
「Thanks」
「さんくす??」
「ありがとう、ってことだ」
「…いや、これしきのこと…」
素直に礼を口にすると、幸村は少々面食らったような面持ちで見返してくる。
「…なんでそんな意外そうな顔してんだ?」
「い、いえ、別に…」
慌てて言い繕おうとする幸村を遮るように手招きする。
手で隣に座るように示すと、幸村はおずおずと横に並ぶように縁側に腰かけた。
本来であれば、他国と雖も政宗は一国の領主であり、対する幸村は一介の臣に過ぎない。
たとえ互いを好敵手と認め合い、戦場(いくさば)では対等に渡り合おうとも、通常であれば横に並んで座るなどあり得ないことである。
だから、元来生真面目な幸村が萎縮するのもわからぬわけではない。
そこが幸村のいいところでもあり、また、少々融通の利かぬところでもあるのだけれど。
暫くは無言でふたりで茶を啜る。
ふと気付けば、お茶請けに出された饅頭が、珍しく皿からひとつも減っていない。
「どうした?」
「え?」
「あんたが甘いもんに手ぇ出さないなんざ」
明日は雨でも降るんじゃねぇか、と揶揄かうように軽口を叩いてみたのだけれど。
「Un?」
いつもであれば、速攻言い返してきそうなものであるのに。
隣に座る幸村は、その言葉に怒るでも焦るでもなく、困ったように下を向いていた。
どこからどう見ても、いつもの幸村らしくない。
(あ…)
そして漸く、そのことに思い至った。
脳裏に、昨日の幸村の傷ついたような顔が浮かぶ。

『テメエの差し金じゃねぇのか』

らしくもない言葉を、投げつけた。
よりにもよって、幸村に。
(Shit…)
幸村がそのような男でないことは、誰よりも自分が一番よく知っているではないか。
それなのに。
(頭に血ぃ、上りすぎだ)
「悪かった」
「え…」
「アンタに、あんなことを言った」
「…もう、いいでござるよ」
誤解は解いていただけたのでござろう?と笑ってみせるけれど。
(下手な嘘吐いてんじゃねぇ)
笑うときは底なしに明るく、それこそ太陽のように笑うのに。
無理して笑う顔など、…見たくはない。
そんな顔をさせているのは、他ならぬこの自分なのだけれど。
「政宗殿…?」
急に押し黙った政宗に不安になったのか、幸村が恐る恐る名前を呼んだ。
ふいに引き寄せて、その唇を吸う。
「…んぅ……っ」
突然のことに、幸村は思わず政宗の体を押し返そうとするけれど、すぐにその手から力が抜ける。
相変わらず幸村はこの行為に慣れない。
けれどそれは、自分以外を受け容れていない証し。
自然と口元に笑みが浮かぶ。
「ま、政宗殿っ!!」
焦って名を呼ぶ声など気にも止めず、そのまま幸村をその場に押し倒す。
「か、片倉殿が眠っておられるのに!」
「A~N? 俺は別に聞かせてやってもいいんだぜ?」
「な、何を…っ」

「御免被ります」

突如響く、地を這うような声。
ふと見れば、閉じていたはずの襖は開かれ、その奥からは鋭い眼光が覗いていた。
「か、片倉、殿…」
「Shit、邪魔すんじゃねぇよ小十郎!」
忌々しげに舌打ちをすれば、更にどすの利いた声が響く。
「何が邪魔ですか! 政宗様! 大体誰のせいでこんなことになってると思っておいでですか!」
そして視線は組み敷かれたままの幸村へと向かう。
「すまねぇな、真田。何から何まで世話になってるってのに」
「い、いえ、某は特に何もしておりませぬ故、お気になされるな」
政宗を押し返すのも忘れたまま、幸村は律儀に答えている。
そんな健気な幸村と、いまだ幸村を押し倒したままの自分の主を見比べて、小十郎は溜息を吐いた。
それから、すぅとひとつ大きく息を吸い込む。
「政宗様!」
先程よりも更に大きな声が離れにこだまする。
そうしてずかずかとふたりに歩み寄ると、むんずと主君の服を掴み、強引に幸村から引き剥がした。
「てめ…、何しやがる小十郎!?」
「今日という今日は言わせてもらいますぞ!!」
「An? 小言はいつも言ってるじゃねーか」
呆気にとられる幸村を尻目に、小十郎は背中の傷の痛みに(恐らくは主に対しても)顔を顰めながら、その場で説教を始めた。
「いいですか、政宗様! 大体あなたは自分の立場というものをもう少し自覚していただきたい!!」
「充分自覚してるじゃねーか!」
「しておりません! そもそも…」
延々と続くやりとりを呆然と見つめていた幸村の顔に、ふと笑みが浮かぶ。
この調子であれば、小十郎の傷の具合ももう心配あるまい。
まぁ、別の意味では心配ではあるが。
「それでは某は城へと戻るでござるよ」
「あ、ちょっと待て! 幸村、話はまだ…」
「こちらの話もまだ終わっておりません、政宗様!!」
「失礼仕る」
「ゆ、幸村あぁぁ…!!」

穏やかな風が、庭の草木を静かに揺らす。
それはまるで、この一時の平穏を現すかのように。
頬を掠める風を感じるように、幸村は瞳を閉じた。
たとえそれが、これから来るであろう嵐の前の静けさであったとしても。


--- 2007.7.1 ---

「いつまで続くのだろうな、この長雨は」
吐息混じりに吐き出されたその言葉と同様に、雲は重く垂れ込めて。
昼間であるのに、行灯が必要なほどに部屋は薄暗い。
降り続く雨のために、ここ暫くは青空が覗くことはなかった。
「降らねば作物は実らぬし、かと言って、降り続けば川は氾濫する。上手くいかぬものだ」
その灯に照らされた三成の表情にも、どこか翳りが差して。
胸の奥が、ざわりと波打つ。
「人の政も謀も、なんの役にも立たぬ。所詮我らは、自然の前では無力なのだな」
ぽつりと呟いたその声に潜まれた、自嘲の響き。
憂いを帯びた瞳のまま、ひとつ頭(かぶり)を振る。
「俺らしくもない」
それは、もしかしたら無意識のうちに発した言葉であったのかもしれない。
普段であれば、決して口にせぬであろう、言葉。
「…先の言葉は、忘れてくれ」
「いえ、忘れませぬ」
咄嗟に口をついた言葉に、三成は目を見張る。
「幸村…?」
「三成殿のお言葉であれば、何一つ忘れたくなどありません」
そこまで言って、漸く我に返った。
目の前の三成は、未だ瞠目したまま。
「あ、…その……、すみません、出すぎたことを…」
(何を言っているのだ、わたしは)
「わ、忘れてください」
何てことを口走ってしまったのかと、体中が烈火の如く熱くなる。
まともに三成の顔を見ることができずに、幸村は面を伏せた。
「いや、俺も忘れたくなどないな。おまえの言葉であれば」
一語一句はっきりと、そう告げられて。
恐る恐る顔を上げると、そこには憂いなど微塵も感じられぬほど、真っ直ぐな瞳があった。
(いつもの、三成殿だ…)
その事に安堵したのか、自然と口から言葉が紡がれる。
「今は暗くとも、雨の上がった後の空は、…綺麗です」
青き空は、その涯(はて)もわからぬほどに、広く。
「とても澄んでいて」
(…まるで)
―― あなたのように。
「好きです、わたしは」
あなたは、笑うかもしれないけれど。
「そうか、ならば」
すっと立ち上がり、三成は障子を開け放つ。
その向こうの空は、まだ雨に黒く塗り潰されているけれど。
「共に見るか、この雨が上がった時は」
「はい」

そう、共に。
この戦乱という名の雨が、止んだ暁の先の空を。


--- 2007.7.3 ---

見果てぬ幻(ゆめ)は、この想いと同じように拡がって。
まるで、螺旋のように。
幾重にも、絡み合って。



[1]想

―― ”7年”。
口にしてしまえば、簡単だけれど。
その時間は、途方もなく長く、苦しくて。
そう、まるで、息ができないような。
苦しい日々。
生きるために必要な存在(もの)が、いない。
その姿を思い浮かべる度、この胸は軋んで、心が悲鳴を上げる。

―― 会いたい。
触れたい。

おまえが、足りない。

それなのに、時間は無情に過ぎて。
追い求める俺(もの)を、嘲笑うかのように。
7年が過ぎた。
あの日から。

『もしもあの時…僕たち、離れなかったら ―― …』

桜の下で。
キラが消えた、あの日から。



--- 2004/8/21 ---
幸福だった9年間。
寂しさを知った、3年間。
そして。
想い、
惑い、
憤り、
迷走した1年間。

それでもやっと又、手に入れたと思っていた。
一番望んだもの。
自分に一番必要な存在(もの)。

……なのに。

桜が舞う。
あの日のように。
まだその運命(さき)を知らず、ただひたすら再会を信じた別れ。
優しくて、あまりにも残酷なあの日も。
ただ、桜は柔らかな光を降らせていた。
そして、皮肉な運命に翻弄され、それでもやっと、共に在れた日々。
その、終わり ――
流した涙も、その姿も。
その柔らかな光の中に、溶け込むかのように消えてしまった。

(キラ…)

その夜だって、この腕の中で乱れたのに。

(キラ……っ)

忘れたことなどあるはずもない。
全部、覚えている。
キラの内の灼けるような熱さも。
決して巧くはないけれど、それでもたどたどしくも愛しそうに這わす舌も。
ひとつになった瞬間の、自分だけが知っている表情(かお)も。

「…っ…ぁ、キ…ラ……っ」

手のひらに吐き出した熱は、空しさだけを残して。
甘いはずの息も、溜息と化し、苦さだけが広がっていく。
力なく背中を預けた壁は、ただ、冷たさだけをこの体に伝えていた。



--- 2004/8/22 ---
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HN:
神崎 廉
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性別:
非公開
自己紹介:
絵描き兼字書き。
真性アスキラー。
思いもよらずダブルOが歴代G
の中で一番好きな状況に。
成層圏の向こう側まで狙い
撃つ兄貴を愛してやまず。
BAS●RAの影響で戦国史に
どっぷり。VIVA眼帯。
えろすきーだけどホモスキー
に非ず。
オフラインでは【絶対零度】
というサークル名で活動中。
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