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「諸君、肝試しをしよう!!」
「……は?」
(なんか最近、このパターン多くないか?)
―― 気のせいですv
やっぱりいつもの如く突然召集され、やっぱりいつもの如く、唐突なクルーゼ隊長の提案(というか命令)に、やっぱり5人は心の中で一様に溜息を吐いた。
(またか…)
「隊長…」
「何だね? アスラン」
これもエースパイロットの努め…、とは言え苦虫を噛み潰したような顔でアスランが渋々手を挙げると、クルーゼ隊長は不敵に笑ったまま言葉の先を促した。
「何故肝試しなのですか?」
「フッフッフ、それはな…」
「それは……?」
ごくりと5人が固唾を飲んで見守る中、クルーゼ隊長はものすごーく嬉しそうにこう言った。
「今が夏だからだ!」
「………」
どうせそんなことだろうとは思っていたけれども、やっぱり一気に脱力してしまった5人を尻目に、クルーゼ隊長は嬉々として話を続けていた。
「夏の風物詩は祭だけではない! 暑いときだからこそ、涼を求める。それも体で感じるだけでは足りないのだ。やはり身も心も芯から冷える、それが真の涼を求めるということなのだよ!!」
拳を握り締めて力説するクルーゼ隊長に、心底呆れた視線を投げる5人であったが、やれやれという感じでニコルが手を挙げてみる。
「では、隊長は早い話が涼みたいのですか?」
「いや違う」
すぱっと言い切る隊長に、がくっとこけそうになるのを寸でで止めて、イザークが(珍しく)遠慮がちに訊いた。
「た、隊長。では一体…」
すると、隊長はそれまでの異様にうきうきとした顔を引き締めて、
「肝試しというのはだな、イザーク。その名の通り、肝、つまりは心臓を試すのだよ」
「は、はあ…」
いやに真面目な口調で語り出す。
「我々軍人は、いついかなる時でも冷静に物事に対処できなければならない。即ち、たとえ何があろうと、みだりに驚いたり取り乱したりしてはならぬのだよ」
(隊長にしてはまともな話だ…)
隊長が言ってるそばから驚いている5人であった。
「そうであるためにも、日頃の鍛錬が必要になってくる。肝試しはまさにその鍛錬の恰好の場なのだよ!!」
「…はあ」
(わかったような、わからないような…)
「というわけで、今晩早速行うことにした」
「……え?」
突然なのはいつものことではあるけれど。
「では、諸君の健闘を祈る!」
「はっ」
そうして、やっぱりいつもの如く唐突に肝試しをすることになった5人であった。…のであるが。
「肝試しねえ…」
めんどくせー、と呟いているのは先頭を行くイザークに相変わらずつかず離れずのディアッカである。
「まあ、暇つぶしくらいにはなるんじゃないですか?」
そう応えたのは列の真ん中を行くニコル。
そして我らがアスランとキラはと言えば、列の後ろを歩いているのだったがやけに静かである。
「ね、キラ?」
「え…」
ニコルに呼ばれ、はっと顔を上げたキラの顔は心なしか元気がなさそうで。
けれど、あのアスランが特に何も言わないのであるから、別段具合が悪いというわけではないのであろう。
もしキラが本当に体調が悪かったりするのであれば、アスランがこんなに大人しいはずもなく、上から下への大騒ぎであるだろうからだ。
「どうしたんですか? 身体の具合でも悪いんですか?」
その点では大丈夫だろうとは思いつつも、とりあえずニコルが訊いてみる。
確かによくキラはぼーっとしていることがあるけれど。
「ううん、大丈夫」
言葉少なにキラは笑ってみせるだけで、やはりどこかしら様子がおかしい。
アスランも気遣うようにキラの方を見つめてはいるけれど、キラがこんな調子なのに黙ったままで。
…やはり、どこかおかしいと言うしかない。
「なんだー? キラなら真っ先に喜びそうじゃねえ?」
ディアッカの漏らした言葉に、なぜかキラとアスランの身体がぎくりとなった。
もちろん、それを見逃す3人ではない。
「キラ、もしかして…」
ニコルが恐る恐る口を開いて最後まで言い終わるよりも早く、ディアッカが口を挟む。
「まさかおまえ、おばけが怖い、とか言わないよな…?」
「そ、そんなことないよ!!」
焦ったように答えたキラではあるが、その声は上ずっていた。
アスランもまた顔を顰めている。
(そうなの、か…)
なんて正直なふたりなんだと思いつつ、おばけを怖がるキラというのは確かに容易に想像できてしまう。
そしてそれをまた可愛いと思ってしまうのも事実であった。
……もちろん、アスランには内緒である。
「おばけが怖い、だと…?」
それまで黙っていたイザークが、ぼそりと呟いた。
「ち、違うってば!!」
速攻否定するキラであったが、やっぱりどもっている。
「よーし、そこまで言うならキラ、俺と勝負だ!!」
「…へ?」
いつものことであると言えばそれまでなのだが、これまた唐突なイザークの宣言に、キラはぽかんとして間の抜けた声を上げた。
そんなキラとは対照的に、隣に立つアスランがキッとイザークを睨むように見た。
「おい、イザーク!!」
「なんだ、アスラン?」
余裕そうな笑みを浮かべて見返してくるイザークに、アスランが何かを言いかけるよりも早く。
「キラは別に怖くはないんだろう? なら、別に支障はないだろうが」
「く…っ」
キラが怖くないと言っているのであるから、ここで自分がそれを否定するようなことはできない。
実はそれが強がりだと知っているアスランは、先程から口にはできないまでも心配していたのだ。
そう、キラは大のつくほどの怖がりなのである。
幼馴染であるアスランは、それをよっく知っていた。
だから、今から始まる肝試しのことにばかり気をとられていて、イザークの勝負好きのことはすっかり頭から抜け落ちていた。
(迂闊だった……っ)
恋は盲目とはよく言ったもの。
アスランの頭の中の99.9%はキラで占められているのであるからそれもまた無理のない話である。
とは言え、大事なキラの窮地に、何も口出しできない自分に今にも地団駄を踏みそうな勢いだった。
そんな様子に、イザークが勝ち誇ったように言い放つ。
「ふん、文句はないだろう? アスラン。ってことで、キラ、勝負だ!!」
妙に嬉しそうにイザークからびしぃっと人差し指を突きつけられたキラが怯んでいる間にもう決定になってしまったらしい。
こうして、やっぱりいつものように勝負をするはめになってしまったのであった。
その日の夜。
基地の裏に設けられた肝試し特設ステージの前で、5人は入口に掲げられた看板を見上げていた。
そこには、”ざ・肝試し大会☆inザフト みんな、が・ん・ば・れv”の文字が、いやにPOPに描かれていた。
(これってやっぱり…)
咄嗟に浮かんだ顔は、5人とも同じであっただろう。
気を取り直して、5人は向き合った。
「…で、勝負って結局何をどうするんですか?」
キラを心配しつつも、ニコルはつっこみを忘れない。
「ルールは簡単! 悲鳴を上げずにゴールする、それだけだ」
「それだけ?」
「そうだ」
そう言いながら、イザークは軍服の胸ポケットからごそごそと紙切れを取り出した。
「これで順番を決めてひとりずつ入っていく」
紙に書かれていたのはお約束的にあみだであった。
…ということで、厳正に(?)あみだ籤によって決められた順番はというと。
「俺が一番乗り、ってね~」
一番手、ディアッカ。
「ふん、ディアッカ。おまえも逃げ出すなよ」
二番手、イザーク。
「……ぼ、僕だって逃げたりしないからね!」
ちょっと半泣き気味のキラ、三番手。
「大丈夫ですよ、キラ」
今回は(?)やや大人しいニコルが四番手。
「キラ…っ」
そしてアスランがラスト、である。
「んじゃま、早速行ってみましょうかね~」
ルールは先程イザークが言ったように(というより勝手にイザークが決めたのであるが)、入るのはひとりずつ、5分経ったら次の人が入っていき、互いに脅かし合うのはダメ、というものである。
そうしてディアッカが気軽そうに入口に姿を消して数秒後。
「ぎゃあぁぁぁぁ……っ」
断末魔の叫びがその場に轟いた。
「今のって…」
「………」
すぐに泡を吹いたディアッカが、黒子さんに担架で運び出されてきた。
「ふん、情けない」
ディアッカ、敢えなく脱落のため、5分経過していないけれどイザークが入ることにした。
「出口で待ってるからな、キラ」
ふふんと笑いながら、意気揚揚と中に消えたイザークであった。
―― 3分経過。
「△×☆○▽◇…!!!」
声にならない悲鳴が中から響いてきた。
そしてやっぱり黒子さんが運んできた担架には、白目を剥いたイザークが載っかっていた。
イザーク、無念の敗退である。
「~~~っ」
本来なら、何があってもここでキラに中に入るのを止めさせたいアスランではあるが、一応これも任務である。
「キラ…」
キラは言葉もなく涙目でアスランを見上げた。
アスランの胸には愛しさともどかしさと自分の不甲斐なさと軍人としての葛藤とこんな任務を与えたクルーゼに対する憤りとが渦を巻いていた。
「行って、くるね…」
それだけ言って、キラは走るように中に入っていった。
「キラ…っ」
イザークが脱落した3分が経過しても、中からキラの悲鳴が上がることはなかったけれど、アスランは気が気でなかった。
心配そうに入口を見つめ続けるアスランに、ニコルは何かを思いついたようににっこりと笑った。
「アスラン、ものは相談なんですが」
「なんだ、ニコル!?」
凄い形相で振り返られて、さすがのニコルもちょっと怯んでしまった。
(相変わらずキラのことになると形無しですね、アスランも…)
気を取り直して話をもちかける。
「僕と順番、変わりませんか?」
「!!!」
思ってもみなかった提案に、すぐにアスランの瞳が光る。
がっしとニコルの手を両手で握り締めた。
「ありがとう、ニコル!!」
「言葉はいいですから物で示してください」
さらりとニコルが言いのける。
この辺がやはりニコルであった。
「食堂のディナーチケット10日分で手を打ちましょう」
「乗った」
それでもキラのためならそんなことはお安いご用のアスランである。
財布の中からおもむろにチケットを取り出し、ニコルの手に押し付けると、
「じゃあ、俺は行く!」
颯爽とアスランは入口に消えていった。
「さて、と…」
そんなアスランの後ろ姿を見送ったニコルは、まだ担架に載せられたままのディアッカとイザークをちらと横目で見遣ってから、その口元に不敵な笑みを浮かべたのだった。
(キラ…っ)
入った途端、真っ暗な闇が襲いかかる。
そして、その闇と不気味な効果音が織り成す空間の中には、古今東西のおばけ、幽霊、妖怪、その類いが跋扈していた。
…が。
キラのためならなんのその。
そんなものは一切目に入らないアスランは、ただひたすらその暗闇の中にキラの姿を探しつづけた。
(あ…)
そして遂に、井戸の傍に蹲るその姿を見つけると、
「キラ!!」
一心不乱にその場まで駆け寄った。
「アス…ラン……?」
呼ばれた声に、それまで目をぎゅっと瞑って耳を抑えていたキラが、はっと顔を上げた。
その瞳には、いっぱい涙を浮かべて。
「キラ」
アスランが、ぎゅっとキラの身体を抱き寄せた。
「よかった…」
本心からそう囁くアスランの胸に収まってしまうと、キラもようやく安心したのか、少しずつその身体の震えは治まっていった。
「アスラン…」
ふえ…と、思わず泣き出したキラの背中を優しく撫でてやる。
キラが落ち着くまでそうしていたアスランが、そっとその瞳に溜まった涙を拭うように唇を寄せた。
そのまま、瞼に、頬に、唇を落としていく。
「ん…ぅ……」
そうして、唇に触れると、キラの方から舌を絡めてきた。
しばらく、互いの唇を貪りあって。
ようやく離したときには、すっかりキラの瞳から涙は消えていた。
そのまままた抱き合って。
すると、何故かキラがアスランの腕の中でくすりと笑った。
「キラ…?」
「…なんか、前にもあったよね、同じこと」
「ああ」
実はアスランも同じ事を思い出していた。
「おまえ、怖がりのくせに好奇心旺盛なんだから」
「う…、怖いもの見たさ、ってよく言うじゃんか……」
ばつが悪そうに言うキラに、悪戯っぽくアスランが笑いかけると、キラもまた笑い返して。
あれは、幼年学校に通い始めてまだ間もない頃。
クラスの遠足で、遊園地に行ったことがあった。
そこにはおばけ屋敷もあって、キラが怖がりなことをもう知っていたアスランの制止もきかずにキラは入ると言い張った。
こうなると、もう誰も止められない。
で、ふたりで入ることにしたのだけれど。
「…ほんっと、入った途端におまえ泣き出しちゃって」
「だ、だって…」
腕にしがみついて泣き続けるキラを、それでもどうにかアスランは出口まで連れて行ったのである。
確かに初めて会った時から、危なっかしいキラから目が離せない、とは思っていた。
そして、アスランの胸に、自分がキラを守らなければ、という想いが芽生えたのはこの時であった。
ようやく見えた外の明かりを指し示しても、一向にキラは泣き止まない。
だから。
「…今みたいに、アスランがぎゅうってしてくれた」
「だっておまえ、泣き止まないし」
ずっと泣きじゃくるキラを目にして途方にくれたアスランであったが、それでも幼心に考えた。
どうしたら、キラは泣き止むだろう。
ずっと自分の腕を掴んでいる手を、ゆっくり外してやって、そっとその身体を抱きしめてみた。
すると、キラもぎゅっとアスランの身体を抱き返してきて。
自分の胸に顔を埋めるキラの髪を、いつも一緒に寝るときのように優しく梳いてやると、少しずつ身体の震えは治まり出して。
それにほっとして、キラの顔を上向かせると、涙はそれでもまだ溢れ出していたから。
なんとかそれを、止めたくて。
「……あの時がさ、その…」
「…うん…」
「初めてだったよね、…キス、したの」
「うん」
改めて言うと、今更ながら物すごーく照れてしまう。
けれど、あの時。
驚きと、安心したのとで。
キラはぴたっと泣き止んだのだった。
「でも、よかった」
「ん?」
「アスラン、来てくれて……」
心底安心したように言うキラに、最上級の笑顔を向けて。
「当たり前だろ?」
そう言うと、キラもまた笑い返した。
アスランしか知らない、笑顔で。
「じゃあ、行こうか」
「う、…うん」
それでもやっぱり、おばけの類いが苦手なキラは、アスランの腕にぎゅうっとしがみついて。
「目、瞑っててもいいよ」
「うん…」
そしてそのまま、目を閉じたキラに足元を注意してやりながら、ふたりはゴールを目指した。
…で。
「キラ、出口だぞ」
恐る恐るキラが目を開くと、目の前には一筋の光が見えて。
心なしか早い足取りで、ふたりがその場に急ぐと。
「は~い、おっつかれー♪」
「ミゲル、ラスティ…」
ふたりを出迎えたのは、今は温泉宿でリハビリ兼バイトをしているはずのミゲル・アイマンとラスティ・マッケンジーであった。
入口に掲げられていた看板を見たときからなんとなく予想していたことではあったが…
(やっぱりミゲルが描いたのか、あれ…)
「いやー、頑張ったな、おまえら。ディアッカとイザークなんか、すっげー悲鳴上げて倒れちまったってのに」
「なんでそれを…」
「これ、なーんだ」
ミゲルとラスティが、嬉しそうに同時に差し出したのは、特殊メイクが施されたキャップと被り物。
「今回は出張サービス、ってね」
「そ、またすぐあっちに戻るけどな~」
ま、なかなか楽しかったぜー、などと、本当に楽しそうに2人はけたけたと笑っていた。
「おかえりなさい、キラ、アスラン」
「ニコル?」
なぜか(賄賂によって)ラストになったはずのニコルもまたその場で待っていた。
「ニコル、なんで君が先にいるんだ…?」
怪訝そうにアスランが訊ねると、にーっこり笑ったニコルが、アスランを手招きした。
「?」
きょとんと不思議そうな顔のキラをとりあえずその場に待たせ、ニコルの所まで来たアスランの顔が、途端に赤くなる。
「これ、なーんだ」
先程のミゲル達と同じ台詞を言いながら、差し出されたもの。
「大体、あの場所にどれだけいたと思ってるんですか」
そりゃ、後から入った僕だって追い抜いちゃいますよ、などと言いながら。
ひらひらとアスランの目の前に差し出されたものは、先程の井戸の前でのふたりの逢瀬の写真であった。
「………っ」
「…ディナーチケット2週間分」
ぼそりと呟いたニコルに、無言でアスランが財布を取り出したのは言うまでもない。
そしてそれから1ヶ月半の間、ニコルは悠々とディナーを楽しんだらしい。
すっかりチケットのなくなったアスランが買い求める後ろで、なぜかイザークとディアッカも悔しそうに並んでいたとかいないとか。
--- 2004.8.11 ---
「…なんかいつものことだけどよ~」
ぞろぞろと5人揃って召集場所へと向かう途中、ディアッカが欠伸をしながら口を開いた。
「おい、ディアッカ! たるんでるぞ、貴様!」
イザークが檄を飛ばすけれど、それすらイザークにぞっこんLOVEなディアッカにとっては至福の瞬間である。
へらっと笑いながら ―― 怒られたことは軽く受け流し ―― 、言いかけた言葉を続ける。
「またいきなりどっか行け、とか言うんじゃないよねー」
「…充分ありえますね」
ニコルが遠い目をして答えれば、
「…確かに」
アスランも眉間に皺を寄せながら相槌を打つ。
「命令には従うまでだ」
イザークは涼しい顔をして言うけれど、心なしか口元が引きつっている。
「どうせなら遊園地とかがいいなー」
ひとり、のほほーんとそう言うキラに、4人は同時にこけそうになった。
「キラ…、こないだの日曜に連れて行ったばっかりだろう?」
「えー、何回行っても楽しいじゃん」
(……そうか、日曜は遊園地デートだったのか)
何気に相も変わらずのばかっぷるぶりを披露しているアスランとキラを横目に、ブリッジへと辿り着く。
イザークを先頭に、5人は先程までとは打ってかわって姿勢を正した。
「失礼します」
シュンという音と共に扉が開くと、そこには隊長であるクルーゼが意気揚々と立っていた。
「流石諸君、時間に正確だ」
結構結構、と言いながら、何故か高らかに笑い声を上げている。
「………」
「…なんかえらく機嫌よくないか?」
「はっきり言って不気味ですね」
ひそひそと思ったままを口にしていると、ぴたりと笑い声が止まる。
5人は改めて姿勢を正してクルーゼの方に向き直った。
「実は諸君に紹介したい者達がいる」
「紹介…といいますと?」
「本日付で我々の隊に新しく配属された者が2名ほどいてね」
そう言うや否や、クルーゼはくるっと背後の方に視線をやり、
「期待のニューカマー、カマーンッ」
大声で叫んだかと思うと、ぱちんと指を鳴らす始末。
「………」
(…滑ってる)
(滑ってます、滑ってますって、隊長……っ)
(さ、寒……っ)
5人の頭上にはブリザードが吹き荒れていた。
そんな5人の様子には目もくれず、クルーゼはにこやかに背後を向いたまま。
カツン
すると、渋々といった風情で噂のニューカマーが現れた。
「……シン・アスカです」
ぶっきらぼうにそう言う黒髪に赤い瞳の少年は、視線を床に落としたまま、顔もどこかしら不貞腐れているように見える。
「レイ・ザ・バレルです」
(ん…?)
そしてもう一人。
まるで貴公子のような金髪碧眼のその少年は、恐らく同年代ではあろうが、やけに落ち着いている。
…というか、どこかしら貫禄があるというか。
(クルーゼ隊長に声が似てないか…?)
そういえば、髪も同じ気が。
5人揃って同じ疑問を抱いたものの、クルーゼの素顔を見たものは誰もいない。
そういえばクルーゼの素顔を見たものは皆お亡くなりになるとかなんとか、いつかミゲルが言っていた気がする…と思いながら。
(……隠し子?)
ならば、今日のクルーゼの上機嫌っぷりもわかる気もする。
とはいえ、真相はものすごーく知りたいけれど、怖くてできない5人であった。
「では、本日より君たちの後輩となるシンとレイの面倒をみてやってほしい。以上だ」
「はっ」
「じゃあ、とりあえずは施設内の説明からかな」
ぞろぞろと今度は7人で通路に出ると、向こうから見慣れない整備士が2人やってきた。
「ヨウラン、ヴィーノ」
それに気付いたのか、レイが視線をそちらに向けて名前を呼んだ。
「よ! レイ、シン」
メッシュの入ったまだ幼い面立ちをした方が元気よく手をふろうとすると、浅黒い肌をした方が慌てて小突いている。
それもそのはず、赤服が5人も揃っているのである。
慌てて5人に軽く会釈をすると、すぐに顔を引き締めた。
「すみません、デュエルとバスターの整備の件でちょっとお話があるんですが…」
おずおずと浅黒い方が口を開くと、
「ああ、わかった。一緒に行こう。おい、ディアッカ」
「はいはい」
イザークとディアッカはそのまま整備士2人組とドッグの方へと向かっていった。
「……」
取り残された5人であったが、なんとなく出鼻を挫かれた感がある。
「えと、今の…お友達?」
「え、あ…はい……」
キラが丁度隣にいたシンに話しかけると、はっとなったようにシンがそう答えた。
「そっか」
にっこり笑ったキラの顔に、シンが思わず知らず見蕩れていると、
「ごほん」
どこかからわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
見ると、何故か藍色の髪をした男(つまりはアスラン)が凄い形相でこちらを見ていた。
(なんだ…?)
よくわからないけれど、睨まれている気がする。
「???」
シンの頭に”?”が飛び交っていると、
「紹介が遅れてすまない。俺はアスラン・ザラ」
徐にアスランがつかつかとやってきて、シンとキラの間に割ってはいるように立ち止まる。
「僕はキラ・ヤマト。よろしくね」
アスランのヤキモチに気付いているのかいないのか、相も変わらずのほほんとキラは柔らかく笑っている。
「ニコル・アマルフィです。よろしくお願いします」
そしていつも通りのアスランのヤキモチに苦笑しながら、ニコルも挨拶する。
「ちなみにさっき、君たちの友達とドックに向かった銀髪の男がイザーク・ジュール。金髪で肌の浅黒い方がディアッカ・エルスマン」
淡々と続けるアスランだが、しっかりキラをガードすることは忘れない。
勿論、シンはそんな気など皆無なのではあるが、恋は盲目とはよく言ったもの。
「よし、じゃあ施設を案内して回ろうか」
「よろしくお願いします」
礼儀正しくレイがそう言えば、シンも渋々といった感でちょっとだけ会釈してみせた。
そうして5人でぞろぞろと施設内を練り歩いていく。
「ここが食堂。一応朝食や夕食の時間は決まっているから気をつけるように。それから、ここが大浴場。でも部屋にはシャワーもついているから、勿論そちらを使ってもらっても構わない」
そうこうしているうちに、プライベートルームの区画にやって来ていた。
「部屋は基本的に2人部屋だ。…君たちはもう、自分の部屋は聞いたのか?」
「はい」
レイは相変わらず礼儀正しく答えを返す。
しかしやはり、自分たちよりも貫禄がある気がする。
(……やっぱりそうなのか…?)
とりあえずまたしても浮かんだ疑問を胸に押しとどめて通路を進んでいくと、見覚えのある部屋の前まで来ていた。
「ちなみにあそこがイザークとディアッカの部屋。あっちがニコルの部屋。そしてここが、俺とキラの”愛の巣”だ」
大真面目に、しかも文末を強調して告げるアスランに、シンの顔が途端に引きつった。
レイは顔色を変えるでもなく、微動だにしない。
相変わらずの落ち着きっぷりを披露していた。
「もう、何言ってんのさ、アスラン」
さすがに呆れたキラが軽く睨むようにアスランを見つめるけれど、アスランは真面目な顔をしたままで。
「だって本当のことだろう?」
そう言うやいなや、キラの手を取り引き寄せる。
がたん
突然の物音に、皆が一斉に音のした方に向き直る。
すると、顔面蒼白のシンが、冷や汗をだらだらと流しながら、通路の壁に後ろ手にへばりついていた。
「お…」
「お?」
そして、じりじりとアスラン達から距離を取ったかと思うと、
「俺はほもは嫌いだーーーーーーっっ」
そう叫ぶや否や、脱兎のごとく走り去ってしまった。
それはもう、物凄いスピードで。
「凄いね、シン。足速い…」
「つっこみどころが違いますよ、キラ」
心底感心したように、シンの走り去っていった方を見ているキラに、さすがにニコルがつっこんだ。
「…なんなんだ? あいつは…」
呆然としつつも、アスランはキラの手をしっかと握ったまま。
置いてけぼりを食らったような4人は、しばしその場に立ち尽くしていた。
―― 一方。
(何なんだよ、何なんだよ! やっぱマユの言ったとおりなのか!?)
半泣き状態でありながら、猛スピードで走っているシンの脳裏には、妹であるマユのにこやかな笑顔が浮かんでは消えていた。
『軍隊でほもは常識よ、おにいちゃんv』
マユのどこかしら嬉しそうな声が頭の中でずっとリフレインしている。
(違う! 断じて違う!!)
マユの言葉を振り払うかのように、走るスピードは益々加速していた。
(ん? あれは…)
ふと視界に入った、目の前の通路の曲がり角に消えていく後姿。
シンのいる位置からは顔は見えないが、銀髪と金髪の赤服 ―― 先程紹介された、イザークとディアッカである。
(常識なわけあるもんか! 男は元来、女が好きなんだよっ)
そう、ディアッカなど、見るからに女好きな顔だったではないか!(←偏見)
何故か変なところに一条の光を見た気がしたシンであった。
心は急に晴れやかになり、とても珍しいことではあるが、自ら挨拶でもしようと、意気揚々とふたりの許に駆け寄った、…のが間違いだった。
というより、シンの考察はそもそも間違いだったのである。
「あいつら今頃、新人の案内してるんだろうね~。しかし美人だったな、ふたりとも」
「なんだ? 惚れたか?」
「まっさか。俺はいつだってイザーク一筋だしー?」
「気安く触るな」
べしっ
「ふーん? 妬いたとか?」
伸ばした手をはたかれたのに、何故かにやにやしているディアッカは、めげずにイザークの細い腰に再度手を伸ばしている。
「馬鹿を言うな」
けれど、今度ははたかれることはなく、しっかとイザークの腰を抱いている状態である。
「なあ、イザーク。………」
そっとイザークの耳元に顔を寄せて、何やら囁いているが、さすがにここまでは何を言っているのか聞こえない。
いや、むしろ聞こえない方がシンにとっては幸せだろう。
「…できるものならやってみろ。俺を啼かせられるんならな」
(……啼かすってなんですか…)
―― 深く考えたくない。
声をかけるタイミングをすっかり逃したまま、イザークとディアッカは空き部屋らしき扉の向こうに消えていった。
しばし呆然と立ち尽くしたままのシンであったが、
「ちっくしょーーーーーっ」
そう一声叫んだかと思うと。
「青春のバカヤローーーーーっっ」
泣きながらまた来た道を走って戻っていったのであった。
「あ、おかえりー」
疾風のように去っていき、また疾風のように戻ってきたシンに、キラが相変わらずのほーんと声をかけた。
シンはぜえぜえと肩で息をしていた。
その瞳に浮かぶ涙は、疾走した為の息苦しさとはまた別のものであろう。
「………」
そんな姿に、レイが無言でぽんと肩を叩いた。
「シン、君に話がある」
唐突にアスランが話しかけると、シンは半泣きではあるが、睨めつけるようにアスランの方を振り返る。
「…なんですか」
その声音も低く、まるで話しかけるなといわんばかりであるが、こんなことでたじろぐアスランでは勿論ない。
「君は誤解している」
「誤解?」
怪訝そうに聞き返すと、アスランは至極真面目な顔をして。
「俺はほもじゃない。俺は、キラが好きなだけだっっ」
「ア、アスランっ」
拳を握り締めて力説するアスランに、さすがにキラも照れくさいのか真っ赤になって諫めるように名前を呼ぶ。
「………」
シンはといえば、ぽかんとだらしなく口を開けたまま。
どうやら何も言えないらしい。
レイは相変わらず無言で得も言われぬ貫禄を醸し出し、ニコルはといえば、珍しく口元がひくひくと引きつっていた。
(このばかっぷるは…)
ここまでくるとさすがのニコルも苦笑するしかない。
「俺が好きなのはキラだけだ! 男とか女とか関係ない。キラだから好きなんだっ」
「そ、そりゃ僕だってアスランだから…」
思わず口にしかけて、でもやはり皆の前だからか、キラは頬を染めたまま、語尾が段々と弱々しく消えていく。
けれど、アスランが聞き逃すはずもない。
一瞬驚きの色を浮かべ、けれどすぐに満面の笑みがその綺麗な顔に浮かぶ。
それはもう、それこそその辺にいる女の子たちを一瞬にして悩殺してしまうくらいの笑顔で。
…但し、本人はあくまでキラしか見えていないのだが。(←アスランですから。)
「キラ…っ」
「ア、アスラン…」
こうなると、周りが見えるはずもない。
今にもアスランがキラに熱烈にキスでもしそうな時。
ぶつん
どこかで何かが派手に切れる音がした。
その音で正気に返ったアスランが目にしたものは。
「世間一般じゃそれをほもって言うんだよっっ」
鬼のような形相で暴れまわるシン・アスカの姿であった。
「…で?」
台風一過。
散々暴れまわった挙句、捕獲されたシンにアスランが深い溜息をつきながら問いかける。
「(断じて違うが)俺がほもかどうかは置いておいて(俺はキラだから好きなんだ)、なんで君はそんなにほもが嫌いなんだ?」
さすがに(心身共に)疲れ果てたのか、シンはぐったりし、諦めたような顔で重い口を開いた。
「実は…」
どうやらシンには、出生率の低いコーディネイターにしては珍しく妹がいるらしい。
「1コ下なんですけど、すっげ可愛いんです。ちっちゃい頃から、”おにいちゃんv”ってよく俺の後ろにひっついてきて…」
「………」
先程までの態度とは打って変わって、途端に相好を崩したシンに、アスラン・キラ・ニコルの3人は言葉もない。
「そりゃもう、ほんっとに可愛いんですよ。……なのに」
「……?」
突然、シンがぴたっと言葉を止める。
怪訝そうに見遣ると、その肩はふるふると震えていた。
「なのに、幼年学校卒業したあたりから、会話の中に何やらよくわからない略語が出てきたり、気がついたらマユの部屋の本棚に、少女漫画に混じってなんか微妙なタイトルの漫画とか小説が混じってたり、あろうことか男同士が絡んでる絵のPCゲーが置いてあったり、しかもそれに18禁マークがついてたり…っ(※)」
「………」
※18禁ゲームは18歳になってからv 高校生は卒業するまでダメダメですv
君は妹の部屋に勝手に入るのか…と思いつつ、一体どこからつっこんでいいのかわからない3人は、とりあえず黙ってシンの話を聞いていた。
「なんか〆切がどうとか言ってる時は、夜遅くまで部屋の電気ついてるし友達が大人数で泊まりにくるし、いきなり印刷所から電話かかってきたり、でかい荷物が何箱も家に届いたり、全国津々浦々から手紙が届いたり…」
「………」
「…壁作家、というものらしい」
それまで黙っていたレイが、突然ぽつりと言葉を挟んだ。
アスランとキラは意味がわからずきょとんとしているが、ニコルは何気に納得していた。
「で、なんかいきなり”リアリティにイマイチかけるの”と言い出して…」
そして、噂の妹はシンにこう言ったらしい。
『おにいちゃん、ザフトに入ってv』
「…なんでそこにザフトが出てくるんだ…?」
素朴な疑問をアスランがぶつけると、シンがふ…と自嘲気味に笑った。
「”軍隊にほもは常識v 実体験聞かせてね、おにいちゃんv”…ってマユが…」
「………」
最早返す言葉もない。
気まずい雰囲気がその場を支配していた。
…すると。
「常識じゃないですよね!? むしろ男が女を好きなのが常識ですよね!?」
「え、いや、その…」
突然、畳み掛けるように言われても、キラが好きなアスランには答えようがない。
「俺は女が好きなんだーーーっっ」
「いや、別にそれでいいんじゃ…」
「誰か俺の可愛い妹を救ってくれ…! いや、俺が救ってみせる……っ、マユ、にいちゃんがおまえを救ってやるからな…っ」
「………」
(女が好きって言うより、妹が好きなだけなんじゃ……)
3人は同時に心の中で呟いていた。
同僚の乱心ぶりを目にしても、レイは相変わらず落ち着き払っている。
「マーユー!!!」
(…と言ってもねえ…)
アスランとキラは公認ばかっぷるだし、ディアッカはイザークにぞっこんLOVEであるし。
(ここいらで現実をちゃんと知ってもらわないと)
「シン」
ニコルはにっこりと笑顔を浮かべてシンの方に向き直る。
彼らはまだ知らない。
ニコルの天使のようなこの微笑みが、腹黒スマイルだということを。
「ちなみに僕はキラが好きですから☆」
キラの腕に自分の腕を絡ませながら、ニコルが事も無げにそう言い放つ。
「!?」
その途端、シンとアスランが同時に凍りついた。
「あ、僕もニコル好きだよ」
キラもにこにこと笑いながらそう言うものだから、アスランの顔から途端に血の気が引いていく。
「僕たち両思いですね☆」
「あはは」
「キ、キラ…っ」
勿論、ニコルとキラはただの仲良しさんなのではあるが、今のアスランには冷静な思考回路が欠けていた。
…今だけでなく、キラが絡むといつもそうなのではあるが。
「何をそんな情けない顔をしてるんですか? アスラン」
「どしたの??」
「キラ~~~っ」
「え、ちょ、ちょっと、アスラン!?」
ある意味和やかな日常茶飯事を繰り広げている3人を呆然と見つめるシンに、またしてもレイが無言で肩をポンと叩いた。
(…負けるもんか…っ)
弱々しくシンが心の中で叫ぶ。
こうして、シンとレイのザフトでの生活がスタートした。
なんだかんだ言って妹にぞっこんのシンが運命の出会いを果たし、妹の常識を覆すのは、もう少し先の話である。
--- 2005.5.30 ---
「…ラクス、どうしたの? それ…」
思わず二人分のボトルを落としそうになって、慌ててそれを阻止しながら、キラが呆気に取られて呟いた。
「機体のメンテナンスは終わったのですか? キラ」
「あ、うん。一段落ついたから。って、どうしたの、それ…」
相変わらずのマイペースな運びに、キラはめげずに同じ台詞を繰り返す。
軍艦の中にそれはあまりにも不自然で。
というよりも、一体どこから手に入れてきたのか。
「別に食べはしませんわよ」
パンダさんではないですもの、と悪戯っぽく笑いながら、ラクスは手にした大きな笹の天辺を見上げる。
「だって今日は、七夕ですもの」
●
「たなばた?」
「うん、そう」
もうすぐ待ちに待った夏休みを間近に控えた7月のある日。
「夏休みの研究課題、それにしないか?」
夕暮れ時といえども、その空はまだ明るいままで。
そんないつもの帰り道、いつものように並んで歩くアスランが、心持ち足取りの軽いキラに持ちかけた。
今年の夏休みの研究課題のテーマは、”地球での年中行事”というもので、1人で調べるもよし、2人以上で取り組むことも許可されていた。
だとしたら、アスランと組んでやるのはもう決まりきったものだから。
「うん、いいよ」
特に疑問を挟むこともなく、キラは満面の笑みでそう答えた。
元来キラは、宿題とか課題とかいうものが苦手である。
内容が苦手、というよりも、どちらかというと取り掛かるまでがとにかく遅い。
自分の興味のないものに関しては特にそれが酷いのだ。
大体いつも、最後にはアスランに泣きつくのがパターンで。
毎度毎度のことだから、アスランもいつもそんなキラを窘めてはいるものの、アスランの努力も空しく、一向に改善される気配はない。
…なんだかんだ言って、いつも最終的には手伝ってやっている所為ということに、本人達も気付いているのかいないのか。
というわけで、アスランと一緒に取り組むのはお互いに好都合、ということも勿論ある。
けれど、それよりも。
苦手なものでも、アスランと一緒にやれれば楽しいから。
「じゃあ、早速今日から準備しようか」
「ええ!?」
「”ええ!?”じゃない! 準備は早めにしておいて困ることはない」
特におまえの場合は、と言われて、思わずキラは言葉に詰まったけれど。
「…だ、だって、夏休みまだ始まってないじゃんか! 夏休みの課題なら、夏休みにするべきだって」
怯みながらも、弱々しく反論してみる。
が、それも充分アスランの予測の範囲であった。
わざとらしく溜息をつきながら、じっとキラを見つめて口を開く。
「……キラ」
「な、何…?」
相変わらずどもりながら、キラが先を促すと。
「約束してたキャンプ、行けなくなってもいいのか……?」
「………っ」
―― やはり、アスランの方が一枚上手であった。
「ただいま~」
「お邪魔します」
「おかえりなさい、二人とも」
パタパタとスリッパの音を響かせて、キラの母が二人を玄関まで出迎えてくれる。
「母さん、今日、アスラン泊まってもいい?」
「勿論いいわよ」
「すみません、いつも」
「やあね、アスラン君。気にすることないのよ~?」
恐縮そうなアスランとは対照的に、カリダは朗らかに笑って応えた。
「じゃあ二人とも、先に手を洗っていらっしゃい」
「はーい」
それから夕食までという約束で、ふたりでいつもみたいにゲームをして(そしてやっぱりアスランの全勝で幕を閉じた)、キラの父も交えて4人で夕食を摂った後、本題の課題に取り掛かった。
ヴン…という音とともに、パソコンのモニターが明るくなる。
「そういえばさ、なんで七夕(これ)で”たなばた”って読むんだろ」
ふたりで一緒にモニターを覗き込みながら、キラが不思議そうな声で呟いた。
「ああ、棚機の当て字なんだって。ほら、織姫は機を織るだろう?」
「うん」
「昔、棚機女(タナバタツメ)って呼ばれる女の人が機を織る行事があったんだって。それが7月7日の夕べに行われていたから、この字を当てるようになったみたいだな」
「ふーん」
すらすらと答えるアスランとは対照的に、もうすでにこの時点でキラの眉間には皺が寄っていた。
やれやれと思いながらも、アスランはこつんとキラの眉間に指を当てる。
「キーラ、ここ、皺寄ってるぞ?」
「そ、そんなことないよ!!」
揶揄かうように言うと、キラは慌てて取り繕おうと必死になって話題を探した。
「え、えっと。七夕って、具体的に何をするんだっけ?」
ここ、コペルニクスでは、正月やクリスマスなどの元は宗教行事であったものも習慣として残ってはいたが、特に七夕を祭るということはなかった。
「短冊に願い事を書いて、笹の葉に紙縒りで吊るすんだ」
「あ、そういえば。先週、隣のクラスでやってたね」
「ああ、そうだったな」
脳裏に浮かぶ、色とりどりな短冊と共に、風に揺れる笹の葉。
それが奏でる音は、耳に心地よくて。
隣のクラスの担任の先生は、割と地球の行事や風習に詳しい人で、時間を見つけては生徒にそれらを教えていた。
「織姫と彦星って、会えるの7月7日だけなんだよね」
「そう、今まで毎日機を織っていた織姫が、彦星と結婚したら全然機を織らなくなったからって。だから、怒った神様が引き離したんだ」
「なんかそれ、ひどいよね」
大好きな人と、一緒にいる。
それは凄く幸せなことで。
嬉しくて。
楽しくて。
…だから。
機を織るのをさぼってしまった織姫の気持ちは、わかる気がした。
「1年に1回しか会えないなんてやだよ…」
思わず口をついて出た言葉。
それは、本当に無意識のものだったのだけれど。
……もしも。
いつも隣にいるアスランと、離れ離れになって。
1年にたった1度しか、会えなくなるとしたら。
「…僕、やだよ」
「キラ?」
急に押し黙ってしまったキラの横顔を心配そうに見遣ると、きゅっと唇を引き結んで俯いてしまっていた。
「キラ」
「痛っ」
先程よりも深く皺が刻まれた眉間を指で軽く撥ねてやると、キラは大袈裟な声を上げて顔を上げた。
突然の横暴(?)に、その頬は膨らんでいたけれど。
「大丈夫」
「……?」
「今年の7月7日は晴れだっただろう?」
「うん」
「だから、会えたよ」
「……うん」
そう言うと、膨れた顔が段々と照れたような笑みに変わっていく。
「キラはさ、何をお願いする?」
それを確認してから、徐にアスランが口を開いた。
「へ?」
「だからさ、七夕のお願い」
そう言いながら投げかけられる優しい視線は、胸の中に生まれた願いを見抜いてしまいそうで。
なんとなく自分の頬が熱いような気がするけれど。
言葉に詰まりながら、ちょっとだけアスランを睨むように見上げた。
「……来年まで、内緒」
―― 来年の7月7日まで、仕舞っておこう。
「どうして?」
「どうしても!」
きょとんと聞き返すアスランに、キラは慌てたように言い返した。
「ふーん…?」
「そ、そういうアスランこそ、何お願いするのさ」
「じゃあ、俺も内緒ってことで」
「何だよそれ!」
(自分のことを棚に上げてよく言うよ…)
でもこれも、結局いつものパターンで。
やれやれと小さく溜息をついてから、まだ喚いてるキラをふわりと抱きしめる。
するとキラは、ぴたりと大人しくなって。
おずおずと見上げてくる瞳は、困ったような、照れたような色を浮かべていた。
この顔に弱いんだよ…とアスランは内心苦笑しながら、そっと顔を近づける。
触れるだけのキスをして、そして ―― …
「二人とも~、お風呂入りなさ~い」
階下から聞こえてきたカリダの明るい声に、キラの服のボタンにかけていた手がぴたりと止まる。
思わずお互い固まって。
それから、そろりと目を見合わせて。
「あははは」
思い切り笑い出してしまった。
笑いすぎて浮かんだ涙を拭いながら、二人分のパジャマを持ったキラが振り返る。
「ね、アスラン」
「ん?」
「来年、七夕しようね」
「うん」
当たり前のように、交わされた約束。
当たり前だった日々。
誓いが果たされぬことなど、あるはずがないと。
そう、信じて疑わなかった。
共に在ること。
それは、
何よりも幸福だった日々。
終わりがくることなど、思いもしなかった。
あの日、までは ―― …
●
「キラ?」
呼ばれてはっと目を上げると、目の前に知りすぎた瞳があって。
その中に、確かに自分の姿がある。
かつて、当たり前だった日々と、同じように。
「どうした?」
心配そうに訊いてくる、声も。
「あ、ううん…」
与えてくれる、温もりも。
あの日々と、変わらずに。
「…それ」
何かに気付いたようなアスランの声に、キラは思わず自分の手の中のそれを見る。
二人分のミネラルウォーターと共に握られた、二枚の紙。
「短冊?」
「あ、うん。ラクスがね、今日は七夕だからって」
テーブルにそっと並べて置いてみる。
「ラクスが?」
「うん、大きな笹を抱えてさ」
探してきてもらったみたい、と続けながら先程の光景を思い返してふっと顔が綻んだ。
このメンデルに笹があったことも驚きではあるが、何よりそれを実行するラクスの行動力に。
ラクスらしいと言えばそれまでではあるけれど。
「ラクスがね、言ってたよ。アスランに教えてもらった、って…」
コペルニクス以上に、プラントでは地球の行事を行うという習慣はないらしい。
そんなプラントで育った彼女が、知っている理由。
「ああ、話したことがあったからな」
「そっか…」
「キラ?」
部屋に戻ってきた時と同じように、浮かない顔をしてキラは目線を床に落とした。
そして少し間を置いてから、ぽつりと呟いた。
「7月7日は、毎年晴れだったんだ」
地球と違い、気候が人工的に調節されるコペルニクスでは、天気も予め定められていた。
その空も、すべて、造られたものだったけれど。
「織姫と彦星は、1年に1度でも、会えた…」
…自分には。
隣にいるはずのアスランが、いないのに。
1年に1度、会うことすらもできず。
触れることも、声を聞くことすらも叶わなかった、3年間。
……だから。
本当は。
羨ましくて。
妬ましくて。
―― 七夕なんて、大嫌いだ。
「……俺は、願ってたよ」
囁くように。
俯いたままのキラに、そっと伝える。
「プラントも、毎年その日は晴れだった」
七夕を祭る習慣などない、造られた空に。
その向こうに、きっと同じように空を見上げているであろう姿を、思い浮かべて。
「1日でも早く、おまえに会えますように、って」
会って、そして、今度こそは。
「ずっとまた、一緒にいられますように、って」
切なる願い。
飾られることのなかった短冊(それ)を、ずっと胸の抽斗に仕舞いこんで。
「願い事、増えちゃったけどな」
あの頃よりも。
ずっと、欲張りになった自分。
想いが増せば増すほどに。
けれどそれは、決して嫌なものなんかではなくて。
寧ろ、そんな自分の一面に驚きつつも、愛しくもある。
そして何より、そんな自分を教えてくれたその相手が。
愛しすぎて。
(アスラン…)
ちょっとだけ困ったように笑うその顔が、何より大好きで。
こみ上げてくる愛しさに、涙が溢れそうになる。
(ダメだ)
爪が喰い込むほどに拳を握り締めて、その衝動を必死に押さえつけた。
(泣いちゃ、ダメだ…)
―― 1年に1度、訪れるその日。
憎らしいほどに、晴れ渡った空。
たとえそれが造られたものでも、その空は広くて。
嫌になるくらいに、広すぎて。
探せなかった。
彼のいる星(プラント)。
………けれど、本当は。
雲ひとつない空を見上げて。
何も書いていない短冊を手に、祈っていた。
何よりも、願っていた。
会いたい。
アスランに、会いたい ―― …
握り締めた拳を優しく包む温もりに、はっと目を上げる。
「アスラ…」
固く握り締めた拳を、アスランがそっと解いて。
指先から伝わる温もりが、胸の奥深くまで浸透していく。
足りなかった自分の何か ―― 自分という存在の欠片(ピース)が、補われていくみたいに。
…そう、きっと。
足りなかった。
自分が自分であるために、必要な存在(もの)。
「…血、出てる」
耳に響く、アスランの声。
囁くようにそう言うと、開いたキラの掌を口元まで運んで、そっと傷口に舌で触れた。
それは、甘い衝撃。
眩暈がしそうなほどの。
そっと唇を離して、互いの手を重ねて。
ぎゅっと、指を絡ませあった。
「痛い?」
「ううん…」
痛くなどない。
何も。
この存在を失うことに比べたら。
「アスラン…」
その名を呼べぬことに比べたら。
「キラ」
この名を、呼んでもらえぬことに比べたら。
何も ―― …
「キラ…」
ふいに頬に感じた温もり。
幾筋も、幾筋も滑り落ちていく。
たとえ空は晴れ渡っていても、ずっとこの心に雨は降り続いていて。
受け止めきれなくなったその雫が、とめどなく溢れ出していく。
「…雨は、止むよ」
「え……」
優しく触れる唇が、その痕を辿って。
堰き止めるように、その涙を掬い上げた。
「俺が、受け止めるから」
「アスラ…」
「だから……」
震える肩を、抱きしめて。
「会えるよ」
空のふたりも。
「会える…」
そして。
「うん…っ」
……僕たちも。
願いを、叶えて。
「…ぁ……っ」
そこに在るのは、痛みではなく安息。
唯一、安らげる場所。
互いの熱を肌で感じながら、ただひたすら抱き合って。
「あの頃は…ただ、願うことしかできなかった」
「うん…」
「けど、今は…」
「…うん……」
ずっと欲していた温もりは、何よりも近くにあるから。
「約束…」
「え…?」
「約束、やっと果たせたね」
『来年、七夕しようね』
「ああ」
何気ない約束。
当たり前のように交わされた。
当たり前だった、日々。
「ねえ、アスラン」
「うん」
「来年も…」
「…ああ」
もしもこの先、何があっても。
何を、知っても。
どうか。
互いが、互いで在れますように。
この、本物の空に。
星に。
祈りを、捧げて。
* * *
「…で、この短冊に願い事を書いて笹に吊るすってわけ」
「ふーん、詳しいのね、ディアッカ」
手渡された短冊を手に、感心したような視線を受けてディアッカは誇らしげに笑ってみせた。
「こーゆーことに詳しい奴がいるんでね」
「アスランとか?」
「いや、あいつじゃない」
はぐらかすように言われても、特に気に留めるでもなく、サイとミリアリアは手元の短冊に筆を走らせていた。
「あんた、書かないの?」
ディアッカのペンが一向に動かないことに気付いたミリアリアが、何気なく訊くと。
「うーん、ちょっと、な」
「ふーん?」
人気のなくなった食堂に置かれた、色とりどりな短冊を纏った笹を目の前にして、瞼に思い描くのは、それを教えてくれた相手の姿。
(そーいや、妙に嬉しそうに教えてくれたよな~)
所謂民俗学というものを調べるのが好きだから。
(あれで勉強家だったりするからな)
ふっと口元が緩む。
手元の短冊は白紙のまま。
「ま、俺は1年に1度なんかじゃ我慢できないからな」
だから、早くまた傍に在れるように。
(でも折角だから、祈ってみるのも悪くないかもね)
…どうか。
あいつと、会えるように。
--- 2004.10.11 ---
それとも、解放?
「君が、悪いんだ…」
激戦の後、アスランを喪ったキラは ―― …
本編派生型アスキラパラレル18禁。
テーマは「調教」「リバ」「誘い受」。
……君が、悪いんだ。
君が…
僕を、置き去りにするから。
+
「…う……、…ぁ……っ」
薄暗い部屋に響き渡るのは。
甘苦しい喘ぎと、ひどく卑猥に響く水音。
「だいぶ…上手くなったね、アスラン……」
荒い息の合間に、語りかける。
僕の中心に顔を埋めている、”彼”に向かって。
”彼”はその言葉には何も答えず、ただ一瞬だけ。
瞳を、上げた。
(あ……)
その翡翠の瞳は。
確かにアスランのもので。
ぞく…っ
中心から湧き起こる甘い疼きとは別に。
胸が、苦しくなった。
「アスラ…ン」
思わず”彼”の髪に、指を絡ませる。
(不思議、だね…)
君が教えてくれたことを。
今度は僕が、君に教えてる。
「…ぅ、……うん、そこ。そう…」
”彼”は教えた通りに舌を這わせていく。
「…く……っ、あ、アスラン… ―― っ」
達するのが近いことを察したのか、”彼”は敏感に僕の弱いところを責めて。
「………っ ―― …」
声にならない声を上げて。
僕は、”彼”の口に吐精した。
+
ようやく”彼”が顔を上げる。
肩で息をする僕を、見下ろして。
その瞳も、髪も、顔も。
すべてはアスランのものなのに。
ぼんやりとした頭の中には。
甘い陶酔と。
どこか醒めた感情が、せめぎあっている。
理由なんか、とうの昔に知っていた。
だって”彼”は、アスランじゃない。
アスランだけど、アスランじゃない。
僕の瞳から、一筋涙が零れた。
けれどその指は、僕の涙を拭ってはくれない。
『キラ』
終わった後は。
いつも優しく耳元で僕の名前を呼んで。
滲む涙を、唇で拭ってくれた。
まだ息が上がったままの躯で、抱き合って。
鼓動さえも、ひとつになれたようで。
『アスラン』
名前を呼ぶと。
僕しか知らない、笑顔をくれた。
その君は。
もう、いない ――
+
戦争は終わった。
たくさんのものが失われた。
失いたくないから、戦った。
僕も、アスランも。
戦って、そして ――
僕は、アスランを失った。
僕たちは…オーブのみんなは。
形の上では、勝ったのだろう。
連合にも、ザフトにも。
けれど。
失ったものは同じだった。
多くのものが、失われた。
戦争には、勝者も敗者もない ――
残ったものは、勝利の喜びなんかではなく。
途方もない程の、哀しみだけだった。
+
すっと、頬に何かが触れて。
思考が中断された僕は、その理由を知った。
「アスラン…?」
”彼”がじっと、僕を見つめていた。
その翡翠の瞳で。
まるで壊れ物を触るかのように。
僕の頬に、触れていた。
どくん
その唇が、僅かに開かれる。
「キ、ラ」
掠れたような、声で。
それでもその声は。
確かにアスランのもので。
「…あ……」
言葉にならない。
でも、その瞳から視線を逸らせない。
そんな僕を、じっと見つめたまま。
”彼”が僕の唇に触れる。
最初は、軽く触れるように。
「ン……っ」
そして段々と、深く、貪るように。
僕が教えたとおりに。
……僕が、
君に、教えてもらったとおりに。
深くなっていくキスに、堪えきれず”彼”の背中に腕を回す。
「…ン、アスラン……っ」
息継ぎの合間に、名前を呼んで。
わかってる、”彼”はアスランじゃない。
アスランだけどアスランじゃない。
(わかってる、わかってるけど……っ)
わかっていた。
禁忌を犯したことも。
こんなこと、間違っていることも。
でも。
(君の、せいだよ。アスラン……っ)
君が僕を。
僕だけを。
置いていって、しまったから。
ずっと一緒だと。
たとえ何があっても、もう二度と離れない、と。
そう、誓ったのに。
約束したのに。
なのに…
『生きろ、キラ…』
それなのに…
(ずるいよ、アスラン…)
独りで生きられないと、知っていたくせに。
君が居なきゃ、生きる意味なんてないのに。
なのに、君の最期の言葉が。
『おまえは生きろ…、キラ……』
僕を雁字搦めにする。
独りでなんて、生きられないのに。
君の後を追うことも、できない。
(ずるい、よ…)
”彼”の背中に回した腕に、力がこもる。
「キラ」
わかってる。
”彼”はアスランじゃない。
間違ってることも、わかってる。
だけど。
全部、君のせいなんだ。
君が悪いんだ。
君が、僕を。
置き去りにしてしまったから。
--- 2003.7.28 ---
最初に感じたものは、浮遊感。
最初に耳にしたものは、弾けてはまた生まれる水泡の音。
最初に目にしたものは、
今にも壊れそうな、紫の瞳。
+
「…ふ……、ぁ…っ」
俺の舌がなぞる度に、”キラ”の口から苦しげな息が漏れる。
呼吸が段々と速くなる。
押さえつけた足から伝わってくる震え。
限界が近いことを感じ、わざと強く吸い上げる。
「……っ…」
その瞬間、”キラ”の腰がびくっと跳ね。
俺は、放たれたものをゆっくりと飲み干した。
まだ指に絡まったままの残滓を舐め取る。
”キラ”はぼうっとした瞳で視線を宙に彷徨わせていた。
その紫の瞳は、宝石のようで。
けれど。
今にも壊れてしまいそうな輝きで。
「アスラ…ン」
熱に浮かされたような、声で。
俺の名前を呼んだ。
+
「アスラン」
その紫の瞳の持ち主は、俺のことをそう呼んだ。
その途端。
その瞳から、無数の透明な雫が零れ落ちた。
ずきん
何故か、胸の奥の方が痛い気がして。
不思議に思った、瞬間。
その腕に抱きしめられていた。
ただぎゅっと、何も言わずに。
けれど、とても暖かくて。
とても、心地よくて。
暫くそうした後に、そっと体を離されて。
もっと、そうしていたくて思わず手を伸ばそうとした。
その手を、自分の指と絡めて。
今にも消えてしまいそうに、
微笑んだ。
とくん
その微笑みが、俺の何かを支配した。
胸の奥から、暖かいものが広がっていって。
「アスラン」
―― 囚われていた。
+
”キラ”が最初に教えてくれたのは名前だった。
「キラ」
そう呼ぶと。
嬉しそうな、だけど。
今にも泣き出しそうな、顔をして。
”キラ”の涙は、綺麗だったけれど。
それを見ると、何故か苦しくなって。
笑った顔が見たくて。
そのためになら、何でもできると思った。
最初に居た場所から、今のこの部屋に移ってきてどれだけの時間が経ったのだろう。
カーテンを閉め切った部屋は、薄暗いままで。
そこには俺と”キラ”しかいない。
”キラ”はよく部屋に置かれた端末を触っていた。
俺は、そこにある無数の書物を読んで過ごしていた。
「アスラン」
呼ばれて、読んでいた本から目を上げる。
”キラ”の瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。
髪が触れ合う程の距離で。<BR>
そしてそのまま”キラ”の唇が俺の唇を塞いだ。
…次に教えてくれたのはキスだった。
「ン…、っ……ふ……」
最初は唇を触れ合わせるだけだった。
それを何度か繰り返してから、”キラ”の舌が遠慮がちに差し入れられた。
その舌に触れた途端、火傷するように熱くて。
でも放したくなくて。
まるで貪るように、絡ませあった。
濡れた水音が、生まれる熱が、思考を停止させる。
そしてそのまま、無我夢中でキラの唇を貪った。
何度も、何度も。
+
涙が弧を描いて、”キラ”の頬を滑り落ちた。
その瞳は、真っ直ぐに俺の方を向いていたけれど。
俺じゃない”誰か”を見ているようで。
ずきん
また、胸の奥が痛かった。
”キラ”の涙は綺麗だ。
でも何故か、言いようのない焦燥を覚えて。
―― どうしてそんな哀しい顔をするの?
口に出来ない疑問。
―― どこを見てるの?
溢れ出してくる感情。
―― どうしたら、
笑ってくれる?
今にも壊れてしまいそうな、その姿に。
恐る恐る、手を伸ばす。
「キ、ラ」
「…あ……」
僅かに開かれたその唇を、塞いで。
「ン……っ」
舌を絡めると、”キラ”の肩がびくりと震えた。
「…ン、アスラン……っ」
息継ぎの合間に、俺の名前を囁いて。
その度に俺の心は、どうしようもないくらいに騒いで。
何故だかわからない。
名前を呼ばれて、嬉しいのに。
でも、心のどこかに、まるで風穴が開いてしまったかのように。
「アスラン…」
背中に回された腕に、力がこもる。
―― 笑って。
”キラ”が笑うと、空気が変わる。
暖かいものが、内からも外からも流れ込んできて。
俺のこの体を満たす。
笑ってほしい。
その笑顔が見れるなら、何でもする。
何でも、できるから。
この感情を、何と呼ぶのか。
俺はまだ知らない。
--- 2003.7.29 ---
忘れない。
忘れたくない。
この躯は、今でもはっきり覚えている。
+
「キ…ラ…」
段々速くなる呼吸の合間に囁かれる、僕の名前。
”彼”の口から漏れる息と、僕の立てる水音以外に聞こえるものはなく。
「キラ、もう……っ」
思わず僕の頭を引き離そうとするけれど。
僕は構わずに、顔を埋めたまま。
「………ッ」
そうして、彼の放ったものを喉元に感じて。
その温かさを、喉を鳴らして飲み下した。
「キラ」
名前を呼びながら、”彼”が蹲っていた僕を自分の目の高さまで抱き上げた。
その、翡翠の瞳で。
僕を真っ直ぐに見つめて。
どくん
躯の奥が疼く。
その衝動の理由(わけ)なんて、とっくに知っていた。
「キラ…」
名前を囁きながら、僕の唇に触れる。
よく知った、感触。
「ん……っ…」
触れるだけのキスが、じれったくて。
僕は自分から舌を絡めた。
粘ついた音が漏れる。
(足りない…)
”彼”の首にしっかり腕を回して、どんなに深く口づけても。
(もう、これだけじゃ足りないよ…)
理由なんて、ひとつしかなくて。
……アスランが、欲しくて。
+
「アスラン…」
長い長いキスを終えて、凭れかかった”彼”の胸で名前を呼ぶ。
とくん
とくん
鼓動が聞こえる。
それは確かに”彼”が生きている証。
じっとそれを聴いていると。
喉のあたりが熱くなって。
思わず脳裏に浮かびかける情景を、僕は必死に打ち消した。
「何?」
短く、”彼”が訊く。
僕は何も言えずに、ただじっと彼の顔を見つめていた。
「キラ…?」
訝しげに僕の名前を呼ぶ唇を、また塞いで。
軽いキスを繰り返しながら、”彼”のシャツに手をかける。
震える指で、ひとつずつボタンを外しながら。
瞼に、頬に、首筋に。
ゆっくりと、キスを落としていく。
最初は軽く、そして。
「…痛ぅ……っ」
所有の証を、残すように。
「キラ?」
少し驚いたように、”彼”が僕の肩を押そうとする。
その手に、自分の手を重ねて。
「アスラン…」
潤んだ瞳で、”彼”を見つめて。
「今から僕がすること…覚えて……?」
+
今でもはっきりと覚えている。
キスの仕方も。
愛撫の順番も。
この躯は、今でもずっと覚えている。
…どんな風に、僕を抱くか。
覚えている。
君が触れた場所、すべて。
灼けるように、熱く。
―― こんなにも、
覚えているのに。
ギシッ…
ふたり分の重みを受けて、ベッドが軋む。
君の残した証を、そのままトレースするように。
”彼”の躯に、口づけていく。
「…っ………」
”彼”の躯がわずかに上気しているのがわかる。
這わせた手のひらに、わずかに汗ばんだ肌を感じて。
そっと唇に伸ばした手に。
絶え間なく、吐息がかかって。
「アスラン…」
”彼”の躯から一度顔を上げる。
「口、開けて?」
僕に言われた通りに開いた口に、僕の指を潜り込ませて。
柔らかくて熱い舌に触れた。
「舐めて…」
ぴちゃ
僕の言うがままに、”彼”が僕の指を咥えこむ。
水音をさせながら。
ぞく…
その光景と、背筋を走る言いようのない感覚に耐えて、じっとその姿を見つめる。
隈なく舐め上げた頃、透明な糸を引きながら、そっと”彼”の口から指を離す。
「よく、できたね…」
そう言って、唇を重ねながら。
”彼”の唾液で濡れた指を、”彼”の入口まで運ぶ。
「ね、アスラン。ここ…、わかる?」
そして、おもむろに指を1本挿し入れた。
「ここだから、覚えて」
「あ……っ」
「力、抜いて? アスラン」
苦しそうな息を吐く唇を、また塞ぎながら。
指を増やしていく。
くち
くちゅ…
濡れた音を立てながら、中を掻き回す。
”彼”は苦しげに眉根を寄せたまま。
必死に、初めて感じる異物の感触に耐えていた。
それでも、段々とそこは熱く熟れていった。
(もう、いいかな…)
すっと、指を引き抜いて。
「ちゃんと力、抜いてね。アスラン」
ぐいと、”彼”の足を持ち上げて。
「最初は痛いと思うけど…我慢して」
僕自身をあてがって、ぐっと一気に挿し貫いた。
+
「あ…っ、ン……っ」
「キラ…っ」
「う…、アスラ…ン……っ」
”彼”が何度も僕の中を行き来する。
その度に、スプリングが悲鳴を上げる。
僕が”彼”に教えた直後に、何度も交わった。
飽きることなく、求め続けた。
欲しくて欲しくて堪らなかった、その温もりを。
その、存在を。
一番近くに、感じたかったから。
「あ…、アスラン、もう……っ」
「キラ…」
”彼”の熱を、中で感じて。
僕自身も、解き放って。
その度に流れる、この涙の意味を。
今はまだ、知りたくなかった。
--- 2003.7.30 ---
「僕はもう、夢は見れない」
それは、微かな呟き。
けれど確かにそう、口にした。
壊れそうな、瞳で。
+
”夢”を見た、のだと思う。
場所はどこかわからない。
けれど確かに、そこにふたりはいた。
暖かな光の中。
輪郭もぼやけて、その表情もはっきりとはしなかったけれど。
それでもわかった。
目の前にいるのは、確かにキラで。
今よりもっと華奢だったけれど。
それでもそれは、キラに間違いなくて。
―― 暖かかった、から。
そのキラを見つめるもうひとり ―― 俺も、暖かいもので満たされていたから。
だからそれは、キラだった。
何を話していたかも聞こえない。
それでもそのふたりは、とても楽しそうで。
……とても、
幸せそうで。
+
ふと開いた瞳の先にあるのは、見慣れた茶色の髪。
その柔らかさに思わず指を伸ばす。
さらさらと流れるように落ちていく髪が指に気持ちよくて。
そっと、愛しそうに唇を寄せた。
腕の中のキラは、静かな寝息を立てていた。
その温もりが心地よくて。
いつまででも、その温かさに包まれていたい、と。
(これが、”夢見る”ってことなのか…?)
”夢” ―― 一言にそう言っても、いろいろ意味があるらしい。
「キラ、”夢”って何?」
疑問を素直に口にすると、パソコンのディスプレイから顔を上げたキラが、じっと俺の方を見つめた。
それまで読んでいた本を手に、俺もじっとその瞳を見つめ返して。
「”夢”って言っても、いろいろ意味があるんだ」
たとえば寝ている間に見ているもの。
それは願望だったり、いままでの記憶だったり、いろいろなものを内包している。
「記憶?」
「そう、たとえば自分では忘れているような些細なことでも、頭の抽斗の中にはしっかりしまわれてるんだ」
それが再構築されて、夢という形になって表層に現れてくることもある。
「あとは…そうだね、たとえば将来こうなりたい、とか、こうしたい、とか。そういう願いや望みも”夢”っていうんだ」
「ふーん…?」
「それから…ありえないようなことを言うときもあるかな」
「いろいろあるんだな」
「そう、いろいろある」
それは本当に、ふと思いついて口に出したことだったのだけれど。
「キラの”夢”は何?」
その何気ない言葉に、キラの顔が一瞬強張って。
それから、少しだけ寂しそうに笑って。
「僕はもう、夢は見れない」
そう、呟いた。
(キラ…)
その時のキラの言ったことが、何を意味するのかはわからない。
けれど。
(キラは、願わないの?)
ちりちりと、胸の奥が焦げるような感じがして。
胸を掻き毟りたくなるような。
(なんだ、これ…)
訳のわからない、感情。
まだこんなもの、知らない。
(キラ…)
「ぅ…ん……」
腕の中のキラが身じろぎする。
顔をずらしてその顔を覗き込むと、キラは苦しげに眉を寄せて。
(うなされてる…?)
「キ…」
名前を呼ぼうとするよりも、早く。
「ア…スラン……」
キラの口から紡がれた名前。
そして。
固く閉じられた瞼から零れた、一筋の透明な雫。
「……っ キラ!!」
思わず強い口調で呼んで、強く肩を揺すぶった。
「あ…」
「キラ…」
「アス…ラン…?」
その時見たキラの瞳は。
本当に。
今にも、壊れてしまいそうで。
何も言わず、ただ強く抱きしめた。
一瞬、キラは体を強張らせたけれど。
すぐに、背中に手を回してきて、ぎゅっと抱き返してきた。
そして。
「…して、アスラン」
震える声で、そう乞われるまま。
「キラ…」
背中に回していた手をずらして、窄みに指を這わせた。
「…ぁ…っ」
寝入る前までしていた名残か、そこはあっさり異物の侵入を許して。
容易く指を呑み込んでいく。
ぐちゅぐちゅと猥らな音を立てながら、指の本数は増えていき。
「や…ぁ、…早…く」
ガクガクと体を震わせながら、キラがもどかしげにねだった。
「キラ…っ」
「あ…ぁっ」
最奥まで一気に貫いて、小刻みに抽送を繰り返す。
そうして、キラが一番締め付ける場所を激しく打ちつけると。
「ああぁ…っ」
一際大きく啼いて、キラは意識を手放した。
(何を、見た?)
そして。
何を、見ないの?
『僕はもう…』
望まないの?
願わないの?
どうして。
ねえ、
何度でも、抱くから。
だから。
夢は、遠い。
--- 2004.6.27 ---
ひらひら、と。
花が散る。
命が、散る。
+
ハッと目を開ける。
跳ね起きた体中、嫌な汗をかいていて。
動悸が治まらない。
震える手で、思わず口元を押さえていた。
―― 怖い。
目を閉じると、またあの光景に呑まれてしまいそうで。
爪が喰い込むほど、拳を握り締めた。
「う…ん……」
隣から聞こえてきた声で我に返る。
(あ……)
隣に眠る、その姿に。
その髪も。
その肌も。
確かに、アスランのもので。
長い睫毛に、そっと手を伸ばし。
閉じられた瞼に、そっと口づけた。
「キ…ラ…?」
眩しそうに、開かれたその瞳が。
真っ直ぐに、僕を捉えて。
「アスラン…」
名前を呼ぶ、僕の唇を。
そっと指で、なぞって。
そのまま僕を引き寄せる。
「ん……」
口づけながら、互いの指を絡ませあって。
ギシ…
ベッドが軋む。
そのままの体勢のまま、位置を替わって。
「キラ…」
僕の名前を紡ぎながら。
その唇は、僕の躯に幾つもの痕を残していく。
…まるで。
花弁のように。
+
触れていないと不安だった。
自ら選んだくせに。
失う怖さに、怯えていた。
気怠い体を椅子に預けて。
見るともなしにモニターに目を向ける。
まだ躯の芯は、甘く痺れたまま。
あれから、数え切れないほど躯を重ねた。
僕の躯には、”彼”の証が絶えず印されていた。
昨夜の痕も、その前の痕も。
先程の、痕も。
消えぬうちに。
まだはっきりと、残されたまま。
「キラ」
窓辺で本を読んでいた”彼”が、僕の方を振り返る。
「雪が降ってる」
「え?」
”彼”の横に立って、一緒に窓の外を見る。
「ああ、風花だね」
「カザハナ?」
「うん、晴れた日に降る雪のこと。ほら、まるで ――」
……花弁の、ように。
どくん
「…キラ?」
心配そうな”彼”の声。
(大丈夫、大丈夫だから…!)
だってアスランは、ここにいる。
―― どくん
花弁のように、舞う白い雪。
―― どくん
『キラ』
『アスラン』
『本当に戦争になるなんてことはないよ、プラントと地球で』
―― どくん
『おまえは生きろ、キラ……』
―― どくん
足元が揺れる。
立っていられなくなる。
「キラ…!?」
……アスランの声が。
遠くなる。
+
桜は嫌い。
風に舞う花びらは、君を連れて行くから。
あの日、月で別れた時も。
そして。
漆黒の、宇宙で。
飛び散ったジャスティスの破片が、まるで。
宇宙(そら)に舞う、桜のように ―― …
「キラ…」
額に優しく触れる手を感じて、重い瞼を上げる。
心配そうに僕の顔を見上げる”彼”の姿に。
「………っ」
僕は何も言えずに。
ただその体を抱きしめた。
その存在を確かめるように。
”彼”は何も言わず、僕の髪を撫でてくれた。
…昔の、ように。
「アス…ラン……っ」
思わず名前を呟いて。
逸らすことなく、真っ直ぐに見つめあって。
”彼”が、訊いた。
「俺が、欲しい…?」
僕の頬に、手を添えたまま。
そして、僕は。
「…アスランが、欲しい」
掠れた声で、呟いた。
+
「足、開いて」
すべてを、”彼”の前に曝け出して。
”彼”の視線が、真っ直ぐに僕を捉える。
「……う…、…ン……っ」
湿った音を立てて、温かくて柔らかな感触に包まれる。
「…ア……っ ―― …」
もうすっかり僕を知り尽くしている”彼”は。
あっさり僕を昇りつめさせた。
余韻に浸る暇(いとま)も与えられず、抱え上げられる。
向き合ったままの姿勢で。
(あ……)
ゆっくりと、焦らすように腰を落とされる。
いつもよりももっと、”彼”の存在を中に感じて。
躯の内から湧き起こる熱を、自分ではどうすることもできずに。
助けを請うかのように、”彼”の唇を塞いだ。
その間も、痺れるような疼きはとどまることをしらずに。
「アスラ…ン」
涙声で、呼んだ瞬間。
ほんの一瞬だけ、”彼”の瞳が揺れた気がした。
何かを言いかけるように、口を開きかけて。
でもその言葉は、飲み込んだように。
かわりに口にしたのは、僕の名前。
「キラ…」
僕の腰を抱く力が、強くなる。
「キラも、動いて」
「う…ん」
”彼”の腕の中で、何度達したか覚えていない。
ただ、覚えているのは。
”彼”に抱かれながら、霞む視界の端に映った、
真っ白な、花弁のような雪だった。
--- 2003.7.31 ---
雨が止まない。
地表にも。
…この、胸にも。
降り続く雨ですら、この痛みを消せやしない。
+
……雨音がする。
いつの間に降ってきたのか、窓の外からは雨の音が聞こえてきて。
気怠いまどろみから引き戻されたキラは、薄く目を開けた。
(雨……?)
首だけ動かして窓の方を見ると、この時間ならもう日が差し込んでいるはずのカーテンの向こうが薄暗い。
規則正しい寝息を漏らす”彼”の腕からそっと抜け出して、起こさないように床に散らばったままの着衣を拾って身に着ける。
窓の方に立ち、そのままぼんやりと雨の音を聞いていた。
カサ…
微かな音。
それでも確かに雨音に混じって聞こえてきた音に敏感に反応したキラは、まだ”彼”が眠っていることを確かめてから、玄関に向かう。
カツン
確かに聞こえる。
不思議と心は騒いでいない。
なんとなく予測していたからかもしれない。
段々と近くなる音に、ふっと自嘲的に笑んでから。
キラは扉を開いた。
「やっと見つけた」
真っ直ぐすぎるその瞳に。
穏やかに微笑んで、キラがゆっくりと口を開く。
「久しぶり。……カガリ」
+
微かに降る雨の中。
暫く無言で歩いた。
ゆっくりと、”彼”の居るあの家から。
遠ざけるように。
何も言わずについて来ていたはずの気配がぴたりと止まる。
キラもまた立ち止まり、カガリの方に向き直った。
「みんな心配してる」
ぽつりと、カガリが呟くように言った。
「いきなり病院から脱け出して…っ ずっと探してたんだぞ!?」
「……それで?」
「!?」
「それで、カガリはどうしたいの?」
「どうって…、キラ……?」
まさかそんな風に返されるとは思っていなかった。
いや、それよりも。
キラの声があまりに無機質に響いて。
カガリは得体の知れない惧れを覚えた。
「僕は行かない。僕はずっとここにいる」
「おまえ…?」
「だってここにはアスランがいるから」
「おまえ、何言って……」
無邪気に笑いながら答えるキラに、カガリはその惧れの正体に嫌でも気付かされた。
「アスランは死んだんだぞ!?」
びくっ
語気を荒げて言い放ったカガリの言葉に、キラの肩が震える。
「アスランは死んだんだ! わかってるだろう!?」
「違…、違う…、死んでなんか……っ」
震える声で、うわ言のように呟くキラに、ぶつけようのない怒りと悲しみを覚えながら。
「現実を受け止めろ! あいつは死んだんだ…!!」
振り絞るように、カガリが現実を突きつける。
「悲しいのは…おまえだけじゃない……」
静かに付け加えたその言葉に、ぴくりとキラが反応した。
「そう…だよね」
「キラ……」
まだ俯いたまま、キラが口を開く。
「カガリもアスランのこと、好きだったよね…」
「!! …キラ!?」
口元をひきつらせたまま、ようやくキラが顔を上げる。
「なにも姉弟揃って同じ相手好きにならなくてもいいのに」
それとも姉弟だからかな、と静かに笑いながら言うキラに、カガリは先程と同じ惧れに体中が冷えていくのを感じた。
「でもアスランはあげないよ? カガリにも、ラクスにも。…誰にもあげない」
「キラ…」
震えながら伸ばした手を、キラが振り払う。
「……ずっと、好きだったんだ」
「………」
「一番大切だった。ずっと一緒にいられるんだと思ってた。なのに、戦争が僕たちを引き離した。一番大事な人と戦わなきゃいけなかった僕たちの気持ちが君にわかるの!? 戦って…戦って、それでもやっとまた一緒にいられると思ったのに、なのに……っ」
漆黒の宇宙(そら)に。
眩いばかりの閃光が。
「…僕は…」
すべてを打ち消すかのように、激しく頭(かぶり)を振って。
「僕は、アスランと一緒にいる ―― !!」
「キラ…!!」
走り出す背中を追えぬまま、カガリはその場に立ち尽くした。
いつの間にか激しさを増した、雨の中で。
動くことができなかった。
「馬ッ鹿野郎……!!」
涙と一緒に零れた言葉には。
言いようのない怒りと、悲しみと…悔しさを、滲ませて。
確かにアスランのことは好きだった。
けれど。
(おまえが大事なのに…)
なぜわからない。
わかってくれない。
何もできぬ自分の無力さと、気付いてもらえぬ苛立ちとが。
痛みとなって、体中を駆け巡る。
「…あいつを、解放してやってくれ……」
思わず天を仰いで、呟いていた。
「お願いだから、アスラン……」
……この、雨は。
おまえも泣いているから ―― …?
+
「キラ…?」
隣にあるはずの温もりがないことに気付き、そっと声をかける。
脱ぎ捨てたままの服をとりあえず身に着け、寝室を後にする。
(今、何時なんだ?)
窓の外は薄暗くて時間がわからない。
部屋に置かれた時計を見遣ると、昨夜までは動いていたはずの針が止まっていた。
「バッテリーパック…、どこかにあったな」
見当をつけて棚や抽斗を開けていく。
「ん…?」
何かが引っかかっている。
そっと抽斗を開けると、箱が出てきた。
「何だ…?」
そっと開けてみる。
中に入っていたのは、大事そうに包まれた手のひらサイズの包みと。
(…写真?)
その中の1枚を手にしてみる。
「え……?」
+
カタン
扉を後ろ手に閉めて、ロックする。
無我夢中で走っている時も。
ここに、戻ってきた今も。
『あいつは死んだんだ』
カガリの言葉がリフレインして、頭から離れない。
「……ってる」
頬から零れ落ちた雫は。
打たれた雨か。
「わかってるよ、そんなこと ―― …っ」
…それとも。
「キラ?」
その声に、びくりと顔を上げる。
「アス…ラン……?」
”彼”が心配そうに駆け寄ってくる。
「どうしたんだ、びしょ濡れじゃないか」
ちょっと怒ったような、その言い草も。
全部、アスランのもので。
「ほら、風邪ひくから」
引っ張っていこうとしても、キラは一向にその場を動こうとしない。
「キラ?」
「………」
また俯いてしまったキラを、無言で抱き上げて。
服が濡れるのも構わずに、”彼”はそのままキラをシャワー室まで連れて行った。
そっとキラを脱衣所に降ろして。
シャワーの温度を調節してから、キラの方を振り返る。
キラはそのまま、ぼうっと立っていた。
「ほら、ちゃんと暖まらないと、風邪ひくだろ?」
一向に動こうとしないキラの代わりに、服を脱がせてやる。
触れた肌は、冷え切っていた。
「ちゃんとシャワー浴びるんだぞ?」
それだけ告げて、出て行こうとした。
「キラ…?」
まだ俯いたままで、キラが服の裾を握り締めていた。
冷え切った体を。
…この、心を。
「……て」
消えてしまいそうな声で。
「アスランが…暖めて……」
壊れてしまいそうな、瞳で。
キラが、”彼”を見つめた。
「……っ」
何かに耐えるように、ぎゅっと瞳を閉じてから。
キラを壁に押し付けて、噛み付くようにキスをした。
「……ん、…ふ」
息継ぎもままならぬほど、激しく、貪って。
服を脱ぐのももどかしく、シャワーで濡れるのも構わずに、そのままキラの躯を愛撫する。
「…は……っ……」
シャツが肌に張り付く。
背中にシャワーの熱を感じながら、それでも休まずキラの躯に痕を残していく。
自分のものだと、主張するように。
「ぁ…、アスラン…アスラン……っ」
「……っ」
叫ぶように、名を呼ぶキラに。
言いようのない想いを、ぶつけるように。
「ん…っ、ぅ……ン ―― 」
唇を塞ぐ。
そのままベルトを外し、もどかしげに自身を取り出して。
「………ぅ…っ」
ろくに慣らしていない入口に、突き立てた。
唇を離さぬまま、激しく抽送を繰り返す。
「ぅ………ン…」
激しい攻めと息苦しさに、キラの瞳に涙が滲む。
それでも構わずに、唇も、キラの腰を抱く腕も緩めずに。
「………!!」
キラの躯が一際震えて。
それと同時に締めつけられた自身も、キラの内に解放して。
ようやく、唇を離す。
それと同時に、キラの躯からカクンと力が抜けて。
気を失ったキラを、そっと抱きとめる。
その躯を、ぎゅっと抱きしめて。
「……どうしたら………」
その呟きは、シャワーの音に掻き消されて。
キラの耳には届かない。
雨は、激しさを増していた。
--- 2003/8/1 ---
| 05 | 2026/06 | 07 |
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| 28 | 29 | 30 |
真性アスキラー。
思いもよらずダブルOが歴代G
の中で一番好きな状況に。
成層圏の向こう側まで狙い
撃つ兄貴を愛してやまず。
BAS●RAの影響で戦国史に
どっぷり。VIVA眼帯。
えろすきーだけどホモスキー
に非ず。
オフラインでは【絶対零度】
というサークル名で活動中。