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「あ、ディアッカ発見!」
名前を呼ばれて読んでいた本から顔を上げたディアッカは、意外な人物を見て内心驚く。
その姿はまるで、小犬が尻尾を振ってかけよってくるというような…
(おいおい、キラ単品か? めっずらし~…)
キラがザフトに来てからというもの、アスランがいつも傍にべったりだったのだ。
キラがひとりでいるということなど、まず無いと言ってよかった。
そんなことを考えているディアッカをよそに、
「ディアッカ、今時間ある?」
などと、キラが無邪気に訊いてくるものだから、
「あ? ああ…」
ディアッカは思わずそう答えてしまっていた。
「ね、じゃあさ、ゲームしない?」
そう言って嬉しそうにキラが手にしたものを見せる。
「新機動戦記ガンダムW エンドレス・デュエル……?」
思わずタイトルを読み上げてしまったディアッカに、
「うん! 昨日、アスランと街に行った時に中古屋さんで見つけたんだ!!」
満面の笑みでキラが答える。
「って、これスー●ァミじゃないか。ハードあるのか?」
懐かしい…、とディアッカはしみじみ見入っていたが、キラはさも当然のように、
「うん、アスランに作ってもらったから」
「……………」
(あいつ、機械おたくだったのか…)
「ね、やろうよ」
「ああ、いいぜ」
……と、いうわけで。
格ゲー大会inザフトの幕が開いたのだった。
「これで5連勝!!」
「く…っ」
満面の笑みを浮かべるキラと。
とても悔しそうに臍を噛むディアッカと。
「D●Rなら負けねーのに……っ」
思わず呟いたディアッカに、
「ディアッカ、専用コントローラー持ってるの?」
キラがちょっと(?)瞳を輝かせてすかさず訊いてみる。
どうやらやりたいようだ。
「いや…」
そんなキラとは対照的に、ディアッカが溜息混じりにこう答えた。
「ムキになったイザークが壊した…」
「そうなんだ…」
なんとなく想像できて、納得してしまったキラであった。
「俺がどうしたって?」
「うわっ」
ひょっこり出てきたイザークに二人は思わず声を上げる。
「ど、どうもしないよ、イザーク」
「何やってるんだ、おまえら」
そう言いつつ画面に目を遣るイザークに、
「ね、イザークもやってみない?」
(うわっ、バカ…っ)
無邪気にゲームに誘うキラは、ディアッカの慌てように気が付かなかったらしい。
「なんだ、俺と勝負するのか?」
「うん、やろうよ」
「よし、任せとけ!!」
そう言うが早いか、ディアッカが持っていたコントローラーを勢いよく奪い取る。
(知らねーぞ…)
ディアッカの心配をよそに、第二幕が上がったのだった。
「ねー、もうやめようよぅ~…」
「まだまだ!!」
(だから言わんこっちゃない…)
勝負の結果は現時点で30対30。
さすがのキラも疲れてきたようだが、イザークはまだまだやる気満々のようだ。
「キラ、こんな所にいたのか」
「アスラン」
まさに救いの神、とばかりにキラはその声の主の方に向き直るが、思わず頭をはたかれる。
「何するんだよ~っっ」
頭をさすりながらアスランを見上げると、アスランは仁王立ちして立っていた。
(う…、怒ってる……?)
「なかなか帰ってこないと思えば…」
「だってアスラン、相手にしてくれなかったじゃないか!」
「裏技使ってやったってしょうがないだろう!?」
「そこ! 痴話喧嘩やってる暇はないぞ!」
アスランとキラがいつもの如く夫婦喧嘩を繰り広げている間に、ちゃっかりイザークの操るデスサイズが勝利を収めていた。
「あー!? 僕のサンドロック…」
「はっはっは、これで俺が31勝だな!」
イザークはやけに嬉しそうである。
「う~… アスラン、仇とって!!」
「え?」
気が付くと、手にコントローラーを握らされたアスランは、なぜかそのままイザークと対戦することになった。
「アスランが相手か。こてんぱんにしてやる…!!」
「その台詞、そっくりそのまま返してやる」
もとは負けず嫌いのアスランである。
こうして、第三幕が上がったのだった。
「アスラン、そこ!!」
「負けんなよ、イザーク!!」
戦いは熾烈を極めていた。
「くっ」
「そこだ!!」
ぶつん
鈍い音とともに、突如、画面が真っ黒になる。
「…へ?」
その場にいた全員が間の抜けた声を上げると…
「何やってるんですか、こんな時間まで」
にっこり笑いながら、モニターの電源を押さえたニコルがそこに立っていた。
心なしか、その背中に黒いオーラが漂っている。
「就寝時間はとっくに過ぎてますよ?」
(目が笑ってないぞ、ニコル…)
白熱格ゲーバトルはそんなこんなでお開きとなったのではあるが ――
「ねえアスラン、D●Rの専用コントローラー直して」
「は?」
急にキラに言われて、アスランが聞き返す。
「ディアッカが持ってるんだって。壊れてるみたいだから、ね、直して?」
キラにお願いされたら断れるわけもない。
「そりゃいいけど…」
「やった、じゃあ次は音ゲー大会だね!」
その言葉に、ニコルが敏感に反応する。
「音ゲー…?」
「うん! あ、次はニコルも一緒にやらない?」
「いいですよ、音ゲーは得意ですし」
「あ、そうなんだね」
「ええ、ピアノやってますから」
「へ~、凄いね! そういえば、ディアッカも何か楽器やってるの?」
「いや、俺の場合は楽器じゃなくて日舞」
「日舞!?」
ニコルのピアノは想像できるが、ディアッカの日舞は思いもよらず、思わず聞き返してしまったキラであった。
「ちなみに俺は民俗学の研究が趣味だ!」
聞かれてもないのにイザークが答える。
「そうなんだ…」
素直に感心するキラに、イザークも満更でもなさそうだ。
「キラは何が趣味なんですか?」
「え? 僕?」
訊かれてきょとんとしてしまったキラだが、
「うーんと、ゲームも好きだし、トリィと遊ぶのも好きだし…」
真剣に考えて答えている様子を見たアスラン以外の3人は、
(おいおい、16の男が”トリィと遊ぶ”って…)
思わず想像したものの、全く違和感がない。妙に納得してしまったところに、
「あ、でもやっぱり、アスランと一緒にいるのが一番好きだな」
えへへ、と照れ笑いを浮かべながら、それでもさらっと言いのけたキラに、それを聞いて思わず赤面するアスランという珍しい図を目にすることになったのだった。
--- 2003.4.23 ---
…どうしよう。
言うべきか。
言わないべきか。
……………
よし!!
男は度胸!(違)
「ニコル、お願いがあるんだけど…」
・ ・ ・ ・ ・ ・
…どうするか。
行くべきか。
行かないべきか。
……………
よし!!
「やっぱり行くか」
「どこに行くって?」
「うわあ」
いきなり出てきたイザークとディアッカに、ハムレットよろしくひとり悩んでいたアスランは、普段の冷静沈着さはどこへやら、思い切り驚いていた。
「い、いきなり出てくるな!」
思い切り不機嫌に怒鳴られても、イザーク達はどこ吹く風、涼しい顔をしている。
それどころか、ニヤニヤ笑いながら、
「んー? 可愛い奥さんはどうしたんだ、アスラン?」
「そうそう、折角の休みなのに、なんでこんな所で一人たそがれてんだ?」
(こいつら……)
絶対わかってて言ってるだろう…と、思いながら、アスランは逆に普段の冷静さを取り戻して行く。
「おまえたちには関係ない」
そっぽを向くアスランに、
「ふーん、いいのかな~、強がっちゃって」
「キラ、ニコルと出かけてるんだろ?」
まだニヤニヤ笑いながらふたりは言葉を続ける。
「だったらどうした」
落ち着きを取り戻したのも束の間、アスランはまた不機嫌さを顕わにする。
そう、折角の休みにこんな所で一人でいるのも、落ち着かないのも、すべてはキラが傍にいないからである。
事の起こりは昨日の夕食時まで遡る ――
「アスラン、明日の休み、キラをお借りしますね☆(←もう決定)」
いつものようにキラとふたりで仲睦まじく夕食を摂っていたところに、いきなりやって来たかと思えば唐突にそんな事を宣言するニコルに、アスランは思わず持っていた箸を落としそうになる。
「ニコル? 何だ、突然…」
「いえ、ですから。明日、キラと出かけますのでアスランはお留守番しててくださいね★」
にっこり微笑み付きで言われようとも、そんな事、承服できるわけもなく。
「なんで俺は留守番なんだ…?」
「いいじゃないですか。いつもアスランばっかりキラを独占してるんですから、たまには僕にも貸してくださいよ」
そんなこと許すわけないだろう、と怒鳴りたいのはやまやまではあるが。
確かにいつも自分と一緒でばかりでは、キラは甘える一方だし(いや、それでいいのではあるが)。
ちょっとでもここ(ザフト)の生活に慣れたほうがいいだろうし。
まあ、元来キラは誰とでも仲良くなりやすい質ではあるから、今でも結構馴染んではいるのではあるが…
遊園地に行って以来、キラとニコルが仲良くなったのは正直面白くないけれど。
でも確かに、男のヤキモチはみっともないが…
ああ、でも……
うーん…
…などと。アスランがぐるぐる考えているうちに、
「じゃあ、決まりですね。キラ、また明日」
それだけ言い残し、さっさとニコルはその場を立ち去ってしまった。
「あ」
気付いた時にはもう遅く。
がっくり項垂れるアスランに、
「あの…、ごめん、アスラン。午後には戻るから」
キラが申し訳なさそうに声をかけてくる。
(こんな事くらいでいちいち気を遣わせてどうする…)
自分を叱責しながら、アスランは優しい笑みをキラに向けた。
「大丈夫、大人しく留守番してるよ」
その言葉に、ちょっと安堵の色を浮かべたキラであったが、その日の晩は、いつも以上にしっかりスキンシップをとられてしまったのだった。
…そして、今に至るのではあるが。
心なしか嬉しそうに出かけていったキラの顔を思い出し、アスランは居ても立ってもいられなくなる。
そんなアスランの心を思いっきり焚きつけるかのように、
「しかも、ニコルの家に行ってるらしいじゃんか」
ディアッカがにやりと笑って言い添える。
「何だと!?」
どうやらアスランはどこに出かけるかまでは知らなかったようだ。
(それでどうやって様子を見に行くつもりだったんだ…)
何気に冷静に観察しているディアッカであった。
そんなディアッカをよそに、アスランはまた一人で悶々としていた。
(ニコルの家だと!? なんでわざわざ家に行く必要が… まさか、部屋に連れ込んで… いいや、ニコルに限ってそんなこと… いや、待てよ。ニコルはああ見えて、何気に侮れないところがあるし、にっこり微笑みながら、何考えてるかわからないところもあるし… ああ、くそ…っ 俺のキラが……!!)
「悩んでるくらいなら、お得意の潜入捜査でもすればいいだろうが」
さすがにそんなアスランに呆れたのか、イザークが投げやりに言葉を放つ。
「そうそう、あんた機械おたくなんだしさ。人間用にミラージュコロイドでも作ってみたら?」
冗談半分で言ったディアッカに、
「いや、あれは実用的じゃなかった」
アスランが即答する。
(おいおい、実践済みかよ…)
さすがにそんなアスランに、もうかける言葉など残ってないふたりであった。
「…よし、やっぱり行こう」
そう言うが早いか、アスランは二人の存在などまるで目に入る様子もなく、颯爽と出かけて行ってしまった。
「…なんて言うか……」
その後姿を見送りながら、完全に呆れた目を向けるディアッカに、
「よし! ディアッカ、俺たちも行くぞ」
「……イザーク?」
「こんな面白そうなこと、見逃すテはないだろう?」
「………」
惚れた弱みか、NOと言えるはずもないディアッカをお供に、イザークもまたアスランの追跡を始めたのだった。
「どうぞ」
「お邪魔します」
招き入れられた部屋に入り、キラは思わず息を呑んだ。
瀟洒な造りではあるが、落ち着いた雰囲気の広い部屋で。
(僕の部屋とは全然違う…)
「どうしたんですか?」
入り口にぽけ~っと立っていたキラに気付いたニコルが、にっこり笑いながら声をかける。
「ううん、なんか、らしくていいな、って」
「なんです、それ」
くすくす笑いながら、持っていたお茶のトレーをテーブルに置く。
「ごめんね、ニコル。急にこんなこと頼んじゃって…」
「僕は全然構いませんよ。はい、これがご所望の品です」
そう言って、キラにある物を手渡す。
「アスランに直接言えばいいのに」
「だって…なんか、照れるじゃんか」
ちょっと顔を赤くしながら、渡されたものに目を通す。
「そうですか? 言えばアスラン、すっごく喜ぶと思いますけどね」
「ニコル~~~っ」
ちょっとからかい気味に言われて、キラは更に顔を赤くする。
キラが手にしているもの、それはアスランの写真であった。
「プラントに来てから、って言っても、僕が知ってるのはザフトに入ってからですけど」
「ううん、それでもいいんだ」
あの日、桜並木の下でアスランと別れてから。
すぐに会えると、また一緒にいられるのだと信じていたのに。
時は無情に過ぎ去り、運命のいたずらで敵対することになってしまったふたり。
今はまた、こうして一緒にいられるようになったのではあるが、キラはどうしても、空白の3年間を少しでも埋めたかった。
自分の知らないアスランがいるのは、正直面白くなかった。
だから、その間の彼を知る人から、色々話を聞かせてもらおうと思い、どうにかニコルに頼み込んでこうしてニコルの部屋にやって来たのである。
「でもちょっと意外。アスラン、あんまり写真撮るの好きじゃないのに、こんなにいっぱいあるなんて…」
言いかけて、キラははたと気付く。
(気のせいかな…どれもカメラ目線じゃな…い……?)
「ふふ、どうしたんですか?」
相変わらずニコルはにっこり笑ったまま、こちらを見ている。
「ううん、なんでもないよ」
そう答えたものの、キラの背中には冷たいものが一筋流れていた。
「ああ、それからあとはこれを」
そう言って手渡されたフロッピーを、パソコンにセットしてみる。
(日記…?)
読み進めていくうちに、キラの背中には幾筋も冷たいものが流れていた。
「キラ? 顔色が悪いですよ?」
「ううん、気のせいだよ!!」
そこにはアスランの1日が事細かに記されていた。
(ニコル、君って………)
「お茶飲みませんか?」
「あ、うん。いただきます」
(なんだ? 一体何を話してるんだ…?)
やきもきしながら、そんな様子を覗うのはもちろん我等がアスランである。
「ふーん? なんか楽しそうじゃないか」
イザークの言葉に、アスランがキッと睨み返す。
「うわっ いきなり振り返るな! 危ないだろっ」
どこであろう、ここは木の上。
どうにかアマルフィ邸に潜入(侵入?)した3人は、ニコルの部屋の窓に面した木の上で、中の様子を覗っているのである。
キラはニコルから渡されたらしい物を見て、嬉しそうにしている。
でもそれが何かまでは見えない。
(くっそ~ そんなにひっつくな!!)
飛び出していきたい衝動をどうにか押さえ、アスランはじっと目を凝らしていた。
(やっぱり来ましたね…)
そんな光景を当然のように想定していたニコルは、あることを思いついてキラにそっと耳打ちする。
「それ、あげますよ」
「本当!?」
キラはびっくりした顔をしたが、それがすぐに満面の笑顔に変わる。
「ありがとう!!」
そんなキラを見つめるニコルの視線は優しかった。
(何!?)
ニコルの顔が、キラの顔に近づいていき……
「!!」
我慢しきれなくなったアスランが思わず立ち上がった、その時。
「あっ」
「えっ」
「いっ」
ズシャアッ
三者三様、叫びを上げた時には、3人とも、見事に木から真逆様に落っこちていた。
ズシャアッ
「え? 何??」
外から聞こえた音に驚くキラと対照的に、ニコルはくすくす笑っている。
「母さん、お茶をあと3人分お願いします」
「………」
「悪かった、キラ」
「………」
「…ごめん」
いつもとは逆に、そこには怒るキラとひたすら謝るアスランが居た。
「大人しく留守番してるって言ったくせに…」
「う…」
「はっはっは、珍しく尻に敷かれてるな、アスラン」
そんな光景を心底楽しそうに眺めているのは勿論イザーク達である。
5人はニコルの部屋でお茶をしていた。
「もう…」
溜息を吐いて、アスランを見る。
「勝手に人の家の木になんか登っちゃダメだからね?」
「はっはっは」
「イザークとディアッカもだよ!?」
「う」
とは言うものの。
(心配してくれたんだよね、アスラン)
悪い気はしなかった。
ビーッ
部屋の内線の音が鳴る。
≪みなさん、お夕飯も食べていってくださいね≫
そこに映るのは、ニコルと面立ちの似た、優しそうな女性。
(ニコルってお母さん似だよね…)
「いえ、そこまでご迷惑は…」
「あ、折角だから、今日はうちに泊まりませんか?」
≪そうね、それがいいわ≫
「けど、ニコル…」
「いいじゃないですか、明日も休みなんですし」
ニコルの口調には、どこかしら有無を言わせぬ響きがあった。
≪それじゃあ、客室、用意しておくわね≫
「母さん、僕の部屋でいいですよ」
≪あら、それだとねニコル、お客様用のお布団、セミダブルだけど、二組しかないのよ…≫
「いえ、逆にそっちの方がいいですよ。ね? アスラン、ディアッカ」
(なんで俺たちにふるんだ ―― !?)
思わずニコルから視線を逸らすアスランとディアッカであった。
「?」
そして、キラとイザークは。
勿論、わかっていなかった…
「なんだか修学旅行みたいだね」
ニコルの部屋に敷かれた布団の中で、キラがこそっとアスランに話しかける。
ニコルは自分のベッドで。
イザークはセミダブルにもかかわらず、ひとりでほとんど布団を占領して。
ディアッカはそんなイザークに追いやられて、布団の隅で小さくなって眠っていた。
そして勿論、キラとアスランは同じ布団で。
いつものようにアスランの体温で暖をとるキラは、安心しきったように寄り添っている。
一方アスランはといえば。
いつものようにキラを抱きしめているものの。
(何もできない……っ)
なんだかとっても、針の筵な気分だった。
「…で? さっきは何を見てたんだ?」
どうしても気になって、アスランが訊いてみるが、キラは答えない。
「知りたい?」
「知りたい」
超至近距離で、(しかもとてつもなく弱い)上目遣いで見つめられて、ドキドキしながらその答えを待っていたのに。
「……内緒」
「!?」
キラはくすくす笑っている。
ここがニコルの部屋でなければ ―― というより、他の面子がいなければ、速攻躯に直接訊いたであろうアスランは、悔しそうに今にも歯軋りでもしそうな感じである。
(あー、もう。いいよ…)
ちょっと不貞腐れて瞳を閉じると、唇によく知った感触が…
「おやすみ、アスラン」
「…おやすみ、キラ」
(参った…)
思わず苦笑が漏れそうになる。
どんなにふりまわされても、キラには敵わない。
(ま、いいけどね)
おやすみなさい。
--- 2003.4.29 ---
いつもの朝。
目覚めた先には、安心しきった様子で寝息を立てている一番愛しくて大切な人の顔。
キラの寝顔をしばらく眺め、幸せに浸るのがアスランの朝の始まりである。
まだ月に居た頃、よくキラの家に泊めてもらっていたアスランは、その当時からこうしてキラの寝顔を眺めるのが好きだった。
起きているときも勿論キラは可愛いが、寝顔はまた犯罪級に可愛いのだ。
「ん…」
そんな至福の時を噛み締めていると、キラの瞼が僅かに動く。
目覚めの合図だ。
「おはよう、キラ」
「う…ん……、おはよ…、アスラ……」
舌足らずに挨拶を返す唇に、いつものように目覚めのキスをしようとした瞬間……
「キラ、起きてるか!?」
バーンっ
その声とともに、凄い勢いで扉が開かれる。
そこに立っていたのは ――
「カガリ!?」
「なっ なんでおまえら一緒に寝てるんだ!?」
「これは昔っからの習慣だ!! って、おまえこそなんでこんなところにいるんだ」
鍵は閉めてるハズなのに…と、アスランが不審に思ったのも束の間。
どこかで聞き覚えのある音声が……
≪ハロハロ、認メタクナイ、認メタクナイ≫
「『若さ故の自分自身の過ちというものは』ですわね、アスランv」
「ラクス!?」
「ふふ…、今、このピンクちゃんをわたくしにくださったこと、ものすっごく後悔してらっしゃるでしょうね☆」
(その通りですよ…)
アスランは苦虫を噛み潰したような顔で、思いっきり後悔していた。
一方、起きたばかりのキラは。
「え? え?」
まだよく状況がわかっていない。
「って、おまえらなんて格好してるんだ!? ふ、服くらい着ろ!!」
ふたりが裸なことに、ようやく気付いたカガリが耳まで真っ赤になって叫んだ。
「あら、わたくしはそのままでも構いませんわ。朝から目の保養ですわねv」
「ラ、ラクス…?」
さすがのアスランも唖然としてしまったようだ。
「とにかく! 早くなんか着ろってば!!!」
手で目を覆いながら、カガリが叫ぶ。
「カガリ様は恥ずかしがり屋さんですわね★」
さすがキラ様のお姉さまですわ、などと呟くラクスに、
「いいから! 貴女もこっち向いて!!」
カガリが腕を掴んで後ろを向かす。
突然の乱入者2人の勢いに呆気に取られながら、とりあえずアスランとキラはザフトの軍服に着替えたのだった。
「あのままでもよろしかったですのに…」
心底残念そうに、ラクスが溜息を吐きながら呟く。
どうにか着替え終り、4人は部屋の中央に置かれたテーブルで向き合っていた。
「………で?」
至福の一時を邪魔されたアスランが、思いっきり不機嫌に切り出す。
「なんで貴女方2人がこんな所にいるんですか?」
訊かれた当の本人達は、きょとんとして顔を見合わせている。
「私はキラの姉だぞ? 可愛い弟に会いに来て何が悪い」
思いっきりふんぞり返りながら、堂々とカガリが言い放つ。
「わたくしも、婚約者のご機嫌伺いに参ったのですわ(←建前)」
にっこり微笑んで、ラクスも答える。
「それに、キラ様のお顔も見たかったですしv(←本音)」
「だからって、なんでこんな朝っぱらから…」
物凄く迷惑そうに、アスランが呟くと、
「なんでって…」
「あわよくば、キラ様の寝顔を拝見できるかと思ってv」
(こ、この人達は……っ)
何とも言えない危機感を抱くアスランと対照的に、キラはなんだかよくわからない状況にただぽかんとしていた。
「てゆーかだな。なんでおまえら、一緒のベッドで寝てるんだ!?」
ちゃんとベッドは2つあるじゃないか、と思い切り不満そうにカガリが言う。
「さっきも言っただろう? あれは昔からだ」
「本当なのか、キラ!?」
凄い剣幕で訊かれたキラは、
「え? うん」
それだけしか答えられない。
「俺とキラは幼馴染なんだ。昔っからキラの家に泊めてもらう時とか、一緒のベッドで寝てたんだよ」
勝ち誇って言うアスランに、
「くっ…、け、けどな! 16の男が、なんでこの齢になってまで一緒に寝る必要がある!?」
カガリが言うが、それこそアスランの思う壺。
「それは勿論、必要があるからだ」
今度はアスランがふんぞり返って静かに言い放つ。
アスランとカガリの間に、見えない火花が飛び散っていた。
「まさか…キラの黒子の数まで知ってる、なんて言うんじゃないだろうな……」
「当然だ。昔っから風呂も一緒に入ってたんだからな。知ってるに決まってるだろう?」
ぷつん。
その言葉にカガリが思わず立ち上がる。
「カガリ?」
それまで固まっていたキラが、心配そうにカガリの顔を覗き込もうとすると、キッとカガリがおもむろに顔を上げる。
「キラ…」
「な、何?」
「風呂に入るぞ」
「………は?」
言うが早いか、キラの手を引いて、この部屋に来る前に通ってきた大浴場に引っ張っていこうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
慌ててキラが手を伸ばす。
その手をアスランがすかさず掴んだ。
「どういうつもりだ、カガリ!?」
「私とキラは姉弟だ!! 一緒に風呂に入ってもおかしくないだろう!?」
「え、ええええ!?」
キラが真っ赤な顔してその場に踏みとどまろうとする。
それはおかしいだろう!と、アスランが言おうとするよりも早く、
「あら、でしたらわたくしもご一緒に」
「ラクス!?」
「わたくしもカガリ様も女同士、一緒にお風呂に入ってもおかしくありませんわよね?」
「キラは男です!!」
泣きそうなキラのかわりに、アスランが怒鳴り返す。
「細かいことは気にしてはいけませんわよ、アスランv」
「気にします!!!」
どうにかカガリの手からキラを奪い返したものの、アスランはまだ油断ならないとばかりにキラを抱きしめる。
「こら! キラから離れろ!!」
「嫌だ!!」
(僕ももう嫌だ……)
部屋のまわりには、この騒ぎに朝から何事かと、ギャラリーができはじめていた。
「ラクス、いいのか!? 婚約者がこんなんで」
「なんだ、その”こんなんで”って!?」
「ふふ、このままでいけば、アスランと結婚したら自動的にキラ様もわたくしのものになりますものv」
「な…っ」
アスランとカガリの声がはもる。
「わたくしのものはわたくしのもの。アスランのものもわたくしのもの、ですわ♪」
にーっこり微笑みながら、ジャイアン理論を展開するラクスに、
(侮れない…!!)
新たな(?)ライバルを認識するアスランとカガリであった。
部屋には見えない火花が飛び散りまくっていた。
「とにかく! キラは俺のものだ!!」
「ふざけたことを言うな!! おまえなんかにキラはやらない!」
「なんでおまえの了承がいるんだ!?」
「私はキラの姉だ!!」
「成人してしまえば家族の了承は必要ない!!!」
「ふふ…”漁夫の利”。もしくは”果報は寝て待て”、ですわね」
そんなこんなで三つ巴キラ争奪戦が繰り広げられる間に、
「あら…?」
ラクスがふと気付く。
「キラ様はどちらに……?」
「え!?」
「ありがとう、ニコル。助かったよ…」
「いえいえ」
ニコルに手渡されたホットココアを飲みながら、キラが溜息を吐く。
「僕、もう女の子が信じられないかも…」
あの騒ぎに乗じて、ニコルがこっそりキラを自分の部屋に避難させたのだった。
「キラはもてもてですね☆」
「~~~っ そんなんじゃないよぅ~」
心底困り果てた顔で、キラがニコルを見上げる。
(ま、みなさんの気持ちもわかりますけどね)
「また何かあったらいつでも部屋に来ていいですよ」
「本当!?」
ぱっと、キラの顔が輝く。
「ありがとう、ニコル!!」
「………っ」
…そしてここにまた、キラの笑顔にノックアウトされた人約1名。
--- 2003.5.10 ---
「諸君、合宿をしよう!!」
「……………は?」
ここはザフトの作戦会議室。
並んで敬礼姿勢のまま、クルーゼの命令を待っていた5人は、皆同時に聞き返していた。
「あ、あの、隊長…?」
一番早く我に返ったアスランが、どうにか質問しようとすると、
「聞こえなかったのかね? 合宿だよ、合宿」
クルーゼは声を大にして繰り返した。
(いきなり召集をかけたかと思えば…)
半ば呆れた目を向けられているのを知ってか知らずか、クルーゼは嬉々として言葉を続ける。
「作戦を首尾よく成功させるために、まず大事なことは協調性だ」
(この面子でそんなこと言われても…) ←ごもっともです。
「それには集団生活をし、尚且つお互いをよりよく知ることが大切だ」
「ですが隊長」
「何だね、ニコル」
怖いもの知らずなニコルは、冷静につっこみを入れるのを忘れていない。
「集団生活なら今もやっていますが…」
他のメンバーも無言で頷いている。
「甘い!!!」
その声と共に、クルーゼはビシッとニコルの鼻先に指を突きつけた。
「艦での集団生活では足りないのだよ。限られた条件下で、皆で協力して生き抜くことが大事なのだ」
(生き抜く……?)
最後の聞き捨てならない言葉に、皆が眉を顰めるのにも構わず、クルーゼは隊長命令を下す。
「さあ、諸君。合宿を始めるのだ!!」
……と、ゆうわけで。
「ちょっと待て…」
「どこですか、ここ…」
「…キャンプ、とか?」
「荷物は!? どこにあるんだ!?」
「てか、サバイバル……?」
唐突に5人の楽しい(?)合宿生活がスタートしたのである。
「………で、だ」
5人は神妙な面持ちで向き合っていた。
「ここは本当にどこなんだ…?」
『合宿を始めるのだ!!』
クルーゼのあの命令(?)と同時に全員目隠しをされたかと思うと、そのまま輸送用ヘリ(と思われる)に乗せられ、いきなりこんなところまで運ばれてきたのだ。
ようやく目隠しを外された先には。
青く茂る草木。
どこかから聞こえるせせらぎ。
そして、野生動物らしきものたちの息遣い……
「じゃあまあ、とにかく頑張りたまえ」
諸君らの健闘を祈る!との言葉と高笑いだけを残し、クルーゼは颯爽とヘリに乗って去っていってしまったのだった。
「頑張れ、って言われても…」
この身一つで放り出されてしまったのだ。
合宿とは言うものの、宿舎があるわけでも、ましてやキャンプ道具があるわけでもない。
しかもろくに説明もないまま、いつまでここで過ごさねばならぬのかさえわからないのである。
いくらコーディネイターで、そしてザフトの中でもトップ集団の彼らでも、あまりといえばあまりな展開に呆然としていた。
と、その時。
ぐぅ~~~~~っ……
途方に暮れる中、キラのお腹が盛大に鳴った。
「キ~ラ~」
あまりの緊迫感のなさに、キラに一斉に冷たい視線が注がれる。
「だ、だって仕方ないじゃんか! お昼ごはん食べる前だったんだから」
真っ赤になって弁解するキラの台詞に、残りの皆も途端に空腹を感じてしまう。
「そーいやそうだな…」
ディアッカとイザークが顔を見合わせる。
「そういえば、今日のメニューはロールキャベツでしたよね」
遠い目をしながら呟いたニコルの言葉に、アスランが耳聡く反応する。
(ロールキャベツだと!?)
ショックに打ちひしがれるアスランの姿に、キラだけがその理由に思い当たっていた。
「ね、アスラン。元気出してよ」
「キラ…」
しばし見つめ合うふたり。
優しく風が頬を撫で、そして ――
「何やってんですか、この非常時に」
にっこり微笑み付きで、ニコルの喝が飛ぶ。
その声に我に返ったアスランは、わざとらしく咳払いをすると、
「と、とりあえず。目下の課題は食糧確保だ」
アスランの言葉に、皆一様に頷き合っている。
「手分けして何か食べられるものを探そう」
「何かって…」
イザークが怪訝そうな顔をする。
「山にでも入るのか?」
「それしかないんじゃないの?」
「でも、水音も聞こえますよね。川もあるんじゃないですか?」
「……お腹空いたよぅ~…」
情けなく声を出すキラに、皆一様に溜息を吐く。
「キラ…」
「う~」
涙目で見上げられれば、怒る気などどこかに吹き飛んでしまう。
しょうがないな、とキラの髪を撫でてやりながら、
「じゃあ、俺とキラで山の方を探してみるから、イザーク達は川の方を…」
「ちょーっと待った!!」
言いかけるアスランの言葉を遮って、イザークが立ち上がる。
「な、何だ…?」
たじろぐアスランに、今度はディアッカが声をかける。
「なあ、アスラン。クルーゼ隊長の言葉を忘れたのか?」
「そうですよ、アスラン」
ニコルまで加勢してこう言葉を続ける。
「”お互いをよく知るために合宿をする”のが今回の任務(?)ですよね」
「う、うん…?」
にっこり笑うニコルの姿は、何も知らなければ本当に天使のようなのだけれど。
「チーム分けはフェアにいきましょうね?」
その言葉に逆らうなど、恐ろしくて誰にもできなかった。
………で、結局。
(やっぱりこうなるのか……!!)
「ま、俺が大物釣ってきてやるさ」
「楽しみにしててくださいね~」
「アスラン~…」
イザークとニコルに引きずられて川に向かうキラ。
そして相変わらず何気に報われないアスランとディアッカのコンビは山に芝刈り…もとい、食糧調達に出かけることとなった。
--- 2003.6.7 ---
運命とは、斯くも無情なものなのか……
(なんでまたこいつと…)
魔の”うらおもて”により、またしても愛しのキラと引き離されてしまったアスランは、額に汗しながら山を登っていた。
しかし、そう思っていたのはアスランだけではない。
お馴染み、同じくぞっこんLOVEなイザークと引き離されたディアッカもまた、眉間に皺を寄せたまま山を登っていた。
抜けるような青空には、雲ひとつなく。
ただ黙々と歩き続けた。
しばらくして、前を歩くアスランがぴたりと歩を止めた。
「何だ、何か食うものでもあったのか?」
怪訝そうな顔をしてディアッカが訊くと、真剣な顔でアスランが振り返る。
「ディアッカ……」
「な、何だ?」
「イザークが好きなんだろ?」
もしも今、ディアッカがお茶を飲んでいたらきっと思わず吹き出していたことだろう。
「な、ななな何を言ってるんだ!?」
あからさまにうろたえるディアッカを尻目に、アスランはあっさりこう言った。
「そんなことは見てればわかる」 ←ええ、本当に。
何を今更…、と呆れながらもアスランは言葉を続ける。
「この炎天下、俺なんかと一緒に山歩きなんて御免だろう?」
(それはおまえだろう…)
「第一、心配じゃないのか?」
「心配って……」
「イザークはあれで見た目は容姿端麗なんだぞ?(キラほどじゃないけど)」
「お、おう」
「どっかの誰かに拐かされたりなんかしたらどうするんだ?」
「!!??」
ディアッカの浅黒い顔がみるみる青ざめていく。
「しかも一緒にいるのは純情可憐な(俺の)キラなんだぞ!? ニコルも外見はああだし」
言っているうちに自分まで青くなるアスランであった。
すっかり最悪の事態を想像してしまったふたりは蒼白なまま、しばし向かい合っていた。
「アスラン…」
「ああ…」
頷き合い、一目散に山を駆け下りる2人。
恋に盲目な2人は、3人がまがりなりにも”赤”であることをすっかり忘れていた。
こうして、当初の目的はどこへやら。
食糧よりも大事なもののため、愛に生きる2人は自分の愛の道をひたすら突っ走るのだった。
一方。
川に洗濯に…ではなく、釣りに向かったイザーク、ニコル、そして2人に引きずられるキラの一行は、着々と水音のする方に向かっていた。
「ところでさ」
ズルズルとひきずられながら、キラが2人に声をかける。
「どうやって魚獲るの?」
そこでぴたっと足が止まる。
「どうやって、て…」
「だって、釣竿も何もないじゃん」
そういえば、とようやくそこに思い当たる。
「鷲掴み、とか…?」
3人はお互いの顔を見合わせる。
「……………」
「……………」
「……………」
「まあ、どうにかなるだろ」
「とりあえず行きましょう」
「そうだね~」
どうやら3人寄っても、文殊の知恵は浮かばなかったようである。
で、どうにかこうにか。
「あ、着いたみたいですよ」
「……あれ?」
「なんだ、キラ」
キラがある一点を指差している。
「釣竿があるよ」
そこにはあからさまに誰かのマイ釣竿が3本置いてあった。
「……………」
「……………」
「……………」
「これって…」
「どうみても釣竿だな」
「ですね」
そしてしばし沈思黙考。
「ま、あれだな」
イザークが悟ったように口を開く。
「日頃の行いってやつだな。これで俺達に魚を釣れ、との神の思し召しだ」
(それって違うと思う…)
ひとり納得したように頷いているイザークと対照的に、キラとニコルは心の中で同じことを呟いていた。
「でも、これでとにかく魚が釣れるね!」
「そうですね、利用できるものは何でも利用して生き抜いていかないといけませんしね☆」
「……………」
「と、とにかく始めようよ」
ニコルの言葉に含まれる何かを本能的に考えることを拒否して、キラが明るく声をかける。
そうして、とにもかくにも釣りを始めた3人であった。
………が。
「…釣れないね~…」
「釣れませんねー…」
「………っだーーーーーっ」
待てど暮らせど釣れぬ魚恋しや、イザークがしびれをきらして立ち上がる。
「ぜんっぜん! 釣れないじゃないか!!」
「怒鳴らないでくださいよ、イザーク。ただでさえ暑いんですから」
「…暑いね~…」
空は憎らしいくらい晴れ渡り、雲ひとつない。
さんさんと照りつける太陽に、3人は空腹と共に暑さとも戦わねばならぬ羽目になっていた。
「こうなったら…」
「イザーク…?」
様子のおかしいイザークに、ニコルが怪訝そうに声をかけるのも待たず、
「素手で獲ってやる!!!」
ザバーン
勢いよく、イザークが川に飛び込んだ。
「イザーク!?」
ニコルが声を上げる横で、何だかキラがうずうずしていた。
「キ、キラ…?」
嫌な予感がしてニコルが隣のキラを見ると、わくわくした顔で自分を見つめている。
「僕も!!」
「ちょ…っ、キラ!?」
ザバーン
ニコルが止めるのも待たず、キラも勢いよく川に飛び込んだ。
これには流石のニコルも(珍しく)頭を抱えていた。
(アスランもディアッカも…苦労しますね)
ちょっとだけふたりの苦労がわかったような気がするニコルであった。
「待て、そこの魚!!」
「あははー、気持ちいい~」
そんなニコルの気も知らず、イザークは魚を追いまわし、キラは水浴びをしていた。
「ね、ニコルもおいでよ」
無邪気に笑うキラに、
(しょうがないですね)
内心苦笑しながらも、ニコルも腹を括る。
「じゃあ、行きますよ」
ザバーン
こうして、ふたりに続いてニコルも川に入っていったのだった。
(ん? 何だか騒がしい……?)
それぞれの愛のため、脱兎のごとく山を駆け下りてきたアスランとディアッカは、川のある方から聞こえてくる騒ぎに耳を集中させる。
(まさか…)
先ほどの想像が頭をよぎる。
青い顔でお互いの顔を見合わせた2人は、倍の速度で川に猛ダッシュしていた。
そして、2人が目にしたものは ―― …
「あ、アスラン?」
無邪気に自分の名を呼ぶ、びしょ濡れで川の浅瀬で尻餅をついているキラの姿。
「何やってるんだ、おまえは…っ」
慌てて引き起こそうと、咄嗟に手を差し出すアスランに、一瞬キラはきょとんとした目を向けたが、すぐに何かを思い付いたように悪戯っぽく笑うと、
「…って、え!?」
バシャーン
差し出された手を強く握ったかと思うと、アスランも川に引っ張りこんでしまった。
「…っつ ―― …」
ポタッ
滴が落ちる。
とりあえず上体を起こしたアスランが、何が起こったか把握できずに目を開けると…
「キ…ラ……?」
「アスラ…ン」
さらさらと。
水面に揺れる髪。
眩しいのは、きっと陽に反射して光に揺れる川面のせいではなく。
勢い余って川の中でキラを押し倒す姿勢になってしまったアスランは、キラから視線を外せずにいた。
そして、キラもまた。
水に濡れて、より艶やかに光る藍色の髪。
自分を見つめる真っ直ぐな翡翠の瞳。
そんなアスランから視線を逸らせずにいた。
ふたりとも、そのままの体勢で動けないまま。
そこだけまるで、時間が切り取られたかのように。
聞こえてくるのは、川のせせらぎと ――
「何やってるんだ、おまえらは」
バッシャン
呆れ果てたイザークの声と、水飛沫の音。
「うわっ、冷たいよ、イザーク!!」
思い切り水をかけられたアスランとキラは、ようやく我に返る。
アスランに引き起こされたキラが、ちょっとむくれてイザークの方に向き直る。
「はっはっは、どうだ、参ったか」
バッシャン
高笑いするイザークに、今度は水が思い切りかかる。
「なっ、…誰だ!?」
「あははは、参りましたか? イザーク」
「ニコル!? 貴様…っ」
「油断大敵ですよ」
にっこりエンジェルスマイルを浮かべたニコルは、しっかり臨戦態勢である。
「く…っ、おい、ディアッカ!!」
ぽかんと川べりに突っ立ったままのディアッカにイザークが声をかける。
「あ? ああ」
ディアッカはまだ何事か状況を理解できないでいた。
「おまえもそんな所に突っ立ってないでこっちに来い!!」
なんだかよくわからないまま、とりあえず川に入るディアッカ。
キラとアスランは無言で顔を見合わせ、何事か頷き合うと…
「せーのっ」
バッシャン×2
ディアッカに思い切り水をかける。
「何するんだ、おまえらっっ」
「あはははは」
「負けてられるか! やるぞ、ディアッカ!!」
「おう!!」
「なんの!」
「うわっ、冷たいじゃないですか!!」
「あはは、ニコルもびしょ濡れだね~」
「こンの~~~っ」
…そして、陽気な空の下。
響き渡るは、水飛沫と、少年達の笑い声。
当初の目的からすっかり逸脱してしまった5人は、すっかり日も暮れる頃まで水遊びに興じていたのだった。
かー、かー…
カラスも鳴く夕暮れ時。
ぐぅ~~~~~っ×5
5人のお腹の音も、見事なハーモニーを奏でていた。
「…お腹空いたよぅ~……」
「…空きましたね……」
「空いたな…」
「腹…減った…」
「食い…物……」
当初の目的もすっかり忘れて思い切り遊んでしまった5人は、空腹と疲労に苛まれていた。
びしょ濡れのまま、とりあえず川辺に座り込んでいた。
「くしゅん」
キラがひとつくしゃみをする。
「大丈夫か、キラ?」
「んー…」
日も暮れ、風も少し冷たくなってきたようだ。
「とりあえず、服も乾かさないと…」
キラの軍服の上着を脱がせようとすると…
ぼたっ
「ん?」
びちびちっ
「あれ…?」
5人の視線が一斉にそれに注がれる。
キラの上着から滑り落ちてきたもの、それは……
「魚…?」
「魚だ」
「魚ですね」
「魚」
「食い物…!!」
5人の目が光る。
「でもこれ、どうやって食べるの?」
「このままとか?」
「生は嫌です」
「焼く、って言っても、火、おこさないと」
「原始的にか?」
しーん…
当然だが、ライターもマッチも持っていない。
虫眼鏡もなければ、もう日も落ちているのだ。
「こうなったら…」
「平たい石を探せ!」
「棒切れもな!!」
なんだかとってもサバイバルなことになってきたところへ ――
「あら、皆様お揃いで何をしてらっしゃいますの?」
この場に似合わせない、おっとりした声が頭上から降ってきた。
思わず5人が目を上げた先には。
「ラクス!?」
「こんばんはv」
「って、何してるの、こんなところで」
呆気にとられてキラが訊くと、
「オカピとお散歩ですわv」
にっこりあっさりラクスが答える。
その手にはピンクのハロを抱え、足元には確かにオカピを従えていた。
「お散歩、って…」
「あら、だってここはうちのお庭ですものv」
「へ??」
5人の声がはもった。
「あら、こちらはまだご案内したことありませんでしたかしら、アスラン?」
「え? ええ…」
(クライン邸の敷地って……)
5人はあまり深く考えないようにした。
「あ、じゃあもしかしてあの釣竿って…」
「ええ、お父様とわたくしとピンクちゃんのですわ☆」
「ハロの…?」
疑わしげな視線がピンクのハロに注がれる。
≪てやんでいっ≫
「あら、ピンクちゃん、一番上手なんですのよ?」
ふふ、とラクスが微笑む。
「くしゅん」
そこでまた、キラがくしゃみをした。
「あらあらあら」
驚いたようにラクスがキラの顔を覗き込む。
「キラ様、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
キラが微笑み返す。
「そういえば、皆様ずぶ濡れではありませんか」
「え? ええ、ちょっと…」
答えにくそうに、アスランが口ごもる。
「キラ様が風邪をひいたらたいへんですわ。うちで服を乾かしていかれません?」
「ですが…」
キラの具合は勿論心配なアスランであったが、思い切り嬉しそうなラクスの様子と、一応課せられている任務のこともあり、素直に頷けない。
「ついでにお夕飯もご一緒にいかがですか?」
(夕飯……!!)
その甘い響きに、思わず任務を忘れそうになる5人であった。
背に腹は変えられない。
だが、自分たちはまがりなりにも軍人である。
しかもエリート中のエリート。
ザフトの中でもトップ集団。
しかし、腹が減っては戦はできぬ。
ああ、でも……!!
「クルーゼ隊長も父と飲んでらっしゃいますし」
「!!??」
……こうして。
5人の葛藤も虚しく。
唐突に始まった合宿生活は唐突に終りを迎えたのであった。
--- 2003.6.13 ---
「アスラン、早く!」
前を歩くキラが、ともすれば走り出しそうな勢いで振り返る。
「ほら、ちゃんと前見てないとこけるぞ…って、キラ!?」
そう言った矢先に、キラが躓きそうになる。
それを間一髪、抱き留めたアスランは、いつものようにひとつ溜息をついて。
「ほーら、言ってるそばから…」
「へへ、ごめん」
バツの悪そうな顔で笑いながら、キラが腕の中からアスランを見上げる。
文句を言いながらも、それでもアスランの頬は緩みっぱなしだった。
「そんなに急がなくても祭りは逃げないよ」
「あはは、だってさ」
こうやって一緒にお祭り行くの久しぶりなんだもん、とキラに言われて。
アスランは改めて実感した。
またずっと、一緒にいられるんだ、と。
思わずぎゅっと、キラを抱く腕に力を込めて。
「苦しいよ、アスラン」
「あ、ごめん」
言われてぱっと腕を離す。
すると、今度はキラから指を絡めてきた。
「ね、行こう?」
「ああ」
しっかり手をつないで、ふたりで歩き出す。
…と、いうわけで。
今日は夏祭り、なのである。
●
それは溯ること3日前。
「こんにちは、キラv」
《オマエモナ》
アスランがキラにキスしようとしたまさにその時。
まるで見計らったかのように登場したプラント人気ナンバー1の歌姫に、思わずふたりは固まってしまった。
「な、な、な…」
「”な”…とは、なんですの?」
にっこり微笑みつきで問われて。
「なんでまた貴女がここにいるんですか!?」
アスランが怒鳴るように聞き返した。
「なんで、って言われましても…」
「や、やあ、ラクス…」
ワンテンポ遅れて我に返ったキラが、間の抜けた挨拶をすると、
「お久しぶりですわね、キラvv」
物凄く嬉しそうに、ラクスがキラの方に駆け寄った。
「とてもお会いしたかったですわv」
キラの手を取り、しっかりと握り締めたかと思うと、じっとキラの顔を見つめた。
「ラ、ラクス…?」
「キラ…」
「今日は何の御用なんですか!?」
すかさず間にアスランが割って入って、キラを背中に隠すようにラクスに再び問い掛ける。
《テヤンデイッ》
「あらあらあら、無粋な真似はいけませんわ、アスランv」
「貴女に言われたくありません!!」
静かに(?)火花を散らすふたりをよそに、ハロが部屋中を飛び回っていた。
「大体、ノックもなしに勝手にひとの部屋に入ってこないでください!!」
「だってピンクちゃん、すぐにロック外してしまうんですものv」
「ハロの所為ですか!?」
「とどのつまりはピンクちゃんを作ったあなたの所為、ということになりますわね、アスランv」
…どうやらこの勝負、軍配はラクスの方に上がったようである。
口では勝てないと嫌々ながら悟ってしまったアスランは、ガクッと頭を垂れてしまった。
そんなアスランの背中から、おずおずとキラが顔を出す。
「で、さ。結局、今日はどうしたの? ラクス」
「ええ、キラのお母様からこれをお預かりしたものですから」
(あっさり答えるか!?)
再びガクッと頭を垂れたアスランをよそに、ラクスがいそいそと持ってきた荷物を広げ出した。
「母さんから…?」
「ええv」
大事そうに包まれたものをキラに手渡す。
「でも、どうやって…」
「マルキオ様経由ですわ」
事もなげにラクスが言う。
「マルキオ様、プラントにいらっしゃる時はオーブのマスドライバーをご利用になりますから」
その時お預かりしたそうですわ、とにっこり笑いながらラクスが答えた。
「開けてみてくださいなv」
キラが、受け取った包みを開けてみると……
「あ、これ…」
そこには手作りらしい浴衣がお揃いで2枚あった。
「1枚はアスランに、だそうですわ」
思わずキラとアスランが顔を見合わせる。
そしてすぐに笑顔を見せ合って。
「昔はよく、お揃いの浴衣着てお祭り行ったよね」
「ああ」
そう、まだふたりが月に居た頃。
毎年、夏休みの間にコペルニクスシティで開かれるお祭りに、キラの母が作ってくれたお揃いの浴衣を来てふたりで遊びに行くのが恒例だったのだ。
今も勿論そうだが、あの頃のキラの可愛さはまた格別だった。
浴衣を着て、無邪気に走りまわる姿は ――
「…とても可愛かったのでしょうねv」
「ええ、そりゃあ……って、何勝手に人の思考読んでるんですか!?」
「ア、アスラン…」
「うふふ、顔に書いてありますわv」
悔しそうに唇を噛むアスランに微笑んで。
「折角ですから、それを着てお祭りに行かれたらいかがですか?」
「え? あるの!?」
ぱっと顔を輝かせて、キラが訊く。
「ええ、3日後にありますわ」
「3日後…、って確かお休みだよね? ねえ、アスラン。行こうよ!」
満面の笑みでキラにそう言われて、アスランが断れるはずもなく。
こうしてふたりで、キラの母が作ってくれた浴衣を着て、夏祭りに行くことが決定したのであった。
●
(…でも何かひっかかるんだよな)
キラと手をつないで歩きながら、アスランは考えを巡らせる。
結局、ラクスは浴衣を渡しにきただけで、そのままあっさり帰ってしまった。
あのラクスがわざわざそれだけの為にやって来たとは考えにくい。
(しかもいつの間にかキラのこと呼び捨てにしてたし…)
確かに、ラクスがキラを好きだということは、本人の口からもはっきりと聞いていた。
……が。
危険だ。
アスランもこれまでの経験で否応なしに身をもって知ることとなったのだ。
ラクスは侮れない。
にっこり笑って、実は何を考えているかまったくわからない。
(その辺、誰かに似てるよな…)
「くしゅんっ」
「ああ? 風邪か?」
「うーん、誰か僕のこと噂してるのかもしれませんね☆」
(……怖いもの知らずな…)
「どうしたの? アスラン」
気がつくと、きょとんとキラが顔を見上げていた。
「ああ、なんでもないよ」
とにもかくにも、今夜はキラと夏祭りデート、なのだ。
いつもなら入る邪魔も、今回に限っては入ってこない。
とりあえず嫌な考えを頭から消し去って、つないだ手に、そっと力を込める。
「花火もあるみたいだから、それも見て帰ろうな?」
「うん!」
戦士としての本能か。
はたまた恋する男の勘なのか。
漠然とした予感の正体を、この時ふたりはまだ知る由も無かった。
--- 2003.8.7 ---
「うわ~、人がいっぱい…」
立ち並ぶ屋台とごった返す人込みに、キラが思わず呟いた。
はぐれないように、しっかりと手をつなぎ直して。
「じゃあ、見て回ろうか?」
「うん!」
キラのはしゃぎように、アスランも思わず目を細める。
人込みはあまり好きではないが、キラのこの笑顔のためならそんなこと厭いもしない。
「ね、ヨーヨー釣りがあ…」
言いかけて、ぴたっとキラが立ち止まる。
「キラ?」
不審に思い、アスランもキラの向いている方に目を向けると……
「……何をしてるんです、クルーゼ隊長…」
心底疲れたように、アスランが言った。
(夜にも拘らず)サングラスをかけた、金髪の見るからに怪しげなおじ…もとい、青年。
そう、ヨーヨーの浮かぶプールの前に座っているのは紛れも無い。
「何を言っているのかな? 私の名前はクルーゼなどではないよ、アスラン・ザラ」
(じゃあ何で俺の名前知ってるんだよ…)
あまりに呆れ果てて言う言葉を無くしていると、隣に立つキラが無邪気に聞いた。
「なんで夜なのにサングラスなんかかけてるんですか?」
「……死ぬぞ?」
「は?」
物騒な言葉に、アスランとキラが同時に聞き返す。
「私の姿を見た者は、みんな死んでしまうぞ~?」
(なんかどっかで聞いた台詞だな…)
「キ、キラ。ほら、さっさと次の屋台行こう?」
「え? うん」
怪しく笑うクルーゼ隊長(仮)をその場に残し、ふたりは足早にその場を立ち去った。
(何だったんだ、一体…)
どっと一気に疲れてしまったアスランの浴衣の袖を、キラが引っ張る。
「ね、アスラン。お腹空いたよ」
「あ、じゃあ何か食べようか」
そう言ったそばから、ぷーんと鼻腔をくすぐるソース系の香ばしい匂いが漂ってきた。「やきそばでも食べるか?」
「うん!」
キラと連れ立って、早速その匂いの元に立ち寄る。
「やきそば2人前」
「へーい、らっしゃい」
勢いよくやきそばを焼く、その見事な手さばきの持ち主は。
ねじりはちまきに、やきそばの色と同じような肌の色の……
「…って、ディアッカ!?」
「よお、おふたりさん」
よっ、と掛け声をかけたかと思うと、やきそばが宙を舞い、手にしたパック(2人分)に見事に納まる。
「ほい、2人前お待ちっ」
「あ、ありがとう…」
とりあえずやきそばを受け取ったアスランの隣で、キラが目をきらきらさせながら目の前で繰り広げられた美技(?)に感動していた。
「ディアッカ…、すごいね…!」
素直に感心するキラに、にやっと笑って見せたかと思うと。
「惚れんなよ~、キラ?」
そんなことをウインク付で言ったディアッカに、アスランが物凄い形相で睨み付ける。
「行くぞ、キラ!」
「え、あ、じゃあね、ディアッカ」
「おう! ごゆっくり~」
そんなふたりをにやにや笑いながら、ディアッカはひらひらと手を振って見送った。
ずんずんと先を歩くアスランに、キラが慌てて声をかける。
「ね、アスラン。あったかいうちに食べようよ」
言われてアスランが歩みを緩める。
「あ、ああ。…ごめん」
バツが悪そうに謝るアスランに、クスッとひとつ笑ってから。
つないだままの手を、ぎゅっと握り返して。
「あそこが人少ないみたいだから、そこで食べよう?」
「ああ」
比較的人の少ない場所を見つけて、ふたりで腰掛ける。
ディアッカの作ったやきそばは案外美味しかった。
美味しそうにやきそばを頬張るキラを見て、アスランはちょっと複雑な心境だった。
例の野菜ジュースがネックになって、キラはいまだにアスランの手料理を食べようとはしなかったのだ。
(くそう…、いつか絶対美味いといわせてやる…っ)
アスランが密かな野望を胸に抱いているとは露知らず。
「ごちそうさま!」
キラが満足そうに手を合わせる。
「キラ、ソースついてる」
「え?」
すかさずキラの口元についているソースを舐めとって、アスランもまた満足そうに手を合わせた。
「ごちそうさま」
「……っ ア、アスラン!」
夜目にもわかるほど真っ赤になったキラの手を取って、立たせてやる。
「じゃ、また回ろっか?」
「~~~っ …もう……」
ふくれっ面して睨んでみても、アスランはにっこり笑ったままで。
それでもまだじとっとアスランを見ていると、今度は優しく微笑まれてしまった。
(僕がアスランの笑顔に弱いこと……やっぱばれてるのかな)
そういうわけでもないのだが、キラはそんなことを考えながらアスランに手を引かれるまま又人込みへと戻ったのだった。
……やっぱりこのふたり、お互いべた惚れなばかっぷるなのである。
「ちょーっと待った!!」
いきなり叫び声がしたかと思うと、浴衣の袖をむんずと掴まれて、思わずアスランが振り向いた先に。
「……って、イザーク!?」
祭り用の法被を着、腰に団扇をさしたイザークが立っていた。
…妙に似合っている。
「おまえたち、この男を知らないか!?」
いきなり突きつけられた写真に写っていたのは……
「ああ…さっきヨーヨー釣りの前にいた…」
脱力しながらアスランが答えると、イザークはひとり何かを納得したように頷いている。
「そうか…よし! おまえたち、金魚すくいで勝負だ!!!」
「…へ?」
いつもながらに唐突な展開に、アスランとキラが間の抜けた声を上げたのも束の間。
「みなさんおまちかねーーーっ」
大音響のマイクの音とともに、これまたあやしげな真っ赤なスーツにアイパッチをし、口髭をたくわえたおじさんが登場した。
そしてそれと同時に、金魚すくい用のポイを握らされていた。
「え? え?」
なんだかまだよくわからないうちに、ヒゲのおじさん(ストーカー・仮)が高々と人差し指を天に向けた。
「金魚すくいファイト、レディ~ゴーーーッ!!!!!」
その途端、隣で呆然としていたアスランの瞳に生気が戻る。
「うおおぉぉぉ!」
「…って、アスラン!?」
なんだかんだ言っても負けず嫌いなアスランは、しっかり金魚すくいに没頭していた。
それをぽかんと見ていたキラだったが、はっと我に返ると自分も早速金魚すくいに集中する。
…が。
「あ」
どうにか3匹すくったものの、紙が破れてしまった。
隣のアスランは物凄い勢いで金魚をすくっている。
(アスランって…やっぱ凄いかも)
そんな姿に素直に感心するキラも、やっぱりアスランがキラバカなのと同様、アスランバカなのであった。
そしてそんなふたりの前では。
「俺のこの手が真っ赤に燃える~!! 金魚を掬えと轟き叫ぶ~~~っ!!!」
(なんかやっぱりどこかで聞いたような…)
叫びながら、アスランにひけを取らぬ勢いで金魚を掬うイザークの姿があった。
その右手は黄金色に輝き…ということはさすがになかった。
そうこうしているうちに、あっという間にプールから金魚の姿が消えていき…
「勝負!」
すでにおわんに入りきれなくなった金魚も含めて、それぞれ掬った数を数えていく。
「48、49、50、51…、俺は51匹か…」
「49、50、51、52…、おっしゃあ! 俺は52匹!! 俺の勝ちだな、アスラン!」
物凄く嬉しそうに宣言するイザークと対照的に、アスランは俯いている。
「アスラン…」
キラが思わず心配そうに顔を覗き込もうとすると。
すっとアスランが顔を上げた。
その顔には微笑さえ浮かべて。
(あ、やば…)
しかしキラにはわかっていた。
その張り付いたような笑顔の裏側に秘められたもの。
「……おめでとう、イザーク。君の勝ちだ」
すっと右手を差し出す。
「!?」
いつぞやと同じ行動に、イザークの顔が一瞬にして強張った。
「く…くそーっ」
一声叫んだかと思うと、そのままイザークは夕陽に向かって…ではなくいずこかへと走り去ってしまった。
そして取り残されたキラとアスランは。
「アスラン…、目が笑ってないよ」
「…そうか?」
「あいかわらず負けず嫌いなんだからさ、アスランってば」
ふふ、となぜか嬉しそうに笑うキラに、アスランもふっと心が軽くなったような気がして自然と微笑み返していた。
「ところで、この金魚どうするの?」
アスランとイザーク、2人に掬われてしまった金魚が狭いおわんの中で蠢いていた。
「それはだな」
「うわあ!?」
唐突に現れたイザークに、思わず奇声を発してしまったアスランとキラであった。
「い、いつ戻ってきたの、イザーク?」
「たった今だ」
えっへん、とふんぞり返って答えるイザークを無視してアスランが続ける。
「で? どうするって?」
「まだ使うから、全部プールに戻してくれたまえ」
「って、クルーゼ隊長!?」
「はっはっは、だから私の名前はクルーゼなどではないよ、アスラン・ザラ」
どこから湧いて出たのか、初めに会った金髪の怪しいサングラスの男がイザークの代わりに答えた。
(いい加減、往生際の悪い…)
またしてもどっと疲れたアスランを尻目に、クルーゼ隊長(仮)はいそいそと金魚をプールに戻していた。
「はあ…、行こう、キラ」
「え? うん。じゃあね、イザーク」
「おう」
いつのまにか機嫌もなおったイザークに手を振って、キラもアスランの後を追う。
「みんなどうしたんだろうね」
「…まったくな」
溜息をつきながら、再び手を繋いで歩き出す。
(これでおわりじゃ…ないんだろうな、やっぱり)
祭りはまだ始まったばかり…なのだった。
--- 2003.8.11 ---
「うわっ、もう溶けてきた」
キラが手にした綿飴が、ちょっとずつ茶色に変色していく。
「暑いからな~…」
「アスランも食べるの手伝って!」
「って、こら、よせってば」
綿飴の柔らかな感触が口元を掠める。
くすくす笑いながら、ふたりでどうにか全部食べて。
砂糖でベタベタになってしまった手を見て、思わず顔を見合わせてまた笑った。
「手、洗わなきゃな」
水道を見つけて、とりあえずそこで洗うことにする。
「あはは、水、冷たくて気持ちいい~」
無邪気に水と戯れるキラを見て、アスランも上機嫌だった。
イザークとクルーゼ隊長(仮)に会った後は、取り立てて邪魔(?)が入ることもなく、キラと夏祭りデートを堪能していた。
……が。
(まだあいつが残ってる…ハズ)
脳裏に一瞬よぎる、緑色の髪。
そう。
まだ油断はできない、のだ。
「あ」
そんなことを考えているアスランの隣で、キラが小さく声を上げる。
「どうした? キラ」
「ね、アスラン。僕、大事なこと忘れてた…」
「え…?」
何事かと、キラの瞳を覗き込むと。
「林檎飴、まだ食べてない!!」
「……キラ…」
真剣な表情で訴えるキラに、アスランは思わず溜息をついた。
「だって! お祭りって言ったら林檎飴じゃんか!」
そんなアスランに、ちょっとむくれながらキラが返す。
「いや、それはわかるけどさ…。おまえ、今綿飴食べたばっかだろう?」
「甘いものは別腹!」
悪びれもせず言い切るキラに、ちょっとだけ苦笑して。
「わかった。じゃあ、買いに行こう?」
「うん!!」
嬉しそうに答えるキラの手を取って、賑やかな通りに戻る。
……わかってはいるものの、それでもキラには甘すぎるアスランであった。
「あ、あった!」
ちょっとした行列ができている屋台をキラが指差した。
「なんか多いな…」
その屋台には、老若男女を問わずたくさんの人が並んでいた。
買ったと思われる人たちは、林檎飴を手に皆一様に心ここに在らず、といった体で人込みに戻っていっていた。
「よっぽど美味しいのかな?」
「…とりあえず並んでみるか?」
「うん」
列は思ったよりもスムーズに進んでいった。
「えーと、1本…1000円!?」
(いくらなんでもぼったくりだろう…?)
とは言え、林檎飴を楽しみに待つキラのことを考えると、そんなことを口に出すわけにもいかず。
ようやく順番がまわってきて、注文しようと顔を上げると……
「あ、アスランとキラじゃないですか」
「ニコル…」
(ああ…やっぱり……)
予測はしていたものの、あまりにお約束な展開に返す言葉が見つからないアスランの代わりにキラが話しかける。
「ねえ、ニコル。今日はみんなどうしたの?」
「あはは、僕たち3人、今日は特務なんですよ☆」
「え? そうなの?」
(特務って…何のだ……)
なんとなーく頭痛を覚えながら、ようやくアスランが口を開く。
「それにしても、この値段はちょっと高くないか?」
「え? そうですか?」
でもいっぱい売れるんですよ~、とニコルが言っているそばから注文が入る。
「あ、あの…林檎飴1本」
「はい、1000円です」
林檎飴を手に、ニコルがお客の方へくるっと振り向く。
(はは…成程、ね……)
にっこり特上エンジェルスマイル(この場合は営業スマイル)で手渡されて。
「どうぞv」
「きゃ~~~~~~っ」
湧き起こる黄色い悲鳴とともに、
「おおおおぉぉぉっ」
地を這うような野郎どもの声も響く。
そして中にはばたっと倒れる音も……
「……………」
「あれ? どうしたんですか、アスラン?」
「………いや」
思わずこめかみを押さえるアスランの隣で、
「あ、僕も1本!」
キラはまったく動じずに林檎飴を注文していた。
「じゃあ、これどうぞ☆」
するとニコルは奥から一番大きな林檎飴を出してキラに手渡した。
「うわ、大きいね、これ」
「あはは、あげますよ、それ」
「え? いいの?」
「勿論」
「ありがとう!」
無邪気に笑うキラに、ニコルも(黒スマイルではなく)優しく微笑んだ。
「でもこんなに食べられるかな…」
「だったら、アスランと一緒に食べたらいいですよ☆」
「あ、そうだね」
「あ、ありがとう、ニコル…」
ここは素直に礼を言うべきか…、と思いつつも素直に喜べないアスランであった。
「じゃあ、特務頑張ってね、ニコル!」
「はい、キラもアスランもお祭り楽しんでくださいね☆」
和やかにニコルに別れを告げて、その場を去るふたり。
そんなふたりを笑顔で見送ってから、ニコルはおもむろに通信機を取り出した。
「こちら、ニコル。ターゲット捕捉、どうぞ」
ニコルからもらった林檎飴を嬉しそうに食べるキラを見て、アスランも先程までの懸念を打ち消した。
とりあえずディアッカ、イザーク、ニコルにはもう会ったのだ。
彼らがどんな特務に就いていようとも、おそらく今回もそうたいしたものではないはずだ。
いや、きっとそうに違いない。
―― と、心に言い聞かせ。
これで心置きなくキラとのデートに集中できるのだ。
心晴れやかにキラの方に目をやると、こちらを見つめるキラと目が合った。
「どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
へへ、と照れたように笑って、キラが腕を絡めてくる。
祭りの開放的な雰囲気のせいなのか、なんとなくキラもいつもより積極的な感じだった。
「ね、花火っていつくらいからあるのかな」
「うーんと、もうそろそろだと思うよ?」
代わりばんこに林檎飴を食べながら、人込みを進む。
…すると。
「あ」
ひゅるるるる~
どーん…
互いの顔を見合わせて。
「花火、始まったね」
「ああ」
「あ、ねえ、アスラン。こっち!」
「え? おい、キラ」
突如、キラに手を引っ張られてそのまま人込みを分けて走り出す。
向かった先から見えるのは ――
「うわ……」
眼前に広がる、夜空に咲く大輪の花。
周りには誰もいない、まさに穴場としかいいようのない場所だった。
「おまえ、ほんとにこういう場所見つけるの得意だよな、キラ」
「へへ」
感心したように言うと、キラはちょっとだけ照れたように、でも嬉しそうに笑った。
「ね、覚えてる? 月で一緒に行った花火大会のこと」
「覚えてるよ、勿論」
あの日も、こんな風にキラに手を引かれて行った場所は、花火がとても近く見えて。
ふたりでずっと一緒に眺めていた。
そのうち、繋いだ手と、触れた肩の温もりに眠気を誘われて。
そのままいつの間にか眠り込んでしまっていた。
花火が終わっても、いつまで経っても戻ってこない子供たちを心配したキラの母が捜しに来ても、なかなか見つけられずに。
ようやく発見された時には、もうとっくに日付が変わった後だった。
「あの時はひどく怒られたっけ」
懐かしそうにアスランが笑うと、キラはちょっとだけ寂しそうに。
「あれが…最後になっちゃったけどね……」
ぽつりと、小さな声で呟いた。
「キラ…」
暗い空に、たくさんの花が咲く。
その明かりに照らされたキラの姿は、ひどく儚く見えて。
その姿を、確かめるように。
そっと、抱きしめた。
「アスラン…」
微かな声で、名前を呼ぶ唇を。
自分の唇で、塞いで。
「…林檎の味がする……」
悪戯っぽく笑うと、
「……アスランだって」
上目遣いに睨むように、キラが返す。
でもすぐに、笑顔に変わって。
「大丈夫」
アスランの指がキラの頬に触れる。
「これからはまた、一緒に見られるさ」
「うん」
安心したように、瞳を閉じて。
「ずっと、一緒だよね」
「ああ」
夜空を彩る大輪の花。
咲くたびに上がる、歓声と。
繋いだ手の温もりと。
お互いの存在を確かめ合って、祭りの夜は更けていった。
〈後日談〉
「失礼します」
サングラスをかけたラフな格好の金髪の青年 ―― ラウ・ル・クルーゼ隊長(仮)がクライン邸の一室のドアを開く。
「…お待ちしておりましたわ」
本来ならばシーゲル・クラインが座っているであろう、その席に。
にっこり微笑みを浮かべて腰を下ろしているのは、そう、我らがラクス・クラインである。
「例のものは?」
「こちらに」
そう言って取り出したものを、机の上に並べる。
「夜でしたのに、よく撮れていますわね」
ラクスが満足そうにそれらを手にする。
「ニコル様あたりは、しっかりご商売してそうですわね★」
「ええ、一応稼いだ金額が今回の特別ボーナスと致しましたので」
手にしたものを悦に入って眺めていたラクスが、クルーゼ隊長(仮)に向けてにっこりと微笑んだ。
「貴方が先日お父様と飲んでしまわれたわたくしの秘蔵ワイン(コレクション)…」
その言葉に、クルーゼ隊長(仮)の体がギクッとなる。
サングラスの下の顔が途端に蒼ざめ、汗が幾筋も伝っている。
「ラ、ラクス・クライン…」
珍しくどもっている。
そんなクルーゼ隊長(仮)の姿に一瞥をくれて。
「とりあえず、今回はこれで結構ですわv」
ほっとしたように胸を撫で下ろす。
「では、私はこれで…」
踵を返して出て行く背中を見送りながら、ラクスが呟いた。
「何と戦わねばならぬのか…、愛とは難しいですわねv」
--- 2003.8.14 ---
「……ふ、…ぅ………ン」
花火の音に掻き消されてしまいそうなほど、微かに。
重なった唇の僅かな隙間から、甘い吐息が漏れる。
ようやく唇を離すと、キラが潤んだ瞳で見上げてくる。
はだけた浴衣から僅かに覗く白い肌が、夜闇に照らし出されて。
抑えようのない情欲が全身を駆け抜けていくのを、アスランははっきりと感じた。
「キラ…」
名前を囁きながら、順番に唇を落としていく。
「あ…」
よく知っているものの、それでも躯は敏感に反応して。
キラの躯がびくんと震えた。
それでもアスランはやめようとはしない。
むしろ、そんなキラの反応に、益々煽られて。
すると、キラがぐいとアスランの体を一瞬引き離したかと思うと。
「ん…っ」
自分からアスランの唇を塞いだ。
そっと触れるだけでなく。
もっと、深く。
そして名残惜しげに唇を離すと、夜目にもわかるほど赤い顔をして。
「あ…あの、さ」
躊躇いがちに口を開く。
そのままアスランは何も言わずにキラの次の言葉を待っていたけれど、キラはなかなかその先を言おうとしない。
辛抱強く待っていると、意を決したかのようにキラがようやく話し出す。
「今日だけ…特別だからね……」
そう言って、その場で膝を折る。
「キラ…?」
驚きながらも、キラがこれからしようとしていることを理解したアスランは、ふっと優しく微笑んで。
そっとキラの髪に指を絡ませる。
「…して、くれるんだ?」
優しく髪を梳きながら、囁くように問いかけても。
キラはちょっとだけ俯いて、答えようとしない。
それでもどうにか、アスランの浴衣に手をかけて。
中心に顔を埋めて、たどたどしく舌を這わせていく。
「………ぅ…」
花火の上がる音も、歓声も。
どこか遠くで聞こえるようで。
キラの漏らす息遣いと水音だけが、頭の中に響いてくる。
「キラ、もう…」
そっとキラの頭を離させる。
「あ…、でも……」
物問いたげに見上げてくる瞳に、優しく微笑んで。
その額に、軽くキスをした。
そして。
「もう…キラの内に入りたい」
「…!」
耳元で囁くと、ぴくんと肩を震わせて。
「う…ん」
そっと浴衣の中に手を這わすと、キラの肌は少し汗ばんでいて。
「…ぁ……」
背中から回した手で、隈なく弄っていく。
その度、キラの口からは小さな声が漏れて。
「いいよ、キラ?」
「……?」
「声、出しても平気だから。花火の音が、消してくれる」
俺にしか聞こえないから、と言ってそのまま入口まで指を運んだ。
「あ……っ」
びくんとキラの躯が震える。
そんなに慣らしていないのに、そこはアスランの指をすんなり迎え入れた。
「キラのここ、凄い…」
「や…、馬鹿……っ」
「そんなに俺が欲しかった?」
「~~~っ」
答えてくれないキラに、ちょっと意地悪するように焦らしていると。
「も…、早く……っ」
堪らなくなって、真っ赤になってキラが叫ぶように言った。
そんな姿がどうしようもなく愛しくて、ゆっくりと指を引き抜くと、今度は自分自身をそこにあてがい一気に挿し貫いた。
「ぁ…っ、は……、ア、アスラン…っ」
手をついて支えにしていた木の幹に、思わず爪を立てながら。
何度も何度もアスランの名前を呼んだ。
その度に、はだけた浴衣から覗く脚を伝って、透明な雫が草を濡らしていく。
「キラ…、キラ……っ」
「アスラン…っ」
そうして、夜空に一際大きな花が咲いたとき。
ふたり同時に果てていた。
静かな寝息をもらすキラを起こさないように、乱れた浴衣を整えてやる。
(さすがにお姫様だっこで部屋まで帰るわけにはいかない、か…)
自分はともかく、目撃されたときにキラは嫌がるだろうから。
ちょっと(かなり)残念に思いながら、キラをおんぶする。
確かな温もりを背中に感じて、アスランは祭りを後にした。
そうしてしばらく歩いていると……
「…キラ、起きてるんだろう?」
「……ばれた?」
ちょっと呆れた風を装って、首を少し後ろに回してキラを見ると。
舌を出して、まるで悪戯が見つかった子供のような顔で笑っていた。
「ほら、歩けるだろ?」
「うーん、もうちょっとだけ!」
「キーラ」
「へへ、いいじゃん。たまには、さ」
ぎゅっと、アスランの首に腕を回してそんなことを言った。
「ね?」
嬉しそうに、同意を求められて。
「…仕方ないな」
渋々と了解の合図を送る。
でも、本当は。
その温もりが、嬉しくて。
その温もりを、離したくなくて。
「ね、アスラン」
「何?」
「来年も、一緒に行こうね」
「ああ」
ずっと、ね。
--- 2003.8.14 ---
「ただいま~…」
「あ、イザーク達帰ってきた」
街に買出しに出かけていたイザークとディアッカを迎えに、キラがいそいそと席を立つ。
2人を出迎えに、というよりも頼んでいたゲームソフトを嬉々として受け取りに行く、そんなキラの背中に苦笑しながらアスランもついていく。
(ほんとにキラは……)
多少呆れながらも、そんなところも愛しくて堪らないアスランはとっくの昔に末期である。
「おかえり、2人と…」
前を行くキラが急に止まったかと思うと、掛けた言葉もそのままで、その場に固まっている。
そんな様子にアスランが訝しげにキラの視線の先を辿り、目にしたものは ――
「!!??」
同じく2人を出迎えにきていたニコル(腹を抱えてしゃがみこみ中)と。
大荷物を抱えたディアッカと。
くそ真面目な顔で大きな熊のぬいぐるみを背負ったイザークの姿だった……
「はあ~、重かった」
不機嫌そうにそう言って、ディアッカから渡されたドリンクを手にイザークがどかっとソファーに沈み込む。
仏頂面のイザークの隣にしっかり陣取ったディアッカも、無言でドリンクを飲んでいる。
ニコルはと言えば、まだ肩を震わせてしゃがみこんだままである。
そして我等がアスランとキラは、そこに鎮座まします特大サイズの熊のぬいぐるみの前に突っ立っていた。
「……どうしたんだ、これは」
とりあえずアスランが誰ともなく訊いてみる。
「福引だ」
「は?」
「だから、キラに頼まれたゲーム買ったら券くれたんだよ、それで」
言葉の後を引き取ったディアッカによれば、折角もらったからということでとりあえず商店街の福引の設置場に行ってみたらしい。
…で。
「引いたらこれが当たった、と」
「大当たり~っ」
カランカラン
商店街のおじさんの明るい声と、一際大きな鐘の音が当たりいっぱいに響き渡る。
ここは商店街の一角に設けられた福引設置場。
なんだかんだ言いながらも、勝負事にはいつも(必要以上に)全力投球なイザークである。
「うおりゃ~っっ」
威勢のいい掛け声とともに、思い切り取っ手を回す。
ガラガラッ
コロン
出てきた玉は……
「金色…」
「うおっしゃあ!!」
玉をしげしげ眺めるディアッカと、思わずガッツポーズを取るイザーク。
大きな鐘の音が響き渡る中。
「おめでとう、特賞だよ」
すげーな、にーちゃん達…などと言いながら。
ふたりの前に出された景品、それが。
「これか…」
「ああ…」
遠い目をしてディアッカが頷く。
断ろうと思ったものの、おじさんの勢いに断りきれず、そのままこれを押し付けられたらしい。
で、結局。
買った荷物は全部ディアッカが持ち、特大熊をイザークが背負う羽目になった。
「ほんっと、散々だ。熊は重いわ、人はじろじろ見るわ」
(そりゃそうだろう…)
珍しくちょっとだけそんな2人に同情していたアスランは、隣のキラがやけに大人しいことに気付く。
「キラ、どうした?」
隣を見ると、キラは熊を凝視したまま動かない。
「キラ?」
その声にやっと我に返ったらしいキラは、それでもまだ視線は熊の方に向けたまま。
「アスラン…」
「何だ?」
「この熊……」
「?」
アスランが首を傾げるのも束の間。
「会いたかったよ、ピエール!!」
(ピエール!?)
その場にいた4人が固まる中、キラはその熊にしっかと抱きついた。
「……で?」
まだ嬉しそうに熊のぬいぐるみを抱きしめているキラを横目で見ながら、イザークがアスランに問いかける。
「ピエールってのは何なんだ?」
「う……」
珍しく返答につまるアスランの代わりにキラが嬉しそうに答えた。
「アスランの部屋にあったんだ、これと似た熊のぬいぐるみ」
(アスランの部屋にぬいぐるみ!?)
「キ、キラっ」
慌てたようにキラの名前を呼ぶアスランから察するに、どうやら事実らしい。
「…それの名前が”ピエール”だったんですか?」
(珍しく)恐る恐る訊くニコルに、
「うん、そうだよv」
(ぬいぐるみに名前!?)
キラはにこにこしたまま答えている。
アスランは諦めたように、溜息を吐いて俯いていた。
「…実はな」
そう、それは今を遡ること6年前。
まだ月でキラとらぶらぶな幼少期を過ごしていた頃。
学校から帰ってきて自室のドアを開けると、ベッドの上に。
「あったんだよ、熊のぬいぐるみ(特大サイズ)が…」
数分か数秒か、とにかくそれを目撃した途端固まっていたアスランであったが、気を取り直して近づいて見る。
すると、かけられたリボンと一緒にカードが添えられていた。
そしてそのカードを開いてアスランは再び固まることになる。
「なんでだ」
「………」
言い渋るアスランの代わりに、まだにこにこしたままキラが答えた。
「あれ、おじさんからのプレゼントだったんだよね」
「おじさん…?」
聞き返してから、3人はふと気付く。
アスランの”おじさん(お父さん)”とはつまり ――
(ザラ委員長……)
脳裏に浮かぶ、熊のぬいぐるみをいそいそと購入するパトリック・ザラの姿。
(あのザラ委員長が…?)
(熊のぬいぐるみを?)
(しかもリボンとカード付き……?)
まるで雷を受けたかのような衝撃に見舞われた3人は、しばし驚愕の表情を張り付かせたまま固まっていた。
「あれ? どしたの、みんな」
キラはきょとんとして3人の顔を見回す。
勿論まだピエールを抱っこしたままだ。
(だから言いたくなかったのに…)
「じゃあ、もしかしてその”ピエール”って名前も…」
まだ口元が引きつったまま、どうにかニコルが口を開く。
「ああ、父がつけた」
もう半ばヤケクソでアスランが答える。
(あのザラ委員長が…?)
(ぬいぐるみに名前?)
(しかもなんで”ピエール”……?)
再び固まってしまった3人に、アスランが溜息まじりに説明を始める。
「まあ…父のやることはあれで結構わけがわからないところがあるから…」
それでいいのか、と思わず突っ込みたくなった3人ではあったが、アスランもどうやらそうしてどうにか納得しようとしているらしいことを汲み取って、珍しく大人しく聞いていた。
キラはといえば、別にそれを気にも留めるでもなく(別に今始まったことでもないからか)、相変わらずピエールとひっついていた。
……似合いすぎである。
「別に俺の誕生日とかクリスマスとかいうわけでもなかったんだけどな」
後に母から聞いたところによると、どうやら同じ評議会メンバーがアスランと同世代の息子に熊を贈ったところ、とてつもなく喜んだらしく、それを聞いたザラパパもまた、息子の喜ぶ顔見たさに贈ってきたらしかった。
「評議会メンバーっていったら…」
「そう、おまえたちのところもだろう?」
そう言われて、思わず3人は顔を見合わせた。
「…それ、いつの話だって?」
「俺とキラが10歳の頃だ」
「…ってことは、だ」
「僕が9歳、イザークとディアッカが11歳の頃ですね」
しばし考え込む3人。
「熊のぬいぐるみ、ね…」
「イメージ的にはおまえだけどな」
と言って、イザークがニコルの方に顔を向ける。
「ああ、確かに…」
熊のぬいぐるみと戯れるニコル ――
確かに、何も知らなければとても微笑ましく愛らしい図である。
キラに負けず劣らず似合ってもいる。
あくまで何も知らなければ、であるが……
などと。
「ふふ…、皆さん何を想像してるんですか?」
やはりというか、皆同じことを考えていると、ニコルがにっこり笑って問う。
(や、やっぱり…)
このエンジェルスマイルには要注意、である。
「確かにうちの母はぬいぐるみとか好きですけど、僕は父からぬいぐるみをもらったことはないですよ」
僕より母にあげた方が喜びますからね~、と至極真っ当な答えを返されて、皆ちょっとだけ拍子抜けしてしまっていた。
…が。
そこはやっぱりニコルである。
「あれ? でも確か、イザークのお母さんもぬいぐるみ好きじゃなかったでしたっけ?」
「!!」
その言葉にイザークが思わず飲んでいたドリンクを噴きそうになる。
(あのタカ派で名高いエザリア・ジュールが!?)
アスランもまた、先程の3人と同様、衝撃を受けていた。
ゴホゴホと苦しげに咳き込むイザークの背中をさすってやりながら、ディアッカが必死にニコルに目配せを送っているものの。
ニコルは何も気付かぬ風にニコニコ笑っている。
「な、何で貴様それを…っ」
目に涙をうっすら浮かべたまま、イザークが忌々しげにニコルに訊いた。
(って、事実なのか…!?)
またしても衝撃を受けているアスランの隣でキラはきょとんと事の成り行きを見ていた。
キラはエザリア・ジュールを知らないのである。
(イザークのお母さんか…やっぱり美人なんだろうな~…)
そんなことをぼんやりと考えていた。
「確か、こっそり(?)”ぬいぐるみ友の会”に入られてましたよね?」
「イザークが!?」
「俺じゃない! 母がだ!!!」
叫んでハッとなる。
(し、しまった……っ)
イザークが思わず頭を抱えて自分の迂闊さを呪っている間も、ニコルは相変わらずエンジェルスマイルを絶やさない。
「ジュール議員が…」
まだなんとなく衝撃を受けているアスランに、ディアッカがすかさずフォローを入れようとする。
「あ、あのな。確かにおばさんはあー見えて結構少女趣味だったり、可愛いものが好きだったり、イザークが寝てる間に勝手にぬいぐるみを抱かせてたり、昔はイザークの部屋がぬいぐるみだらけだったりとか、そりゃそーゆーこともあったけど」
「ばらすなーーーーーっ」
……全然フォローになっていなかった。
「イザーク…」
想像して思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えているアスランに、
「言っとくけどな! 大昔の話だからな!!!」
(本当だったのか……)
珍しく真っ赤な顔をして、イザークが怒鳴るように言い放った。
その横ではイザークに渾身の一撃を喰らったディアッカがのびていた。
「第一、こんなばかでかい熊なんぞなかったぞ」
だからうちでもない、とまだ赤い顔をしたままでイザークが言う。
「ちなみにうちでもないからな」
鮭を咥えた熊の彫り物ならあったけどな、とどうにか復活したディアッカも言う。
「他の評議会メンバーの家なんじゃないのか?」
とりあえずそんな答えに行き着いたものの、あまり釈然としないまま、それでも様々な事実が判明した1日であった。
そんな中、いやに隣が静かだな、とアスランが隣に座るキラを見てみると……
ピエールを抱っこしたまま、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「……………」
(可愛い…)
そう思ったのはきっとアスランだけではないだろう。
「…イザーク」
意を決したかのような真剣な眼差しで、アスランがイザークに向き直る。
「な、何だ」
一同が固唾を呑んで次の言葉を待った。
「頼みがある」
・ ・ ・ ・ ・
「ぅ……ん」
ぼんやりと目を開けると、そこにはよく知った微笑みがあって。
「ようやくお目覚め?」
「あれ、僕…」
きょろきょろと見回すと、レストルームにはアスランと自分以外誰もいない。
「あのまま寝ちゃったんだよ、キラは」
わざと呆れた風を装って、アスランが答えた。
「とりあえず部屋に戻ろう?」
「あ、うん…」
まだぼうっとした頭で、アスランに手を引かれるまま自室に戻る。
ドアが機械的な音をあげて開いた先に ――
「あ……っ」
まるでその部屋の主のように、鎮座ましますのは。
「ピエール!!」
驚いて叫んだ顔が、でもすぐにほころんで。
あの日のように、キラは熊のぬいぐるみにばふっと抱きついていた。
「あの時もキラ、俺が階下(した)におやつ取りに行ってる間に熊と一緒に寝ちゃってたもんな」
そう、あの(元祖)ピエールがアスランの部屋に来た日。
直後に部屋に遊びに来たキラが、やっぱり今みたいにぬいぐるみに抱きついて。
アスランがちょっと部屋を離れている間に眠ってしまっていたのだった。
「…だってなんかふかふかしてて気持ちいいんだもん……」
だからしょーがないじゃんか、とちょっと赤い顔をして、頬を膨らませてそんな風に答えるキラの隣に腰掛ける。
「ふーん?」
ちょっとだけ目を眇めて。
「じゃあキラは、今日から俺じゃなくてその熊と寝るわけ?」
わざと恨めしげに囁いてみる。
途端にキラの顔が真っ赤になって。
「あ…、けど……っ」
慌てて熊から手を離し、アスランの顔を上目遣いに見つめてから。
それからぎゅっと、アスランの背中に腕を回して。
「…アスランの方が…あったかいよ……」
ポソッと、呟いた。
数日後。
「うわー…、凄い……」
レストルームでアルバムを広げているのはニコルとキラ(そして勿論オプションでアスラン付き)である。
たくさんのトロフィーに囲まれているニコルの写真を見ながら、
「やっぱり凄いね、ニコル。コンクール総なめって感じ?」
「いえ、それ程でも(ありますけどv)」
心底感心したように写真を見つめるキラと、その隣でそんなキラの姿しか目に入らないアスランであった。
「あれ…?」
次のページを捲ったキラが、小さく呟いた。
「どうした?」
つられてアスランもそのページを覗き込む。
ピアノの前で映る写真に紛れて、そこにあったのは ――
「あ、カトリーヌと一緒に映ったのもあったんですね」
「カトリーヌ……?」
いつもの如く、仲良くはもって訊き返すふたりの視線の先には、月の輪熊と一緒ににこやかに映るまだ幼さを残したニコルの写真があった。
「僕が『本物の熊が見たい』と言ったら父がくれたんですよ★」
でもご近所から苦情がきてすぐサーカスに引き取られてしまったんです、とどこか遠い目をしてニコルが答えた。
(まさか…)
「…ニコル、それ、いつの話だ?」
「えーと、9歳くらいですね」
僕たちとっても仲良しだったんですけどねー、と言うか僕の言うことならなんでも聞いてたんですけどね~、と昔を懐かしんでか(?)笑いながらニコルが立ち上がった。
「じゃあ、そろそろシュミレーションの時間ですから行きましょうか」
「あ、ああ…」
「うん…」
こっそりアスランとキラが顔を見合わせる。
―― やはり、ニコルは侮れなかった。
--- 2003.8.28 ---
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真性アスキラー。
思いもよらずダブルOが歴代G
の中で一番好きな状況に。
成層圏の向こう側まで狙い
撃つ兄貴を愛してやまず。
BAS●RAの影響で戦国史に
どっぷり。VIVA眼帯。
えろすきーだけどホモスキー
に非ず。
オフラインでは【絶対零度】
というサークル名で活動中。