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神崎廉が今まで書いてきたSS保管庫。
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「キラ?」

珍しくひとりでぽつんと朝食を摂っていたキラに、これまたその情景に驚きながらニコルが朝食のトレーを手に声をかけた。
「あ、おはよう、ニコル」
その声にぱっと顔を上げたキラの顔を見て、ニコルはおや、と思う。
「おはようございます。…アスランは?」
心なしか寂しそうに、でも少し赤い顔をしてキラが答える。
「もう少ししたら帰ってくると思うけど…」
「あ、そうか。昨日から本部で会議でしたっけ」
そういえば、とニコルは思い返す。
キラがザフトに来た今となっては見る影もないほどではあるが、アスランはあれで沈着冷静でザフトのエースパイロットであり、またザラ隊の隊長でもあったのだ。
だからこうして会議に出席することもないこともない。
とはいえ、あの”超”が百個ついても足りぬほどのキラ馬鹿なアスランが、たとえ半日でもキラと離れることをよしとするはずもなく。
誰もキラに手を出すなと釘を刺しつつ、キラにはちゃんと歯を磨いて日付が変わる前には寝るようにと指示を出しつつ、それでもなかなかキラと離れようとしないアスランは半ば引きずられるようにして本部へと連行されたのだった。
キラはと言えば、そんなアスランに苦笑しつつ、それでもやっぱりちょっとだけ寂しそうではあったけれど。
(あれ? でも…)
ふとニコルは思う。
ニコルの部屋はふたりの部屋とは隣同士である。
ふたりの部屋は普段なら早々に明かりが消えるのだけれど(まあ、理由は敢えて触れないとして)、昨日は遅くまで明かりが洩れていた。
そして今、キラの目は少し赤い。
「キラ…、遅くまでゲームしてたんじゃないですか?」
「え?」
やれやれと溜息をつきながらニコルが問うと、キラはぎくりとした様子で短く聞き返した。
なんとなく目も泳いでいる。
(なんか…アスランの気持ちもわからなくはない気もしますけどね)
内心苦笑しながら、
「アスランがいないからって、ハメはずしたりしてません?」
ニコルがキラの目を覗き込みながら訊いてみる。
「う、ううん。そ、そんなことない…よ?」
キラは思い切りどもっていた。
けれど語尾は弱々しい。
そんなキラに思わず笑ってしまったニコルは、
「アスランには内緒にしときますよ」
悪戯っぽくウインクしながらキラに告げた。
そんなニコルにあからさまにほっとした様子のキラは、へへ、と笑いながら再び朝ご飯を食べ始める。
向かいに座ったニコルと談笑しながら朝食を済ませ、部屋に戻る途中。
「キラ?」
一緒に歩いていたはずのキラがぴたりと歩を止めたことを不思議に思ったニコルが声をかけた。
「どうかしましたか?」
「…ううん」
そうして再び歩き出したのも束の間。
キラの体が突然ぐらりと揺れた。
「キラ!?」
驚いてニコルが声を上げるのと、本部から急いで戻ってきたアスランが颯爽と駆けつけたのは同時だった。

 

     ●

 

「38度9分……」
体温計を睨みながら、アスランは溜息をついた。
キラはそんな様子をベッドの中から申し訳なさそうな顔で見つめていた。
「まったく…」
濡らしたタオルをキラの額に置きながら、アスランがまた大袈裟に溜息をつく。
「体調管理は軍人のたしなみだろう?」
「ごめん…」
熱のせいだけではないであろう、潤んだ瞳でキラがアスランを見つめた。
タオルを置くために額に触れた指先は冷たく、そのひんやりとした感触が気持ちいい。
けれど、何よりも。
その存在に安心していた。
その心地よさに瞳を閉じていると。
「……って言っても」
ふと変わった語調に、キラが不思議そうに目を上げる。
すると、アスランはとても真剣な眼差しで。
そしてどこか悲しげな表情(かお)をして。
「おまえは好きで軍人になったわけじゃないんだもんな…」
そう言って、キラの額にかかる前髪をそっと梳いた。
「おまえがザフト(ここ)にいるのだって…、俺がおまえを手元においておきたかったからだし」
最後は自嘲気味に、囁くように呟いた。
「アスラン…」
そんなアスランにキラは驚いた顔をして、けれどすぐに優しく微笑った。
「違うよ、アスラン」
その手に、自分の手を重ねて。
「僕がここにいるのは自分の意志だから」
「キラ…」
真っ直ぐにその翠の瞳を見つめて。
「僕が…アスランの傍に、いたかったから」
アスランもキラの紫の瞳を見つめ返す。
そのままじっと、見つめ合って。
アスランがその唇に触れようとした瞬間。
「ダメ!!」
キラの手が慌ててそれを遮った。
「アスラン、風邪うつっちゃうよ!?」
「これくらいじゃうつらないさ」
懲りずにキスしようとするアスランを、それでも押し返す。
「ダメったらダメ!」
そう言って、あろうことかぽいっと部屋の外に追い出されてしまった。
「キラ!?」
慌てて立ち上がり、部屋の中に入ろうとすると、
「とにかくダメだからね! アスランは今日は他の部屋で寝て!!」
中から、キラが精一杯大きな声を出して怒鳴り返してきた。
「キラ…」
追い出されたアスランは、悲痛な面持ちで廊下に立ち尽くしていた。

 

     ●

 

「……で」
珍しく人当たりのよい笑顔を曇らせて、ニコルが呆れたような視線を投げる。
ニコルの部屋ではアスランが落ち着かない様子でうろうろ動き回っていた。
「なんでまた僕の部屋なんですか?」
かつてはアスランLOVEだったニコルである。
本来なら、アスランが自分の部屋に押しかけてきたこのシチェーションは、物凄くおいしいのだろうけれど。
(でも今は、ね…)
アスランの幼馴染兼恋人のキラとはとても仲良しなのである。
いつの間にやら、ふたりに対する複雑な想いは消えていた。
「ここなら俺たちの部屋の隣だから、キラに何かあればすぐわかるだろう?」
真剣な眼差しで振り向いたアスランには、かつての冷静沈着なエースパイロットの仮面は微塵も窺えない。
(ほんと、”恋は盲目”というか…)
アスランの頭はキラのことでいっぱいなのだろう。
というか、それしか頭にないような気もする。
ニコルもキラの具合は気にはなっているし、心配でもあるけれど。
目の前のアスランの様子は尋常ではない。
(まったく…)
ふう…と、普段の外面の良さはどこへやら、苦い顔でニコルは溜息をついた。
ごほごほ…
隣から微かに咳が聞こえてきた。
途端に、アスランの形相が変わる。
「キラ…っ」
(あー、もう…)
「アスラン…」
「何だ、ニコル」
振り向きもせずに言うアスランに、にっこりエンジェルスマイルを向けて。
ぽいっと、そのままアスランを廊下に追い出した。
「な、何するんだ、ニコル!?」
驚いて叫ぶアスランに、ニコルは中から冷静に言葉をかける。
「これじゃ僕が寝れませんからね」
僕まで風邪ひいちゃいますよ…、と続けるニコルに、アスランはまたしても悲痛な面持ちで廊下に立ち尽くした。
「大体、そんなに心配なら、何を言われてもキラの傍にいればいいじゃないですか」
その言葉に、アスランがはっとする。
確かにニコルの言う通りだ。
第一、今まで散々キラの看病をしてきたのだ。
しかもうつったことなど、ほとんどない。
「ありがとう、ニコル」
まるで目から鱗が落ちたように、すっきりとした表情で、アスランがキラの眠る自室に戻っていった。
(本当に、世話が焼けますよね)
溜息をつきながらも、ニコルの顔は穏やかに笑っていた。
それでも、そんなふたりが好きだから。

 

     ●

 

そっと頬に触れる温もりに、キラはうっすらと瞳を開ける。
いつの間にか眠っていたらしい。
先程までの息苦しさも消えていた。
「アス…ラン……?」
無意識のうちに呼んだ名前の主は、その翡翠の瞳でじっとこちらを覗き込んでいた。
「大丈夫か? キラ…」
そう言いながら、そっと顔を寄せて。
柔らかく、唇を塞いだ。
それは本当に、触れるだけのキスだったけれど。
「ダメだって…言った、のに……」
それでもそのよく知った感触に、安心している自分がいた。
「キラに触れられない方が…俺は病気になるよ」
そっと汗で濡れた額を拭ってやりながら、静かにアスランが言葉を続ける。
「おまえの傍にいられないと、不安で…。心配しすぎて、病気になる」
「アスラン…」
そっと額に、頬に口付けて。
「昨日だって…、寂しくて死にそうだったのに」
たった半日離れただけだったのに。
今ではもう、離れて暮らしたあの3年間が信じられないくらいに。
「ごめん…」
キラが、小さな声で呟いた。
「謝らなくていいから」
だから早くよくなれよ、と続けるアスランに緩く頭(かぶり)を振って。
「違うんだ…。僕が、アスランの言うこときかなかったから…」
風邪をひいた原因はわかっていた。
明け方近くまでゲームをしていたから。
「キラ…」
さすがにちょっと呆れた様子のアスランに、慌てて言い繕うように。
「だって…」
「”だって”、…何?」
そんなキラに、穏やかに聞き返す。
「アスラン、いないから…」
ひとりの夜は、とても長くて。
どうしようもなく、つまらなくて。
ゲームをしてでもいないと、気が紛れなくて。
それでも本当は、全然気も紛れず、やっぱりつまらなかったのだけれど。
たどたどしくそう伝えたキラに、アスランは胸の奥から込み上げる愛しさを抑え切れずに、今度は深く口付けた。
何度も何度も、角度を変えて口付ける。
キラも腕を伸ばし、ぎゅっとアスランの背中に掴まって。
「じゃあ」
アスランが、キスの合間に囁くように問うた。
「俺の、所為…?」
「そう…だよ……、ん……っ」
熱のせいか、いつもより熱い口腔を貪って。
「だ、から…」
思うまま貪られながら、キラが言葉を紡ぐ。
「僕を、ひとりにしちゃ…ダメなんだから」
自分からも、アスランに口付ける。
「ひとりに…しないでよ……」
必死にそう続けるキラに、アスランは嬉しさと切なさが同時に込み上げてくる。
「もう、ひとりにしない」
「本当…?」
「約束、するから」
そうしてそのままふたりでシーツに沈み込む。
アスランの熱に翻弄されたキラは、それでもその一番大切な温もりに包まれて、深い眠りに落ちていった。

 

     ●

 

「お、もういいのか? キラ」
「あ、おはよう! ディアッカ、イザーク」
翌朝。
元気な姿で廊下を歩くキラを見つけたディアッカが声をかける。
「風邪だと? たるんでる証拠だろうが」
一見嫌味に聞こえるが、それでもこれがイザーク流の心配の仕方だともう知っているキラは、へへ、と笑って返した。
「とりあえず熱は下がったよ」
「そっか。よかったな」
「うん」
そこへ通りがかったニコルも輪に入ってくる。
「おはようございます。キラ、もういいみたいですね」
「あ、おはよう、ニコル。ありがと、もう大丈夫だよ」
なんだかとっても朝から和やかな雰囲気のその場に、いるべき姿がない。
「ねえ、キラ。アスランは…?」
ニコルが不思議そうに訊ねると、キラはちょっとだけ困ったように笑って。
「えっと、その…。僕の風邪、うつしちゃったみたいで……」
ほんのり頬を染めて、しどろもどろにそう答えるキラに、イザークは怪訝そうな顔をして。
「なんだ、あいつもたるんでるな」
あれで隊長が務まるのか、などとぶつぶつ文句を言っている。
そしてディアッカとニコルは、思わず顔を見合わせて。
(名誉の負傷、ってとこか……)
はは、と苦笑を漏らした。
(しっかし、羨ましい……)
こっそり溜息をつくディアッカをちらと横目で見ながら、ニコルが思いついたようににっこり笑った。
「あ、じゃあ、今からお見舞いに行きませんか?」


「キ~ラ~…」
「ごめんってば…」
じとっと向けられた視線を受けて、キラが林檎を剥きながらアスランに申し訳なさそうに謝った。
その横では、
「大体、隊長たるもの、いやそもそも軍人たるもの体調管理は当然のことであって…」
延々とひとりで説教をするイザークと。
「一体何してたんでしょうね~」
「どうやってうつったのか教えてもらいたいもんだね」
(珍しく)妙に気が合っているニコルとディアッカがいた。
「えと、とりあえず林檎剥けたから食べる? アスラ…」
「あ、俺、もーらいっ」
「ディアッカ!! それはキラが俺のために剥いたんだぞっっ!?」
「あ、じゃあ僕も」
「俺も食うかな」
「おまえらーーーっっ ゲホゲホ…ッ」
「ア、アスラン!?」

―― ザフトは今日も平和です。


--- 2003.12.31 ---

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ポタッ
―― 零れる雫。
「…ぁ…、は…っ」
―― 絶え間なく洩れる息。
ツー…ッ
―― 滴る汗。
むせ返るような匂いと熱さに、全身から今にも力が抜けていきそうになる。
「おい、あとどれくらいなんだ…?」
「さっきあっただろ、なんかふざけたモノが…」
「”さっき”…って、もうかれこれ1時間は経ってる気がするんだけど…」
「正確には1時間24分前ですね」
「だーっ、そんなことはどうでもいい!!」
白い肌を上気させ、流れる汗を撒き散らしながら、先頭を行くイザークがとうとう痺れをきらして叫び出した。
途端にフラフラと倒れそうになる体を、間一髪のところでディアッカが咄嗟に支える。
「おい、イザーク。おまえ、暑いの苦手なんだから無理すんなって…」
そう言いながらもイザークを支える(というより抱きしめている)ディアッカがとてつもなく嬉しそうに見えるのは気のせいではないだろう…、と、あとの3人はそれぞれあえて突っ込まずに心の中で思っていた。
「だから熱いからひっつくな!!」
「ぐはっ」
そしてやっぱりいつものように、イザークの渾身の一撃をくらって足元に蹲る報われないディアッカを横目に、キラとアスランは目を見合わせて、こっそり溜息をついた。
その隣ではニコルが、いつものようにエンジェルスマイルを浮かべてはいるけれど、やはりどこか疲れた風で立っていた。
「まったく…、いつものことではあるが……」
足に絡まる蔦を払いながら、アスランが苦々しげに呟いて再び大きく溜息をつくと、同感と言わんばかりに、他の4人も一様に溜息をついた。

ここはプラントが所有するコロニーのひとつにある山中…というか、まさに秘境としか言いようのない密林。
その中を、とある場所を目指して5人は額に汗して進んでいる途中であった。
事の起りは昨日の朝に溯る。

「諸君、温泉に行こう!!」
「…は?」
やっぱりいつものように突然招集され、やっぱりいつものように唐突にクルーゼ隊長が提案し、そしてやっぱりいつものように、いきなり身ひとつで放り出された5人であった。

「…これのどこが慰安旅行なんだ……」
アスランの呟きに、皆が三度溜息をつく。
クルーゼ隊長曰く、いつも頑張る5人のため、とっておきの秘湯を見つけたから、そこで普段の疲れを癒すように、との計らいらしいのではあるが。
「てか、これじゃ癒されるどころか疲れるばっかだよ~…」
ぐったりしてキラがそう呟けば、あとの4人もうんうん頷いている。
「でも、とりあえず進まないことにはどうしようもないですし」
当たりを見渡せば、道という道もないような山の中。
「確かに、引き返すっていってもな…」
今来た道をまた引き返すことを思うと、途端にどっと疲れが押し寄せてくる。
鬱蒼とした草木の合間から陽は容赦なく差し込み、むっとするような熱気に包まれたまま、5人はしばし立ち止まっていた。
来る途中で見かけた”ふざけたモノ” ―― 密林と呼んでおかしくないこの場に不似合いなキャッチーでポップな看板(らしきもの) ―― によれば、『栄光のゴールまであ・と・す・こ・しv』らしいのであるが。
果たして”あと少し”といいつつ、かれこれ1時間半近くが経過していた。
「そういえば…」
ふと思い出したように、ニコルが口元に手を当てて考え込む。
「どしたの? ニコル」
そんな様子のニコルに、キラがきょとんとした顔で問いかけた。
つられてアスランもニコルの方に向き直る。
「ああ、いえ。あの看板の字、なんとなくどこかで見たような気がして…」
それにあのノリも…、と懸命に思い出そうとするニコルに、
「そういえば、見たことある気もしないでもないな…」
まだ仏頂面のイザークが同意する。相変わらず白い肌は上気し、吐く息も熱を帯びたままだ。
「クルーゼ隊長の字じゃねぇの?」
すると、どうにか復活したらしいディアッカがすかさず会話に加わった。
勿論、その手は迷うことなくイザークの細い腰に伸び、そしてやっぱりイザークからはたかれているのだった。
「汗かきすぎて気持ち悪い…」
早くお風呂入りたいよ…と俯き気味にキラが呟けば、アスランはきっと前方を向いて、
「とにかく! ここでこうしていても仕方ない。行こう」
そう言うやいなや、キラの手を取り前に進み出した。
繋いだ手は汗ばんでいたけれど、不快さを感じることなどあるはずもなく、キラもぎゅっと握り返して歩き出す。
「あ~あ、しゃあないか」
そんなふたりの姿を見て、あとの3人も歩き出した。
真似してイザークの手を取ろうとしたディアッカは、やっぱり見事にかわされて涙をのんでいた。
そうしてそれから約1時間後。
「アスラン、あれ…」
キラが唐突に声を上げる。
視線の先を追えば、木々の合間に見え隠れする宿らしきものが……
「よっしゃあ!」
それを確認するやいなや、途端に元気になった5人が我先にと山道を駆け下りる。
「や、やっと…」
安堵の息を吐きながら、念願の温泉宿の前に到着した5人ではあったが。
「………」
宿に掲げられた垂れ幕の前で、呆然と立ち尽くしていた。
(こ、これは……)
”歓迎☆クルーゼ隊御一行様 お・つ・か・れ・さ・まv”の文字は、脱力させるには充分の効果があったらしい。
ここまでの道程の疲労と相俟って、思わずその場でへたりこんでしまっていた。
「よ、おっつかれさん!」
そんな場に似つかわない、明るい声が響き渡る。
「え…?」
キラがきょとんとする中、あとの4人ははっとしたように顔を見合わせた。
「この声…」
「そんな、まさか…っ」
4人の顔からさーっと音を立てて血の気がひいていく。
「遅かったな~、おまえら。いくら”赤”でもあの山はちときつかったか?」
「ほら、さっさと宿入れって」
そして新たにもう1人、声が加わった。
その声を聞いて、再び4人の顔が蒼白になる。
キラは相変わらずきょとんとしたままで。
「おーい、どうした? なんて顔してんだよ」
にっと笑ったその人物に続いて、
「ちゃーんと足はついてるからな?」
そう言って、もう1人も面白そうに笑いながら足をぶらぶらさせた。
「な、な、な…」
「ね、どしたの? アスラン」
心配そうにキラが袖を引っ張るけれど、アスランは固まったまま。
4人は同時にごくりと唾を飲み込み、そして。
一斉に叫んだ。
「ミゲル!? ラスティ…!?」
「ご名答v」
にんまり笑いながら見事にはもったのは紛れもない、戦死したはずのミゲル・アイマン、そしてラスティ・マッケンジーその人であった。

 

--- 2004.6.2 ---

「な、なんで…」
信じられないという顔で固まったままの4人に、当のミゲルとラスティはしてやったりと笑ったままで。
そしてただひとり、事情を知らないキラはそんな皆を眺めるしかなかった。
「アスラン…」
静まり返ったその場の空気に耐え切れず、再びキラがアスランの袖を引っ張ると、金縛りが解けたように我に返ったけれど、それでも今度は別のことでアスランは固まることになった。
(ラスティはともかくミゲルは…)
そう、ミゲルが戦死した理由を考えると、アスランだけでなく他の3人も押し黙るしかなかった。
キラはあのジンに乗っていたのがミゲルだとは知らないのである。
きょとんと上目遣いに不思議そうにこちらを見つめるキラに、事実を話すのは躊躇われた。
「アスラン?」
「あ、あのな、キラ…」
「お、こいつが例の…」
アスランが重い口を開こうとした途端、当のミゲルの声が割り込んできた。
「あ、あの…?」
品定めをするようにじろじろと自分を見つめるミゲルに、キラが困惑して声を上げる。
「ふーん、君が、ね…」
「ミゲル…?」
アスランが訝しげに名前を呼ぶやいなや、
「え…っ」
「え…」
ミゲルがキラにがばっと抱きついた。
「ち、ちょっと…っ」
キラが慌てて引き剥がそうとするけれど、ミゲルはますます抱きしめる腕に力を込めて。
「はは、おまえ、抱き心地いいな~」
「ミゲルばっかずるいって! 俺もー!」
「え、ええ!?」
楽しそうに笑うミゲルに便乗して、ラスティもキラにがばっと抱きついた。
それまで唖然と事の成り行きを見つめていたニコル・ディアッカ・イザークであったが、はっとしてアスランの方に向き直ると。
(あ、やば…)
当のアスランは怒りのあまり声も出ず、拳を握り締めて肩を震わせていた。
「もう! いい加減にしてくださいよ!」
顔を真っ赤にして、焦ってそう言うキラに、ミゲルもラスティも相変わらず楽しそうに抱きついている。
「まあまあ、そう言うなって」
「そうそう」
プツン
どこかで何かが切れる音がした。
と、無言でずかずかとアスランがキラの傍まで歩み寄ったかと思うと、やはり無言でラスティとミゲルを凄い力でキラから引き剥がし、そのまま無言で2人を投げ飛ばした。
呆気にとられるキラをぎゅうっと抱きしめるアスランの後方、あとの3人は固まったまま。
ミゲルとラスティは遠いお空の彼方へと旅立ったのであった。…が。
「…って、ひっでーな、アスラン」
「そうだぞ、おまえ、先輩に向かって」
「文句あるのか」
まだキラを抱きしめたまま凄い形相でアスランから睨まれた、空の藻くずと消えたはずのラスティとミゲルはとぼけたような感じで明後日の方を向いていた。
「まあまあ、そう怒んなって。ちょっとしたコミュニケーションだろうが」
「そうそ…」
相槌を打とうとしたラスティであったが、アスランのすさまじい殺気を感じて押し黙る羽目になった。
「はっはっは。噂通りってか。あのアスランがね~」
ミゲルはと言えば、アスランの眼光をものともせずにまだにやにや笑っている。
「ま、これであれはチャラってことでさ」
な、と言いつつ悪戯っぽくウィンクすると、それまで固まっていた皆が一様にはっとなった。
そんな中、キラはといえば、やっぱりわけもわからずにきょとんとしたまま、アスランに抱きしめられていたのだった。


--- 2004.6.7 ---

「あの、さ。アスラン、この人たち…」
おずおずとキラがアスランを腕の中から見上げれば、ようやくアスランが抱きしめていた腕の力を緩めた。
「あ、ああ。えっと…」
口篭もりながらもアスランが答えようとした途端、さっきのお返しとばかりにミゲルとラスティがアスランを押しのけキラの前に詰め寄った。
「俺はミゲル・アイマン。アスラン達の二期上、つまりは先輩だな。よろしく、キラ・ヤマト」
「あ、俺はラスティ・マッケンジー。アスラン達とは同期なんだ。よろしくな」
「いっやー、それにしても噂通りだな。確かに可愛い」
「てか、写真で見るよかずっと可愛いじゃん」
口を挟む暇もなく畳み掛けるように自己紹介されたキラだったが、あることに気付いてその質問をおずおずとぶつけてみた。
「あの、なんで僕の名前知ってるんですか? それに、写真って…」
「へ? なんだ、おまえ、知らないのか? ”キラ・ヤマト”って言えば有名だぞ~? あのアスラン・ザラがぞっこん(死語)な相手、って」
「え…」
途端にキラの顔が真っ赤になる。
「いっやー、おまえ、ほんっと可愛いなー」
わははと豪快に笑ってキラの背中をばんばんと叩くミゲルの姿が一瞬にして皆の視界から消える。
「ア、アスラン…」
無言でミゲルを再び投げ飛ばしたアスランがキラの姿を隠すように、ラスティの前に立ち塞がった。
「…で?」
「”で?”って、…何が?」
とぼけたようにラスティが聞き返せば、
「生きていたのはいいとして、なんでおまえ達がここにいるんだ? ていうより、なんだ写真って!?」
(やっぱりそっちか)
アスランが半ば怒鳴るように問い質した。
「ふーん? 言っちゃっていいわけ?」
ラスティがにやにや笑いながら、挑発するように口を開いた。
「…な、何がだ」
そんな様子に少しだけ怯んだアスランだったが、気を取り直したように気丈に言い返す。
するとラスティは、アスランではなく、その背中に隠れるようにいるキラの方に向かって、
「あのさ、俺、ヴェサリウスではアスランと同室だったわけよ」
「え…」
「……っ」
突然関係のないような話題を持ち出されて、キラはきょとんと聞き返すが、アスランは何かに気付いたようにハッとして、珍しく顔を赤くした。
「で、アスランが ―― 」
「ラスティ!!」
慌てたように、ラスティを羽交い絞めにして口を塞ぐアスランに、キラを始めとしてその場にいた全員がぽかんとしていた。
「もが…っ だから言ったろーが」
「うるさいっっ おまえ、あれ見たのか!?」
「ったり前だろー?」
「…っ」
そしてそのまま小声でこそこそと話をする2人を、半ば呆れた目で見ていた。
「……」
―― ただ1人、キラを除いて。
「…キラ? どうかしたんですか?」
様子のおかしいキラに、ニコルが心配そうに声をかける。
「…ううん。……なんでも、ないよ…」
「……」
その顔が少しだけ元気がなさそうに見えた気がして、それでもかける言葉が見つからずに、ニコルもキラ同様押し黙ってしまった。
「…っだーーーっ いい加減にしろ、おまえら!!」
いい加減、暑さと疲労に参っていたイザークが、痺れをきらしたように突然叫んだ。
「おい、ミゲル、ラスティ!! …生きていてくれたのは嬉しい。 ―― だが」
「だが?」
「なんでおまえらがここにいる?」
最初の問いを再び口にすると、今度はあっさりミゲルが答えた。
「ああ、俺たち、殆ど瀕死の状態だったらしいんだけどさ」
「そうそう、なんたらっていうジャンク屋だっけか、なんかそいつが偶々通りかかって助けてくれたみたいでさ」
そしてそのジャンク屋がマルキオ導師のところまで運んでいったらしい。
(…どっかで聞いた話だな)
「で、リハビリってーか、療養ってーか、それを兼ねてここでバイトってわけ」
あっけらかんと言い放つ2人に、ようやく納得した5人であった。
ちなみに、例の看板 ―― 本人曰く、至高の芸術品 ―― はミゲル作らしい。
「ハハ、ま、なんか長くなっちまったけど、とりあえず一風呂浴びてこいよ」


…と、いうわけで。
波乱万丈の慰安旅行、本当の幕開け、であった。

 

--- 2004.6.18 ---

かぽーん
「いいお湯だね、アスラン」
「………」
「アスラン?」
「………」
「アスランってば!!」
「………」
「あはは、男の嫉妬はみっともないですよ、アスラン」
「…う、うるさい…っ」

―― ここは戦死したはずのミゲルとラスティが療養を兼ねてバイトしている温泉宿。
そして、クルーゼ隊長曰く、”とっておきの秘湯”、である。
確かに浴場も広いし、鄙びた感じはするがそこがまた趣を感じさせるし、湧き出るお湯も様々な効用があるらしい。
汗も流し、ほっと一息ついたのではあるが。
「男同士なんだから、みんなで一緒に入ったって全然おかしくないでしょう」
「………っ」
あっさりと不貞腐れている原因をニコルに指摘されて(というよりも誰が見てもバレバレなのではあるが)、アスランが悔しそうに唇を噛む。
そう、我等が5人は全員男、つまりは同性なのである。
混浴だろうがなかろうが、一緒の風呂に入るのは寧ろ当然で。
いくらアスランがキラの肌を自分以外の目に触れさせたくないとしても、それは無理な話である。
「第一、艦でもキラと一緒にお風呂に入ったことくらいありますよ。ね、キラ」
「ねー」
(何だと……っ!?)
楽しそうにニコルとキラが笑う側で、驚愕の新事実にまたまたアスランは固まることになった。
「まったく、何やってんだかね」
可笑しそうに湯船の縁に頭を乗せてにやにや笑うディアッカの側で、イザークは自慢のおかっぱを丁寧に洗っていた。
「あ、そうだ! ねえ、みんなで背中流しっこしようよ」
無邪気なキラの提案に、まだ沈没したままだったアスランがはっと我に返る。
「キ、キラ!!」
「? どしたの、アスラン。凄い顔して」
本当に凄い顔をしたアスランがキラに詰め寄る様に、他の3人は呆れるのを通り越して哀れささえ感じていた。
(…苦労するな、アスランも)
それが、3人が抱いた素直な感想であった。
「…馬鹿馬鹿しい。こどもじゃあるまいし」
溜息を吐きながらイザークがそう言うと、いつもならキラを擁護するアスランも、今回ばかりはうんうん頷いていた。
「えー、折角温泉来たのにぃ…」
残念そうにキラがそう言えば、イザークもちょっとだけ良心が痛む思いがした。
「…ダメ?」
そして。
とどめのように、キラが上目遣いで訊いてくれば、
(う…っ)
その場にいた全員が、そのあまりの可愛さに息をのんだ。
「……し、仕方ないな」
「やったー」
あのイザークでさえも譲歩させてしまうキラの無垢な可愛さに、
(…本当に、苦労するな、アスラン)
またしても3人は同じ感想を抱いたのだった。

 

--- 2004.6.28 ---

「ねー、なんで僕一番後ろなの!?」
「どーしても!」
かぽーん
のどかな温泉に、不服そうなキラの声とこれまた不服そうなアスランの声が響き渡る。
「あはは、アスランも形無しですね(今に始まったことじゃないですが)」
「まったくね~…」
「おい、さっさとしろ! 寒…、ぶえっくしょん」
これまたイザークのど派手なくしゃみが轟き渡った。
キラのお願いに他の3人はあっさりと折れ、アスランもまた渋々承服するに至ったのではあるが。
大事な大事なキラの玉の肌を他の奴らに晒しているこの状況だけでも耐え難いというのに、あろうことか触れさせてやるなど言語道断。
そんなアスランの苦肉の策により、先頭から
イザーク→ディアッカ→ニコル→アスラン→キラ
という順番になったのであった。
これならば、キラが触れるのは自分だけ、キラに触れるのも自分だけ、ということになる。
…ちなみに先頭がイザークであるのも同様の理由である。ディアッカのたっての頼みであった。
まあとりあえずそれは置いておいて。
まだ微妙に不服そうであったキラも、背中の流しっこを始めてしまえばまるでこどものようにはしゃいでいる。
そんな様子に内心複雑ではあったが、それでもやはり惚れた弱味か、楽しそうなキラを見るのは嬉しくもあった。
…そして堂々とイザークの肌に触れられるディアッカもまた、喜びを隠そうとはしなかった。
そんなふたつの濃い…もとい、恋模様に挟まれたニコルはといえば。
(…見てるこっちが恥ずかしいというか…)
涼しい顔をしながらも、実は笑いを堪えるのに必死になっていた。
そんなこんなでお風呂タイムは過ぎていったのだった。

 

「あー、いいお湯だったね~」
「ああ」
ほかほかと湯気を上げながら、アスランとキラは浴衣に身を包んで部屋へと続く廊下をふたりで歩いていた。
「イザークのことだから、また勝負するのかな~?」
「…じゃないのか?」
イザークは風呂から上がるなり、意気揚々と休憩室に向かって行った。
そう、温泉の定番・卓球をするために。
勿論、ディアッカもついていっていた。
「ニコルも一緒に行ったのか?」
「ううん、ニコルは牛乳買いに行くって」
(よし!)
そこまで聞いてアスランの胸は高鳴った。
湯上りのキラの髪はまだ僅かに濡れ、その白い肌は上気して仄かにピンク色に染まっている。
浴衣と襟足の間から覗く項から立ち上る微かな熱に、眩暈がしそうなほどで。
邪魔者のいない今のこの状況を逃さずしてどうすると言うのだ!(←どうもしません)
生唾を飲み込みながら、アスランがそっとキラの腰に手を回そうとすると。
「あ! あひる忘れてきた!!」
「………へ?」
素っ頓狂なキラの叫び声に、思わずアスランも間の抜けた声を上げてしまった。
タイミングを逃した行き場のない手をぶらぶらさせながら、じっとキラを見つめて聞き返す。
「あひるって…あれか?」
「うん。だって僕、持ってないよ、今」
着替えを抱えた手をぶんぶん振ってみせながら、キラがしょぼんとした顔をして見つめ返してくる。
確かにあひるが見当たらない。
「大体、なんであんなもの持ってきたんだ?」
「だって、昔よくあれ浮かべてお風呂入ったじゃんか!」
そう、件のあひるとは、ぴこぴこ跳ぶ蛙さんと同じくお風呂の定番アイテムのあひるさんである。
そしてふたりもご多分に漏れず、幼少期、お風呂によく浮かべて遊んでいたのであった。
「いやまあ、確かにそうだけど…」
「僕、取ってくる! アスラン、先戻ってて」
「って、おい! キラ!!」
引きとめようとするアスランの声も空しく、キラは風のように脱衣所に引き返していった。
「………」
キラは言い出したら聞かない。
それは昔っからよっく知っているアスランである。
無言で部屋へと向かうアスランの背中には、哀愁が漂っていた。

 

--- 2004.11.25 ---

「………」
アスランは失意のうちにいた。
たとえザフトの中でもトップの位置にいるとはいえ、普段は恋する(…)16歳の少年である。
そう、いつだって恋は盲目。
こと、キラに関することになると途端に周りが見えなくなり、へたれっぷりを発揮していた。
だから今回も、そもそもの原因はそこにあった…のかもしれない。
とぼとぼと部屋の前に辿り着き、扉に手をかけて、
「はあ…」
大きく溜息をついていた。
(…大人しく部屋で待っていよう)
渋々そう決意したアスランであったが、その願いが空しく破られることに気づきもしなかった。

 

「あ、ニコル」
「あれ? キラじゃないですか」
ニコルの後姿を見つけて、キラは嬉しそうに駆け寄っていった。
「アスランと先に戻ってたんじゃないんですか?」
「うん、そうなんだけど。ちょっと忘れ物しちゃったから」
(…相変わらずここぞというところでへたれですね…)
そんなことをニコルが思っているとは露知らず、キラはにこにこしていた。
いつも笑顔の絶えないキラであるが、今日は特に機嫌が良さそうである。
クルーゼ隊長の提案も満更ではなかったのかもしれない。
「ニコルは牛乳飲んできたの?」
「ええ、おいしかったですよ。キラも飲みにいきますか?」
「え、あ、僕は…」
慌てるキラにニコルは思わずくすりと笑った。
牛乳が苦手なことを知っているため、少々からかってみただけなのだが。
(なんかこう可愛いと、苛めてみたくなるというか…)
口元に拳を当てて、真剣にそんなことを悩んでいると、ふいに目の前に影が落ちてきた。
「どしたの? ニコル」
「わっ」
気分悪い?と、首を傾げながら心配そうにキラが顔を覗き込もうとしていた。
「な、ななな何でもないですよ」
「そう?」
ならいいけど、とほわーんとキラが笑っている。
(……アスランも、苦労が耐えないでしょうね…)
無防備で無邪気なキラを前に、今心底、アスランの気苦労がわかった気がするニコルであった。
そうこうするうち、いつの間にやら部屋まで辿り着いた2人は、上機嫌で扉を開け放った。

「キ、キラ!?」

部屋の中から焦った声が上がる。
丁度真ん前にキラがいるため、ニコルには中の様子が全く見えない。
「…どうしたんですか?」
中から上がった声よりも、扉に手をかけたまま、微動だにしないキラが気になってニコルは体をずらして部屋の中を覗き込んだ。
「………」
そこで目にしたもの、それは。
部屋に敷かれた布団の上で、浴衣を乱し、ミゲルとラスティとくんずほぐれずの状態のアスラン・ザラの姿、であった。


--- 2004.11.26 ---

「キ、キラ」
「キラ……?」
キラは一向に黙ったまま、微動だにせずそこに立っていた。
その場に居合わせた他の面々もその様子に動けないまま。
そのままどれだけ時間が経ったのか。
「………」
表情をなくしたままのキラの手が、すう…っと動いた。
ぴしゃん
無言のまま扉を閉め、ずんずん廊下を進んでいく。
「キ、キラ!? ちょっと…」
さすがのニコルも慌てた声を上げて追いかけようとしたのであるが。
「キラ!!!」
すぱーんと勢いよく扉が開いたかと思うと、浴衣を整えたアスランが、必死な形相でキラの姿を追いかけていった。
それこそ疾風の如く、である。
呆気に取られたニコルであったが、すぐに視線を部屋の中に移す。
そこには悪びれもせず、へらっと笑っているミゲルとラスティの姿があった。
「…さて」
ニコルがお得意のエンジェル・スマイルを浮かべながら、2人の方に向き直る。
「説明していただきましょうか? 2人とも」

 

「キラ!」
アスランの声も空しく、キラは無言のまま、物凄い勢いで中庭の方に降りていった。
「キラ、待てって!」
ようやく手の届く範囲まで距離を縮めて、アスランがキラの細い手首を掴んだ。
「離してよっ」
ようやくキラが口を開く。
けれど、まだ顔を向けようとはしない。
「キラ、何か誤解してないか?」
「何だよ、誤解って!?」
声を荒げて、ようやくキラがアスランの方に向き直った。
その拍子に手にしていた荷物が地面に落ちたのにも構わず、キラはぎっとアスランを睨んで。
「…やきもち、妬いてくれた?」
けれどアスランは、まっすぐにその視線を受け止めたまま。
「……っ、や、妬いてなんかない…っ」
「じゃあ…」
そっとキラの頬に、手を伸ばして。
「なんで、そんな泣きそうな顔してるの?」
「……っ」
頬に触れた温もりと、アスランの言葉に、キラはびくっと肩を震わせた。
「アスランこそ…なんで、そんな嬉しそうなんだよ」
途切れがちに言葉を続けるけれど、ふいとその視線を逸らして。
「だって、キラがやきもち妬いてくれたから」
「妬いてなんかな…」
けれど、否定の言葉を最後まで口にすることはできなかった。
「ん、ぅ……」
アスランの唇に遮られて、その口から洩れるのは、言葉ではなく甘い吐息。
頭の芯までぼう…っと痺れそうなそのくちづけに、思わずキラは縋りつくようにアスランの浴衣を握り締めていた。
「キラ…」
ようやく離れた唇が、耳元で低く囁く。
「も…、ごまか…さないで」
「俺が好きなのはキラだよ」
「………っ」
その言葉にびくりとキラは体を震わせ、思わずアスランの顔を見ると。
その翡翠の瞳は、真っ直ぐに自分を見つめていて。
「いつだってキラしか見えてない。それはキラが一番よく知ってるだろう?」
「………」
「好きだよ、キラ」
アスランの真っ直ぐな言葉と、真っ直ぐな視線が自分の中に浸透していくみたいで。
思わず溢れそうになった涙を隠すように、キラは再び目を逸らした。
「…じゃあ、なんで…さっき……」
先程部屋で見た光景が、まだはっきりと瞼に残っていて。
また違う涙が溢れそうになる。
そんなキラに、アスランは安心させるように手を伸ばしてその頬を両手で包んだ。
そっと顔を上げさせて、互いの顔が触れそうなほどの距離で見つめあう。
「あれは、あの2人がふざけて俺をからかってただけ」
どうやっておまえのこと抱いてるんだ、って…と続けられて、途端にキラの顔が真っ赤になる。
「~~~っ、…じゃあ、あの時…は?」
「あの時?」
「ラスティが…アスランと同室だったって、言った時…」
そう言われて、アスランはまじまじとキラの顔を覗き込んだ。
顔をこちらに向けさせているけれど、そう言った途端にキラは必死に目を逸らそうとしていて。
そんな様子に、ふっと微笑が洩れる。
「…俺、ずっとおまえの写真持ち歩いてて」
「……え?」
突然思いがけない事を言われて、キラは思わずアスランの顔を不思議そうに見返した。
「あの時も、…初めて作戦行動に出るときだったけど…、いや、むしろそうだったから、おまえの写真、そっと忍ばせてたんだけど」
「………っ」
「そしたらラスティの奴、いつの間にかそれを見つけてたみたいで。……参った」
そう言ったアスランは、凄く照れくさそうな顔をしていて。
「……ばか」
キラはそっと、自分から唇を寄せた。
「キラ…」
それからしばらくキスを繰り返して、アスランはまだ少し湯上りで上気したキラの肌に顔を埋めた。
「ア、アスラン? ここ、じゃ…」
慌てたキラがアスランを引き剥がそうとするけれど、片手でしっかりとキラの腰を抱き、もう片方の手は浴衣の中に潜り込ませたまま愛撫の手を休めようとしない。
「…ぁ、……ン…」
互いの弱いところも悦いところも全部知り尽くしているふたりである。
思わず洩れた嬌声と同時に、キラの躯からはすっかり力が抜けてしまい、ひとりでは立っていられないほどで。
「だって部屋にはあいつらがいるからできないだろ?」
「だ、だけど…、ぁ…」
「…それに、また温泉に入ればいいし」
今度はふたりきりで、と続けながら、キラの脚を持ち上げる。
「も…、ばかぁ…っ」

温泉の湧き出る音が、どこか遠くで聞こえている気がした。


--- 2004.11.30 ---

「さすがにこの時間にはもう誰もいないな」
「………」
かぽーん
「貸切状態だな。…って、キラ?」
「………」
アスランが隣で湯に浸かるキラを見遣ると、その肌はほんのりピンクに染まっていて。
それはもちろん、温泉の所為だけではない。
上機嫌のアスランとは対照的に、キラは浮かない顔をしていた。
「どうした?」
そっとその髪を梳きながら、優しく問うてみる。
キラの髪は濡れていてもさらさらと指の間を滑っていって心地いい。
「…なんか僕、馬鹿みたいだ」
「え?」
「ひとりで勘違いして。…みんなにも嫌な思いさせたよね、きっと」
しゅんとなってそんなことを呟くキラを、アスランはそっと抱き寄せて。
「アスラン?」
吃驚してキラが名前を呼ぶけれど、アスランはキラを抱く腕に力を込める一方で。
「アスラン、……痛いよ」
遠慮がちにキラが言うと、ようやく抱きしめる腕が緩められる。
「…大丈夫だよ」
アスランが柔らかくそう言って覗き込むと、キラの顔にはくすぐったそうな、照れたような笑みが浮かんでいた。
「体、流そうか。キラ」
「あ、…うん」
アスランが湯から上がろうとすると、なぜかキラは躊躇いがちに視線を彷徨わせて。
「…キラ?」
怪訝そうに訊くアスランの唇に、そっと触れて。
「キ…」
それから徐に、アスランの中心に顔を埋めた。
「…ン、……ふ、ぅ……」
ぴちゃぴちゃと卑猥な水音を零しながら、それでも懸命にその行為に没頭するキラの髪を梳って。
内心驚きながらも、それでもやはりどうしようもないほど嬉しくて。
「…も、出して、いい……?」
「う、ん」
上目遣いに見上げてくるその顔が、どうしようもないほど可愛いのに、淫らで。
「……っ、…」
迸ったアスランの熱を、愛しそうにすべて飲み干した。
「キラ…」
「ん…」
「ね、今度はキラが欲しい」
「……うん」
「キラは? キラは俺が欲しい?」
「…うん、……欲しい、よ」
湯で濡れた岩肌に、滑らないよう手をついて、キラは誘うようにアスランを背中越しに見つめた。
「キラ…っ」
「…は、ぁ……っ」
繋がる場所から生まれる熱は、温泉よりも熱くて。
湯に溶け込むかのように、互いの熱に溺れていった。

 

「おっかえり~」
「うわっ」
すっかりのぼせた体をひきずりながらふたりが部屋へと続く廊下を進んでいると。
その気配を察するや否や扉が勢いよく開き、中からミゲルとラスティが飛び出してきた。
「さっきはごめんな~」
「悪かったな、気ィ悪くすんなよ?」
「え、えと」
そうしてふたりを取り囲んだかと思うと、矢継ぎ早に言葉を投げかけ、とどめとばかりに2人してキラに抱きついた。
「懲りてないだろ、おまえたち!!」
鬼のような形相でアスランが怒りを露わにしても、2人はどこ吹く風で相変わらず涼しい顔をしている。
「だってなー、キラって抱き心地いいんだもんな~」
「そうそう」
「え、ええっ!?」
「だからいい加減離れろ!!」
「煩いぞ、おまえら! 何を廊下で騒いでいる!?」
「あ、おかえりなさい、イザーク、ディアッカ」
ぎゃーぎゃーと喚く団体の向こう、呆れた様子のイザークとディアッカが立ち尽くしていた。
「よっ、おかえり」
「なーに、ただのスキンシップだよ、スキンシップ」
「いいから離れろ!!」
「……アスラーン…」
「俺のキラに触るな!!!」
「あははははー」
まだすったもんだしているアスラン達を置いて、イザークとディアッカはさっさと部屋に入っていった。
「まったくあいつらは…」
「ま、いーんじゃねーの?」
「そういえば卓球は堪能できましたか?」
ニコルがそう振れば、なぜかふたりは急に押し黙ってしまった。
(おや…?)
ディアッカはともかく、イザークなら嬉々として語りそうなのに。
「…変な輩がいた」
「…は?」
(”変な輩”って…傍から見ればこの集団も十分変な輩でしょうに)
ちらとまだ喚いているアスラン達を横目で見てから相変わらずのつっこみを胸でしつつ(そして勿論その中に自分は含めずに)、ニコルは先を促してみる。
「で? どうしたんですか?」
「……俺は疲れた。寝る」
「あ、おい、イザーク!」
「あとはおまえが説明しろ、ディアッカ」
ある意味珍しくイザークが物凄く疲れた顔をしてそう言いながらばたんと布団に倒れこむ。
「ぐー…」
するとの●太くんよろしく3秒で眠りの世界へと旅立ってしまっていた。
「……はぁ」
そんなイザークに、辺りも憚らずにディアッカが盛大な溜息を洩らす始末。
(…この調子だと、相変わらず進展なしみたいですね…)
折角気を利かせて(←恩を売るためにと云ふ)ふたりきりにさせてあげたというのに…とニコルもこっそり溜息をつく。
(ま、いろいろ面白いものも撮れましたしね)
ニコルが胸元に潜ませているカメラに手を当ててほくそ笑んだことに気づくものはいなかった。
こうして怒濤の慰安旅行の夜は更けていったのである。

 

―― 翌朝。
「…なんかこの人参大きいよー…」
「でもちゃんと食べるんだぞ、キラ」
「うう…」
「そうですよ、キラ」
「あー、朝はやっぱ味噌汁だよね~」
「まったくだ」
昨日とはうってかわってまったりと朝食を摂る5人の許に、ふらふらとラスティがやって来た。
「悪ぃ、昨日これ渡すの忘れててさ~」
へらっと笑いながら、5人の前に1枚のカードを置く。
するとそれは自動的に電源がオンになり、ヴン…と音を立ててホログラムが立ち上がった。
「諸君、温泉は堪能してくれたかな?」
「クルーゼ隊長!?」
一応ホログラムとは言え、上官には変わりない。
とりあえずびしっと正座して聞き耳を立てる5人の前に、クルーゼ隊長の声が響き渡る。
「寛いでいるであろうが、一応仕事も立て込んでいてね。明日の朝には迎えに行くからそのつもりでいるように。以上」
「………」
黙り込む5人の前で、静かにホログラムは消えた。
「……ラスティ」
「んー? なんだ?」
「これを預かったのはいつだ?」
「昨日だよ」
「……じゃあ、”明日の朝”って…」
バラバラバラバラ
5人が顔を見合わせたその時、突如頭上からヘリの音が響いてきた。
「はっはっは、さあ、帰るぞ諸君!」
「………」
「じゃあな、おまえら。まったな~」

…こうして。
にこやかに手を振るラスティとミゲルに見送られながら、5人は朝食もそこそこにヘリで連れ戻されたのであった。

 

「あ」
「どうした? キラ」
着替えもそこそこだった5人がヘリの中でもぞもぞと軍服を整えている時、キラが素っ頓狂な声を上げた。
「あひる忘れてきちゃったよぅ~」
「………」
そういえば、とはたとアスランは思い出す。
キラを追っかけてまずは中庭で事に及んだときに、キラは持っていた着替えやらなにやらを落としていた。
勿論、着替えは持って帰っていたのだが、暗かったせいもあり、あひるを見落としていたらしい。
「…帰ったら買ってやるから」
「折角ラクスがくれたのに…」
「………は?」
やれやれと思いながらもキラに甘いアスランは、がっくりと肩を落とすキラにそう言ったのではあったが。
キラが続けた言葉に、ぴたりと止まる。
「…キラ、今何て言った?」
「だから、折角ラクスがくれたのに、って」
「…ラクスから貰ったのか? キラ」
「うん、そうだよ」
恐る恐る聞き返すアスランとは対照的に、キラは事も無げに言ってのける。
「温泉に行くときにでもお持ちくださいね、って」
なんでくれたのかはわからないんだけどさ、とのほほんとキラは笑っているけれど。
アスランの背中には戦慄が走っていた。
(ラクス…、貴女というひとは……!!)
「でもまた温泉入りたいね、アスラン」
「あ、ああ」
無邪気に隣で笑うキラには決して言えない。
気づかれないよう頭を抱えるアスラン達を乗せ、輸送ヘリは青空を飛んで行ったのであった。

 

―― 一方その頃。
「これでまたコレクションが増えましたわね★」
自室で軽やかに笑うのは、お馴染み、ラクス・クラインである。
(写真はニコル様だけの特権ではありませんわよ、アスランv)
新たな写真を手に、にっこりと微笑むラクスは、これまた傍から見る分には天使のようなのだけれども。
(でもまだ改良の余地がありますわね…)
ちょっと湯気で曇ってしまっていますわ…、などと心底残念そうに呟いて。
「そうですわ、次はかえるさんでいきましょう!」
新たな決意を胸に、いそいそとアルバムに写真を収めていく。
「待っていてくださいね、キラv」

 

「…くしゅん」
「あれ? 風邪ですか? キラ」
「ん~…、多分大丈夫」
「おまえの大丈夫は当てにならないからな。戻ったら熱計ろうな?」
「あー、なんだよそれ」

ザフトは今日も平和……かもしれない。


--- 2004.12.2 ---

さて。
我らがアスランとキラが痴話喧嘩(一方的)を繰り広げている頃。
「温泉といえばこれだろう、ディアッカ!」
「………」
(そうくると思った…)
イザークに気づかれないよう、毎度の溜息をこっそりとつきながら、ディアッカは遠い目をして思いを馳せる。
温泉。
浴衣。
仄かに染まる湯上りの肌。
カップル(自称)にとって、これ以上のシチェーションはないというのに。
「流れる汗」
―― 違う用途で流したい(byディアッカ)
「踊る白球」
イザークの手に、しっかと握られたラケットとピンポン球。
「卓球で勝負だ!!」
イザークにとってみれば。
温泉といえば卓球。
卓球といえば、勝負。
おそらくはこの展開を察していたであろうニコルは、先ほどまでは一緒だったのに、今はちゃっかり姿を消していた。
やはり奴は侮れない ――
あの勘のよさも時には(いつもともいう)厄介ではある。
ディアッカも決して勘は悪くない。
なにせ”赤”を着ているくらいだ。
コーディネイターの中でもトップの位置づけにいることになる。
―― が。
恋は盲目。
これはナチュラルだろうがコーディネイターだろうが、どうやら万国共通らしい。
イザークが絡むと途端にダメなのだ。
まあ、とはいえ(報われているかは置いておいて)当人が幸せならそれはまあよいのだろう。
とにかくディアッカにとってはイザークといることが大事なのだ。
たとえ卓球勝負とはいっても、イザークとふたりきりなことには変わりない。
万に一つの可能性に賭けて、その時を虎視眈々と狙っていればいい ――
…うまくいった試しは殆どないが。
そんな悩めるディアッカを尻目に、やる気満々のイザークは意気揚々と休憩所に入っていく。
「さあ、始めるぞ、ディアッカ!」
バーン
勢いよく扉を開いた先。
緑の卓球台の上。
何故か乗っかっている、緑の物体。
…もとい。
緑の髪をした人物。
「……なんだ、これは」
「…温泉客なんじゃないの?」
自前らしいアイマスクをして、緑の髪を垂らした同世代らしい浴衣の少年が、卓球台の上で大の字になって寝ていた。
イザークの白い手がふるふると小刻みに震えている。
(あ、やば…)
「貴様ァ! 神聖な卓球台で何をしとるかぁ!!!」
「…寝てるんじゃん」
「うるさいっ そんなのは見ればわかる!!」
「ぐはっ」
イザーク渾身の一撃(ラケット付)を食らったディアッカがその場に倒れ伏した。
雉も鳴かずば撃たれまいに。
いつものごとく余計な一言を洩らしたディアッカの骸は哀れであった。
「…んぁ?」
さすがに大声で喚き散らされたのがうるさかったのか、卓球台の上の少年がむくりと体を起こした。
「あんた誰?」
眠そうな声で口を開く。
「それはこっちの台詞だ!!」
「…うざー…」
「なんだと!?」
「お、おい。イザーク!」
掴みかかろうとするイザークを慌ててディアッカが止めようとすると、その少年は気だるそうな外見とは裏腹に、ひらりとそれをかわした。
(こいつ…)
この身のこなし。
只者ではない ―― !!
よく見れば整った顔立ちをしている。
この少年もコーディネイターなのだろうか。
ここは中立のコロニーではあるから、ナチュラルの可能性だって勿論ある。
しかし、こんな辺境の地(身をもって体験済み)にそもそも客が他にもいたとは……
などと。
ふたりがいろいろ考えている間にも、その少年はふらふらとまた卓球台の上に倒れこみそうになる。
「てめー、こんなとこにいやがったのか」
「……あー…?」
すると、寸でのところでその体を支えた者がいた。
こちらはといえば、金髪をオールバックにして、自分たちよりも1,2歳年上に見える。
「ほら、おっさんがてめー探しててうるせーんだ。戻るぞ」
「……ヅラ?」
「何言ってんだ、てめー」
その青年はイザークたちには目もくれずに、その緑頭の少年をひきずっていく。
「…って、待て! おまえら!!」
「…あん?」
はたと我に返ったイザークが大声で呼び止めると、その金髪の青年は面倒くさそうに振り向いた。
凄みをきかせたその視線に怯むイザークたちでは勿論ない。
しかし、やはりその青年の風貌も、どこかしら常人離れしているようだった。
「んだ、てめーら。やるってのか?」
「望むところだ!」
「…がー…」
「って、おい! 寝るな!!」
一触即発どころかやる気満々(方や卓球、方やタイマン)の2人であったが、金髪青年に寄りかかっていた緑頭の少年の鼾によって見事に邪魔されてしまった。
こなき爺よろしく、(細身とはいえ)全体重をかけられたその青年はさすがに重そうである。
「なんでこんなとこにいるんだよ、おまえら!?」
そんな微妙な雰囲気の中、突然オレンジ頭が現れた。
おっさんがぎゃーぎゃーうるさいのに…、と甲高い声で叫ぶように言いながらずかずかこちらに近づいてくる。
「あー、忘れてたな、そういや…」
「何? こいつら」
その時になってようやくイザークたちに気づいたらしいその少年が、不遜な態度で向き直った。
その目にイザークの手に握られたラケットとピンポン球が入った。
「卓球? 今どきアナログすぎじゃん」
「丁度いーや、おまえ相手してやれよ」
「はあ? 僕が?」
嫌だね、ゲームやってる方がマシ…などと、勝手に言い合っている。
完全にイザークとディアッカは蚊帳の外であった。
「…なんだ? あいつらは…」
「…さあ…」
ちょっとどころかかなり呆れて事の成り行きを見ていたふたりであったが。
「おっさんがこれ以上うるさくならないうちに戻れよ」
ふたりを置いてさっさと戻ろうとする3人に、さすがにイザークが声を荒げる。
「貴様ら、逃げる気か!?」
「おい、イザーク」
もうこんな奴らと関わりたくない…と切実に願うディアッカを余所目に、イザークはふつふつと怒りを煮えたぎらせていた。
「ああ? もう一度言ってみろ!」
相変わらず緑頭を背負っている金髪青年が、青筋を浮かべて振り返った。
「ばーか、そんな古くさいもん、誰が相手してやるもんか」
「…ぐー……」
緑頭はこんなにうるさくてもまだ気持ちよさそうに惰眠を貪っている。
ある意味、つわものであった。
オレンジ頭の言い草にイザークの怒りゲージはMAXに達していた。
すう…と声のトーンが低くなる。
「ふん、そんな事言って貴様、実は卓球ができないんだろう…?」
「なんだって?」
あからさまな挑発に見事に引っかかったらしい。
「この僕に出来ないことなんてあるわけないだろ、ばーか」
どうやらやる気満々になったらしいオレンジ頭が、目ざとく見つけたラケットを手に、イザークの前に立ち塞がった。
2人の間にばちばちと火花が飛び散る。
「行くぞ、貴様!」
「瞬殺!!」
あっと言う間に試合が始まったらしい。
物凄い勢いでピンポン球が飛び交う。
「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ!」
「ぬぉぉ! 滅殺!!」
「こいつを倒せと轟き叫ぶぅ!!」
「撃滅!!!」
ピンポン球を目で追いかけていたディアッカも、さすがにそのスピードに、
(…気持ち悪くなってきた…)
酔ったような感じで具合が悪くなりかけていた。
「…あんた、なかなかやるじゃんか」
「ふん、貴様もな」
益々白熱していく勝負の中、妙な友情(?)が生まれかけていた頃、
「何をやってるんですか、君たちは」
「あ」
ミシ…
突然現れたぼっちゃんカットの金髪のおじ…もとい、青年(よりちょっと上)の顔面に、見事にピンポン球がめり込んだ。
「やべ、おい、逃げるぞ」
そう言うや否や、緑頭を担いだまま、金髪青年が一目散に駆け出した。
「この勝負、お預けだからな」
「お、おい!?」
突然の展開にその場に取り残されたイザークとディアッカはしばし呆然とする。
床に転がっているのは、先ほどオレンジ頭が放った一撃を食らって伸びている見知らぬ青年(より以下略)。
「…とりあえず、俺たちも行くか? イザーク」
「…そうだな」
さすがに気を削がれたふたりは、まったりと部屋に戻っていった。

 

―― 一方。
「やべーって、どーする気だよ、クロト!!」
「そんなの知らないよ! 大体、オルガが最初絡んでたんだろ!?」
「俺じゃねえ! 元はといえばシャニが…」
「ぐー…」
「って、いい加減起きやがれ!!」
脱兎のごとく休憩場を後にした3人は、いわずと知れた地球連合軍の金髪青年のオルガ・サブナック、緑頭のシャニ・アンドラス、オレンジ頭のクロト・ブエルであった。
そしていまだ床に転がっているのは、ブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエルその人である。
果たして彼らはこの後どうなったのか。

辺境の地での、奇妙な邂逅であった。


--- 2004.11.12 ---

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神崎 廉
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絵描き兼字書き。
真性アスキラー。
思いもよらずダブルOが歴代G
の中で一番好きな状況に。
成層圏の向こう側まで狙い
撃つ兄貴を愛してやまず。
BAS●RAの影響で戦国史に
どっぷり。VIVA眼帯。
えろすきーだけどホモスキー
に非ず。
オフラインでは【絶対零度】
というサークル名で活動中。
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