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「う…ぁ……っ、アスラ…ン ―― っ」
声が、聞きたくて。
「ぁ……あ…っ、もう…」
この雨に、掻き消されてしまわぬくらい。
「まだだ、キラ。まだ…」
「ア…、や……っ」
声を、聞かせて。
+
「な…んで……」
震える手で、その写真をもう一度見る。
そこに映るのは。
まだあどけない顔をしたキラと。
「あ…」
大人びて見えるが、それでもまだ幼さを残した…
「なんで…俺が………!?」
どくん
どくん
心臓が波打つ音が、やけにはっきりと耳につく。
ざわざわと。
体中が、ざわめいて。
思わず自分の体をかき抱いていた。
窓の外から聞こえてくる雨音は、先程よりも激しさを増していたけれど。
俺の動悸を掻き消してはくれない。
自分自身を落ち着かせるように、深く息を吸い込んで。
大きく息を吐く。
すべて、吐き出してしまえるように。
取り落としてしまった写真をもう一度手に取る。
無邪気に笑うふたり。
楽しそうに。
…幸せそうに。
ズキン
他の写真もそうだった。
すべて、ふたりで映ったもの。
その、どれもが。
幸福に、満ちていて。
「………っ」
思わず唇を噛み締める。
言いようのない虚無感。
それなのに。
憎らしいくらい、鼓動だけははっきりと聞こえて。
写真を置き、一緒にあった包みを取る。
開いてみると、緑色の小さなロボット鳥があった。
電源を切ってあるのか、動かない。
『…び傾げて………って、……よ』
一瞬。
頭のどこかで、声がした気がした。
(何…だ……?)
緩く頭を振って。
もう一度手の中の鳥を見る。
「っ……」
衝動的に床に叩きつけそうになって。
……でも、できなくて。
そっと包みなおして、写真と一緒に箱に収める。
あった場所に、元通りに箱を戻して。
俺はそのまま立ち尽くしていた。
(…知らない)
写真に写る、幸せそうに笑うキラの姿が。
脳裏に焼きついて離れない。
(俺は、知らない)
ぎり…
もう一度、唇を噛む。
「あんな表情(かお)…」
俺は、知らない。
+
「アスランが…暖めて……」
声が聞きたい。
触れたい。
その、すべてが。
欲しいのに。
こんなにも、渇望しているのに。
「ン……っ」
キラの躯が、ガクガクと震える。
苦しげに、塞いだ唇から漏れる息が俺を一層煽り立てる。
あまりの激しさに一瞬唇が離れても、またすぐに塞いで。
声を聞きたい。
でも、その名前は今は。
…聞きたく、ない。
華奢な躯を壊してしまいそうなほど、激しく突き立てて。
…いっそ。
壊して、しまえば ――
+
俺の腕の中で気を失ったキラを、そっと抱き上げてシャワールームから出る。
濡れた体を拭いてやって、俺自身も着替えて。
寝室に運んだ。
キラの呼吸は落ち着いていた。
そっと触れた頬には赤みがさしていて。
……温かかった。
―― それなのに。
胸の奥に開いた穴から、風が吹きすさんでくるように。
俺の中に渦巻く冷気で、凍えそうになる。
(いつになったら)
いつになったら、キラは”俺”を見てくれるのだろう。
どんなに、抱いても。
キラの瞳は、俺ではない俺を、見ていて。
…どうすれば。
「”俺”を求めてくれるんだ? キラ…」
--- 2003.8.2 ---
この痛みは、どうすれば癒える?
+
閉めきったカーテンの隙間から僅かに覗く空は、昏く。
聞こえてくる雨音は、止むことなく続いていた。
その雨音に紛れて響く甘い呻きもまた、休むことなく部屋に満ちていた。
「…っ……ぅ」
咬まされたタオルの所為で、喘ぎは声にならず、ただ、くぐもった呻きとなってキラの口から漏れる。
その間も、キラの躯を押さえつけるように、容赦なく”彼”が出入りを繰り返す。
「………っ ―― !!」
びくんと一際大きくキラの躯が跳ね、そのままベッドに沈み込んだ。
肩で息をするように、その躯は小刻みに震え、瞳には涙が滲んでいた。
そんなキラを”彼”は荒い息を吐きながらじっと見下ろし、無言でキラの躯から自身を引き抜いた。
その拍子にキラの内から零れ出た白濁したものの中には、赤いものも混じっていて。
それと、まだ体を震わすキラの姿を交互に見遣って、”彼”が大きくひとつ息を吐いた。
そっと、キラの涙を啄ばむように目尻に口付けながら、キラの口を覆っていたタオルを外す。
その途端、キラは苦しげに息を吐いた。
空気を求めるように喘ぐ唇を、今度は己の唇で塞いで。
キラが苦しげに眉根を寄せるのにも構わずに、口内を蹂躙していった。
そうしてようやく離した唇から、透明な糸が引かれる。
されるがまま、潤んだ瞳でこちらを見つめるキラを、愛しそうに、けれど、辛そうに見つめ返して。
「……ごめん」
それだけ言って、キラをその場に残したまま、”彼”は寝室を後にした。
+
「くそっ」
廊下に出た途端、背中を壁に預けて。
そのままずるずると力なく座りこんで、頭を抱え込んで俯いた。
―― 満たされない。
どんなにキラを抱いても、心が満たされない。
声を聴きたい。
その声で、名前を呼んで欲しいのに。
でも、キラが呼ぶのは。
(俺じゃない)
キラが見ているのは、自分じゃない”自分”。
キラが、求めているのは。
(”俺”じゃ、ない ――)
ギリッ…
爪が喰い込むほどに、拳を握り締める。
(どうしたら、いい……?)
キラしか要らない。
キラだけ居ればいい。
キラだけが欲しい。
他には何も望まない。
だから。
(キラの全部が、欲しいのに…)
何でもするから。
何だって、できるから。
だから、あの笑顔を見せて。
「キラ……っ」
”俺”だけを、見て ―― …
+
”彼”が出て行った部屋の天井を、ぼんやりと眺めていた。
雨は、変わらず激しく窓を叩いている。
『…ごめん』
苦しげに、呟いた”彼”。
(違うよ…)
むしろ、謝るのは自分のはずなのだから。
ふっと、自嘲的な笑みが口元に浮かぶ。
最近の”彼”は、まるで犯すように自分を抱く。
激しく、…狂おしげに。
追いつめたのは自分。
自分のエゴで、”彼”を傷つけた。
きっと、今も。ずっと ――
「……っ痛…」
寝返りを打とうとして、走った痛みに顔を顰めた。
何度も”彼”を受け容れたそこが痛い。
……いっそこのまま、殺してくれたらいいのに。
恨んでくれていい。
自分の為だけに、”彼”は生まれた。
そして教え込んだ。
―― ”アスラン”のこと以外。
そう、すべて。
自分の、エゴの為に……
(同じじゃないか)
血は争えないと言うことか。
”最高のコーディネイター”を作り出そうとした、顔すらも知らぬ父。
己の欲するがまま、大切なことを見失い、飽くなき欲望という名の狂気に侵された父と。
これではまるで、同じではないか ――
(アスラン……)
光に消える、アスランの笑顔と。
苦しげに歪む、”彼”の顔が。
重なり合う ―― …
(……僕は)
零れ落ちた涙がシーツを濡らす。
「僕は…最低だ」
--- 2003.9.8 ---
ゆらゆら、と。
闇の中を漂い続けるこの心に。
一条の光さえ、見えなくて。
いっそ、誰か。
一思いにこの息の根を止めて、と。
ずっと、ずっと叫んでいた。
+
「っ…、アス…ラン……、ま、待って…っ」
「……っ」
制止の言葉も耳に入らぬかのように、乱暴に躯を暴く。
まだ慣らされていないそこは、それでも”彼”を受け容れて。
「……ぁ……っ」
痛みにキラの口から思わず声にならない悲鳴が洩れる。
それでもすぐに、”彼”を放したくないとでもいうように、内は灼けるように熱くなる。
「あ……ン…ッ」
キラの顔からは、次第に苦悶の表情は薄れ、代わりに口からは甘い喘ぎが洩れてくる。
けれど、それを目にしても、一向に満足した気配も見せずに、”彼”の動きはより一層激しさを増していった。
―― あの雨の日から、”彼”は我武者羅にキラを抱くようになった。
”彼”の中で、何が変化したのか。
キラは敢えて、それを考えようとはしなかった。
どんなに激しく攻められようとも、この躯はそのままの”彼”を受け容れる。
それで構わなかった。
……いや。
むしろ、いっそこのまま壊してくれたら、と。
心のどこかで、漠然と思っていた。
「あ、あ……っ」
あまりの激しさに、壁についていた手までも震える。
力の入らない腕で、それでもどうにか体を支え。
「―― …ッ」
より深く奥を抉られたキラの躯がびくんと震えた瞬間、”彼”もまたキラの内にすべての熱を放って。
荒い息をキラの耳元で吐きながら、自身を無造作にキラの内から引き出した。
急にバランスを失ったキラは、力の入らない体を支えきれずに、崩折れるようにそのままそこに蹲った。
肩で息をするキラを、無機質に見下ろして。
一瞬、顔を歪めたかと思うと、膝をついてキラの体を起こしてやる。
まだ荒い呼吸を繰り返す唇を、そっと塞いで。
落ち着かせるように、背中を撫でてやる。
滑らせた手のひらに、熱を帯びた肌を感じて。
すべてが甘く、愛しいのに。
「キラ…」
そっと名前を呼ぶと、閉じられた瞼が開く。
その拍子に、溜まった涙が弧を描いて頬を滑り落ちていく。
その雫も、綺麗で。
壊れてしまいそうなほど、綺麗すぎて。
「ア…スラン……」
その、声も。
本当は、愛しくて堪らないのに。
「え…? ぁ…、やぁ……っ」
冷たいフローリングの上に組み敷いて、達ったばかりの躯に割り入っていく。
「ひぁ…っ」
床の冷たさと、捩じ入れられた”彼”の熱に、キラの全身が総毛立つ。
あまり味わったことのない感覚に、知らず”彼”を締め付けて。
「悦いの…? キラ」
耳元で囁かれて、そこからまた熱が生まれてくる。
恥ずかしげに頷くキラに、どうしようもないほどの愛しさがこみ上げてくる。
けれど、同時に。
言いようのない空しさも、また。
心の奥に渦巻いていた。
キラの片足を持ち上げて、グッと奥まで突き挿れる。
「は…ぁ……ッ」
一番奥まで、繋がるように。
何度も何度も繋がった。
その甘い喘ぎも、熱も。
すべて奪うかのように、貪って。
それでも、手に入らない。
一番欲しいもの。
「キラ…」
抱くことしか、知らない。
--- 2004.1.1 ---
―― 脱け出せない。
真っ暗な、闇の中。
ずっとずっと、彷徨っている。
君が、いなくなってから。
僕の世界から、光は消えた。
+
「キラ…、キラ……っ」
僕を抱きながら、”彼”が僕の名前を呼び続ける。
”彼”は知っているのだろうか。
その声で名前を呼ばれただけで、今にもイキそうになるこの躯を。
「……っ、ア、アスラ…ン……っ」
堪えきれず、名前を呼ぶと。
瞬間、”彼”の動きがぴたりと止まる。
それから苛立たしげに僕の唇を塞ぎ、前以上の激しさで僕を攻め立てる。
……知ってるんだ。
”彼”がその名前を呼ばれることに、何かを感じていること。
僕は知ってる。
だけど。
その姿を、他の名前で呼ぶことなんかできない。
…だから。
「……ぁ………っ」
僕は、卑怯なんだ。
+
月の光が窓から射し込む。
その明かりを、ぼんやりと眺めていた。
”彼”はまだ僕に覆いかぶさったまま、動かない。
その背中にそっと触れると、”彼”の体がびくんと震えた。
そうして、僕の躯からそっと離れて。
ようやく上げた顔は。
「キラ……」
怯えた瞳で。
「キラ…っ」
今にも、泣き出しそうな表情(かお)で。
「アスラン…?」
思わずその名前で呼んだ僕に、”彼”が唇を噛み締めて緩く頭(かぶり)を振る。
そっと”彼”の頬に伸ばした僕の手を、強く掴んで。
そのまま僕の掌に口づける。
愛しげに。
……切なげに。
「…どうしたら、いい……?」
”彼”が苦しげに、ぽつりと呟いた。
「何でも、するから」
苦しげに、僕を見下ろして。
「キラの為なら、何だってできるから……っ」
必死に、絞り出す言葉を。
僕は、どこか遠くで聞いていた。
(僕の、為なら?)
―― 何でも、できる?
…何でも。
自然と口元に笑みが浮かぶ。
「何でもできる?」
コクリと頷く”彼”の両手を、そっと掴んで。
そのまま僕の首へと持っていった。
「…じゃあ」
”彼”の瞳を、真っ直ぐに見つめて。
「僕を殺して」
「……!?」
”彼”が息を飲むのがわかる。
「簡単だよ、そのまま力をちょっと入れれば済む」
そう言って、そのまますっと瞳を閉じて。
”その時”を待った。
”彼”の手は震えていた。
波打つ鼓動が、耳につく。
”彼”の手の温もりと、僕の脈が溶け合って。
ひどく、厳かな気分だった。
…だって。
「これで…アスランの処にいける」
「!!!」
”彼”の手が首を離れ、今度は僕の肩を掴んで乱暴にベッドに沈めた。
そしてそのまま僕の唇を乱暴に奪う。
息継ぎができぬほど、激しく。
「ぅ……」
離れたと思っても、また直ぐに塞いで。
何度も何度も口づける。
深く。
…悲しげに。
そうして、ようやく放した”彼”の瞳は。
哀しく、揺れていた。
ずきん
この、痛みは。
きっと、僕のものだけじゃない。
「…きない」
僕をじっと、見下ろしたまま。
「そんなこと…できない ―― !!」
苦しげに叫ぶ”彼”。
なぜだかわからないけれど。
そんな姿に、無性に苛立ちが募って。
「…嘘つき……っ」
気付いたら、そう叫んでいた。
「キラ…?」
驚いて翡翠の瞳を見開く”彼”に。
「何でもできるって言ったくせに…!」
その苛立ちを、そのままぶつけていた。
でもきっと、その苛立ちは。
僕自身へのもの。
「だって僕は…自分じゃ死ねないんだ」
僕自身への怒り。
「アスランがいなきゃ…っ、生きられないのに ―― 」
アスランへの、怒り。
「なのに、アスランは…僕に『生きろ』って……!!」
君の、最期の言葉。
それが、僕のすべてを ―― …
「アスランが…いなきゃ……」
アスランへの想い。
……そして。
「キラ…っ」
”彼”への、想い。
”彼”の腕が伸びて、僕の体を抱きしめる。
その力は強くて。
だけど、優しくて。
いつの間にか流していた涙を、”彼”が優しく唇で拭う。
……暖かい。
「キラ…」
その腕の中は、暖かくて。
涙が止まらない。
「…身代わりでも、いい」
”彼”が、ぽつりと呟いた。
「身代わりでも、いいから」
驚いて見上げた先にあった”彼”の顔は。
哀しげで。
だけど。
優しく、微笑んで。
「だから、傍にいさせて」
まるで、壊れ物を扱うように。
「俺も、キラがいなきゃ生きられない」
そっと、抱きしめて。
「キラの傍に、いさせて……」
僕の中に巣食った、闇は。
何もかもを覆うほど、昏くて。
一条の光すら、見えぬほど。
…だけど。
「キラ…」
その、声も。
その、瞳も。
すべて、アスランのもので。
でも、”彼”は。
アスランだけど、アスランじゃなくて。
だけど ―― …
「キラと、一緒にいたい」
「…僕も」
「一緒に、いたいよ……」
月の光は、哀しい色で。
だけど、その光が優しいことも知っていた。
そして、その夜。
初めて、ひとつになれた気がした。
--- 2003.9.13 ---
穏やかな日々。
たとえそれが、偽りであったとしても。
僕たちは、”幸せ”だった。
+
キスをして。
触れて。
飽きることなく、その行為に没頭して。
誰よりも、一番近くにいる。
互いの一番深い場所を、知ってる。
その存在を。
いつも、一番近くに感じて。
そこにいる。
一番大切な、存在。
それだけでいい。
他には何も要らない。
互いが在れば、それでいい。
それだけで、よかった。
+
「ねえ、アスラン。月に帰ろうか」
月の光を背に受けて、俺に跨るキラが唐突にそう言った。
「…キラは、帰りたいの?」
今にも弾けそうに勃ち上がるキラにそっと指を絡めながら、静かに訊いてみる。
「ん…ぁ、アスランにも…あの場所、見せたいから……」
―― あの日。
キラの為なら何でもできると思った。
でも、できなかった。
失えなかった。
失いたくなかった。
だから。
たとえ、身代わりでも。
身代わりとしてでも、俺を欲してくれるのなら。
それでいいと思った。
その想いを、素直に口にした、あの時。
キラが受け入れてくれた、あの瞬間。
不思議と、俺の中の嵐は止んだ。
そうして、少しずつ。
キラが教えてくれた。
……俺じゃない、”俺”。
「あ…ン、…アスラン……っ」
動くたびに、キラの先端から透明な雫が溢れては零れ落ちる。
もう、その名前を呼ばれることに抵抗はなくなって。
”アスラン”がいたから、今の俺がいて。
”アスラン”だから、キラが俺を欲してくれて。
…ならば。
そう、今では感謝さえしている。
キラの傍に、いられるのだから。
「キラ…っ」
「ん……っ ―― 」
そのままの体勢で、キラを引き寄せる。
その唇を、貪って。
「ぅ…ん ―― っ」
一番深い場所を、抉った。
その瞬間、キラのすべてで俺を締めつけて。
「ぁ……」
達したキラが、力なく俺の胸に凭れこんだ。
荒い息を吐くキラの頬に滑り落ちる涙を、そっと拭って。
ゆっくりと、髪を梳いてやる。
キラは安心しきった様子で、俺の胸に凭れていた。
「月、か…」
そっと、月を見上げる。
蒼白い光を放つ、その星。
キラと、”アスラン”が育った場所。
…キラが、幸せそうに笑っていた、場所。
「いいよ」
キラの唇に触れながら。
「月に、帰ろう」
そう言って、キラの瞳を覗き込んだ。
「うん…」
…月の光に、溶けてしまいそうな。
静かな、微笑み。
その笑顔が、見れるなら。
何処にだって、行けるよ ――
+
《月行きのシャトルにご搭乗のお客様は、8番ゲートにお越しください。繰り返します…》
人込みでごった返すポートに、小さな手荷物だけで入っていく。
「…どうしたの?」
「いや…」
不思議そうに俺の姿を見ていたキラが、やっと納得したような感じで話しかけてきた。
「そっか、僕以外の人、見たことないもんね」
「…ああ」
研究所から出て、あの家で過ごしていた日々に。
キラと俺以外の存在はなかったから。
「吃驚しても仕方ないよね、しかもこんないっぱいいるし」
初めて見る情景に、俺は無意識にきょろきょろと辺りを見回していたらしい。
そんな俺の姿に、キラが可笑しそうに笑っている。
「じゃあ僕、搭乗手続きしてくるから。ここで待ってて?」
「ああ…」
まだなんとなく落ち着かない感じの俺がそう返すと。
もう一度、微笑んで。
窓口に向かって、足を踏み出した…
どおぉぉん
…耳鳴りがする。
激しい地響きと。
蔓延する煙と。
逃げ惑う人々の、悲鳴が。
「…キラ?」
……何が、起こった?
何が。
どくん
―― 煩い。
どくん どくん
―― 煩い、煩い、…煩い ―― っ!!!
何処?
何処に、いる…?
「キラーーーっ」
--- 2003.9.14 ---
今ならわかるよ。
どうして君が、あんな事を言ったのか。
そうだよ、アスラン。
僕は、君がいなきゃ生きられない。
君なしじゃ、生きられないんだ。
+
サァ…
眼前に広がる、桜並木。
ほんの数ヶ月前まで、宇宙(そら)全体が戦争一色に染まっていたというのに、この場所だけはまるで、時間が止まってしまっているかのように。
サラサラ、と。
静かに、風が花弁を巻き上げる。
―― あの日。
やっとの思いでいなくなったキラの居所を見つけ出した。
アスランを失ってから、まるで魂の抜け殻のようだったキラは、穏やかな顔で自分を見つめた。
穏やかすぎる、顔で。
でも違っていた。
キラの内に巣食う闇は、確実にキラを侵していた。
アスランへの想いの分だけ。
想いの丈が、どれだけ深かったのか。
わかっていたつもりだった。
けれど、自分たちが思うよりも、ずっと。
あのふたりの想いは、強くて。
あまりにも、強すぎて。
何も ―― できなかった。
自分の無力さを呪う以外は。
あのふたりの想いが、羨ましくもあり。
少しだけ……恐かった。
(キラ……)
己のすべてを引き換えにしてでも、たったひとりの相手を想う。
そんな姿に、痛みすら感じて。
恨まれてもいいと思った。
自分のエゴ以外の何ものでもないのだろうけれど。
それでも、生きて欲しかった。
…その想いを、失ってでも。
笑って欲しかった。
たとえそれが、偽りでも。
だから、無理にでも連れ戻そうと、再びあの家を訪れようとしたとき。
ニュースで流れた、爆発の映像。
ブルーコスモスの残党による、ポートでの自爆行為。
嫌な予感がした。
けれど、犠牲者のリストにキラの名前はなく。
それらしき人物も見当たらなかった。
そうして、あの家に向かってみたけれど、そこにキラの姿はなくて。
そこで、キラの消息は途絶えてしまった。
キラが行きそうな場所。
もう、ここしか思いつかなかった。
―― 月。
キラと…アスランが、共に過ごした場所。
共に、生きた場所。
キラがいるとしたら、ここしかない。
そんな一縷の望みにかけて、訪れたこの場所。
出迎えたのは、満開の桜。
淡い光に包まれた、並木。
風が吹くたびに、薄紅の花弁が舞う。
(桜の下には、魔物がいる)
昔、マーナが話してくれた、古い物語。
(桜の木の下には死体が埋まってる、だって?)
だから、桜はこんなに綺麗なのだと。
サワサワ…
こんなに綺麗なのに、まつわる話は決してよいものではなく。
それとも、綺麗だからこそ、なのか。
そんなことを思いながら、桜の波に身を委ねてみる。
サワサワ……
微かに、花を揺らす風。
そして。
ふっと、視界を掠める影が ―― …
「キラ…?」
思わずそちらに駆け出して。
呼びかけた声に振り向いたその姿を目にして、カガリは呆然と立ち尽くした。
「…アスラン……!?」
+
信じられない。
信じられるはずがない。
こんな場所に、…いや、もう、どこにもいるはずがない。
けれど、確かに。
今、目の前にいる、その姿は ――
「君、は……」
その声も、確かに。
紛れもなく。
「アスラン…? そんな…馬鹿なこと……」
ようやく口にした言葉を聞いて、目の前のアスランは何かを納得したように微笑んだ。
「ああ、そうか。君…カガリ、だろう?」
目の前の光景が信じられず、言葉が出ない。
「確かに、どことなくキラに似てる」
「……っ」
キラの名前に反応して、思わずアスランの顔を見返したけれど、喉がカラカラに渇いて声にならない。
「おまえ…」
やっと口にできたのは、それだけ。
何を言いたいのか、何を訊きたいのか。
思考がまるで、ばらばらのパズルのように、欠片が散らばって形を成さない。
「俺はアスランだよ。ただし…、君の知っている”アスラン”じゃないけれど」
その欠片を当て嵌めていくように、目の前のアスランが言葉を続ける。
「この桜、見てると凄く懐かしくなるんだ」
柔らかな光の中で、薄紅の花弁が舞い踊る。
”アスラン”とキラが、別れた場所。
初めて、見たのに。
ひどく、懐かしくて。
ひどく、…切なかった。
胸が、千切れそうなくらいに。
「ここに一緒に来るって、約束したから」
それまで呆けたようにアスランを見つめていたカガリが、その言葉にハッとなる。
「キラは!? キラはどこだ!? 生きてるんだろう!?」
その問いには答えずに、アスランはじっと桜を見上げている。
眩しそうに。
…愛しそうに。
「キラは俺に…『生きろ』と言った」
「……?」
「だから俺は生きる。けど…俺はキラなしじゃ生きられない」
キラのいない世界。
そんなこと、考えられない。
考えたくもなかった。
キラがいなければ生きられない。
生きる意味もない。
それは、キラも知っていた。
けれど、キラは言ったのだ。
『生きろ』、と。
「俺は永久に…キラだけのものだから」
心も、体も。魂さえも。
ずっと永遠に。
キラに、囚われたまま ――
ザワザワ、と。
風が梢を揺らす。
その音も、アスランの声も。
どこか遠くで聞こえていた。
ただ、自分の中で波打つ鼓動だけが。
妙に現実感を持っていて。
(桜の、下には……)
浮かびかけた言葉を掻き消すように、一度大きく頭(かぶり)を振って。
「キラは…どこだ……!?」
もう一度、問いかける。
アスランが、じっとこちらを見つめた。
サァ…
風が髪を揺らす。
「……呼んでる」
「え…?」
「キラが呼んでるから、もう行かなきゃ…」
ザア…ッ
「!」
一際強い風が吹いて、視界を花弁が覆う。
思わず目を閉じて、再び開けた先には。
ひらひら、と。
ただ、花弁だけが。
(桜の下には…)
「…っ、誰が信じるかよ、そんなこと ―― っ」
誰にともなく叫んでいた。
「生きてるんだろう、キラ。生きてるよな…?」
祈りにも似た、願い。
「連れていくな、アスラン。頼むから…っ、キラまで…連れて行かないでくれ……!!」
ふわ…
伝う涙とは別に、何か暖かいものが頬に触れた気がして。
思わず瞳を上げた先に。
「キラ…?」
走り抜けていく、学生服の少年。
まだ幼さを残したキラが、笑いながら。
幸せそうに。
隣にいる、まだ幼い面影のアスランと共に。
「キラ……っ」
ザアッ……
桜が、散る。
吹かれては舞う、その花弁が。
すべてを、掻き消して。
その、姿も。
「キラ…」
ひらひら、と。
ただ、花弁だけが。
視界を真っ白に染め上げた。
―― そう、今ならわかるんだ。
永遠に、囚えていたかったから。
ずっと、一緒にいられるんだと思ってた。
ロッカールームに響く、淫猥な水音。
「…だいぶ、上手くなったな、キラ」
中心に顔を埋める僕の髪を梳いていたアスランが、そっと僕の頬に触れて上向かせる。
「だって…アスランが教えるから……」
そのまま顔を寄せて、僕に口づける。
よく知った、感触。
ずっと、ずっと知っていた。
月に、居た頃から。
あの頃は、戯れにだったけれど。
いつの間にか、僕たちの間のそれは、意味を変えて。
敵として、再会した後も。
そして。
また、共に在れるようになった今も。
「キラ…」
アスランが僕の名を呼ぶ。
心地いい。
それだけで、安心できた。
「アスラン…」
僕が、アスランの名を呼ぶ。
そうすると、アスランは僕に微笑んで。
僕しか知らない、笑顔で。
「ぅ…ん……っ、ア、アスラ…ン」
熱い。
僕と、アスランの熱が。
僕の一番奥を掻き回して。
「…ぁ…っ ―― 」
吐き出した熱とともに、アスランの腕に力なく倒れ込んで。
アスランは、そんな僕の体を、ぎゅっと抱きしめる。
そして、僕の瞳に滲んだ涙を唇で掬いながら。
そっと、髪を撫でてくれた。
宇宙(そら)に上がってから。
戦闘は、日に日に激しさを増して。
だけど、恐くはなかった。
アスランが、いるから。
ひとりじゃ、ないから。
今まで、離れていた分だけ。
ちょっとでも、その間の時間を埋めるように。
合間をぬっては、躯を重ねた。
罪の意識は、投げ捨てて。
(…ごめん、トール)
そして、僕が奪ったたくさんの命。
わかってはいた。
けれど、どうしようもなかった。
どうしたって、僕にはアスランしかいなくて。
どうしようもないほど。
アスランが好きで。
アスランが、大切だったから。
わかってた。
僕も、アスランも。
僕たちは、お互いがいなきゃ生きられない。
だから。
今度こそは。
ずっと、ずっと一緒にいられるのだと。
なのに ―― …
「キラ!」
「アスラン!?」
ジャスティスが、戦場を駆け抜ける。
真っ暗な、宇宙(そら)に。
「…おまえは、生きろ。キラ……っ」
眩い閃光が、走って。
「…アスラン……!?」
静まり返った、戦場に。
ただ、ジャスティスの破片が。
あの日の桜のように、散って。
そして、僕は。
アスラン…君を、失った。
+
どうやってエターナルまで戻ったのか、覚えていない。
痛ましげに僕に投げられる視線。
何が、起こったのか。
認識するのを、拒否していた。
けれど。
フリーダムの隣に在るはずの機体。
僕の、隣にいるはずの、君が…
「アス…ラン……?」
名前を、呼んでも。
その、微笑みは。
「あ…あああああああああああああ ――― っ」
『キラ』
君の、声が。
遠すぎて。
+
虚ろに開けた目に入ったのは天井。
そこがベッドの上だと気付くのに、どれだけの時間を要したのか。
ぼんやりと見渡すと、カガリとラクスが、僕を心配そうに見つめて。
何かを一生懸命言っているみたいだけど、僕の耳には何も入ってこなくて。
しばらくそうしていたけれど、唇を噛んで俯くカガリを促してラクスが席を立った。
僕はじっと天井を見つめていた。
何も考えたくない。
何も……
それなのに、僕の網膜には。
明瞭すぎるほど、あの光景が焼きついて。
「………っ」
息ができなくなる。
衝動的に、枕元に置いてあったグラスを床に叩きつけた。
その破片を握り締めて。
掌に血が滲む。
赤い、赤い血が……
『おまえは生きろ、キラ』
頭の中で、アスランの声がこだまする。
君の、最期の言葉が。
(最期……?)
『生きろ、キラ…』
…生きられるはずがない。
アスランが、いないのに。
(アスランが…いない……?)
「…っ、う…あ、ああああああああっ」
慌しく駆けつける足音。
何かを叫んでいるようだけれど、言葉となっては耳に届きもしない。
そうして、無理に体を押さえつけられて、瞬間、腕に痛みが走って。
僕の意識は、そこで途切れた。
+
そこが病院だということに気付いたのは、いつだっただろう。
もう何も考えたくなかった。
生きて、いたくなかった。
何の為に、生きているのか。
生きる意味など、もうとうに、失くしてしまったのに。
だけど…
『生きろ、キラ』
自らの手で、命を絶つことはできなかった。
アスランの言葉が、それを許さなかった。
(な、んで…っ アスラン ―― !!)
どうして。
僕だけ置いていった?
今度こそは、ずっと一緒にいられるんだと。
そう、信じていた。
アスランがいないと、生きられない。
生きる意味もない。
それは君も、知っていたのに……
(誰か…僕を殺してよ……!!)
望むことは。
もう、それだけだった。
+
何も目に入らない。
何も、耳に届かない。
そんな時間がどれだけ続いたのかさえ、覚えているはずもなく。
《トリィ》
とても懐かしい響き。
肩に感じた重みに、目を遣った。
「ト…リィ……?」
頬に擦り寄ってくる、その体に。
体温があるわけがないのに。
それでも、とても。
暖かくて ―― …
音も立てずに、僕の頬を涙が伝っていった。
声も上げずに嗚咽する僕に、トリィはずっと体を寄せて。
しばらくして、その翼に違和感を覚えた。
羽の一枚に、絡まった……
どくん
その、藍色の髪を見た瞬間。
その衝動は、僕の中で膨れ上がり。
真夜中。
そっと病院を抜け出して、その場所へと向かう。
……君が、悪いんだ。
僕は、君なしじゃ生きられないのに。
君だって、知ってたのに。
だから、全部君が悪いんだ。
君が、僕を置いていくから。
だから僕は、禁忌を犯す。
だって、僕は。
君なしじゃ、生きられないんだ ――
--- 2003.9.22 ---
『君は、生きて ―― 』
―― 生きていくよ、ずっと。
ずっと……共に。
+
窓から差し込む人口の月の明かりが、シーツに2人分の翳を落とす。
「ン……は………」
静寂に満ちた外とは対照的に、部屋に満つるのは、甘さを含んだ息遣いと湿った水音。
「うまくなったね、キラ。と、いうより…」
自分の中心に顔を埋め、その行為に没頭しているキラの髪に指を絡めて。
「記憶は失くしても躯は覚えてる、ってことかな」
そのままぐっと、手に力を込める。
「ん…っ」
必然的に、喉元まで咥え込む形になって。
口腔の柔らかさと温かさに、一気に頂点まで達して。
「…かはっ」
一瞬苦しげに眉根を寄せて、それでもキラはそれを一気に飲み干した。
「キラ、零してる」
喘ぐ口元に残ったものを細い指で絡め取って、そのままキラの口に運ぶ。
僅かに開かれた口から覗く、紅い舌に擦り付けるように。
「は……っ」
それを全て丁寧に舐め取ったキラに、優しい笑みを向けて。
「よくできたね、キラ」
軽く触れるだけのキスを繰り返しながら、キラの唾液で濡れた指を、キラの入口に潜り込ませる。
「…っ、ぁ ――」
その衝撃に、細い肩がびくんと震える。
「ご褒美、欲しい?」
その意味するところを知りすぎるほど知っているキラは、内から起こる熱に浮かされたような、潤んだ瞳をアスランに向けて。
こくん、と頷いた。
その答えに満足そうに微笑んで、中を掻きまわしていた指をすっと引き抜く。
まるで引き留めようとするかのように絡みつく内に、今度は自身をあてがって。
「いい子だ…」
後ろからぐっと一気に貫いた。
「キラ…」
「ぁ、ん…あ……、アス…ラ…ン……っ」
―― 離さない。
誰にも、奪わせない。
もう、二度と。
+
ジャリ…
一歩、一歩。
踏みしめるように、進んでいく。
今度こそ、取り戻す。
その場所に、たどり着いて。
深く、息を吸い込んでから。
睨むように、その扉を見上げた。
バンッ
勢いよく開けたドアの先に。
「…人の部屋に入るときは、ノックくらいするものじゃないのか?」
その、真っ直ぐな瞳の先に。
気怠そうに向けられた視線。
今はもういるはずのない、存在が。
確かに、そこに居て。
「ねえ、カガリ?」
まるで挑発するように、笑って名を呼んだ。
「…キラは、どこだ?」
「………」
「いるんだろう!? ここに」
「………」
「答えろ、アスラン!!」
答えようとしないアスランに、苛立ちを隠しもせずに詰め寄った。
そんな姿に一瞬目を眇めて、面倒くさそうに口を開く。
「…いるよ」
その答えに、カガリの体に緊張が走る。
それを見て取ったアスランは、クスッとひとつ笑って言った。
「会いたい?」
+
カチャリと音を立てて、ドアが開く。
中央に据えられたベッドに、静かな寝息を立ててシーツに包まっているのは確かにキラで。
思わず駆け寄りそうになるカガリを、アスランが無言で手で制した。
そして、カガリを入口に残したまま、キラの方に近づいて。
そっと慣れた様子でキラの髪を梳いてやる。
静かに、愛しげに。
「…ん……」
閉じられた瞼がぴくりと震える。
「キラ…」
静かに、耳元で名前を囁くと。
ゆっくりと、その瞳が開く。
まだ少し寝惚けた様子で半身を起こしたキラは、それでもアスランの姿を捉えると。
「アスラン…」
嬉しそうに、その名を呼んだ。
そんな姿に、どうしようもない懐かしさと愛しさと、一抹の寂しさを覚えて。
思わず部屋に足を踏み入れて、近づこうとして。
けれどそこで、足を止めた。
はだけたシャツから覗く肌に、まるで花弁のように散る痕と。
シーツから出た足に伝う、白い残滓。
その意味を、否が応でも瞬時に理解して。
抑えようのない憤りが、体中駆け巡る。
怒りのあまり動けないカガリは、キラの口から出た言葉で、更に動けなくなった。
「……おねえちゃん、だれ?」
「……な、に?」
呆然と立ち尽くすカガリを、不思議そうに見つめるキラ。
その体は、アスランに隠れるようにぴったりと寄り添って。
その顔も、声も。
確かにキラのもので。
ざわり、と。
カガリの背筋を悪寒が走り抜けた。
(まさか…)
そんなカガリの様子を恐らくは予想していたであろうアスランは、その姿を冷静そうに見つめて。
「キラは”本物”だよ」
その思考もすべて、見透かすように、淡々と答えた。
「但し、君といた頃の記憶はないけどね」
―― あの時。
月に行く為に赴いたポートで起きた、突然の爆発。
逃げ惑う人々をかき分けて、キラの姿を捜した。
そうして必死の思いでどうにか見つけ出したキラは、息も絶え絶えにこう言った。
「君は、生きて ―― 」
それだけ、口にして。
ふっと、目を閉じた。
身代わりでもよかった。
共に在れるならば。
傍に、在れるならば。
ただ。
キラが、いてくれれば。
そんな、ささやかな願いすら、奪われて。
文字通り、目の前が真っ暗になって。
…けれど。
とくん
その温もりは、僅かでも消えることなく。
とくん
微かに、けれど確かに聞こえる鼓動。
光は、まだ消えていなかった。
幸い、外傷は思ったよりはひどくなかった。
祈るような思いで、キラが目覚めるのを待ち続け、そして。
「目覚めたとき、キラは何も覚えていなかった」
戦争も、何もかも。
この自分のことも。
……そして。
”アスラン”のことも。
「おまけに精神(こころ)までこどもに還ってる…だから、今のキラの精神年齢は10歳くらいだ」
「なん…だと……?」
自分の鼓動だけが、煩いくらいに耳について。
足元がぐらぐらと揺れているように。
それでも必死に、倒れそうになる体を支えてその場に立っていた。
そんなカガリの姿と、アスランの顔を交互に見つめて、その場の微妙な雰囲気を感じ取ったキラが、アスランの袖を引っ張った。
「アスラン…」
不安そうな瞳で見上げてくるキラに、そっと微笑んでから、口づける。
するとキラも、安心しきった様子でそれを受けいれて。
そんなふたりの様子を目の当たりにしたカガリが、何かを言おうとすると。
それに気付いたアスランが、もっと深くキラに口づけた。
見せつけるように。
「んっ……」
くちゅ
ふたりの間から洩れる水音と、甘い吐息。
その情景に、先程感じた憤りがまた体を支配していく。
ついさっき、目の前にいるアスランは、キラの精神(こころ)が10歳程度だと言っていた。
そして、先程目にした、キラの体に残る無数の痕。
あれは ―― …
「ぁ…っ」
キラの口から洩れた、小さな悲鳴のような喘ぎ。
「さっきしたばっかりなのに、ここ…もうこんなになってる」
ちゅく
ぐちゅ
「あ…や、ぁ…」
粘ついた水音が部屋に響く。
アスランの指が、キラの内を犯していた。
「…欲しい?」
内を掻き回される度、キラの口からは言葉にならない喘ぎが洩れ、その瞳に涙が滲む。アスランの問いに、紅い顔を更に染めながらも。
それでも、コクンと頷いた。
そんなキラの様子を呆然と見つめるカガリに、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら。「じゃあ、自分で挿れてごらん?」
優しく、けれどどこか意地悪そうに、キラの耳元で囁いた。
カガリにも、はっきりと聞こえるように。
キラはちょっとだけ戸惑ったようにアスランの顔を見上げ、それでもおずおずと自分から腰を落としていく。
「いい子だ、キラ」
すでに猛り立ったアスランを取り出し、自分から足を開く様は、認めたくなくても慣れたもので。
「見られてるからかな? いつもよりもっと締め付けてる」
荒い息を吐きながら、それでもアスランの動きにしっかりとついていくキラの肌は、白いシャツを通しても上気しているのがわかるほどで。
その肢に、汗と一緒に透明な雫が幾筋も伝っていく。
そのすべてが、まるで無声映画を見ているように、ただ映像として脳裏に送られて。
「キラ…、キラ……っ」
「ひぁ…、っぁ…、アスラ…ン」
ただ、白く、脳内のすべてが白く焼き尽くされたように。
「やめろーーーーーーーーっ」
そうして。
カガリの叫びと同時に。
キラの体がアスランの腕で崩折れた。
キラは荒い呼吸を繰り返しながら、力なくアスランの胸に寄りかかっていた。
そんなキラの髪に顔を埋めて、愛しそうに、アスランが口づける。
その細い肩を、そっと抱きしめて。
「こんな…こと……っ」
言いようのない怒りに声が震える。
その瞳に、例えようもないほどの怒りを滲ませて睨みつける。
その視線で、射殺してしまいたいほどに。
そんなカガリに一瞥をくれて、ふっとアスランが悲しそうに笑ったように見えた。
「…キラをこんな躯にしたのは……”アスラン”だよ」
君が知っている方のね、と続けたアスランの口調は淡々としていたけれど。
わざと感情を押し殺しているような、そんな気がして。
「何…?」
「あのふたり、ずっと前からこうゆうことしてたんだよ。―― 知ってた?」
「え……?」
確かにあのふたりの絆はとても強くて。
お互いへの想いも、とても強すぎて。
失えば、心を壊してしまうほどに。
「一緒に戦うようになってからは、時間をみつけてはしてたらしいよ。コクピットの中とか、アークエンジェルとか、エターナルの自室でとかね」
クサナギでもしてたらしいけどね、と言い放つ言葉の中に、何故か感じた哀しみと、そして。
”アスラン”への、嫉妬が。
「俺はキラから教えてもらったんだ。キスも、セックスも全部」
―― そう。
キラが、”アスラン”から教えてもらったように。
「記憶をなくして…、”アスラン”のことも俺のことも忘れて。だけど、キラの躯は覚えてた」
キラが生きていたことへの喜びで、思わず触れた唇。
軽く触れるだけじゃ足りなくて、深く深く口づけた。
突然のキスに驚いて息継ぎもままならなかったのに、それでもキラはそれに応えていた。無意識のうちに。
「たとえ全部忘れても、それでもまた一緒にいられるなら、それでいいって思ってた」そう、それは本当だけれど。
「けど、キラは全部忘れたわけじゃなかったんだ…」
真っ更であるはずの今のキラにすら、”アスラン”の爪痕は残っていて。
何よりも、深く。
「おまえ…?」
「キラは……っ」
その時。
「え…?」
ふわりと、包まれた温もり。
凍り付きそうな心を、一瞬で溶かしてしまうほどの。
「キ、ラ……?」
それまでアスランの腕でぐったりとなっていたキラが、アスランを抱きしめていた。
「アスラン…、なかないで」
「え…」
まるで、見えない涙を拭うように。
そっと、その手をアスランの頬にあてて。
じっと、その瞳を見つめた。
「ね、アスランがかなしいと、ぼくもかなしいよ?」
その紫の瞳は。
今にも、泣きそうで。
「でもね、アスランがうれしいと…ぼくもうれしいから」
けれど、ずっと。
変わらず、綺麗なままで。
「だから、なかないで」
抱きしめられた腕は、温かくて。
「ぼく、ずっとアスランといっしょにいるから」
「キ…ラ……」
(キラ…)
目の前の光景に、動けずにいた。
その場に立ち尽くしたまま、そんなふたりを見つめるだけで。
無理にでも連れ帰るつもりだった。
キラの心を壊してしまった、アスランのことをすべて忘れさせようと。
たとえ、全部失っても、それでも笑ってくれるなら、と。
それがキラの為なのだと、自分に言い聞かせて。
けれど、たとえ記憶をなくしても。
たとえ、形をかえたとしても。
こんなにも。
(キラ、おまえは…)
アスランを、想うのか ―― ?
(これが、ふたりの…絆、なのか……)
どこにも、誰にも。
ふたりの間に入る余地など、なくて。
どんなに、想っても。
「キラ…」
誰よりも、大切だと思うのは同じなのに。
「キラ」
もう一度、名前を呼ぶ。
その声に、そっと、キラが顔を上げて。
じっと、カガリを見つめた。
「おまえ…幸せか?」
ただ、それだけしか訊けずに。
「うん…っ」
そう答えた顔を見て、まざまざと思い知らされる。
たとえ、何があっても。
何が、ふたりを引き離そうとしても。
「そっか…」
小さく、呟いて。
「じゃあな、キラ」
涙を堪えて、微笑んだ。
「うん、ばいばい」
(さよなら)
さよなら、キラ。
たとえ、どこにいても。
誰を、想っていても。
それでも、ずっと。
ずっと ――
+
カガリが出て行った扉をじっと見つめていたキラは、それでもずっとアスランから離れずにいた。
「キラ…」
アスランが、ぎゅっと抱きしめる腕に力を込める。
それからそっと、キラの顔を覗き込んで。
自分をじっと見つめるアスランに、キラが笑いかけた。
それはいつか見た、あの写真に写っていた笑顔と同じように。
……幸せそうに。
あの日。
あの場所で。
初めて見た紫の瞳は、壊れそうで。
けれど、その微笑みを見た瞬間に。
「キラ…」
永遠に囚われた。
囚われたままで、いい。
ずっと。
ずっと ――
--- 2003.11.15 ---
春の夜の夢は、優しく、残酷で。
儚く、…脆く、消えていく。
散り急ぐ、命のように。
+
「ぁ…ン、ぅ……っ、ア、アスラ……」
吐息まじりに洩れる甘い声。
「凄いね、キラ。どんどん溢れてくる」
それとは対照的に、水音は淫猥で。
「や…あ、っ…ぁ ―― 」
びくんと細い腰が跳ねる。
吐き出された白い熱を、一滴も零さず舐め取って。
まだ余韻に浸る、震える躯に容赦なく今度は自分の熱を埋め込んだ。
幸福だった。
何よりも一番望んだ存在が、隣にいるということ。
どんな形であれ、この身の傍に在るということ。
幸福で。
まるで、夢のようで。
だから。
いつかは、醒めてしまうのではないかと。
どうしようもないほどに、怯えていた。
昼も夜もなく、望むときに望むだけ互いの躯を貪り合う日々。
幼く、無垢な魂は、熱と共に艶を帯びて。
それでもその寝顔は、あどけなく。
そんなキラが、どうしようもなく愛しくてたまらない。
あまりに幸福すぎて、……怖かった。
安らかな寝息を漏らすその唇に、そっと触れようとして。
「……キラ?」
シーツを握りしめていたキラの手に、力がこもったかと思うと。
音も立てずに、その閉じられた瞼から一筋だけ涙が滑り落ちた。
「………」
そしてゆっくりと、その瞳が開く。
「アスラン…?」
小さな声で名前を呼ぶ唇を、今度こそ塞いで。
するとキラは、安心したように身を任せてきた。
互いの背に、腕を回して。
ただひたすら、互いの唇を感じあった。
「夢でも、見た?」
銀の糸を引きながら、ようやく唇を離して囁くように問うてみる。
「あのね、さくらの花がいっぱいさいてるの」
どくん
「よくわかんないけど…ここが、ぎゅうっとなって」
そう言いながら、キラは自分の胸に手を当ててみせる。
そして不安げに、瞳を上げてすぐ目の前の翡翠の瞳を見つめた。
「キラは…、桜、嫌い?」
『桜は嫌い』
「……きれい、だけど」
『だって、君を ―― 』
「…わかんない…」
俯いてしまったキラは、手を自分の胸に当てたままで。
そっと、その手をとって、自分の手と重ねる。
俯いていた紫の瞳が、恐る恐る見返してきて。
そして、にっこり笑った。
(怖い…)
重ねた手を、ぎゅっと握り合う。
それは、キラを安心させるためよりも。
自分の、ため。
震えだしそうになるこの体を、必死に抑えるために。
確かに目の前に、自分のこの腕の中に、キラはいるのだと。
そう、言い聞かせて。
「あ…」
突然、何かに気付いたようにキラが声を上げた。
そしてそっと、枕元に手を伸ばす。
「さくらの花びら」
その日は、突然訪れた。
+
『桜は嫌い。
風に舞う花びらは、君を連れて行くから。
あの日、月で別れた時も。
そして。
漆黒の宇宙(そら)に舞う ――』
風が花弁を踊らせる。
何故、連れてきてしまったのだろう。
言い知れぬ惧れが、この胸でとぐろを巻いているというのに。
それでも、キラが望むことならば、叶えてやりたかった。
桜が見たいと言うキラを、この並木に誘(いざな)って。
満開の桜。
舞い踊る淡い光。
ここは、”アスラン”とキラが別れた場所。
幼き日のその記憶は、自分にも、今のキラにもない筈なのに。
胸の奥が、痛い。
痛くて、…愛しくて。
心が悲鳴を上げる。
ある筈のない記憶。
けれどそれは、血に、遺伝子に、記されているのだろうか。
この自分を形作るものに刻まれているから。
だから。
泣きたくなるほど、切なくて。
目の前にいるキラは、ただじっと咲き誇る桜を見つめていた。
ザア…
一際強い風が、視界を覆うほどに花弁を舞い上がらせる。
思わず目を伏せた。
…その時。
「キラ」
どくん
自分でない、自分の声が。
「…アスラン ―― !!」
そして。
一心不乱に駆け出したキラの声には、幼さなど微塵も残さずに。
それはまるで、切り取られた映画の1コマ。
ゆっくりと、網膜に送られるシーン。
(行くな…)
声が出ない。
叫びだしたいのに、喉はカラカラで。
(行くな、キラ…!!)
駆け出したいのに、足がその場に縫い付けられてしまったかのように、動かない。
「アスラン…っ」
「キラ」
強く抱き合うふたり。
「…ただいま」
「おかえり、アスラン…!!」
(ダメだ ―― !!)
幸福そうに、微笑(わら)い合うふたり。
そこにいたのは。
自分ではない、自分。
本物の ―― アスラン・ザラ。
+
「アスラン、アスラン ―― …っ」
溢れる涙を隠そうともせずに、キラはただ、その名前を呼び続けた。
何よりも誰よりも、愛しいその名前を。
「キラ…」
そして、アスランもまた。
愛しさを滲ませた声で、ただ、その名前を呼んで。
キラの瞳から零れ続ける涙をそっと、拭うように唇を寄せる。
キラはされるがまま。
すべてを、アスランに委ねるように。
「…ん、…ぅ……」
瞳から頬に伝い、そして唇に辿り着く。
始めは軽く、そして段々と、深く。
アスランの、キス。
それは、自分がキラから教えてもらった通りのもの。
「…ス、ラン……」
キスの合間に名前を呼んで。
何度も何度も繰り返す。
熱で潤んだような瞳。
投げかける視線。
全部、知っている。
けれど、今それらが向いている先は。
自分じゃない。
自分だけれど、自分でない自分。
本物の……
「アスラン」
何度も繰り返される情景。
桜の花びらもまた、それを彩るかのように舞い踊っていた。
ただ、自分だけ。
自分の時間だけが、凍り付いてしまったかのように、止まっていた。
「会いたかった」
ずきん
キラの言葉が、刃になる。
「ずっと…ずっと、会いたかった……!!」
ひとつひとつが、この身を、この胸を刺していく。
そこから流れ出る血も、涙も。
止まらない。
「キラ」
絡み合う視線。
絡ませ合う指。
そっと、互いの服を脱がせて。
すっと、キラが膝をつく。
「…ふ、ぅ……ん」
アスランの中心に、顔を埋めて。
愛しそうに、口に含む。
丁寧に愛撫するその表情は。
(え―― …?)
知っている。
キラのことなら。
もう、すべての表情(かお)を、知っていると。
…けれど。
(知ら、ない……)
ザーっと音を立てて、血の気が引いていく。
先ほどから、キラがアスランに見せる顔。
それは。
自分の知らない、顔。
「………っ」
…いっそ、本当に。
このまま、心臓が止まってしまえば。
どんなに、楽だろう。
けれど、瞼は瞬きを忘れてしまったかのように下りてはくれずに。
キラのことなら何でも知りたい。
けれど、見たくない。
それなのに ―― …
「…キラ、巧くなったな」
「…ほん、と……?」
アスランの言葉に、嬉しそうにキラが顔を上げる。
その口元は、唾液とアスランから零れる雫に濡れて。
そっとそれを拭うように、アスランが指を伸ばす。
「なんで、巧くなったんだ?」
「え?」
そうして発せられた声には、先ほどまでの優しさも、甘さも感じられずに。
「アスラン…?」
それに気づかぬキラではなかった。
驚いたように目を見開いた瞳に映るアスランの顔は、表情を失くして。
「アス…、あ、あぁ……っ」
アスランがキラの内に割り入っていく。
暴かれていく躯。
けれど、その衝撃に耐えた苦しさは、ほんの一瞬で。
まるで縋りつくようにキラはその腕をアスランの背に回して、すべてを、受け容れる。
「アスラ、ン…」
甘い、蕩けてしまいそうな声。
「…ここに」
けれど、それとは対照的に。
アスランの声は冷たさを含んで。
「俺以外を、受け容れたんだろう?」
乱暴に、煽り立てていく。
「ちが…っ」
「違わないだろう?」
「違う!!」
必死に否定するキラに、冷たい微笑を向けて。
「僕は…アスラン、しか…知ら、ない ―― !!」
息継ぎすらもままならないほどに、激しく攻め立てられているのに。
それでもキラは、声を張り上げて必死に告げた。
そう、それは真実。
けれど。
「あいつは、俺じゃない」
どくん
”アスラン”の翡翠の瞳が、初めてこちらに注がれる。
自分と同じ声。
同じ、瞳。
けれど、違う。
「俺だけど、俺じゃない」
「アスラ…っ」
「あいつに抱かれたんだろう?」
「それは……」
「何度も。その声を聞かせたんだろう? その表情(かお)だって ―― …」
「あ、…ぁ、あ……っ」
「そう考えただけで…、怒りで全身が焼けてしまいそうだ ―― !!」
「だって、だって…」
(言うな、キラ)
声が出ない。
声にならない。
喉の奥が、灼けてしまう ――
「君が、悪いんじゃないか!!」
……キラの涙は。
宝石のように、綺麗で。
初めて見た時と同じ。
綺麗だけど。
今にも、壊れてしまいそうで。
「君が…、君が、僕を置いていくから…!」
溢れる涙。
溢れる想い。
叫びは、ずっと心の奥に閉じ込められていたもの。
望んだりはしなかったのだ。
アスランのいない、世界など。
共に在ること。
望んだのは、ただそれだけ。
それなのに。
『おまえは生きろ、キラ』
「君が、生きろって…言ったんじゃないか……っ」
ずっと、心の奥底で叫び続けていた。
「君なしじゃ、生きられないのに」
誰か殺して。
アスランのいない世界なんて、意味がないから。
だけど、生きなければならないのなら。
「だから、僕は……!!」
ザア…
舞う花弁は、その光景を隠してはくれない。
風の音も、その声を掻き消してはくれない。
わかっていた。
わかっていたことだ。
自分は、”アスラン”だけれど”アスラン”じゃない。
ただの身代わりだと。
わかっていた。
わかりすぎるほどに、わかっていた。
けれど ―― …
ずきん
痛い。
それでも、痛い。
体中が、引き裂かれたように、痛い。
幸福を望んだから?
手に入れたと錯覚したから?
だから……?
(キラ…)
どんなに、想っても。
キラは、溢れる涙を拭おうともせずに、じっとアスランを見つめ。
「………」
アスランもまた、ただじっと、そんなキラを見つめ返して。
「キラ」
ただ一言、名前を呼んで。
その腕で、優しくキラを抱きしめた。
「アスラン…っ」
キラもまた、アスランの体を抱き返して。
…わかっている。
キラがどんなにアスランを想い。
そして、アスランもまた。
どれだけキラを、想っているか。
「…行かないで…」
ぽつりと、キラが呟いた。
「もう、置いて行かないで……!!」
ずきん
わかっている、はずだ。
本物のアスランと一緒にいることが、キラにとって一番幸せなのだということ。
そしてキラもまた、それを望んでいること。
わかっている。
でも……
(俺は……っ)
「…おまえはもう、ひとりじゃないだろう?」
「え…」
優しく、諭すようにアスランがキラに囁きかける。
キラの瞳からとめどなく流れる涙を、そっと拭ってやりながら。
「アスラン…?」
優しく笑いかけて、そして。
もう一人の自分に、向き直る。
「わかっただろう? キラは、何があっても俺のものだ」
ずきん
(そんな、こと…)
わかっている。
…本当は。
わかりたくなど、ないけれど。
「でも俺は、もうこうしてキラを抱くこともできない」
「え…」
キラと自分の声が重なる。
「忘れるな。キラは俺のものだ。…けど」
ひらひらと。
花弁が、散る。
「キラを、頼む」
「―― !!」
―― 桜は嫌い。
その姿を。
連れ去ってしまうから。
「アスラン!!」
その姿を必死に探す、その背中を。
「嫌だ、嫌だ…! アスラン、もう…もう、置いていかないでよ……!!」
「キラ…!!」
ただ強く、抱きしめた。
(行かないで)
ただひとつの願い。
互いが、抱いた ――
「う…、うあぁぁぁ……っ」
「キラ…」
キラの涙は、よく知っている。
けれど。
こどものように、泣きじゃくる姿を。
初めて、知った。
+
抱く力を緩めることなど、できなかった。
そうしなければ、このままキラも、消えてしまいそうで。
怖かった。
何よりも、キラを失うこと。
そして、キラもまた。
そうで、あったのだ。
”アスラン”を、失うこと。
「…僕は、最低なんだ。……よく、わかっただろう?」
自嘲気味に呟くキラの唇を、そっと塞ぐ。
たとえその唇が紡ぐその名前が、自分のものだけれど、自分のものではないものだとしても。
たとえ、その瞳が見つめる姿が、自分の向こうに見える、”アスラン”だとしても。
それでも、選んだ。
身代わりでいいと、選んだのは自分。
キラの傍にいられるのならば。
『でも俺は、もうこうしてキラを抱くこともできない』
自分は、こうして抱きしめることも。
抱くことも、できるから。
「キラ」
何よりも、幸福なこと。
だから。
「…今日、ね」
キラが桜を見上げて、静かに口を開いた。
「アスランが、逝った日なんだよ」
はらはらと。
花びらが。
「桜なんて、大嫌い」
--- 2004.11.13 ---
永遠なんてものが、本当にあるのなら。
+
永遠を信じていた、今はもう遠い日々。
自分の隣には、いつもその相手がいて。
温かく、優しい時間。
それがずっと ―― 永遠に ―― 続くのだと、信じていた。
それはきっと、無邪気な願い。
ずっと、一緒にいたい、と。
傍にいたい、と。
傍にいてほしい、と。
そう、願うこと。
一緒にいる ―― それは、自分たちには当たり前のこと。
当たり前のしあわせ。
当たり前の、願い。
それはきっと、ずっと、永遠に変わらない。
―― そう、思っていた。
+
「…ぁ……ん、ぅ……」
「もっと奥まで咥えて? キラ」
「ん、…こう……?」
蹲って中心に顔を埋めるキラは、小さな口で愛撫を続ける。
言われた通りに。
必死に、けれど、…愛しそうに。
仄かに頬を染めたその顔は、あの頃より少しだけ大人びていたけれど。
あの頃と変わらぬ純粋さを秘めていて。
その表情と、キラの舌が奏でる水音とのギャップが相乗効果になり、卑猥さを増していた。
「…ん、……出、していい…よ? アスラ…ン」
変化に目ざとく気付いたキラは、奉仕は休まぬままに、そう訴えてくる。
ちらと上目遣いに見つめてくる紫の瞳は、既に情欲に濡れきっていて。
そのまま、キラの口腔にすべてを迸らせた。
「あ、あぁ…っ、アスラン……っ」
「キラ…」
キラが手をついたロッカーが、その激しさに合わせて無機質な悲鳴を上げる。
けれど、そんな音も耳に入らぬほど、ただ、互いの熱と、互いの存在に溺れた。
宇宙(そら)に上がってから、戦闘はより激しさを増したけれど。
本当は、そんなことはどうでもよかった。
散っていった同胞への罪悪感など、とうに捨てていた。
悲劇の始まりのあの血のバレンタインですら、今の自分には最早遠い出来事だった。
今またこの腕の中に、キラがいる。
自分にとってはそれがすべて。
やっとまた、共に在れる。
それが、お互い何より嬉しくて。
離れていた時間を埋めるように、暇を見つけては何度も躯を重ねた。
場所なんかどこでもよかった。
誰に目撃されても構わなかった。
自分にとっては、キラがすべてだから。
―― そう、キラだけ。
キラさえ、いれば。
「……アスラン」
強請るように名を呼ぶ唇を、そっと塞ぐ。
「んぅ…」
最初は軽く、けれど、どんどん深くなっていくキスに、キラは堪らず甘い声を洩らした。
すべてを吐き出して、まだ互いに荒い息を吐きながらも、それでも貪るように口付けて。
互いの躯のすべてで、互いを感じて。
戦争など、もうどうでもいい。
この頭を、この心を占めるのは、たったひとり。
今この腕の中にいる、キラ。
どうすれば、この存在を永遠に失わずにすむのか。
模索していたのは、平和への道程などではなく。
ただ、それだけだった。
+
戦況は厳しかった。
幾つもの命が散った。
幾つもの命を奪った。
何度も戦場を駆けた。
ただ、たったひとりの相手を失わないために。
戦う理由はそれだけ。
瞬きをする間にも、幾つもの命が消えていく。
漆黒の闇の中に、それらは光となって吸い込まれて。
(あ……)
唐突だった。
消えていく光の中に、その答えを垣間見たのかもしれない。
たとえこの行為によって、後の世に名を残すことになろうとも、そんなことはどうでもいい。
自分には関係のないことだ。
そんなこと、自分にとっては瑣末なことだから。
その時の気分は、妙に晴れやかで。
開いたままの回線に、静かに語りかけた。
「キラ…」
「アスラン?」
「…おまえは生きろ、キラ」
「…!? アスラン……っ!!」
―― 最期の瞬間(とき)、きっと俺は笑みを浮かべていたのだろう。
見つけたから。
”永遠”を、手にする術を。
……やっと、手に入れたから。
―― C.E.72。
戦争は終結を迎えた。
アスラン・ザラの駆る、ジャスティスの自爆によって。
彼と共に戦ったとされる、フリーダムの搭乗者であるキラ・ヤマトは収容先の病院を脱走。
その後の消息は不明と伝えられている。
--- 2005.4.8 ---
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真性アスキラー。
思いもよらずダブルOが歴代G
の中で一番好きな状況に。
成層圏の向こう側まで狙い
撃つ兄貴を愛してやまず。
BAS●RAの影響で戦国史に
どっぷり。VIVA眼帯。
えろすきーだけどホモスキー
に非ず。
オフラインでは【絶対零度】
というサークル名で活動中。