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カーテンの隙間から洩れる光の強さに誘われるように、窓辺に立ち、重い錠を上げる。
カタンと音がして、開け放たれた窓から風が吹き込んできた。
湿り気を帯びない、さらりとした空気。
昨日の雨が嘘のように、空は青く澄み渡っていた。
昨日は家の中に篭っているしかなかったこどもたちも、今日は思う存分外で遊ぶとでもいうように、はしゃいだ声が風に乗って聞こえてくる。
(俺も同じ、か)
夜になるのがいつも以上に待ち遠しい。
キラに逢いたい。
一秒でも、早く。
昨夜のキラの様子は明らかに尋常ではなかった。
いや、本当にあれはキラだったのか ―― ?
その姿は、いつの間にか消えていて。
(まさか…)
ぞくり
言いようのない不安が、背筋を這い登る。
キラが本当に自分の前から姿を消してしまったのだとしたら?
思わず浮かんだ仮定に、全身の血が凍りついてしまったかのようだ。
ずきん
「……!?」
突如走る痛み。
キラが、いなくなったら。
そんな考え、消し去ってしまいたいのに。
その忌むべき仮定が、何故か心に引っ掛かる。
それが、現実だったとしたら?
考えたくもない。
けれど。
それがかつて、本当にあったことだとしたら ―― ?
ずきん
吐き気を伴うほどに、その痛みは酷くなる一方で。
まるでこれ以上、考えようとすることを拒否しているかのようだ。
(キラ……)
―― 逢いたい。
今、すぐに。
その存在を、確かめたい。
それなのに。
夜がまだ来ない。
一分一秒が、たとえようもなく長く感じられた。
--- 2005.3.8 ---
新月に近い月は、その姿を隠すようにか細く漆黒の空に架かっていた。
駆け出すようにその場所へと向かう。
もう慣れてしまったその道程は、月明かりさえ朧なこんな夜でもはっきりと刻み込まれていて。
確かな足取りで、そこに辿り着いた。
「キラ…っ」
安堵の息と共に吐き出された名前は、言霊のように。
その名を呼ぶだけで、温かさがこの胸に拡がっていく。
そして。
一瞬にして空気が和らぐようなその微笑みも。
……けれど。
その温かな笑みに翳りが垣間見えた気がして、消えかけていたはずの不安が再び顔をのぞかせる。
(…怖い)
心の底からそう思う。
もしも。
キラを、失うとしたら。
どくん
―― 歌が聞こえる。
早鐘のように打つ鼓動に混じって、それは体内を駆け巡るように。
「………っ」
呼吸ができない。
全身の血が引いてしまったかのように、寒い。
それは、夜気を孕んだ潮風だけのせいじゃない。
かたかたと小刻みにこの体を襲う震えの正体がわからない。
…いや。
わかりたくない。
どくん
歌が聞こえる。
鼓動がやけに耳につく。
そして、それに混じるノイズ。
(なん、だ…?)
『俺がおまえを……』
(なんだ、これは……?)
『キラ』
「………っ」
そこにあったのは、心配そうに顔を覗き込んでいる紫の瞳。
聞こえてくるのは、静かな波の音だけで。
「キラ……」
その存在と、自分自身を確かめるために、名前を呼ぶ。
すると不安そうに揺れていた瞳は、優しい色を湛えて。
「キラ」
―― おかしいだろうか。
知っているのは名前だけ。
それ以外は何も知らない。
たった2週間、僅かな時間を共有しただけだ。
けれど。
知っている。
魂の奥深くから焦がれる想いを。
同性だから、とか。
そんなことは関係なくて。
キラ、だから。
だから…
折れてしまいそうなほど細く華奢なその体を引き寄せる。
キラは驚きに一瞬身を強張らせたけれど、やがておずおずと背中に腕を回してきた。
この想いを知っている。
けれど。
その、衝動を。
止める術など、知らなかった。
--- 2005.3.9 ---
「お月様が歌ってるんだよ」
―― それは、幼い日の記憶。
幸せな…遠い、記憶。
●
―― 熱い。
絡めあう舌も。
重ねあう肌も。
この躯も、キラの内も。
「キラ…、キラ」
「……っ」
動くたび、キラの口から声にならない悲鳴が洩れる。
仰け反る喉がいやに扇情的で、まるで引き寄せられるかのように唇を落とす。
(知ってる)
キラの肌。
キラの熱。
(俺は、知ってる)
それが、確信に変わるとき。
「………っ」
歌が。
一際大きく響いて。
―― 熱い。
熱を帯びた肌も。
吐き出した互いの熱も。
…けれど。
「…歌、終わっちゃったね」
キラの口から零れた言葉。
ちょっと舌足らずな、声。
よく知った ―― …
「調律が終わったんだよ、アスラン」
「キラ」
その紫の瞳に、いっぱい涙を浮かべて。
必死に笑おうとしている顔。
そして。
きっと、自分の顔も歪んでいる。
「キラ…」
「全部、思い出したんでしょ? 僕の声が戻ったように、君の記憶も…」
「キラ……っ」
「夢ももう、終わり、だよ。アスラン…」
「キラ……!!」
覚めない夢ならばよかった。
現実こそが夢ならば、と。
幾度思っただろう。
幾度迷っただろう。
幾度後悔しただろう。
けれど。
「あの時、僕は死んだんだ、ここで。……君と、戦って」
現実こそが。
夢ならば、と。
「それでも僕は、君の傍にいたかった」
傍にいたかった。
声を聴きたかった。
名前を呼んでほしかった。
……それは。
戦っていたときも、ずっと願っていたこと。
あの日、この場所で。
最期の刃を交えた時でさえも。
誰にも言えなかった、自分自身にすらも隠すしかなかった願い。
それを叶えてくれたのは、月。
優しさと残酷さを兼ね備えた月。
幼き日を、幸福だった日々を共に送った場所。
「でももう…終わり、だから」
「嫌、だ…嫌だ! キラ……!!」
「正しい世界に戻るだけ。ね、アスラン。ちょっとでも、僕たちは何かできたのかな」
「キ…」
キラの姿が霞んでいく。
「少しでも、君が幸せに暮らせるように」
「キラ…」
「僕は何かできたかな。アスラン」
「キラ……!!」
波の音が叫びを掻き消していく。
夜の闇が。
キラの姿を連れ去って。
「キラ!! キラ…っ!!」
いない。
いない。
もう、どこにも。
「キラ……ッ」
幸せになれるはずなどない。
キラがいない。
キラがいないのに。
「違う、正しい世界なんかじゃない。おまえがいない世界なんて…」
望んだ世界は。
戦ってでも、守りたかったものは。
「調律は終わってない。正しくなんかない…!! キラが、いない……っ」
望んだ、ものは。
歌はもう、聞こえない。
--- 2005.3.9 ---
「お月様が歌ってる」
「…は?」
キラが突拍子もないことを言うのはいつものことだ。
いつものことではある、けれど。
今回はいつにもまして…
「キラ…?」
「ね、アスラン。何か聞こえるんだってば」
怪訝そうな顔でキラの顔を覗き込んでみれば、キラは負けじと(?)大きな目を更に大きく見開いて見つめ返してくる。
しかも、どことなくワクワクしたような顔で。
(また何を言い出すんだか…)
いつもの如く課題を忘れたキラに付き合って居残って、ようやく終わって学校を出てみると、もうすっかり夜になっていた。
真っ暗な空に、人口のお月様が浮かんでいる。
人が月に移り住むようになって、造られた空には地球から見上げるのと同じように月も造られた。
宇宙にまでその手を伸ばした人類も、地球からの景色を忘れることはできなかったらしい。
(…って、俺もキラも、地球に行ったことないんだけど)
月に住んでいても、見上げる夜空にはお月様。
「ね、聞こえるでしょ?」
キラは目を閉じて、そう呟いた。
(…聞こえるって…)
とりあえずキラと同じようにじっと耳を澄ましてみる。
(あ…)
何だろう。
確かに聞こえる気がする。
街の喧騒とは違う何か。
それが、夜の静寂を縫うように、微かに響いて。
「ね、聞こえた?」
キラはにこにことして訊いてくるけれど、何とも答えようがない。
キラが言うように聞こえる気もするし、気のせいだと言えばそんな気もする。
「きっとお月様が歌ってるんだよ」
答えないのを肯定の意味と取ったらしいキラが、もう一度素っ頓狂な言葉を繰り返す。
「…何でお月様?」
「……へ?」
今度は素直に素朴な疑問をぶつけてみると、キラはきょとんとした顔をして。
「だって、そんな気が…」
したんだもん、と段々と語尾が弱々しく消えていく。
「………」
なんとなくバツが悪そうに、上目遣いでちらちらとこちらを見つめてくるものだから、思わず苦笑が漏れる。
(別に俺が苛めてるわけじゃないだろう…)
「ま、キラが言うんだからそうなんだろ?」
「あ、何だよ、その言い方ー」
「あはは」
「もー、なんで笑うのー!?」
手を繋いで帰ろう。
暗闇も怖くないよ。
歌いながら、お月様が優しく照らしてくれるから。
―― それは、幼い日の記憶。
幸せだった、今はもう、遠い日の。
--- 2005.3.22 ---
それは、ほんのきまぐれだった。
「ん?」
それは、季節が秋から冬へと移ろうとする、ある雨の日のこと。
「おまえ、捨てられたのか」
「にゃー…」
あまり人通りのない小道の脇に捨て置かれたダンボールから、弱々しく聞こえてきた鳴き声。
まだ小さい、栗色の毛並みの子猫がそこにいた。
(綺麗な紫…)
じっとこちらを見つめ返してくる瞳は、まるでアメジストのような紫で。
「ごめん。俺の住んでるとこ、猫飼えないから…」
「にぁ…」
後ろ髪を引かれるまま、立ち去ろうとした背中に響いた小さな鳴き声に、俺はぴたりと足を止めた。
こんなことをしても、どうなるわけでもないだろう。
…ただの、きまぐれだ。
そう言い訳して、差していた傘をダンボールに翳してやる。
「じゃあな」
「に~…」
雨足が酷くなる中、俺は走って下宿へと帰って行った。
翌日の空は、昨日の雨が嘘のように晴れ渡っていた。
「いない…」
どこかしら気になっていた俺は、昨日子猫が捨てられていた場所に再度行ってみたものの、そこには何もなくて。
「……」
誰かに拾われていったなら、それでいい。
けれど。
「…くそ…」
最悪のパターンが脳裏をよぎる。
なんとなく胸に苦いものを感じながら、俺は家路へとついた。
「あれ?」
部屋のドアの前に誰かいる。
来客の予定なんかなかったんだが…
それとも誰か、ノートでも借りに来たのか?
テスト前だしな…
「あ、あの…」
どうやら俺の姿に向こうも気付いたらしい。
けれど、発せられたのは聞き覚えのない声。
…誰だ?
「えと、その…」
フードを目深にかぶっているせいで顔はよく見えないけれど、声を聴く限りは少年のようだ。
「あの、これ…、ありがとうございました!!」
ずいっと目の前に差し出されたもの、それは。
「あ、いや…、どうも」
昨日、俺が捨て猫のところに置いてきたはずの傘だった。
この子が拾い主なんだろうか。
そんなことを考えながら、とりあえず戻ってきた傘を受け取る。
わざわざ返しにくるなんて、今時にしちゃ律儀だな。
てか、なんで俺の家知ってるんだ?
…ま、いいか。
「えーと、折角だし上がりなよ」
「あ、…は、はい」
そういえばまだ名前聞いてないな。
だぼだぼのパーカーを来て、ろくに顔も見えない、ある意味すごく胡散臭いのに、なんで俺、家に上げようとしてるんだ?
……ま、今更だけど。
「あの、さ。君、名前は? あ、俺はアスラン。アスラン・ザラ」
「えと、キラです。キラ・ヤマト」
「キラ、か」
俺が反芻するように名前を呼ぶと、何故かキラの肩がびくりと揺れた。
それからおずおずと顔を見上げてくる。
「……っ」
それまでよく見えなかったけれど、キラはとても綺麗な顔をしていた。
思わず見蕩れてしまうほどに。
一番印象的なのは、その紫の瞳。
まるで、アメジストのような。
(ん…?)
つい最近、同じようなことを思ったような気が…
「あの、アスラン」
「あ、ああ、何?」
意を決したかのように名前を呼ばれて、ようやく我に返った俺がキラの顔を見返すと。
(……へ…?)
「昨日は…、ほんとにありがとう…」
フードを脱いだキラの髪は綺麗な栗色で。
そして、その頭の上に、本来あるはずのないものがあった。
「僕、ほんとに嬉しかったんだ」
キラの頭の上には、ぴょこんと耳が生えていた。
そうまるで、猫のように…
「って、まさか…」
昨日の猫が、キラだって言うのか?
そんな非現実的なこと、あってたまるもんか!!
…と、驚きに固まっている俺とは対照的に、目の前のキラはきょとんと俺の顔を見返している。
「あのね、アスラン。僕、お礼がしたくて来たんだけど…」
あまりにも驚きすぎてる俺には、キラの言葉もまともに理解できないでいた。
というより、現状が既に俺の理解の範疇を超えていた。
「あの、キラ…。まさか、尻尾とかもあるんじゃ…」
「え? あるよ?」
何を今更という感じでキラはあっさり肯定した。
……眩暈しそう。
そんな俺をキラは相変わらずきょとんと見返し、そして。
「ね? ちゃんとあるでしょ?」
「って、キラ!?」
いきなりズボンを脱いで、俺に見えるように尻尾を差し出した。
…眩暈、しそう……
「キラ…、頼むから…」
ズボン穿いてくれ、と言おうとしたのであるが。
「アスラン、なんか苦しそう」
そう言うや否や、またしてもいきなり俺のズボンのジッパーを下ろしだした。
「ちょ…、キラ!」
あろうことか、俺のそこはすっかり硬くなっていた。
いくら綺麗な顔をしてても、キラは(今思いっきり確認したばっかで)男だぞ?
しかもなんか猫耳とか尻尾とかまであるんだぞ?
なんで反応してんだよ、俺!!
「ね、ここ、腫れちゃってるよ。早く治さなきゃ…」
「へ?」
そう言うと、いきなりキラは俺の硬くなったものを舐めだした。
そういや、猫とかって舐めて怪我とか治すんだっけ?
…とか、何冷静に考えてんだよ、俺!
「く…」
どうやら勘違いしたらしいキラは、一生懸命俺のを舐めている。
ざらついた舌の感触が、正直堪らなく気持ちいい。
なんだかすべてが現実離れしている今のこの状態に、余計に感覚が麻痺していたのかもしれない。
「キラ、さっき、お礼しに来たって言ったっけ」
「う、ん…」
「じゃあさ、俺の言う通りにして?」
「うん」
きまぐれでこんなことするのも悪くないかもしれない。
そう、きまぐれだ、これも。
「俺の顔の上に座るようにして?」
「え? う、うん」
ソファに仰向けに寝転んだ俺がそう言うと、キラはおずおずと上に乗ってきた。
「で、またさっきの続きしてくれる?」
「うん」
そう言うと、キラは今度は覆い被さるように俺のを舐めだした。
すると、必然的に俺の目の前に、キラのが突き出されるような格好になって。
ズボンを脱いだままのキラのそこは、やはりというかしっかり反応していた。
「や…っ、何!?」
きゅっと握りこんでやると、キラはびくんと体を揺らした。
「キラ、休まず続けて?」
「え、あ…、うん」
そっと手を開くと、キラのそこから溢れた先走りでぬるぬるになっていた。
「キラのここも舐めてやらないと大変なことになってるよ」
「え…? ひゃぅ…っ」
口に含んでやると、トロトロと零れる蜜が口いっぱいに広がっていく。
「ほら、休まない」
「ぅ……」
初めて感じる刺激に、キラは体をびくびく震わせていた。
それでも懸命に俺のを舐め続けている。
(そろそろやばい…)
限界を感じた俺は、キラのを強く吸い上げてやる。
「!?」
俺がキラの口の中に出すのと、キラが俺の口で果てるのとは同時だった。
「アスラン…、これ、ミルク……?」
「そう。頑張ったキラにご褒美。だから全部残さず舐めて」
「うん…っ」
尻尾を揺らして嬉しそうに舐め取るキラに、俺は既に硬さを取り戻していた。
「ね、キラ。頑張ってくれたキラに、もっとミルクあげるよ」
「え? ほんと?」
「うん」
にっと笑いかけてから、徐にキラの尻尾を掴まえた。
「アスラン?」
「でもその前に、ちゃんと慣らしとかないとね」
そう言うと、キラの秘所に尻尾の先を少しずつ埋めていく。
「や、やだっ! アスラン」
「ちょっとの我慢だよ、キラ」
優しく囁いてやるけれど、キラの顔は蒼ざめて、目には涙さえ浮かべている。
「すぐに気持ちよくなるから。俺を信じて?」
その涙を掬い取るように瞳にキスをしてやると、キラから唇に触れてきた。
まるで怖さを紛らわすように、求めてくる。
(可愛いな…)
安心させるように優しくキスをしてやる。
啄ばむように、何度も。
そうしていると、少しずつ体の力も抜けたのか、尻尾がすんなりと挿っていった。
(もういいだろう)
尻尾をそっと引き抜いてやると、キラはほっとしたような表情を見せて。
「頑張ったね、キラ。下の口にもミルク、飲ませてあげるよ」
「え…」
そして今度は、猛り立った俺自身を埋めてやる。
「あ、あ…ぁ、ん……っ」
「いっぱい、飲ませてあげるよ」
散々キラの躯を貪った俺は、約束通り、キラの中に白い熱を何度も吐き出した。
―― 後日。
「アスラン、お腹空いた! ねえ、ミルクちょうだい」
「キラはほんとに食いしん坊だな」
「ん…ぅ、…そんなこと、ない…もん……」
あれ以来、すっかりセックスの味を覚えたキラは、毎日のようにこうして強請ってくる。
てか、いつの間にやら俺の家に居ついちゃってるし。
……ペット禁止なんだけどな、ここ。
「アスラ…、も……」
「おいで、キラ」
ま、いいか。
なんだかんだ言って、キラに夢中なのは俺も同じだし。
…キラ、男だけど。
しかも猫だけど。
ま、いーか。
「や、あ…アスラン……」
「キラ…」
どうやらこの感情は、きまぐれなんかじゃなかったらしい。
そんなこんなで、俺たちの奇妙な共同生活は続いていった。
--- 2005.10.8 ---
「こーら、キラ! ちゃんと服着ろって」
「やー!」
猫だからか、キラはあまりシャワーが好きじゃない。
だから、いつもシャワーを浴びる時も、浴びた後も、俺の部屋は戦場と化す。
「掴まえた!」
「やだ! 尻尾つかんじゃ駄目だってば!」
そのままキラの体がぼすんとソファに沈み込んだ。
俺の方にお尻を突き出すような格好になったキラの体は、シャワーを浴びた後の所為もあり、ほんのりピンクに色づいていた。
(なんというか…)
こんな光景に出くわして、悪戯心が起きない男はまずいないだろう。(断言)
「言うこときかないコにはお仕置き」
「え? あ…っ」
きゅっとキラを握りこんでやると、そこはたちまち質量を増して。
「ん…ぅ……」
僅かな刺激がもどかしいのか、キラの腰はキラ自身も気付かぬうちに振れていた。
そんな姿に、ちょっとだけ悪戯するつもりだった俺も、段々とその気になってきて。
「や、ぁ…っ アスラ…、ミルク…ちょうだい……っ」
潤んだ瞳を向けて、甘えきった声でおねだりされて。
「まったく。キラはほんと、我儘だな」
「あ…ン、ん…っ」
リクエスト通り、キラにミルクをあげるべく、すっかり元気になった俺をキラに呑み込ませた。
…てか、またシャワー浴びなきゃな。
さっきも散々してたから、シャワー浴びたっていうのに。
……ま、いーか。
「アスラ…ン…」
「キラ…」
キラが俺の部屋にいついてから、そろそろ1ヶ月が経とうとしていた。
その間、俺たちは毎日セックスに明け暮れていた。
っていっても、ちゃんと俺は学校にも行ってるし、試験も真面目に受けた。
これでも成績は悪くない方だし、ちゃんと勉強もしてる。
一方のキラはというと、俺が学校に行っている間、大人しく部屋で留守番をしている。
暇なせいもあるだろうが、俺がいない間は俺の教科書を読んだり、パソコンを触ったりもしてるみたいだ。
ま、テレビも好んでよく見てるみたいだけど。
でも、やっぱり俺がいないのは寂しいみたいで、帰ってくるなり強請られることもしばしば。
だから、玄関で事に及ぶ、なんてこともしょっちゅうだったりする。
猫耳がついていようが、尻尾がついていようが、男だろうが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。
とにかく、キラは可愛い。
愛しくて、どうしようもないくらいに。
誰かをそんな風に思ったのは、初めてだった。
+
その日も雨が降っていた。
所謂梅雨というものに季節は変わり、はっきりしない天気が続く毎日で。
その所為かもしれない。
最近、なんとなくキラの元気がないような気がして。
ぼんやりと窓の外を見つめることが多かった。
(猫って、雨が嫌いっていうしな…)
俺はその程度に思っていた。
そんなある雨の日。
その日に限って、職員室に呼ばれていた所為もあって、珍しく帰るのがいつもより遅くなってしまった。
(キラ、寂しがってるかな…)
過保護と呼ばれるかもしれないが、最近様子がおかしいせいもあって、俺はなんだか無性に心配になった。
心配というか…不安。
なんとなく胸騒ぎがして、雨足が強まる中、俺は急いで帰路に着いた。
(え…?)
ようやく家が見えてきたところで、俺は一瞬足を止め。
「キラ!?」
それから駆け足で玄関へと向かった。
「アスラン…」
「馬鹿! なんでおまえ、こんなとこで…」
どしゃ降りにも拘らず、キラは何故か玄関の外で蹲っていた。
「びしょ濡れじゃないか! ほら、早く中に入ろう」
「うん…」
抱えるように立ち上がらせて、キラと共に部屋の中へと入る。
「とにかく、体拭かないと。いや、シャワーの方が早いか…」
ぶつくさ言いながら、とりあえずタオルを取りに行こうと風呂場に向かおうとしたのだが。
「キラ…?」
何故かキラは、無言で俺のシャツを握り締めて放そうとしない。
そして唐突に、信じられない事を言い出した。
「…今日で、お別れ、なんだ……」
「え…?」
あまりに突然の事に、俺の思考はついていけずに。
「何、言ってるんだ? キラ…」
「あのね、…1ヶ月だけ、なんだ。こうやって、人間の姿でいられるの…」
途切れがちに言葉を続けるキラの声は、段々とか細くなって。
「こんな風に…アスランのそばに、いられるの」
そう言った途端、キラの瞳から大粒の涙が零れた。
「なんで…」
何故そんな大事なことを言わなかったのだと、問い詰めることはできなかった。
”言えなかった”のだと、わかっていた。
(だから…)
だからずっと、浮かない顔をしていたのか。
ひとりでずっと、別れが近づいていることに耐えて……。
「キラ…っ」
「アスラン……!!」
思わず抱きしめた体は、冷たくて。
どんなに抱きしめても、その震えは治まらなかった。
それはきっと、雨に濡れたせいだけじゃなくて。
「ね、アスラン。…して?」
「キラ」
「僕のこと忘れないように。いっぱい」
「キラ…!」
キラの体を抱き上げて、寝室へと向かう。
ここでも、何度も繋がった。
どこが悦いのか、とか。
どんな表情で啼くのか、とか。
全部、知ってる。
忘れるわけがない。
忘れられるはずが、ない。
「は…ぁ、あ…ん。アス…ラン…、もっと…!」
「キラ…っ」
雨音を掻き消すほどに、キラの甘い泣き声が響く。
今まで以上に、激しく交わり続けて。
そして、何度目かの絶頂を迎えた時。
俺は不覚にも、意識を手放した。
(泣いてる…?)
どこかで、誰かが泣いているような気がして。
ぼんやりと覚醒を始めた頭に、それが雨音だと認識されるのに少しだけ時間がかかった。
いつものように、そこにあるはずの温もりを抱き寄せようとして。
「キ、ラ…?」
けれど、そこに在ったのは自分だけで。
シーツにも、この指先にも。この、躯にも。
キラの温もりは、こんなにはっきりと残っているのに。
「キラ!!」
『アスラン』
甘えたように名前を呼ぶ声も。
擦り寄ってくる躯も、もう、そこにはなくて。
「キラ……っ」
雨音に混じって、微かに猫が鳴いたような気がした。
+
キラがいなくなってから、1週間が経とうとしていた。
梅雨ももう終わりの兆しが見えたその日、俺はどうにか重い腰を上げて学校に行った。
あれからというもの、俺は何もする気が起きなくて。
学校すら、まともに行けない状態だった。
どうにかこうにか登校したのはいいけれど、心配するクラスメイトの声も、授業を進める先生の声も、何も耳に入ってはこなかった。
(キラ…)
キラに出逢う前は、自分がこんな風になるなんてこと、思いもしなかった。
たった1ヶ月。
一緒にいたのは、たった1ヶ月なのに。
(キラ……っ)
何も手に付かない。
無気力なまま、1日が終わる。
そうして、下校しようとした時。
「雨…?」
天気予報など見る気も起きなかった。
確かに曇ってはいたけれど、朝は降ってなどいなかったから、傘など持ってきてはいなかった。
「雨、か…」
猫のキラと出逢ったのも雨の日だった。
そして、別れた日も ―― …
「……っ」
振り切るように、雨の中に足を踏み出そうとして。
「あ、あの…っ」
突如掛けられた言葉。
そして、差し出された傘。
「よかったら、その…」
聞き間違うはずがない。
でも、信じられない。
……信じたい。
ゆっくりと振り返る。
「一緒に…帰ろう……?」
はにかみながら、微笑う顔。
綺麗な、アメジストのような瞳。
「ね、アスラン」
「キラ…っ」
その日も、雨が降っていた。
まるで、唄うように。
--- 2006.1.3 ---
俺の名前はアスラン・ザラ。
プラントでも屈指の名門・ザラ家の嫡男だ。
その所為もあり、父上が毎日のようにこれまた名家のお嬢さん方の写真を山のように持ってくる。
所謂見合い写真というものだ。
はっきり言おう。
うんざりだ。
いかに父上が(父上的に)良縁を持ってこようとも、俺には心に決めた人がいる。
まだ幼い頃、一緒に毎日を過ごした幼馴染。
泣き虫で甘ったれで、でも笑顔が凄く可愛くて。
今、どうしているのだろう。
可愛さも更に増しているに違いない。
俺が引っ越すことになって、泣く泣く離れるしかなかった。
でも今なら、もう二度と離れたりしないのに。
「アスラン! アスランはいるか!?」
……またか。
俺があの子の面影に浸っていると、父上の大声が屋敷中にこだました。
どうせまた見合いの話なんだろうが…
もういい加減にしてくれと言いたいのはやまやまだが、かと言ってあまり父上を無下にすることもできない。
仕方ない、階下(した)に降りるか…
「父上、お呼びですか?」
「アスラン、ちょっとこっちへ来なさい」
重い気持ちのまま居間の扉を開けると、相変わらずの仏頂面で父上がそこにいた。
息子の俺が言うのも何だが、毎日苦虫を噛み潰したような顔で疲れないだろうか。
笑った顔など、生まれてこの方見たことがないぞ、俺は。
それでも母上に言わせると、父上は”あれで結構可愛い人”らしい。
……よくわからない…
「何をぼーっと突っ立っている。早く中に入らんか」
「あ、はい」
しまった。
とりあえず中に入るか…
ん……?
扉の影に隠れて先ほどは見えなかったが、どうやら父上の横に誰かいるらしい。
「今日から我が家に来てもうらことになった、新しいメイドだ」
父上の言葉に、そのメイドはおずおずと頭を上げた。
「………っ」
「…あ、えと…」
言葉にならない。
けれど、この俺が間違えるはずなどない。
一時も忘れたことなどなかった。
その栗色の髪、アメジストのような紫の瞳。
そう、そこにいたのは紛れもなく ――
「キラ…っ」
心に決めた唯一人の相手 ―― キラ・ヤマトだった。
その夜、夢を見た。
ずっと再会を願っていたキラに、どんな形であれ逢うことができたからだろう。
幼い頃の面影を残したまま、想像以上に綺麗になっていたキラ。
そのキラと、心身ともに結ばれる ――
嗚呼、俺はなんて幸せ者なんだろう…
どうせなら録画でもしたいくらいだ、などと頭のどこかで思いつつ。
夢だとわかっていても、覚めないでくれと祈りつつ。
それでも無情に朝はやってくるのだった。
「…ん、ぅ…」
……ん?
「……は…」
………んん?
なんだ?
なんだか甘ったるい声と、湿ったような音が足元から聞こえてくるような…
しかも妙に心地よい気だるさが、下半身から這い登ってくるような…
「ア…スラン……」
「…って、キラ!?」
俺はまだ夢を見ているのか…?
って、違う!
一瞬で目が覚めた俺が布団を跳ね除けると、そこには必死に俺に奉仕をしているキラがいた。
「キラ!? なんで、おまえ…」
「ん…、だって……」
顔を真っ赤にして、目には涙さえ浮かべて、それでもキラはその行為をやめようとしない。
突然のことに、俺は動揺を隠せない。
それでも戸惑いつつも、俺の躯はしっかり反応を返していた。
そりゃ、俺だって男だし。
なんでこんなことになっているかなんてわからないけど、それでもやっぱり自分の好きな子にこんなことされて、喜ばないわけがない。
キラの舌遣いは決して巧くはないけれど(巧かったらそれはそれでショックだが…)、確実に俺を昇りつめさせていた。
「キラ、もういいから。じゃないと…」
「だめ、だよ。ちゃんと…」
そろそろ限界がきそうだから、やめるように促したけれど、キラはやめるどころか頑なにその行為を続けて。
…結構頑固なところも相変わらずなんだな。
……なんて考えてるどころじゃなかった。
まずい、もう……っ
「キラ…っ」
「……んぅ…っ」
我慢しきれず吐き出した白い熱を、キラはこくんと飲み干した。
「キラ、なんで…」
「………」
キラはやっぱり顔を赤くして俯いたまま、何も答えない。
手を伸ばして、その瞳を覗き込もうとしたのだが…
「キラ…?」
キラはおずおずとベッドの上に上がってきたかと思うと、まだ横たわったままの俺の上に跨るように膝をついた。
それからそっとスカートの裾を口に咥え、震える指で音もなく自分の下着を降ろした。
俺の目はまるで瞬きを忘れてしまったかのようだ。
キラの一挙手一投足に、視線は釘付けで。
目の前で繰り広げられる光景に、先程達ったばかりだというのに、俺はすっかり元気を取り戻していた。
そんな俺に気付いているのだろう、キラは恥ずかしさで更に顔を赤くしながらも、それでも恐る恐る、腰を落としていく。
「…ん……」
裾を咥えていても、甘い吐息はその隙間から洩れて。
遂に入口に触れた…のだけれど。
「キラ、このままじゃ挿入(はい)れない」
「……っ」
思った通り、キラのそこは狭くて。
どうしていいかわからないキラは、涙目のままそれでも一生懸命腰を落とそうとする。
そんなキラを見かねて、俺はシーツについていたキラの片手を、バランスを崩させないようにそっと取った。
「………?」
不思議そうな顔をするキラに、そっと微笑んで。
「……っ」
その指を、唐突に咥えた。
一本一本、丁寧に舐め上げて。
ちらとキラの顔を見遣ると、戸惑った表情を浮かべて、それでもたまにぴくんとその肩が揺れているのがわかる。
指も何気に性感帯だから、感じてるんだろうな、恐らく。
それはそれで俺は嬉しいんだけど。
俺の唾液ですっかり濡れた指を、キラの入口にまで運んでやる。
「これで拡げてみて?」
「……」
キラは不安そうな目をしていたけれど、それでも俺の言葉に頷いて。
恐る恐る自分の指を埋めていく。
「……っ」
異物の挿入に、キラは眉を顰め、それでも必死に耐えていた。
1本、2本と少しずつだけれど本数を増やして、どうにか3本まで入るようになった頃。
「キラ、もう大丈夫」
そう言ってやると、キラはほっとしたような顔で指を引き抜き、それからまたおずおずと俺の上に腰を落としていく。
「…ぅ……っ」
すんなりとまではいかないけれど、それでもゆっくりと、確実にキラの内に俺が挿入(はい)っていく。
そこは想像していた以上に狭くて、熱い。
「キラ…」
夢みたいだ。
でも、これは夢じゃない。
確かにキラと俺は今、ひとつになってる。
「ね、キラ。動いて?」
甘えるようにそう強請ってみると、キラは真っ赤な顔で、それでもどこか嬉しそうに頷いた。
―― 夢みたいだ。
……って、何度思ったかな、俺。
でも夢じゃない。
互いの熱と汗で、シーツも服もぐちゃぐちゃだけど。
それすらも、これが現実だって教えてくれる。
「キラ」
ぐったりと俺の胸に体を預けるキラの髪を、そっと梳いてやる。
昔もよく、一緒に眠ったものだったけれど。
その時分かち合ったぬくもりとは、また別のぬくもり。
幸せすぎて忘れそうだったけど、なんでまたキラはいきなりこんなことしたんだ?(嬉しいけど)
「キラ。おまえ、なんでこんなこと…」
「え、だって…。メイドの仕事なんだよね、これ」
「………は?」
よくよく訊いてみると、うちに前から居るメイドに、間違った知識を吹き込まれたらしい。
曰く、メイドの朝一の仕事は、ご主人様へのご奉仕。
…まあ、おそらくは、そんなことをして俺を怒らすよう仕向けて、キラを辞めさせようとしたんだろうな。
所謂新人いびり(いじめ)というやつか。
……むしろ俺にとっては逆効果なんだがな。
感謝するぞ、俺は。
てか、俺に対してで本当によかった…!
…と、安堵の溜息をついていると。
「……えと、嫌、だった…?」
何を勘違いしたのか、キラは泣きそうな顔でそう訊いてくるから、思わず苦笑してしまった。
「そりゃ、驚いたけど。でも嬉しかった」
「本当…?」
「ああ」
そう答えると、キラは本当に嬉しそうに微笑んで。
…そんな笑顔、反則だ。
ただでさえ可愛いのに……っ(←重症)
とにもかくにも、間違った知識だけは正そう。
俺が他のメイドとそんなことしてた、とか勘違いされても嫌だし。
…と、思ったのだけれど。
「アスラン。あのね」
「ん?」
「僕、頑張るから、その…」
「キラ?」
「ずっと、ここにいさせて?」
はにかみながら、そっと上目遣いでそんなことを言われて。
言葉をなくした俺は、ぎゅっとキラの体を抱きしめた。
…こうして、俺の薔薇色の日々がスタートした。
--- 2005.9.23 ---
「ん…、ダメだ…よ、まだお掃除…終わってな……」
「キラ…」
「ぁ…、…ん……」
耳朶を甘噛みしながら、そっとエプロンの隙間に手を忍ばせる。
緩々とその肢体に手を這わせていくと、段々とキラの躯から力が抜けていくのがわかる。
「キラ」
「アスラ…」
名前を呼ぶ唇を塞いで、逃げようとする舌を絡め取ると、キラの手から箒がするりと床に落ちた。
「んぅ…」
散々その柔らかい唇を貪ってから、徐にキラの躯を書斎の机にうつ伏せる。
「キラ…、挿れるよ…」
「う、ん…」
スカートをたくし上げて、後ろからその熱い内に猛り立った自身を埋めていく。
「あ、ぁ…っ」
「キラ、こっちも熱い…」
内と同様、熱いキラを掌で握りこむと、先端から蜜がどんどん溢れ出していく。
「凄いね、キラ。そんなに気持ちいい…?」
「やぁ…っ、言わない…で」
「どうして? 気持ちよくない?」
「違…」
「じゃあ、言って?」
耳元で甘えるように囁くと、キラは真っ赤な顔を机に突っ伏してしまった。
「……気持ちよすぎて…おかしくなりそう……」
けれど、聞き取れないほどの小さな声でそんなことを言われた俺は、それこそ天にも昇るような気持ちだった。
「よく言えたね、キラ。もっと気持ちよくなって?」
「は、あ…っ」
キラの好きな場所を、何度も何度も擦り上げる。
その度、キラの内は俺を締め付けて。
「アスラン、…も、だめ……っ」
「キラ…っ」
陽の光が差し込む書斎で、俺たちは同時に果てた。
キラがメイドとしてザラ家にやって来てから、かれこれ2週間が経とうとしていた。
あの日以来、俺の毎日は薔薇色…というか、愛しいキラとの愛欲生活を満喫しまくっていた。
俺の朝はキラのご奉仕から始まる。
間違った知識を他のメイドから植え付けられてしまったキラは、毎朝欠かさずご奉仕してくれる。
てか、”メイドの朝の仕事はご主人様へのご奉仕”という間違った知識はどうにか正したんだ、俺は。
けど…
『でもアスラン、その…、気持ちよくなってくれるんだよ、ね…?』
そんな風にキラが上目遣いで訊いてくるもんだから、俺は思わず素直に頷いてしまったわけで。
そしたらキラは、
『じゃあ、僕、頑張るから…っ』
…って、何故か妙に張り切る始末。
いや、俺としては喜ばしいことこの上ないんだけど。
で、結局、朝はキラのご奉仕で目が覚めた俺は、そのままキラをいただいた後に朝食。
それから、書斎で本を読んだり勉強したりして昼食。
その間、キラは掃除したり、洗濯ものを干したりとか、いろいろ俺の身の回りの世話をしてくれたりするんだけど。
ずっと好きだった相手が、メイド服なんか着て傍にいたら、勉強なんか手に付くはずもないじゃないか。
…で。
気がついたら、キラの掃除の邪魔をして、書斎の机とか、ソファの上だとか、本棚の陰だとかでセックスしてるんだよな…
真昼間だぞ?
しかも、ただでさえ毎朝してるんだぞ?
キラの躯にどれだけ負担かけてると思ってるんだ、俺!?
……といっても、どうも我慢できないんだよな…
てか、最低じゃないか、そんなの。
好きだからって、何をしても許されるわけじゃない。
わかってるんだけど…
(重症だな、俺…)
いつでもキラに触れていたい。
それこそ、離れていた時間を埋めるかのように。
(けど…)
言い訳するわけじゃないが、朝も昼も…ときて、それじゃあ夜はどうなのかというと、これが夜だけは話は別だったりする。
どちらかといえば、夜、ゆっくりベッドの上で…というのが理想なんだけど。
一緒に眠る、という俺的には一番の重要ポイントが、キラにとってはダメらしい。
曰く、
『メイドがご主人様と一緒のベッドで眠るなんてできないよ!』
…なんだそうだ。
(メイドとか、そんなの関係ないのに)
俺はキラだから好きだし、キラだからあんなこともしてるのに。
そりゃ、確かにメイド姿のキラも可愛いし、朝のご奉仕も嬉しいけど。
(…よし)
俺はある決意を胸に、夜が来るのを待った。
その夜。
俺はそっと自分の寝室を抜け出し、隣の部屋へと忍び込んだ。
月明かりだけを頼りに、キラの眠るベッドへと近づいていく。
キラは、無防備に安らかな寝息を立てていた。
(キラ…)
その柔らかな髪を梳くと、ぴくりと肩が動いた。
「キラ……」
低く、甘く耳元で囁いてから、そっと唇を塞ぐ。
「…ん…」
静かに瞼が開かれ、その宝石のような瞳が俺の姿を捉えた。
「アスラン…?」
「キラ」
まだぼんやりとした瞳を向けるキラに微笑んでから、再び唇を塞ぐ。
今度は先程よりも、激しく。
「ん、ぅ…っ」
今度こそ本当に目が覚めたらしいキラが、慌てて俺の体を離そうとした。
「アスラン!? ど、どうしたの…?」
「ん? 所謂”夜這い”、かな」
「ええ!?」
「キラ…」
キラの柔らかい肌に顔を埋めようとした俺であったのだが。
「ダ、ダメ!!」
力いっぱい抵抗にあってしまった俺は、呆然としてキラを見つめていた。
「キラ…?」
キラは瞳にいっぱい涙を溜めてこちらを見つめている。
その姿に、先程の抵抗よりもショックを受けた俺がいた。
(そんなに…嫌なのか……?)
あれだけ躯を重ねていても、この想いは届いていなかったのか?
確かに身勝手な想いではあるけれど。
でも、それでも。
「…ごめん、キラ」
「え…」
「何もしないから。だから、せめて…一緒に眠っていい…?」
「ダメ…」
躯を重ねないまでも、せめてキラの体温を感じながら眠りたいという俺のささやかな願いさえもあっさり一蹴されてしまった。
あまりにショックすぎて、魂さえも抜け出てしまいそうな俺に、キラは涙ながらにこう訴えた。
「だってそれじゃ…メイドでいられなくなっちゃうよ…」
「…は?」
あまりに予想外な答えに、思わずまじまじとキラの顔を見つめてしまった。
キラは赤い顔をして、でもまだ泣きそうな顔で、視線をふいと逸らした。
(そういえば…)
やけにキラはメイドであることに拘っていた。
なんでまた…
「キラ、どうしてそんなにメイドに拘るんだ?」
「だって…」
ここは直球で訊いてみるしかない。
「メイドじゃなきゃ、アスランの傍にいられない…っ」
「へ…?」
キラの話はこうだった。
俺が引っ越した後、キラの家族もまた別の場所に引っ越していたらしい。
そしてその後、引越し先が暴動に遭い、そのどさくさで家族ばらばらになってしまった。
それを期にプラントにやって来たキラが仕事を探していたところに、俺の家 ―― つまりはザラ家がメイドを募集しているのを見つけたということだった。
「本当はプログラマーの仕事探してたんだけど、君の家がメイド募集してるの見つけて。これなら君の傍にいられるから、って。それで、僕…」
(…ん?)
今、さらりと物凄く嬉しいことを言われた気が……
「僕、君に…ずっと会いたかったから…」
「キラ…っ」
なんてことだ。
キラも俺と同じ想いでいてくれていたなんて…!!
「けど…」
「けど?」
「……君が僕のこと忘れてたらどうしよう、って」
「…え…?」
「会いに行って、もし、君が僕のこと忘れてたらって思ったら、怖くて」
「…っ!? そんなことあるわけない!!」
「でも、僕は…怖くて。だから、メイドとして行けば、もし君が僕のこと忘れてたとしても、君の傍にいられるって思ったんだ。だから…」
「キラ…っ」
なんということだ…っ!!
俺は自分が恥ずかしくなった。
キラは、ここまで俺のことを想っていてくれたなんて。
自分を恥じると同時に、これまで以上にキラへの愛しさが溢れてきた。
どうしたら、この想いをキラに伝えられるだろうか。
俯いてシーツを握り締めているキラの手に自分の手を重ねる。
「アスラン…?」
「ありがとう、キラ」
そしてそのまま、キラの体を抱き寄せた。
「ね、キラ。もうメイドの仕事とか、しなくていいから」
「だって、それじゃ…」
「そんなことしなくても、俺の傍にいて?」
「え…」
驚きに見開かれたキラの瞳を覗き込むようにじっと見つめる。
月明かりに照らされたその姿は、とても幻想的で。
でも、この温もりは幻でも、夢でもないから。
「俺もずっと、キラに会いたかった。ずっと…キラのこと、好きだったから」
「アスラン…」
「だから、会いに来てくれて嬉しい。そんな風に俺のこと想ってくれてたって知って、もっと嬉しいんだ、キラ。だから…」
「でも…」
「俺、メイドとしてじゃなく、キラと結ばれたいんだ」
「……っ」
俺がそう言うと、宵闇の中でもキラが赤くなるのがわかった。
「ね、キラ。俺の傍に、いて?」
でもキラは、ふいに視線を逸らして、それからまた俯いてしまった。
「キラ…?」
「………の?」
「え?」
消え入りそうな声で呟いたキラに、もう一度問いかける。
するとキラは、おずおずと顔を上げて。
「アスランの傍にいても、いいの…?」
やっぱり微かな声で、そんな事を言うから。
「ずっとずーっと、俺の傍にいて。キラ」
俺はそう言って、ぎゅっとキラを抱きしめた。
「うん…っ」
嬉しそうに微笑うキラの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
その雫を掬いとるようにキスをする。
何度も瞳にキスを繰り返すと、くすぐったいのかキラはくすくすと笑い出した。
先程までの緊張がすべて解けたかのように、体の強張りもなくなっていた。
それを確かめてから、俺は徐にキラの下肢へと手を伸ばす。
「アスラン?」
突然のことに、慌てたようなキラの声が頭上からふってくるけれど、俺はお構いなしでキラのそれを口に含んだ。
「や、…ぁ、ん……」
「悦い声」
俺の舌が這い回る度、キラの口からは我慢しきれず甘い声が洩れて。
「ダ、メ…、アスラン…!」
「なんで?」
「だって…、ぁ…、そ…れ、は…、ご主人様がメイドにしちゃダメ…なの…」
切れ切れの息の合間から訴えかけられた言葉は、なんというか…キラらしいというか。
俺は思わず愛撫を止めて、吹き出してしまった。
そういや俺、いっつもしてもらうばっかりで、俺からこれをするのは初めてだな。
「…なんで笑うの…?」
「だ、だって、キラ……」
頬をぷうっと膨らませて恨めしげにこちらを見つめるキラに、俺は笑いが出るのを必死に我慢しながら説明した。
「さっき言ったばっかだろう? もう、メイドじゃないだろ」
「あ…」
…ほんとに、キラらしいというか。
まあ、そんなとこも好きなんだけど。
そんなこんなで、先程の続きに耽ろうとした…のだが。
「でもダメ」
「…キラ?」
「僕だけじゃ、ダメだよ。…アスランも気持ちよくなきゃ、ダメ…」
そう言うや否や、キラは体を起こし、羽のように軽く俺の唇に触れてきた。
「ね? アスラン」
「キラ…」
俺の体をそっとシーツに横たえたキラは、そのまま覆い被さってきた。
「ほら、アスランも…もう、こんなになってる」
愛しそうに俺に触れ、そのまま舌を這わせていく。
「キラも…、掬っても掬ってもいっぱい溢れてくるよ」
「ん…、だって、…アスランだから……」
部屋に充満する、甘い吐息と淫猥な水音。
けれどそこに存在する、あたたかい空気。
しばらく互いを愛撫し合って、喉元に互いの熱を感じて。
そして、その夜。
俺とキラは晴れて心身ともに結ばれたのだった。
…で。
それから俺たちがどうしたかというと。
「…キラ、メイドはもういいって言ったのに……」
「え、だってなんか、お掃除する時はこっちの方が落ち着くんだもん」
実はメイドの格好をするのはものすごく恥ずかしかった…とあの夜教えてくれたキラだったが、なぜかその後もちょくちょくメイド服を着用していた。
なんだかんだ言いつつ、結構気に入ってた、とか?
まあ、俺としては、キラのメイド姿はそれはもうものすごーく可愛いから、何気に喜んでたりするのではあるが。
「キラ、おいで」
「ダ、ダメだってば! アスラン、まだお掃除が…」
「キラ…」
「…もう…」
そんなこんなで、俺たちはあいもかわらず幸せな日々を過ごしていった。
--- 2005.10.25 ---
「昔…友達に……、大事な友達にもらった、大事なもの、なんだ…」
「………そう」
ただ、その一言を残して。
去っていく背中。
あの日と同じ、別れ。
…あの日と、違うのは。
―― もう二度と、逢えない。
(嫌だ…)
そんな、確信にも似た惧れ。
(嫌だ、嫌だよ……っ)
……もう、二度と。
「……スラ…」
「キラ?」
様子のおかしいキラに気づいて、カガリが声をかける。
キラはトリィを手にしたまま、その場でガクッと膝をついた。
「キラ!?」
キラは肩を震わせている。
「どうした、キラ」
カガリは自分もしゃがみこみ、キラの肩に手をかけようとする。……が。
「……アスラン………っ!!」
絞り出すように、叫んだ名前は。
「おまえ…?」
あの時、あの島で。
出会った、ザフトのパイロットの名前だった。
「ほら、さっさと行こうぜ」
「ああ…」
(これで、いいんだ……)
後ろ髪を引かれながらも、車に乗り込もうとした、その時。
「……アスラン………っ!!」
自分の名を呼ぶ、その声は。
「アスラン、アスラン、……アスラン ―― !!」
―― どくん
「なんであいつ、おまえの名前…」
―― どくん
「アスラン? どうしたんですか?」
―― どくん
「おい、アスラン! どうした」
「アスラン!!」
「キラ!!」
気づいた時には駆け出していた。
一番大事な、相手の許へ。
一番大切な人の、名前を呼びながら。
無我夢中で、叫んでいた。
ずっと呼びたかった、名前を。
目を上げた、先に。
「キラ!!」
走ってくる姿が。
「アスラ…ン…?」
(幻…じゃない)
「アスラン!」
「キラ」
その姿を認識するが早いか、キラはガバッと立ち上がっていた。
駆け出してきたアスランは、少しだけ息があがっていた。
「キラ…」
息が苦しくなる。
ずっと、呼んでほしかった。
ずっと、呼びたかった。
この息苦しさは、先程のものとは違う。
すっと、アスランの手が差し出される。
「キラ、来い」
それは、何度も呼びかけた言葉。
そして何度も、頑なに拒んだ言葉。
…けれど。
本当は、一番欲しかった、言葉。
「キラ、俺と一緒に来い」
何かが、自分の中で弾けた。
それまで何も言えず、事の成り行きを呆然と見ていたカガリの方を振り仰ぐ。
その表情(かお)を見て、カガリはハッとした。
「キラ、おまえ…」
……それは、
今まで見たことのないくらい、穏やかな顔で。
「ごめん、カガリ」
その一言で、キラが今から何をしようとしているかは充分すぎるほどわかった。
「……勝手にしろ ―― っ」
顔を背けて、呟いていたのはそんな言葉で。
止めても無駄だと、心のどこかでわかっていたから。
カシャン
キラは何も言わず、フェンスを乗り越えた。
そして。
一番大切な人の許へと。
「……っ、死ぬなよ、キラ!!」
「…君も」
交わしたのは、それだけ。
ふたりの事情など知らない。
関係を聞いていたわけでもない。
それでも、カガリにはわかってしまったから。
だから、せめて。
(死ぬなよ……)
トリィを胸元に入れて、フェンスに手をかける。
きっとこのフェンスは、今までどうしても越えられなかった、心の壁。
越えたくて、越えられなかった、何か。
でも、今ならできる。
差し出されたその手を。
もう二度と、手放したくない。
離れたくない。
自分の心には、もう、嘘はつけない。
「おいで、キラ」
「うん」
飛び降りる。
その先にあるのは。
罪と。
罰と。
そして。
誰にも、何にも譲れない、一番大切な人。
だから、いい。
何があっても。
アスランがいれば、それでいい。
繋いだ手の温もりは、昔と変わらず。
自分が一番欲していたものをくれる。
「こっちだ」
アスランの仲間らしき人たちの待つ車に乗り込む。
「アスラン、どういうことだ!?」
「理由(わけ)は後で話す! 出せ!!」
走り出す車のシートに体を預けて、目を閉じる。
隣には、ずっと焦がれていた温もり。
「もっと早く、こうすればよかったんだね…」
ぽつりと呟いた言葉に、アスランがそっとキラの肩を抱く。
「そうしてれば……っ」
「…いいよ」
抱いた腕に、力を込めて。
「今おまえはここにいるから、いいよ、キラ…」
もう二度と、離さないように。
--- 2003.4.22 ---
「おまえは今、ここにいるから。…いいよ ―― 」
そう言って、そっと抱かれた肩に伝わるアスランの温もりは、変わらず暖かくて。
思わず埋めた胸から聞こえてくる鼓動に、無上の安らぎを覚えて。
懐かしさと、愛しさに。
それまでずっと堪えていた涙が堰を切ったかのように流れ出し、声を出さずにキラは泣いた。
肩を震わせて自分の胸を濡らすキラに、アスランも何も言わず、ただその髪をずっと梳いていた。
よく昔、そうしたように。
そんなふたりの姿に何かを感じ取った3人は無言のまま、そのまま暫くの間車を走らせた。
そうして、モルゲンレーテの工場が視界から完全に消えた頃、
「…で? このまま戻っちゃっていいわけ?」
ちらと後部座席に体を預けるふたりに視線を投げて、車を運転するディアッカが口を開いた。
「…いや、一ヵ所だけ、寄って欲しいところがある」
静かに車がその場所の前で止まる。
ぼんやりと自分に体を預けているキラを促して、アスランは車を降りた。
静かな住宅街の一角。
掛けられた表札を見て、キラが小さく声を上げた。
そして思わず後ろのアスランを振り向いたキラが何かを言うよりも早く、アスランがその背中をそっと押した。
背中越しに伝わるアスランの体温に後押しされ、キラは足を踏み出した。
震える指で、インターフォンを押すと、間を置かずに中から小さな音が聞こえ、そして。
カチャ
開いた扉の先に。
「…キラ……!?」
「か…あさん……」
それはきっと、ほんの数秒。
けれど、永遠のように長く感じられた。
会うことを頑なに拒んだ、母を目の前にして。
ただ、お互いに。
その姿を、見つめるだけで。
つ、と。
カリダの瞳から、静かに一筋涙が零れた。
その透明な雫に、その場を覆っていた呪縛が解かれたように。
ぎゅっと、カリダがキラを抱きしめた。
優しく、けれど、強く。
「キラ…っ」
「母さん…っ」
言いたいことはたくさんあった。
けれど、言葉にならなくて。
ただ、その懐かしい温もりだけを感じていた。
しばらくそうした後、
「……アスラン君…?」
後ろに控えるアスランの姿に気づいたカリダが、懐かしさを滲ませて、その名を呼んだ。
「御無沙汰、してます…」
アスランもまた、懐かしさを滲ませて。
その姿と、キラを交互に見やってから、彼女はすべてを理解した。
すっとキラから離れてアスランの方に歩み寄り、そして。
ふわり
「え…」
アスランの体を抱きしめていた。
キラにしたように。
強く、優しく。
「…キラのこと、頼むわね」
その言葉に、ふたりが弾かれたように顔を上げた。
そんなふたりを見つめる瞳には、涙を湛えていたけれど。
それでも、意志の強い瞳で。
微笑んだ。
「かあさん…」
「…キラもアスラン君も、ずっと、うちの子よ」
ぎゅっとふたりを抱きしめて、そう囁いた。
「いつでも帰ってきなさい」
―― そう、だから今は。
「いってらっしゃい」
「…はい…っ」
●
「ストライクのパイロットだとぉ!?」
ブリッジにイザークの怒声が響き渡る。
キラを連れ、艦に戻ってきた途端 ―― 当然といえば当然であるが ―― キラの身許を問い質されたのだった。
予測していた展開ではあるが、イザークの憤り方は凄まじく。
ディアッカは唖然とし、ニコルはなんとなく予想していたのか、そう驚いた風でもなく。
三者三様の反応の中、当のキラはそれでも真っ直ぐに彼らを見つめたまま立っていた。
アスランは何も言わず、それを見守っていた。
口出しは無用だと、キラに釘を刺されていたせいもある。
心中は決して穏やかではなかったが、それでもキラは言い出したら聞かないから。
それにまた、これはキラ自身で決着をつけるべき問題であるとも、わかっていたから。
「貴様ぁ! どの面下げてここにいる!!!」
「まあ、落ち着けって、イザーク」
いつものようにディアッカが宥めにかかるものの、ディアッカもやはり好奇の目をキラに向けていた。
「離せ、ディアッカ!!」
憤慨したままイザークがディアッカの手を払い除ける。
そのままキラの元まで行き、その胸座を掴んだ。
「この傷はなぁ」
左手でぐいと自分の顔の傷を指差して、キラに詰め寄る。
「地球に降りる時、貴様がつけたものだ!!」
「!」
”地球降下”と聞いて、キラの体が瞬間強張った。
それを見逃すアスランではなかったが、それでもじっと押し黙ったままで。
「…そう、君が……デュエルのパイロット、なんだ…」
か細い声がキラの口から洩れた。
「そうだ! あの時のこと、俺は忘れはしないからなっ」
憤怒の形相のイザークとは対照的に、すっとキラから表情が消えた。
「…僕も、忘れてないよ……」
抑揚のない声で、そう言って。
ふっと、生気のない瞳で、笑った。
「………?」
その様子に毒気を抜かれたというよりも、何かを感じ取った4人はそのまま何も言えずに、その場にしばらく沈黙が訪れた。
知るはずもないことだ。
あの女の子を守れなかったこと。
シャトルが貫かれた瞬間を、何もできずにただ見ているしかできなかったこと。
「君のその傷の痛みは…僕にはわからない」
沈黙を破ったのは、小さな呟き。
「でも、”痛み”は知ってる」
―― 傷付ける痛み。
傷付けられた痛み。
守れなかったことへの、痛み。
数え切れない、ほどの。
そして、何よりも。
「だけど、君だって知らないでしょう…?」
一番大切なものと、傷付け合った ――
「僕とアスランの痛みは…僕たちにしか、わからない……」
キラの瞳が揺れて。
ふっと、微笑った。
哀しく、そして。
儚げに。
「キラ…」
堪えきれずにアスランが名前を呼ぶ。
思わず伸ばされた手に、自分の手を重ねて。
キラがアスランの肩に、顔を埋めた。
「アスランと、あなたは…」
それまで控えていたニコルが、口を開く。
「僕とアスラン、幼馴染なんだ」
穏やかに、キラが言葉を続ける。
「物心ついた頃からずっと一緒で…、ずっと、……ずっと、一番大切な、ひと」
声音も、表情も。
とても、穏やかで。
そしてそれをすぐ傍で聴くアスランもまた、穏やかな気を纏っていて。
否でもわかってしまう。
このふたりが、どんなに互いを想っているか。
「で? そのあんたが何であんな機体(モン)に乗ってたわけ?」
それはこの場の全員が抱いていた疑問。
恐らくは、当のふたりも。
「…僕は、ただの学生だったんだ」
ぎゅっと、アスランの手を握るキラの手に力がこもる。
「君たちが、ヘリオポリスに攻めてくるまではね」
「!!」
―― あの日。
平和であるはずのあの場所が、戦場になり。
そして、一番会いたかった相手と、皮肉な再会をすることになった、あの時。
「偶然だったよ。だけど、あの場所に僕はいて、僕しかストライクを動かせなくて。僕があれに乗らないと…みんな死んじゃうと思ったから」
みんな、ただの学生だったのだ。
普通に学校に行って、授業を受けて。
そんな普通の日のはずだったのだ、あの日も。
「僕はただ…友達を、守りたかっただけだよ……」
『僕は地球軍じゃない』
アスランに告げた言葉は嘘ではなかった。
地球軍だから味方したんじゃない。
ナチュラルだから、とか。
コーディネイターだから、とか、そんなことは関係なかった。
ただ、友達を。
自分の、命を。
守りたかった、だけなのに。
「戦いたかったわけじゃない。誰も好きであんな機体(もの)に乗ったわけじゃない。…アスランと」
今また隣に在る、アスランの翠の瞳を見上げて。
「戦いたいなんて、…誰が、望むもんか……っ」
―― そう。
本当は、望んだことはたったひとつだったのに。
「君たちも、守りたいものがあるから戦ってるんだって、今はわかるよ。中立であるはずのあの場所にあんな機体がある方がおかしいってことも。…けど」
憂いを投げ捨てるように、強く言い放つ。
「君たちがしたことが、戦いを望まない人たちを戦争に巻き込んだということも、…忘れないで」
その言葉に、4人の体に衝撃が走る。
忘れていたわけではない。
確かに目にしていた。
ただ、きっと。
理解は、していなかった。
大義のためと、信じ。
それが正しいと信じ、戦った。
けれどキラの言葉もまた、確かに真実なのだ。
「巻き込まれたって言うおまえがそれでも戦ってたのはその友達とやらのためなんだろう? それが今、ここにいるってのはどういうこと?」
ディアッカが軽口を叩くように、けれどその瞳は真剣な色を湛え、キラに向き直る。
イザークは忌々しげにそっぽを向いたままで。
ニコルは、じっとただ静かに事の成り行きを見守っていた。
そんな中で、キラはゆっくりと口を開いた。
「僕は…もう、嘘なんかつけなかった」
その微笑みは、どこかしら壊れてしまいそうなほど、脆く。
それでも、その言葉は。
強く、真っ直ぐで。
「本当は、ずっと。…アスランと、一緒にいたかっただけなんだ」
たとえ、何を捨てても。
罪と、罰を。
背負って、いくとしても。
「もう二度と、離れたくないから」
●
機械的な音とともに、ドアが開く。
案内された部屋は、アークエンジェルであてがわれていた部屋と、さして変わらぬ造りをしていた。
ともに軍艦なのだから、当然といえば当然かもしれないが。
「この部屋、自由に使っていいから」
前を行くアスランが振り向いて、キラに笑いかけながらそう告げた。
「うん。…ありがと」
本来ならば、自分は捕虜として扱われるべき立場なのであろうが、アスランの計らいで、こうして部屋まで与えられている。
きっとまだ、自分の知らぬところで尽力してくれているのであろう。
それを億尾にも出さずに振る舞うところもまた、昔と変わらない。
そうして、それに無条件に甘えている自分も。
そんな物思いを打ち破るかのように、胸元がごそごそと動いた。
「あ」
慌ててキラが襟元を開く。
《トリィ》
ひょこっと、トリィがその頭を覗かせた。
「ごめんトリィ、狭かったよね」
本当に申し訳なさそうに謝るキラの肩にひょいと乗って、まるで頬擦りするように緑の体を寄せる。
嬉しそうにトリィと戯れるキラに、アスランはじっと視線を注いでいた。
言葉にできないほどの、愛しさと共に。
「……本当に、まだ…持ってたんだな」
「え?」
「ラクスが教えてくれた。おまえがまだトリィを大事にしてくれてる、って」
とっくに処分しているのだと思っていた。
そうでなくても、あの戦禍の中をくぐり抜けているとは思いもしなかった。
「だって、アスランがくれたんじゃんか」
キラが不思議そうに言う。
「いつも一緒だったんだよ。アスランがいなくなってから…君の代わりに、トリィがずっと一緒にいてくれた」
泣き笑いのような顔で、微笑んで。
キラが言葉を続ける。
「でも凄いよね、トリィ。トリィのおかげで…君に逢えた」
涙を堪えるかのように、ぎゅっと目を閉じる。
そんなキラに思わず触れようとして、でもそこでアスランは手を止めた。
何かを言いかけて、視線を彷徨わせて。
「うん…」
ただ、その一言しか言えずに。
ふわり
アスランの手が、そっとキラの頬を包む。
「明日一日は時間があるから、今日はもうゆっくり休めよ?」
―― あの後。
これからどうするか、5人で話し合った。
中立であるはずのオーブで見たもの。
平和であるはずの国にある、MS。
あんなものは、存在してはならないのだ。
そう、本当ならば。
どこにも。
けれど、あの場所には。
モルゲンレーテの工場には、確かに並び立つM1の姿があって。
それを動かすためにナチュラルの女の子達がいて。
そしてそのために、OSを書き換えた自分がいたのだ。
終わるわけがない。
戦う力がある限り。
戦禍が拡大することはあっても。
……だから。
協力するのはザフトのためじゃない。
それははっきりと明言した。
それでも彼らは受け入れてくれた。
利害が一致しただけかもしれない。
それでも構わない。
まだ、彼らのことは何も知らない。
だけど、アスランが信頼している相手ならば、信じることはできる。
それに、知らないのならば知ればいい。
知ることは、ときに不安や惧れを齎すけれど。
でも、知らないでいることは。
きっともっと、本当は。
ずっと、怖いことなのだと。
そう、今は思うから。
そっと触れられた指先から、アスランの体温が伝わってくる。
「アスラン…」
その温もりの心地よさに、思わず瞳を閉じてその手に自分の手を重ねる。
しばらくそうした後、目を上げると、アスランの翠の瞳がじっとこちらを見つめていて。
何か物言いたげな顔で、けれどその言葉を飲み込んだように、
「…じゃあ、俺は隣の部屋にいるから」
何かあれば呼べよ、と続けて部屋を出ていこうとする。
「え…?」
一瞬ぽかんとして、けれど、向けられた背中にハッとして手を伸ばす。
思わず、軍服の裾を掴んで引き留めようとすると、アスランは困ったように笑った。
「どうした? キラ」
「あ…」
アスランも疲れているのだ。
休める時に休んでおかないといけないことは、キラもまたアークエンジェルにいる間に知ってしまっていた。
―― 今は、戦争中なのだから。
けれど、それでも。
ようやく手にした懐かしい温もりを、優しさを。
離したくなくて。
ずっと、包まれていたくて。
自分の身勝手な我侭だということくらい、嫌というほどわかっていたけれど。
一度手にしてしまえば。
もう、どうしようもなくて。
自分よりも少しだけ背の高いアスランに、ちょっとだけ背伸びして。
キス、した。
それは軽く、触れるだけの。
…途端。
アスランがぐいとキラの体を引き離した。
何かに、耐えるように。
そんなアスランに、キラは今にも泣きそうな顔をして俯いた。
「あ…、そうじゃ、なくて…」
拒絶されたと勘違いしているキラに、慌てて言葉を続ける。
「今おまえに触れたら…歯止め、効かなくなるから」
苦笑気味に、そう告げて。
「じゃ…」
踵を返す背中に、焦ってキラが声を上げた。
「待って…っ」
その言葉に、アスランが足を止める。
けれど、振り向かぬまま。
「…いいよ」
そんなアスランの背中を、そっと抱きしめた。
「壊して、いいから」
●
「一緒にいたかっただけ、か」
「ん?」
デッキに並んで夜空に浮かぶ月をぼんやり眺めながら、隣のイザークがぽつりと呟いた。
濃い宵闇は海と同化して、その境界は定かでない。
時折、跳ねる水音とともに魚たちが水面に浮かぶ月を揺らす。
「しっかしまさか、あのストライクのパイロットとアスランが幼馴染だったとはね」
どうりであの優等生がいろいろやらかすはずだ、と納得するディアッカに、
「ふん」
イザークがふいと目線を海に落とす。
「あいつらの気持ちなんかわかりたくもないけどな」
「………」
素っ気なく答えるイザークの銀髪が、さらさらと音を立てて風に流れた。
月の光を浴びて幾筋も、夜闇を切り裂くように。
「…で? その傷、どうすんの?」
「……別に、どうもしない」
ストライクのパイロット ―― キラに負わされた顔の傷は、消そうと思えば消せたけれど。
敢えて残した理由(わけ)を、知っていたから。
「ま、そのままでも俺はいいけどね」
「なんでおまえに関係あ…」
心外だと言わんばかりに言葉を放つ唇を、すかさず塞ぐ。
「傷があったって、あんたは充分綺麗だからさ」
「ん……っ」
キスの合間に、そう囁いてみる。
「何するんだ、いきなり…っ」
白い肌を僅かに赤く染めて文句を言うイザークの腰を、それでも懲りずに引き寄せて。
文句を言いながらもしっかり応えていたことは、本人には絶対言えないけれど。
「おま…、ここでする気か!?」
「んー? いいじゃん」
「今、作戦行動中だぞ!!」
慌てて体を離そうとするイザークを、抱き込んだまま。
「だーいじょーぶだって」
「何がだ!!」
イザークの態度に怯みもせず、ディアッカはにっと笑ってこう言った。
「我らが隊長さんも、明日は朝寝坊のハズだからさ」
●
「…ぁ、あぁ……っ」
一際大きく啼いて、キラの躯がシーツに沈み込む。
荒い呼吸を繰り返しながら、それでもそれすらも貪るかのように口付けを交わして。
お互い、何度達したかわからない程ではあったが、それでもキラの内の自身は昂ぶったまま、それを受け容れるキラの躯もまたそれを放そうとはせずに。
(まだ…足りない……)
どれだけ交わっても、互いが欲しくて欲しくて堪らない。
どんなに互いの温もりに飢えていたのか。
触れてしまえばもう、キラに言った通りに、歯止めなどきくはずもなくて。
「…っと…」
絶え絶えの息の合間に、キラが熱に浮かされたように言う。
「もっと……っ、アス…ラン…、ぅ…ん……っ」
―― 月に居た頃に、一度だけ躯を重ねたことがある。
お互い、あの頃より、胸も肩も広くなっていたけれど。
キラの体は、華奢なままで。
その腕に、その背に、あれだけの重圧を独りで抱えていたことを思うと、行き場のない憤りと、そして何にも代え難い愛しさが同時に押し寄せてきて。
懐かしいその温もりを掻き抱いていた。
初めて繋がった時以来、何をも受け容れていなかったそこは、熱く熟れてもまだ狭くて。
それでもゆっくりと埋めていった。
苦しげに眉根を寄せて、痛みに耐えるその体を、しっかりとその腕に閉じ込めたまま。
すべてを収めてしまうと、キラが安心したように息を吐いた。
「キラ…」
耳元で囁くと、キラがゆっくりと瞼を上げる。
「も…触れてもらえないって、思ってた……」
キラの瞳に、恐らくは痛みとは別の涙が浮かぶ。
「キラ」
「アスラン…」
よく知ったその熱を、それでも手放したくなくて。
いつまででも、繋がっていたかった。
そのまま、溶けてしまえばいい。
確かめ合わずにはいられなかった。
誰よりも何よりも、求めてやまなかった存在が。
確かに、傍に在ることを。
●
キラがいなくなった ――
懸命の捜索にも拘らず、彼の消息は杳と知れず。
キラ・ヤマト少尉不在のまま、アークエンジェルはアラスカへと向かうこととなった。
主のいない、ストライクを乗せたまま。
あれほど危惧したザフト軍の追尾もなく、不気味なくらい平穏な航海が続いていた。
オーブの島影も見えなくなった頃。
それは起こった。
《ドッグにいる整備班、及びクルーは全員ブリッジに退避してください、繰り返します ―― …》
「キラ…?」
「キラ君?」
突然、艦内に流れた放送は、確かにキラのもので。
「何事だ!」
ブリッジ内がざわめく中、
ドオォン
突然の爆発音と共に、艦体が揺れた。
「どうしたの!?」
『ス、ストライクが…』
通信機に飛びついたマードックが、震える声で言葉を続けた。
『ストライクが自爆した…!!』
ブリッジに驚愕が走り抜ける。
「どうゆう事…?」
「レーダーに反応あり!! ザフトです!」
―― その時。
「…手を挙げてください」
ダークレッドの軍服を身に纏い、銃を手に静かにブリッジに入ってきたものは。
「キラ…!?」
紛れもなく。
その姿を、確認したとき。
ブリッジが、水を打ったように静かになった。
誰も、バジルール中尉さえ、動けずに。
ただ、その姿を見つめていた。
「みんな、手を挙げてください」
もう一度、ゆっくりとキラが口を開く。
その言葉にその場の空気が一瞬にして緊張に包まれる。
「ヤマト少尉…、何のつもりだ、貴様…っ」
「…僕は、ヤマト少尉なんかじゃありませんよ、バジルール中尉」
「何!?」
「…僕は、キラ・ヤマトです」
「何を…」
「どういうことだよ…おまえ、ザフトに寝返ったのか!?」
「裏切ったのか、キラ!?」
口々に言葉を投げるヘリオポリスの友人たちの顔を無機質に一瞥して、それからキラは静かにこう言った。
「…そう思いたければ、そう思えばいい」
冷たく響くその声音に、その場にいた全員が息を呑んだ。
そんな様を冷たく見下ろしたキラが、ふっと哀しく微笑んで。
「…アスランにそう思われるより、ずっといい……」
そう、続けた。
ずっと隠し続けるしかなかった本音。
ずっと、言葉にできずにいた。
誰にも言えなかった。
痛みを伴ったその想いを口にできた今も尚、痛みは痛みとして残るけれど。
それでも、それは何にも代えられない想いだから。
だから、それだけは。
知っていてほしかった。
「キラ…」
その瞳に浮かぶものは、憎悪か、絶望か、諦念か。
ヘリオポリスの友人たちは、それぞれにキラを見つめて。
「投降、してください」
そんな彼らの視線を一身に受けたまま、キラが静かに言った。
「あなたたちの身柄の保証はします。このまま投降してください」
「…っ、ふざけるな ―― !!」
その言葉に弾かれたように、バジルール中尉がホルスターから銃を抜き。
けれど、キラは動こうとはせずにいた。
「バジルール中尉!?」
ラミアス艦長の叫びと、銃声が同時に響き渡った。
その瞬間は、まるでスローモーションのように。
「キラ!!」
銃弾はキラが立っていた場所をすり抜け、壁に飲まれていた。
「ア…スラン……」
ブリッジに駆け込んできたアスランの腕に抱き込まれたまま、驚いたようにキラがその顔を見上げた。
「馬鹿! 何やってるんだ、おまえはっ」
怒りを顕わに怒鳴りつけられて、びくんと抱かれた体が竦む。
けれど、その怒りが何に対してなのか、わかっていたから。
(やっぱり、気付いてたんだ…)
心のどこかに、あのまま撃たれて構わないと思っている自分がいた。
いっそその方が、この苦しみから逃れられる、と。
そんな身勝手な自分を、それでも心配して…自分の身の危険を顧みず護ってくれて。
……愛してくれて。
その想いと、全身から伝わってくるその温かさに、涙が出そうになる。
けれど、そんな物思いも、自分を庇うように銃を構えるアスランの姿に破られる。
ここは”敵地”なのだと、思い出させた。
(敵地…)
かつてはここに自分もいた。
そして今、目の前に立つ一番大切な相手とも、銃を交えたのだ。
望むと望まざるとに拘らず。
”敵”―― その言葉がどんなに不毛なものか、身をもって知っているのに。
どうして人は、繰り返すのか。
同じ過ちを。
…ずっと。
きつく瞼を閉じて、目を開く。
知っている。
けれど、それでも自分は選んだ。
今度こそ、本当に。
自分の心に、嘘は吐かぬように。
何を捨てても。
どれだけ罪を犯すことになっても。
それでも選んだのだ。
アスランと共にいることを。
そっと見上げたその横顔は険しいままで。
たとえようもないほどの怒りを纏っていた。
一番大切なものを傷つけようとした者への。
傷つけてきた者たちへの、怒りを。
その瞳に、その声に、滲ませて。
「キラの言ったことが聞こえなかったのか…?」
キラを背に庇い、向けた銃はそのままで、アスランが辺りを見回しながら口を開いた。
「キラが今までどんな思いで戦っていたかも知らないで…、―― いや、知ろうともしないで…っ」
溢れる怒りを抑えようともせずに。
「それでもキラはおまえたちを守ろうとしているというのに!!」
アスランの叫びに、艦橋が水を打ったように静かになる。
「ア…スラン……」
キラがか細くその名を呼んだ。
「本当なら、この艦ごと沈めてやりたい」
「!?」
その言葉に一瞬にして、ブリッジ内に緊張が走る。
「キラがもう、傷つかずにすむなら…、すべて排除して、消し去ってしまいたいくらいだ……っ」
「アスラン!?」
……そう、たとえ。
この手を、どれだけ血で汚そうと。
キラを護れるならば。
キラが傷つかぬのならば。
何だってする。
それでたとえ、キラから恨まれようと。
「ダ、メだよ…、それじゃダメだ」
キラがうわ言のように言葉を続ける。
ぎゅうっと、アスランの軍服を握り締める手に力を込めて。
「それじゃ、アスランが…アスランがもっと傷つく……っ」
今にも泣きそうな瞳で。
震える、声で。
「俺のことなんてどうでもいい!」
「よくないよ!!」
泣き叫ぶ、ように。
「僕だって…僕だって、もう…、君が傷つくの…見たくないよ……っ」
必死に。
思いの丈をぶつけていた。
「キラ……」
そんなキラの姿を、アスランも、ブリッジにいるクルーも全員、ただじっと、見つめて。
「……馬っ鹿馬鹿しー」
「トール!?」
そんな中で、ひとりのクルーがぽつりと呟いた。
その言葉に驚いたように、全員がそちらを向く。
「そうだよ、俺たち、キラのことなんて全然考えなくて戦わせてたよ。自分たちの命が大事だからさ」
「ちょっと、トール…っ」
慌てたように、ミリアリアが声をかけた。
それでもトールは見向きもせずに言葉を続ける。
「俺たちの安全、保証してくれるんだろう? なら、さっさとしてよ」
「ケーニヒ二等兵!?」
その言葉にブリッジ内がどよめき、バジルール中尉がきっと名前を呼んで睨みつけた。
負けじとトールも睨み返す。
その視線は、バジルール中尉を怯ますほどの。
誰にも、何も言わせぬほどの、力を持って。
そうしてそのまま、アスランとキラにその視線を向けた。
真っ直ぐ、アスランを見つめ。
それから。
アスランと寄り添うように立つ、キラの方へ。
俯いたままのキラに、そっと。
微笑んだ。
優しく。
泣き笑いのような、顔で。
(あ……)
キラがそれに気付いたかはわからない。
けれど、その微笑みを見た瞬間に。
アスランの内にあった憎しみの欠片が、少しずつ溶けていく。
互いを、知れば。
そうすれば、もしかしたら。
いつかは、争わなくてもよい日が来るのかも知れない、と。
漠然と、アスランは胸の内で思った。
隣で肩を震わすキラを、そっと抱き寄せて。
何が、正しくて。
何が、間違っているのか。
それは誰にもわからないのかもしれない。
それでも、後悔だけはしたくない。
その手を、失いたくない。
どれだけ痛みを背負っても。
もう、迷わない。
「行こう、キラ」
「うん」
進むべき目印は、きっと、僕たちの記憶(なか)にあるから。
--- 2003.12.18 ---
| 05 | 2026/06 | 07 |
| S | M | T | W | T | F | S |
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| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | 29 | 30 |
真性アスキラー。
思いもよらずダブルOが歴代G
の中で一番好きな状況に。
成層圏の向こう側まで狙い
撃つ兄貴を愛してやまず。
BAS●RAの影響で戦国史に
どっぷり。VIVA眼帯。
えろすきーだけどホモスキー
に非ず。
オフラインでは【絶対零度】
というサークル名で活動中。