[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「………」
部屋のドアを開けるなり、政宗はその場に立ち尽くす羽目となった。
鍵が開いていたから、多分来ているだろうとは思っていたのだけれど。
(なんでまた…)
何故、猫耳らしきものをつけた幸村が、床に転がっているのだ。
そしてふと気づく。
(ああ、そうか…)
今日の日付を思い出し、ひとり納得する。
とは言え、このまま寝かせておいたら風邪をひきかねない。
とりあえず起こそうと、幸村の傍に膝をついたのではあるが。
「………」
無防備に眠る顔。
そしてその頭には、猫耳。
「…襲ってくれってことか?」
もともと幸村には弱いのだ。
そうであるから、こんな状況で自制が効くわけもない。
「ったく…」
テーブルの上に広げられたお菓子の中からチョコレートを一欠けら拾い上げる。
そうして、薄く開かれた唇の間に、そっとそれを忍ばせた。
勿論、口移しで。
「…ん…?」
よく知った柔らかな感触と、口の中に広がる甘さに、幸村がぼんやりと目を開ける。
「まさ…むね…?」
「…よーやくお目覚めか?」
にやりと笑うと、まだ寝転がったままの幸村の上に覆いかぶさる。
「ま、政宗!?」
慌てたように名前を呼ぶ唇を、再び塞ぐ。
散々味わってからようやく唇を離すと、幸村は熱で潤んだような瞳をしながら、それでも睨めつけてきた。
「な、何すんだよ! いきなり!!」
「AH? だって誘ってるだろ?」
「さ、誘ってなんかない!!」
「嘘つけ」
「嘘なんかじゃ…んぅ…っ」
三度政宗の唇に阻止された言葉は、そのまま熱に掻き消されていった。
「………」
むすっと座り込んだ幸村の前に、甘い香りを漂わせてカップが差し出される。
黙ってそれを受け取りつつも、幸村はまだむくれたままで。
「自分から誘っといて、なにむくれてんだ」
「誘ってなんかない!!!」
真っ赤になって反論するけれど、政宗はにやりと笑うばかり。
「そうか? そのわりにはいつもより…」
「わーーーっ!! 馬鹿!!!」
幸村は思わず傍にあったクッションを政宗に投げつけた。
「…おまえなぁ…」
「だって…」
顔面にクリーンヒットしたクッションを手に、政宗も幸村の隣に座る。
「なんだよ、折角驚かそうと思ったのに…」
もごもごと小さな声で呟く幸村の頬にそっと手を伸ばして、それから軽く抓ってみる。
「痛! 何すんだよ!!」
「つーかな、幸。眠り込んでるおまえが悪い」
「は? 俺の所為!?」
「大体なぁ、鍵開けっぱなしで寝てたら危ないだろが」
「…う…そ、それはそう…だけど」
そう言われてしまうと、確かにその通りなので幸村も反論できない。
「無防備なのは俺の前でだけにしとけよ」
掠めるように唇に触れてから、徐に立ち上がる。
先ほど渡したココアのせいで、その唇はより甘く感じられた。
「ま、デザートでも作ってやるから。機嫌直せって」
「ほんと!?」
途端に幸村の顔がぱっと輝いた。
その現金さに思わず苦笑するけれど、それもまた幸村らしい。
「ほら、台詞は?」
「え?」
きょとんと政宗を見上げて、それから幸村は今日の本来の目的を思い出した。
「Trick or treat!」
「上出来」
キッチンへと向かいながら、思い出したように振り返る。
「まぁでも、俺が悪戯したけどな」
「馬鹿!!!」
にやりと笑った顔に、再びクッションがヒットしたのは言うまでもない。
--- 2006.10.31 ---
「俺もそっちがいい」
憮然とした表情を浮かべて、幸村はじっと此方を見つめている。
いつものように自分用にコーヒー(当然ブラック無糖)を、幸村用にココアを淹れたカップをテーブルに置きながら、政宗は繁々と幸村の顔を眺めた。
「どうしたんだ、幸村。熱でもあんのか?」
「熱なんてない!!」
みるみるうちに幸村の眉間に皺が寄っていく。
「大体おまえ、コーヒー飲めないだろうが」
「う…。こ、子供扱いするな!」
「だって子供だろう?」
「な…っ」
ますます眉間の皺が深くなっていく。
それを可笑しそうに見ながら、政宗は核心を突いてやる。
「なんだ? 誰かからなんか言われたのか」
「な、なんでわかるんだ!?」
(そりゃわかるだろ…)
無類の甘党の幸村は、当然のようにコーヒーが苦手なのだ。
ミルクも砂糖もたっぷり入れてやったとしても、一口くらいしか飲めない。
その幸村が、あろうことかブラックコーヒーを所望するなど、本来あるはずがないのだ。
「で? 誰から言われたんだ?」
「……剣道部の…竹内…」
(あいつか)
剣道部の前主将を務めていた政宗であるから、当然その名は知っている。
「練習終わった後、皆で学食寄った時に。キミはコーヒーも飲めないのか、って…」
(やれやれ…)
心の中で舌打ちする。
「あんな風に言われたら、悔しい」
(どこまで負けず嫌いなんだか)
苦笑しながら、口をヘの字に結んだままの幸村のおでこをピンと撥ねた。
「痛っ」
「そんじゃま、まずはコーヒーに慣れねーとな」
「?」
おでこをさすりながら、不思議そうに見つめてくる幸村ににやりと笑いかける。
そうして。
「…っ」
一口コーヒーを口に含むと、そのまま幸村に口付けた。
零さないように、口移しでコーヒーを流し込む。
「どうだ? 美味いだろ?」
「………っ」
突然のこととコーヒーの苦さに幸村は顔を真っ赤にして、目には涙まで浮かべる始末。
「もういい! やっぱりココアがいい!!」
「なんだー? 遠慮すんなって」
「ちょ…、ま、政宗!?」
「幸…」
―― コーヒーが飲みたいなんて、もう二度と言うものか。
幸村の必死の決意も、思考と共にぼんやりと蕩けていく羽目になるのであった。
--- 2006.8.27 ---
―― おかしい。
今日は宿題をみてもらうだけのはずだったのに。
「しっかし、そんな甘ったるいモン、よく飲めるよな」
しゃあしゃあと目の前でそんな事を言う政宗を恨みがましそうに睨みながら、幸村は手にしたカップの中身を再び飲んだ。
(もう二度とコーヒーが飲みたいなんて言うもんか…)
そんなことを言ったばっかりに、今日はそんなつもりはまったくなかったのに事に及んでしまったのだ。
「ココアは美味しいし、健康にもいいんだぞ」
「あん? ポリフェノールって?」
「そう」
勝ち誇ったようにそう言ってみるけれども、政宗は涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。
更に幸村の頬が膨れると、可笑しそうに笑いを堪えているのが見て取れた。
(なんだよ、もう!)
政宗は幸村とは正反対に甘いものが好きではない。
そんな政宗の部屋に、何故ココアが常備されているのかと言えば、当然幸村のためである。
もうそろそろなくなりそうだという頃には、ちゃんと次の分が買い足されている。
(むぅ…)
そんな細やかな配慮に気付いていないわけではない。
けれど。
(なんか悔しい…)
政宗の方が年も上だし、だから余計に一枚上手なのかもしれないけれど。
それでもなんだかいろいろと負けた気がして悔しいのだ。
(そうか)
ふと思い至って、幸村はカップの中のココアを口にした。
「幸村?」
怪訝そうに名を呼ぶ唇を、(余り無いことだが)自分から塞ぐ。
こくり、と政宗の喉が鳴った。
「ほら、ココアだって美味いだろ?」
再び勝ち誇ったような顔で幸村が問えば。
「ああ、そう言えばな、幸村」
「え?」
にっと笑ったかと思うと、そのまま腕を掴まれてソファへと押し倒される。
「俺は甘いもんは苦手だけどよ、ひとつだけ好きなものがあるぜ」
「ま、政宗…?」
「むしろ好物?」
くっくと笑いながら、政宗の目がきらりと光った。
「ちょ、ちょっと待っ…」
「甘いけどな、おまえは大好物だぜ」
「~~~っ」
…結局。
宿題が終わって政宗の部屋を後にするのは、それから随分後のこととなる。
(また信之兄さんに叱られる…)
--- 2006.8.28 ---
しなやかな指先が、長い髪を弄ぶ。
こうして体を触れ合わせていると、政宗は決まって髪を触るのだ。
撫でるように。
梳くように。
弄ぶように。
―― 心地いい。
何故だか妙に安心できて、幸村は瞳を閉じた。
多分、好きなのだ。
こんな風に、髪に触れてもらうのが。
と言っても、無論誰にでも、というわけではない。
(政宗だから)
そんな事を思っていると、ふと閉じた瞼の上に熱を感じた。
それは、よく知った温もり。
それまで黙って髪を弄っていた政宗が、静かにキスを降らす。
少しだけ擽ったくて。
少しだけ、照れくさくて。
それでもやっぱり、
好き、なのだ。
「なんだ? 幸」
くすくす笑い出すと、政宗は怪訝そうな声を上げる。
(こんな風に…)
こんな風に、人を想ったことなどなかったのに。
「なんでもない」
まだ笑いながらはぐらかすと、政宗は更に怪訝そうな顔になる。
伸ばされた指が頬に触れて。
静かに、瞳をとじた。
--- 2006.8.29 ---
「だからさっさとやっとけって言っただろ!?」
「う~…」
山のように…とまではいかないが、まだ手付かずで残っている夏休みの宿題を前に、幸村は頭を抱えた。
気がつけば夏休みは最終日。
そして信之兄ではなく、目の前で鬼と化しているのは政宗である。
(誰のせいだと…)
いつも宿題をやろうと思って政宗の部屋にくれば、気付いたら別のことをしているのである。
(………)
その別のことを思い出してひとり真っ赤になる幸村をよそに、政宗はぺらぺらと宿題の問題集を捲った。
「そこまで難しいやつじぇねぇな。ほら、幸村。わかんない問題は教えてやっから、今日は寝ずに終わらせるぞ」
「……はい…」
ここは大人しく返事をするしかない。
確かに原因の一端は政宗にもあるにしても、やはり宿題を最後の最後までやっていないのは自分が悪い。
まだ真っ白な問題集を広げて、幸村は自分に喝を入れた。
そして。
「お、終わった…」
「お疲れさん」
すっかり夜も更けた頃、どうにかこうにかすべての問題を解き終えた。
時計に目を遣ると、時刻は深夜(寧ろ早朝)4:00。
「思ったより早く終わったじゃねーか」
「そう…かな」
にっと笑って頭をくしゃくしゃと撫でられながら、安心したのか、はたまた気が抜けたのか、幸村は思わず出た欠伸を噛み殺した。
「ほら、ちょっとでもいいから寝とけよ」
「わっ」
ひょいと抱え上げられて、寝室に連れて行かれる。
そのちょっとの距離の間にも、睡魔に襲われた幸村はうとうととし始めた。
(よく頑張ったじゃねーか)
静かにベッドに横たえて、タオルケットをかけてやる。
とりあえず宿題で散らかった居間を片付けに行こうと、政宗が寝室を出ようとすると、何故か前につんのめりそうになった。
訝しげに後ろを振り向くと、幸村がしっかと政宗のシャツを握り締めていた。
苦笑しながらその手をそっと解いてやろうとすると。
「まさむ、ね…ありがと…う」
寝惚けて呂律の廻らない口調で、それでもそんなことを言うから。
「…ったく。かわいすぎんだよ、てめーは」
伏せられた瞼の上に、ひとつキスを落とす。
「おやすみ、幸村」
--- 2006.9.1 ---
傍に在りたいと願うようになったのはいつからだったろう。
その想いに気付いた時、愕然とした。
自分は他に忠誠を誓った身であるというのに。
不実極まりない、そんな想いなど。
捨て去ってしまわねばならぬと、そう何度も自分に言い聞かせようとしたけれど。
自分の心に嘘など吐けようはずもない。
逢瀬のたびに躯を重ね。
終わると同時に、敵へと戻る。
不毛としか言いようのない関係であったろう。
けれど、敢えてそれを口にしようとはしなかった。
自分には、忠義心も自分の想いも、どちらも捨てることはできなかった。
それを、恐らくは知っていたのだろう。
だから互いに、見て見ぬ振りをしていた。
けれど、『その時』は訪れた。
いつかは来るだろうと、知ってはいた。
だから、告げたのだ。
自分の想いを。
初めて、彼の人へと。
告げてどうなるということでもないだろう。
状況が何も変わるわけでもない。
寧ろ、より辛くなるだけであると言うのに。
それでも。
嘘など、吐けなかった。
だから、告げた。
誰よりも、本当は。
慕っていると。
その強さも、心の奥底に隠した弱さも。
すべてがいとおしい、貴方に。
―― それが、最後の逢瀬。
最期に覚えているのは。
彼の人の温もりと。
―― 涙。
誰よりも幸せであったと。
伝わっただろうか。
もしも、次に出逢えたときには。
この願いを、叶えられるであろうか。
伝えられるであろうか。
誰よりも愛しい貴方に。
いつまでもずっと、ずっと傍にいたいと。
「政宗殿」
--- 2006.10.8 ---
―― 夢を見た。
どんな夢だったか、はっきり覚えているわけじゃない。
だけど何故か、涙が止まらなくて。
「どうした? 幸」
心配そうに顔を覗き込む政宗の顔を見たら、また何故か涙が溢れてきた。
声にならない。
何かを言いたくて、でも、言葉にならなくて。
どんな夢だったのだろう。
哀しいのか。
切ないのか。
いとおしいのか。
……嬉しいのか。
わからないけれど、でも。
「幸村」
そっと抱きしめて、優しく背中を撫でてくれる。
じわりと伝わってくる政宗の温もりに、どこか安心している自分がいた。
すると、急速に睡魔が襲ってくる。
「政宗…」
眠りに引き込まれる前に、どうしてもひとつだけ、伝えたくて。
「会えて、よかった」
--- 2006.10.8 ---
「…なんかずるいよね」
「何が」
しみじみそう呟くと、目の前で俺の手元を見つめていた政宗が訝しげに聞き返してきた。
いつものように学校帰りに政宗の部屋によって、宿題を見てもらっていたのだけれど。
「ずるい」
「だから何が」
―― 端正な顔。
運動神経も抜群。
おまけに勉強もできる。
天は二物を与えず、というけれど、それは嘘だ。
だって、二物以上揃ってる、こんな非の打ち所がないような相手が、ここにいるのに。
真面目な顔をしてそう告げると、政宗は一瞬固まって。
それから何故か、肩を震わせて笑い出した。
「な、なんだよ! 人が真面目に…」
「いや…」
一生懸命笑いを噛み殺そうとしているけれど、どうやら無駄な努力だったらしい。
すっかり俺がむくれてしまった頃、どうにか笑いが収まった政宗は、徐に俺に手を伸ばし…
「むがっ」
「ばーか」
「ば、馬鹿!?」
俺の鼻を摘んだかと思うと、政宗はぱっと手を放す。
「あのな、幸村」
「な、なんだよ…」
鼻を摩りながら見上げると、何故かその瞳は優しくて。
どきん、と。
ひとつ、胸が鳴った。
「ほんとに俺が完璧だと思うのか?」
「うん」
「なら、おまえのおかげだな」
「? どーゆーこと?」
言われた言葉の意味を量りかねて、素直に疑問をぶつけてみたのだけれど。
「そーゆーことだよ」
「…意味わかんないし」
返ってきた答えにますますむくれてみるけれど、政宗はじっとこちらを見つめて優しい眼差しをくれるから。
その視線を外せずに、真っ直ぐに見つめ返す。
「……だから」
そうしてそのまま、どちらからともなく唇を触れ合わせた。
「傍にいろよ、幸村」
―― 今生こそは。
ずっと、傍に。
--- 2006.11.3 ---
「あれ? 今日はえらくお早いお帰りだね、旦那」
「ああ…」
―― そうなのだ。
佐助に言われるまでもなく、今日は普段より家に戻る時間が早い。
それもこれも、―― 滅多にないことではあるが ―― 政宗が風邪をひいてしまったから、なのである。
普段であれば、授業が終わって部活、その後は政宗の部屋へ、というのがこの春からのパターンというか、日課だった。
外泊は兄である信之がうるさいので、そのまま泊まるということは滅多にない。
だから、家に戻るのはいつもかなり遅い時間になってしまう。
それが、今日に限って部活もない所為もあり、余計に早く家に戻る羽目になってしまった。
「…なんか変な感じ」
部屋に戻るなり、着替えもせずにベッドに沈み込む。
「大丈夫…なのかな」
ズボンのポケットから携帯電話を取り出して、ディスプレイを開く。
首だけ動かして、幸村は先ほど送られてきたメールをもう一度読み返した。
『風邪ひいちまったから、今日は部屋に来るな』
帰りの学活が終わる頃を見計らって、送られてきたメール。
一方的な内容なのが、政宗らしいと言えば政宗らしいのだけれど。
(心配すんの、当たり前じゃんか…)
急いで「様子を見に行く」と返信をしたのだけれど、即座に却下されてしまった。
自分に風邪をうつさないようにという配慮からだとは、わかっているけれど。
やはり、心配は心配なのだ。
今だって、本当は気が気ではないのだから。
(ちゃんとご飯とか薬、摂ってるのかな…)
なんでもきっちりこなす政宗ではあるけれど、それでも熱が高かったりしたら、動けないに決まっている。
それに、病気の時は、誰だって独りでいると心細くなるものではないのか。
「………」
がばっと起き上がる。
やはり、じっとなどしていられない。
政宗に文句を言われようが、知ったことか。
政宗を独りにしておきたくない。
携帯と政宗の部屋の鍵を握り締めて、幸村はバタバタと自分の部屋を出た。
「あれ? 旦那、お出かけ?」
「今日は帰らないから。兄さんにうまく言っておいてくれ」
先ほどと同じように座敷から顔を出した佐助には目もくれず、言いたいことだけを言って靴を履いた。
「はいはい。いってらっしゃい」
「すまん、佐助」
苦笑交じりに見送ってくれる佐助に、今度は一瞥をくれてから、玄関を飛び出した。
政宗の部屋までの距離がもどかしい。
逸る心に比例するように、幸村は全速力で駆けて行った。
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、どうにか政宗の部屋の前まで辿り着く。
静かに鍵を回して扉を開けると、思った通り、中は暗くて。
「政宗…?」
恐る恐る呼びかけてみるけれど、やはり返事はない。
台所を覗いてみると、食事をした形跡はあるから、とりあえずほっとする。
けれど、さすがに片づけまではできなかったようだ。
政宗にしては珍しく、シンクに皿が浸けられたままだった。
(後で片しとこう…)
電気は点けずに、そのまま寝室へと向かう。
そっと扉を開けると、見慣れた寝顔がそこにあった。
(政宗…)
顔を見ただけで、心底安堵した。
とりあえずそのまま扉を閉めて、着替えとタオルを準備する。
どこに何があるかもよく知っているから、然して時間はかからない。
念のために薬と水も用意して、再び寝室の扉を開けた。
そろそろと枕許に近づいて、顔を覗き込む。
すると、やはりうっすらと汗をかいているのが見て取れて、幸村はタオルを取り出した。
汗で張り付いてしまった前髪をそっと掻き上げて、タオルで汗を拭ってやる。
「ん…」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
うっすらと瞳を開けて、気だるそうに政宗がこちらを見上げた。
「幸……?」
名前を口にすることで、今のこの状況をはっきりと認識したらしい。
「ちょっと、政宗! まだ寝てなきゃダメだってば」
いきなり起き上がろうとするのを、慌てて阻止する。
「な…、幸! おまえ、来るなって言っただろ!?」
無理矢理ベッドに押し込まれながら、それでも政宗は凄い剣幕で捲くし立てた。
「そんなこと言ったって! 心配に決まってるだろ!?」
「とにかく! 早く帰れ!」
「やだ! 帰んない!!」
負けじと幸村も言い返す。
それからはたと気が付く。
自分は看病をしに来たのであって、喧嘩をしに来たわけではないのだ。
安静にさせておかなければならないのに、興奮させてどうする。
心の中でそう反省しながら、きゅっと唇を引き結んで、ちらと政宗を見下ろすと。
「………」
何故かじっとこちらを見つめて。
その視線から逃れるように、床に目を落としてから。
「…だって、独りにさせたくなかったんだ……」
ぽつりと、呟いた。
…すると。
「はぁ…」
何故か深々と溜息が聞こえてきて、思わずベッドの政宗へと視線を戻す。
そこには頭を抱える政宗の姿があった。
「な…っ、何だよ、それ!!!」
「あのなぁ…」
思わず幸村が声を荒げると、政宗は心底疲れたような瞳を向ける。
「ったく、人の気も知らねーで…」
「え?」
「嬉しいに決まってるだろうが」
「……っ」
なんとなく照れくさそうに言葉を続ける政宗の顔を、まじまじと見つめ返す。
「傍にいてほしいって思う。けどな」
すると、政宗が手を伸ばして、そっと頬に触れてくる。
「おまえが傍にいるのに…触れられない」
「あ…」
「拷問だぜ」
熱の所為で、頬に触れる手はいつもより熱くて。
そこからまた、別の熱が生まれてくる。
「…じゃあ」
その手に自分の手を重ねながら、幸村は言葉を返した。
「早く…治ればいいんだよ」
―― だって、本当は。
「早く治して…触れて……」
自分だって、触れて欲しいから。
その腕で、いつもみたいに抱きしめてほしいから。
だから……
「今は、ちゃんと休んで」
政宗がよくしてくれるように、今日は自分が、政宗の額に唇を落とす。
「ね? 政宗」
安心させるように、微笑ってみたのだけれど。
「………」
「…政宗?」
何故か政宗は、不貞腐れたような顔をしている。
「…それが拷問だって、言ってるだろーが…」
「??」
……よくわからない。
首を傾げてみせると、政宗は苦笑してから、
「…寝る」
そう一言告げて、瞼を閉じた。
「うん、おやすみ」
それから程なくして、静かな寝息が聞こえてきた。
(…傍に、いるから)
ベッドの傍らに腰掛けて、その穏やかな寝顔を見つめる。
(ずっと、…ずっと)
―― 今生こそは。
あなたの、傍に。
トントンと、小気味のよい音がどこかから聞こえてくる。
(あれ?)
いつの間にか眠っていたらしい。
カーテンの向こうは、既に明るくなっていた。
そして自分の肩には、覚えのないシーツが掛けられていた。
「…政宗!?」
はたと気がつき、目の前のベッドをまじまじと見るけれど、中はもぬけの殻であった。
急いで起き上がり、寝室を飛び出す。
「よぉ、お目覚めか? 幸」
「政宗…」
扉を開けると、そこにはいつものようにキッチンに立つ政宗の姿があった。
どうやら先ほど聞こえたのは、政宗が朝食を作る音だったようだ。
「もう…平気、なの?」
「ああ。熱も下がったしな」
「…よかった…」
その言葉に、張り詰めていたものが切れてしまったかのように、力が抜ける。
思わず床にへたり込んでしまったけれど、そんなことに構ってなどいられない。
安堵と同時に、何故か少しだけ泣きそうになった。
「…それに」
「?」
すると、政宗も目線を合わせるかのように膝をつく。
「あんなこと言われたんじゃ、早く治さねーと男が廃るだろ?」
「…え…?」
”あんなこと”とは何であったのか、思い出すのにかかった時間はほんの数秒だけれども。
『早く治して…触れて……』
思い出した途端に、幸村は耳まで真っ赤になる。
無意識とはいえ、何て事を口走ってしまったのだ、自分は。
思わず固まる幸村に、目の前の政宗はにやりと笑ったかと思うと。
「んぅ…」
よく知った感触が、唇に触れて。
「ちょ、ちょっと! 政宗!? ま、まだ安静にしとかなきゃ…」
「幸…」
そのまま政宗の重みを受け止める。
「政宗、まだ…ダメだって……」
そう口では言いながらも、それが本心ではないことなど、とっくに政宗にはばれてしまっているのだろう。
だって本当は、触れて欲しかったのだから。
「サンキュ、幸…」
「ん…」
よく知った温もりは、それでも焦がれてやまないもので。
今はもう、何も隔てるものなどないから。
(今は?)
何かがひっかかったような気がしたけれど、それも直ぐに熱に解けていく。
今はただ、その温もりを感じられればいい。
もう何も、妨げるものなどないから。
--- 2006.11.16 ---
「…幸村」
「何? 政宗」
大荷物を抱えつつも、それでも幸村はニコニコ笑って玄関先に立っていた。
呆れた顔で出迎えた政宗をよそに。
「まさかと思うが、それ…」
「うん、クリスマスケーキ!」
満面の笑みで答える幸村とは対照的に、政宗はがっくりと肩を落とした。
「おまえ…」
「だって、すっごい美味しそうだったんだもん」
えへへ、と悪びれもせずに幸村は笑っている。
「とりあえず中入れ」
軽い眩暈を感じつつも、それでも予測の範囲内ではあったことなので、政宗は呆れ顔のまま、幸村を部屋に招じ入れた。
幸村は両手にケーキを抱えつつ、器用に靴を脱いで部屋に上がりこむ。
「仕方ねーから、それ、居間の床に置いとけ」
「うん」
ダイニングテーブルの上には、既に政宗が作ってくれた料理が所狭しと並べられていた。
「うわっ、美味しそう」
「あ、こら! つまみ喰いすんなっての」
早々にケーキを置いた ―― 積んだと言った方が正しいか ―― 幸村が、ひょいと料理に手を伸ばそうとする。
それを軽く叩いてから、政宗は床の上のケーキの箱に目を落とした。
…何回数えても、5個はある。
「えー、いーじゃん」
頬を膨らませる幸村にそっと手を伸ばし、それからふにっとその頬を摘む。
「痛! 何すんだよっ」
「幸…、あれ、どーすんだ?」
「へ? どーするって…食べるよ?」
目で床のケーキを指しつつ訊くと、幸村はきょとんとした顔を政宗に向けてから、さも当然とばかりに答えを返した。
「…俺は甘いもんは苦手だぞ?」
「うん、知ってる」
「どー見ても5個はあるぞ?」
「うん、5個だもん」
あまりにも不毛な会話に、再び政宗はがくりと肩を落とした。
「だーいじょーぶだって! あれくらい、全然平気で食べられるから!」
「………」
―― 確かに、無類の甘いもの好きの幸村であれば食べられるのかもしれないが…
(…食べられるのか? あれ全部?)
積み上げられたケーキの箱に視線を投げて、政宗は胸が焼けそうな気がした。
そんな政宗を知ってか知らずか、幸村は無邪気に笑っている。
「ね、政宗。俺、お腹空いた」
「…じゃあ、気を取り直して始めるか…」
「うん!」
苦笑しながら、政宗が幸村の腰に腕を伸ばす。
「Merry Christmas」
引き寄せて軽くキスをしてから、笑みを交わす。
ふたりだけの、クリスマスパーティ。
なんとなく照れくさいけれど、心地よい空間と、美味しい料理、暖かい空気に包まれて、楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。
「ほんとに食うのか、それ全部…」
そして遂に、デザートタイムに移ったのではあるが…
「甘いものは別腹!」
(どこの乙女だ、おまえは…)
テーブルの上に広げられたホールケーキ(5個)を前に、幸村は目をキラキラさせている。
「それでは改めて、いただきます!」
そして前言通り、ぺろりと平らげていく。
目の前の政宗はコーヒーを飲みつつ、その様をげんなりと眺めていた。
「あ、これあんまり甘くない。政宗も食べなよ」
「いや、俺はいい」
『はい、あーん』とばかりに差し出されたフォーク(ケーキ付)を退けながら、政宗は首を横に振る。
「美味しいのに…」
不服そうに呟いてから、ふと幸村に悪戯心が湧いた。
「ほら、美味しいよ? 政宗」
ケーキを口に含んで、自ら政宗に口付ける。
「ん…」
口移しでケーキを食べさせるなど、普段の自分ならば絶対しないのだけれど。
先ほど飲んだシャンパンで酔った所為かもしれない。
なんとなく、体の芯が熱い。
ぼんやりした頭に、ケーキよりももっと甘い口付けの余韻だけが拡がっていく。
「なんだ? 今日はえらく積極的じゃねぇか」
「政、宗…」
―― そう、きっと、これはシャンパンの所為。
体が熱いのも。
…政宗が、欲しくてたまらないのも。
「政宗…」
耳元で囁くと、政宗の肩がびくりと揺れた。
なんだかいつもと逆な感じがして、ちょっと嬉しい。
もう一度自分から口付けると、そのまま政宗の膝の上に抱え上げられる。
「ね、…欲しい」
「幸…」
素直に強請ると、政宗が余裕なさげな瞳で見返してくる。
こんな表情(かお)を知っているのは自分だけだと思うと、誰にともなく優越を感じてしまう。
三度自分から口付けて、政宗の服に手をかける。
服を脱ぐのももどかしく肌を重ねて、政宗の腕の中で、何度も何度も甘い声を上げた。
「ん…」
気づくと何故かベッドの中にいた。
カーテンの隙間から洩れた光が、シーツに影を落としている。
「あれ…?」
どうやらとっくに日付は変わってしまっているらしい。
確か昨夜は、居間で政宗の手料理を食べた後、買い込んだクリスマスケーキを平らげて。
それから…
(それから?)
なんだかとても、普段の自分からは想像もできないようなことをしたような気が…
「………っ」
そして、唐突に昨夜の光景が脳裏に甦ってきた。
あまりの破廉恥さに、穴があったら入りたいほど恥ずかしい。
耳まで真っ赤になった自分を隠すように頭まで布団を被った途端、寝室の扉が開いた。
「起きたか? 幸」
「………」
そろそろと目だけで声の主の方を見やると、政宗の態度は普段通りで。
昨夜のあれは、夢だったのかと思いかけたのだけれど。
「おまえからのクリスマスプレゼント、ありがたく受け取ったぜ」
「……っ!!!」
にやりと笑ってベッドに近づいてくると、政宗が思い切り顔を覗き込んできた。
「あ、あれは! シャンパンの所為! シャンパンで酔ってたから、だから…」
「あれ、ノンアルコールだぞ?」
「……え?」
慌てて弁明をするけれど、政宗の言葉にあっさり遮られる。
「一応未成年だからな」
その辺の配慮はしてるぜ、と答えた政宗はにやにや笑ったままで。
真っ赤になっていた幸村は、今度はさーっと血の気がひいていく音を聞いた気がした。
「恥らうおまえもいいけど、積極的なおまえもなかなか…」
「わー、馬鹿!! 言うなーーーっ」
目を瞑って耳を塞ごうとする手を、何故かやんわり掴まれて。
柔らかいキスが、降ってくる。
「改めて。メリークリスマス」
「……メリー、クリスマス…」
恐る恐る目を開けると、そこにあるのは優しく微笑う政宗の顔。
(ああ、そっか…)
こんな笑顔を知っているのも、自分だけなのだ。
やっぱりそれも、……嬉しい。
「じゃあ、今夜は俺からだな」
「……っ」
―― メリークリスマス。
この優しい時間(とき)が、ずっと、紡がれていきますように。
--- 2006.11.14 ---
| 05 | 2026/06 | 07 |
| S | M | T | W | T | F | S |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | 29 | 30 |
真性アスキラー。
思いもよらずダブルOが歴代G
の中で一番好きな状況に。
成層圏の向こう側まで狙い
撃つ兄貴を愛してやまず。
BAS●RAの影響で戦国史に
どっぷり。VIVA眼帯。
えろすきーだけどホモスキー
に非ず。
オフラインでは【絶対零度】
というサークル名で活動中。